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塵灰のリハイブ  作者: 道安 敦己
第二話『砂時計の殺人』

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三日目②〈2-3-②〉

 もぬけの殻の集落をいくつか素通りし、吉田珠氏が二度目の「もう着くわ」を言って少し、十字路の手前で、


「待って」ウェールスが立ち止まった。


 理由は私にも分かった。血の瀝青を感じ取ったからだ。私にはその主に心当たりがあった。周囲を見渡す。人が離れて久しい壊れた平屋が、道の左右に疎らに残る――どこかに隠れている。


「あのガキ、どこ行きやがった」


 嫌な予感がしたのも束の間、左手から五人の男たちが十字路に飛び出してきた。肩で息をし、悪態をつく。一番の大男がこちらに気づいて顔を上げた。「おいおい」


 私は前にいた護衛対象の横に立ち、ウェールスはさっと私の後ろに隠れた。


 大柄の男が四人。皆、頭髪を剃り上げ、顔や腕に刺青が入っている。この街でその体躯を維持するなら相当の暴君だろう。


「逢坂とやり合うのはまずいって」

「うるせえ」


 彼らに一人混ざる痩身の男が悲鳴に似た声で止めるのを、先頭の男が背中越しに退け、四人が威圧感を振り撒きながら歩いてきた。


「何か用かしら」


 吉田珠氏が毅然とした声で言うと、男は皮肉めいた笑みを巧みに浮かべ、


「善人ごっこしてるところ悪いな、人を見なかったか。アンタがよく知ってるコソ泥のガキだ」

「コソ泥、知らないわ」

「見なかったかって、訊いたんだけどな――どっちに逃げた」


 低い声で脅しかける。彼女は一向に動じず、嘲るように、


「さあ」

「泥棒を庇って良いのか」


 彼の背後の三人が粋がって悪ふざけじみた野次を飛ばす。


「じゃあ訊くけど。何を盗んだって言うの。金目のもの、まさか。すぐに売り捌いて、手元になんか残さないくせに。何かしら」

「あんまり調子に乗るなよ」


 痺れを切らした男が彼女に手を伸ばす。その腕を私が難なく掴んでみせると、彼は目を見開いた。取り巻きたちも急に静かになる。


「てめえ、持ってた荷物はどうした」そろり窺う声色だ。


 彼の目が私の肩越しにそれを上積みされたウェールスを見た。「重い」彼女が恨めしそうに溢す。


「いつの間に」


 私の手を振り払おうと力を入れているのが分かる。だが、彼の腕は微動だにしない。質問には取り合わず、


「君たちの気づかないうちにできるのは、なにも物を押し付けることだけじゃない」


 代わりにそう答えて、彼の背後にいる仲間たちを一瞥する。男の表情にさっと恐怖の色が差した。


「分かった。離してくれ。見逃してやる」努めて平静を装い男が言った。


 何をか追い討ちの言葉を投げようとする吉田珠氏にやめてくれと視線で訴え、私は男の手を離した。彼は掴まれていた手首をさすりながら忌々しげに舌打ちすると、


「気色の悪い異人なんぞ雇いやがって」悪態をついた。「おい、行くぞ。ガキを見つけるんだ――こんな奴らの相手をしてる暇はねえ」


 顎で私たちをしゃくり、後ろの男たちに指示を飛ばす。彼らは控えめな声で私たちを罵る言葉を吐きつつ、横を通り過ぎていった。


 彼らの後ろ姿が遠くなるのを待って、私は十字路の向こうの廃墟に歩み寄る。


「もう大丈夫だ。追手は行った」壁の陰を覗き込む。

「やっぱすげえな、おまえ」


 予想通り、二日前に出会った泥棒少女が隠れていた。


「これ頼める」


 余った缶詰を纏めた一箱を私に持たせ、吉田珠氏が着いてくるように言った。


 ほどなく目的地――落伍者の街に辿り着いた私たちは、そのまま住人が広場と呼ぶ空き地で缶詰を配る手伝いをし、それも終えた。市民からの食料を警戒してか広場に来る者の数は少なく、事は円滑に進んだ。


 案内されたのは、大半の住人が暮らす広場の周縁から離れた、人気のない場所だった。元は分譲住宅の建つ区画だったようで、今では殺風景な中央の空き地を家屋の残骸が囲んでいる。建物の状態は悪いを通り越し、一軒を除いて跡形もない。その一軒も屋根が一階の半分を押し潰しており、整然と形を保つ扉がどこか同情を誘った。空き地の一角に木箱をひっくり返しただけの椅子や焚火で暖を取った跡などが見られ、そこだけが辛うじて人の生活を感じさせた。


「花ちゃんと知り合いだったなんてね」吉田珠氏が言った。


 木箱の椅子を私とウェールスに勧め、彼女は生き残りの一軒に行き、扉を叩いた。反応がない。「やっぱり、留守みたいね」戻ってきて自身も粗末な椅子に腰かけた。


「そういえば、あの子は帰ったのかな。いつの間にかいなくなったけど」ウェールスが言った。

「人を呼びに行ってくれたのよ。散歩に出てるかもって。いつもより早めに終わったからね」

「ここにはその人を訪ねに」

「ええ、体が弱くて広場に来るのも辛いみたいだから、届けることにしてるの。余り物の終点ね」


 私の問いに彼女は幾らか偽悪的な表現をつけ足して答えた。


「見つけてきたぞ」


 少女が二人の男を引き連れやってきた。見れば後ろの二人は意外そうな顔をしている。程度は違えど、それは私たちも同じだっただろう。


「あの人たち」ウェールスが言う。

「ああ」支所で出会った二人だった。

※これは架空の物語であり、実在の人物・団体・事件等とは一切関係ありません。


〈2026/8/11〉

・申し訳ありません。引き続き、本文を何回かの更新に分けて投稿します。

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