三日目①〈2-3-①〉
〈2190年11月16日〉
翌朝、私は彼らが動き出す頃合いを見計らって自警団に確認の電話をした。出たのは千羽望だった。自警団に保護され、今は準団員のような扱いの少女だ。
――先生。良かった。ちょっと待ってください。団長に代わります。
彼女の言うが早いか逢坂氏が電話に出た。声に疲労と苛立ちが滲んでいる。彼の率直さに倣って結論を言えば、吉田珠氏に私たちを紹介したのは事実で、私たちが彼女の依頼を受けるのは決定事項らしかった。
――悪いが頼まれてくれ、先生。
吉田珠氏との待ち合わせ場所へ向かう間に、電話の内容をウェールスに話す。
「逢坂さんも自警団も大変なんだね」彼女が言った。
彼らの近況は言うだけ言った逢坂氏から再び電話を変わった望に聞くことができた。彼らは今、支援者の繋ぎ止めに奔走している。朝から望が電話番を任されているのも、多くの団員が出払っているためだ。
逢坂氏の自警団は非市民で構成され、市民を主な顧客とし、団長の個人的な魅力を武器に有力市民や貴族の支持すら受ける。非市民と市民の橋渡し的な性質を持つと言える。都合、両者の対立が激化すれば、ほとんど必然的に板挟みを喰らう。
とは言え、河原寺我聞がいれば、試練にはなっても苦境にはならなかったはずだ。自警団の副団長を担った逢坂氏の無二の朋友、あるいは彼の親代わりを全うしたフーマニット。彼女の喪失が自警団から往時の弾力を奪ってしまった。
吉田珠氏が言うように、彼らが市民からの見え方を気にせざるを得ないのは事実と言える。それでも、彼女の口ぶりほど非協力的ではなかった。今日、D級街に持っていく食料品も一部は彼らが募ったもので、それらを今から向かう待ち合わせ場所まで運びもする。彼女の護衛ができないのは、人手不足が原因と見て良い。
「それで、私たちに話が回ってきたわけだ」
私は懐中時計で時刻を検めた。お客さんとできる限り話したいウェールスと、そうして欲しい客と橘さんの意向に従ったために、遅刻の文字がちらついていた。
「まずそうだったら言って。走るから」ウェールスはすっと駆け足の姿勢を取った。
「いや。これなら間に合いそうだ。何事もなければね」私の答えに、
「不吉なこと言わないでよ」非難の眼差しを返してくる。青ざめた顔で、「あの人なら僕たちが一分でも遅れたら、D級街だろうと一人で行っちゃうかも知れないよ」
脅かすように繰り出した予想はあながち否定できず、
「確かに」私は苦笑いを浮かべた。
ウェールスはため息を一つ吐いて、
「一昨日の夜に心底怖い思いをしたはずなのに、昨日には夜道を一人でうちまで来るんだから。度胸と行動力はすごいけど、危ないよ」
「ある意味、君と正反対だな」
「悪かったね、怖がりで」
「夜道を出歩くのは彼女の度胸だが、無事に来られたのは夜警の影響もあるんだろう」
「夜警って非市民を目の敵にしてる人たちがやってるあれのこと」
「ああ。彼女なら彼らがどこを守りたがるか分かるはずだ。そこを通れば、ある程度安全に歩ける」
「悪意が人を助けるなんて、複雑な気分だね」
醜い動機によって行われ、理不尽な犠牲を生み、しかし、数少ない成果をもたらす――こういうことは起こり得る。それ故に、(偶発的であろうと恩恵は認識すべきだが)誤りを拒絶し、正当化を企てる者が現れもするのだ。
「よくあることさ」
待ち合わせ場所は、C級街と南のD級街を隔てる太い道路のC級街側にある民営の駐車場だった。いかにも安定して稼働させるのが厳しい立地だ。所有者は自警団を頼り、用心棒を務める見返りの一つとして彼らの利用を許している。
走りこそしなかったが、早足で歩くウェールスに急かされ続けたおかげで、私たちは定刻通りに辿り着いた。既に吉田珠氏と自警団の団員二人がおり、それなりの時間が経っていたようで、中央で仁王立ちする彼女と、気まずそうに距離を取りながら掃き掃除をする団員二人の構図が出来上がっていた。
「遅かったわね」依頼主が言った。腕を組み、渋い顔だ。「五分前には着いているものよ」
「すみません」
私は苦笑いを押し殺して謝罪した。彼女の背後で杉村氏が頭に人差し指を添えて「機嫌が悪い」と訴えていたからだ。私の目線に気づいて彼女がばっと後ろを振り向くと、慌てて気を付けをする。
「なに突っ立ってるの。掃除をするんでしょ」
「はい」
鋭い声音が飛んで、杉村氏が大きな声で返事をした。
「すみません、先生」檜山くんがこちらに駆け寄ってくる。
「事情は望から聞いたよ。逢坂さんも大変だ」
※これは架空の物語であり、実在の人物・団体・事件等とは一切関係ありません。
〈2026/5/21〉
・申し訳ありません。引き続き、本文を何回かの更新に分けて投稿します。




