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私の世界のこと

 家に帰ってすぐ、私はお土産を持って都子ちゃん家に急襲した。

 そしてついさっきの出来事を都子ちゃんにぺろっと白状したのだが、その途端、びっくりしたのか苺ちゃん達がパパパンッと一斉に弾けて消えた。


「和也さんに告白した直後に、私のほうが好きって言っちゃったの⁉」

「……うん」


 しょんぼりして頷くと、今度はぽぽぽぽんっと苺ちゃん達が大量発生。


 ――もう、うっかりさんね。

 ――でも、ちょっと嬉しい。


 きゃらきゃら、くるくるっと苺ちゃん達は笑い転げている。


「告白直後にその返事は大失敗だったね」


 元気だしてと都子ちゃんは励ましてくれたが、和也さんにふられてやさぐれていた私はじっとりとした目で都子ちゃんを見た。


「ちょっと嬉しいって思ってる癖に……」

「……え?」

「怪我してから、光の声が聞こえるようになったの」


 光が発生する瞬間に思っていた言葉を、光が囁いて教えてくれるのだと打ち明けると、都子ちゃんはきゅっと眉間に皺をよせた。


「おじさん達には話した?」

「まだ。……気持ち悪いって思われたら嫌だし……」

「おじさん達が芽生ちゃんをそんな風に思うわけないでしょ」


 わかってる癖にと詰るように言われて、図星だった私は俯いた。


「じゃあ、都子ちゃんは? 私のこと、気持ち悪くない?」

「気持ち悪くなんてないわ。……ただ、ちょっと怖いかな」

「……怖い?」


 恐怖を感じる相手と、この先も友達を続けられるものだろうか?


 いきなり訪れたこの友情の危機に、私は愕然とした。

 光の囁きが聞こえることを言わなきゃよかったと後悔したが、和也さんの時同様、零れ落ちた言葉は口に戻ってはくれない。


「ああ、違うの。芽生ちゃんが怖いんじゃなくて、芽生ちゃんに嫌われるのが怖いのよ」

「私、都子ちゃんのこと絶対に嫌わないよ」

「そう? でも、さっきちょっとむっとしてたよね?」

「だって……。私がふられたのに、都子ちゃんちょっと嬉しいとか考えてるんだもん」

「そうね。確かにあの時、ちょっと嬉しいって思ったわ」


 都子ちゃんは真面目な顔で頷いた。


「だって、万が一告白がうまくいったりしたら、今までみたいにいつも芽生ちゃんと一緒ってわけにはいかなくなるかもしれないでしょう?」

「なんで? 別に変わらないんじゃないの?」

「彼氏できたら普通変わるでしょう。頻繁にトークアプリで連絡取るようになるだろうし、ちょくちょくデートだってするよね? 今までは私も一緒におじさんの仕事場にお邪魔してたけど、それだって遠慮しなきゃいけないかもって考えちゃうし」


 芽生ちゃんを取られちゃうかもしれないって不安だったのよと、都子ちゃんは言った。


「だから、ちょっと嬉しいって思ったのか」


 それなら納得だ。

 私はほっとしてにっこりしたが、都子ちゃんは難しい顔のままだった。


「ねえ、芽生ちゃん。告白した時、和也さんの光の声も聞いたの?」

「うん。……マジで? さすがにないだろ、って言ってた」

「それ聞いて、どう思った?」

「私が相手じゃ駄目なんだなぁって思ったけど……」


 あの時の気持ちを思いだしてしょんぼりした。

 都子ちゃんはそんな私をみて溜め息をつく。


「それ、全然違うと思う」

「違うの?」

「うん。多分和也さんは、こんなこと現実じゃ有り得ないだろって思ったんだと思うよ。だって、ちょっと考えてみてよ。尊敬している有名漫画家のアシスタントになれたと思ったら、天使のように可愛い漫画家の娘から、『好きです』なんて告白されるのよ? まるでライトノベルズみたいじゃない?」

「天使みたいに可愛い?」


 私は、えへへっと思わず照れ笑い。

 都子ちゃんはそんな私のほっぺたをぎゅっとつまんだ。


「だーかーらー、芽生ちゃんはそれが駄目なのよ」

「ひひゃいひひゃいお」

「目の前にある情報にすぐ飛びついちゃ駄目。もっと真剣に考えて」

「ひゃい」

「今の私の説明で、和也さんの気持ちを少しは予想できた?」

「ん~」


 やっと放してもらった頬を撫でながら、私は真剣に考えた。


「ライトノベルズみたいだから、さすがにないだろって思ったってことだよね」

「そう。芽生ちゃんを彼女にって考える以前の問題なの」

「じゃあ、まだ私ふられてないんだ」


 喜んだら、また都子ちゃんに頬をぎゅうっとつままれた。痛い。


「単純すぎ。ふられてはいないけど、まともに受け取ってもらえてないってことよ。そもそも、友達のほうが好きだって言うような子を恋愛対象にできるわけないでしょ」

「……そっか」


 しょんぼりしたら、都子ちゃんが溜め息をついた。


「本当に単純なんだから……。そもそも、どうしてこんなに急に告白する気になったの?」

「あ、それはね――」


 真っ暗な蔵の中に閉じ込められた時に感じた後悔を、ずっと心の中に溜め込んでおくのは危険なのではないか。そう考えていたことを都子ちゃんに打ち明けた。


「澱みになるかもしれないって考えたの?」

「うん」

「芽生ちゃんなら大丈夫なんじゃない?」

「どうして?」

「だって、どうせひとりで溜め込んでおけなくて、私か夕香さんに話しちゃうでしょう?」

「あ、そっか」


 言われてみれば確かにそうだ。

 溜め込んだ思いにストレスを感じるようになったら、きっと私はぺろっとしゃべってしまう。発散させることができれば、きっと暗い気持ちだって熟成しない。


「もっと早く聞いておけばよかった。そうしたら告白だって止められたのに」

「……やめてたほうがよかったと思う?」

「和也さんの現状を考えたら、やっぱりとめたくなるよ」

「現状?」


 そう言われて私は、和也さんの現状を考えてみた。


 大学生で漫画家の卵。現在は漫画家になることに反対した実家と縁を切って、お兄さんの援助でバイトしながら漫画家デビューを目指して修行中。


「あ」

「わかった? とてもじゃないけど、恋愛してる暇なんてないと思う。人生を掛けた勝負の真っ最中なんだから」

「……そだね」


 子供の頃から父の仕事場に出入りしてきたから、漫画家を夢見ても途中で挫折して消えた人達を何人も見てきた。

 和也さんは、父と同じ担当に目を掛けて育ててもらっている最中だ。漫画家は人気商売だし、たぶん運みたいなものも必要だろう。たとえ実力があってデビューできたとしても成功するとは限らない。

 和也さんは今、とても大事な時期なのだ。


 私はそれを知っていたのに、本当には理解していなかった。

 きちんと理解していれば、和也さんを困惑させるだけだとわかっていた告白を実行なんてしなかった。


 いつだったか父から、私は知識ばかりのあたまでっかちだと注意されたことがある。

 どうやら、あの頃から全然変わっていないみたいだ。情けない。


「芽生ちゃんは光が見えて、それで人の感情をある程度知ることができるんだよね?」

「うん」

「それで今は、光でその時々の心の声も聞こえちゃう」

「うん。そだよ」

「芽生ちゃんにとって、それって凄く危ういことなんじゃないかな」


 どうして? と聞くまでもない。

 今までのやりとりで都子ちゃんの言いたいことはわかるような気がした。


 上っ面の感情だけではその人の真意を測ることはできない。

 それを自覚していなければ、きっと私は光から受け取った情報に無駄に振り回されてしまうだろう。


「芽生ちゃんにとって光が見えるのが普通の状態なんだってわかってるから私は気にしないようにしてるけど。でもね、こうして対面で話してる時にふと違うところに視線を向けられるのって、されるほうからしたらあんまり気持ち良いものじゃないのよ」

「やっぱり……気持ち悪いよね」


 私がしょんぼりすると、「そういう意味じゃない!」と都子ちゃんが怒ったように言う。


「たとえば、私が芽生ちゃんと話している最中、美結のほうばかり見てたらどう思う?」

「私とより、美結と話したいのかなぁって……。ああ、そっか。そういうことか」

「わかった? 真面目に話を聞いてもらえてない。上の空なんだなって思っちゃうでしょ? これって、友達にされたらけっこう寂しいものよ」

「……そだね」


 そうか。

 私は光に気を取られてばかりいて、ちゃんと人を見てなかったのか。

 咲希ちゃん達と話している時も光によく気を取られていたから、きっとずいぶん嫌な思いをさせてしまっていたのかもしれない。


「都子ちゃんは、光が見える私より、ずっと人の感情に敏感だよね」

「そうね。……私はずっと親の顔色を伺って育ってきたから、そういうのが得意になっちゃったのよ」

「私は光ばっかり見てて、人の顔なんてろくに見てなかった」

「私達、足して二で割るとちょうどいいのかもね」


 ふふっと都子ちゃんが笑う。


 ――私、卑屈なのよ。


 苺ちゃん達が、都子ちゃんが隠している悲しい気持ちを囁きながらギザギザ飛んでいく。


 光を通じて上っ面の感情を知ることができるせいで、その奥にある本当の気持ちに気づけない。

 でもこうして、隠している悲しい気持ちを知ることもできてしまう。

 でも知ったからといって、なにかができるわけでもない。

 都子ちゃんは卑屈なんかじゃないよと私が言ったところで、きっと都子ちゃんは納得しない。慰めの言葉を言っても、きっと上滑りしてしまうだろう。都子ちゃんをただ困らせるだけだ。


 人の心は本当に難しい。

 本当に今さらだけど、私はそれを実感していた。


「私って本当に未熟」


 告白だって、結局は自分の気持ちを納得させたいだけの自己満足みたいなもので、恋心に突き動かされてのものじゃなかった。

 和也さんのことは好きだけど、どうしてもつき合いたいとか恋人になりたいとか思う程に切羽詰まってはいなかったから。

 私の中にあるのは、ちょっと一緒に歩いてデート気分を満喫できれば満足する程度の、まだまだふんわりとした気持ちだ。

 告白にOKしてもらえていたら、これからどうしたらいんだろうと逆に困ってしまっていただろう。


「……和也さんを困らせちゃって悪いことしたなぁ」

「でも、ちょっとぐらいは和也さんだって嬉しかったんじゃない?」

「そう?」

「うん。和也さんからすれば芽生ちゃんは年齢が離れすぎてて、妹みたいな感じでしょ? きっと、お兄ちゃん大好きって、憧れみたいな気持ちを向けてもらえたんだろうなって解釈したんじゃないかしら」

「そっか……。だったら、べそかくんじゃなかったなぁ。ふられちゃったって明るく笑って流せばよかった」

「泣いちゃったの?」

「泣いてない! ちょっと、うるうるしただけ……」

「ああ、それは和也さん本気で困ったでしょうね」

「うん。……一生懸命慰めてくれた」


 泣きそうな私に、和也さんは自分が考えた漫画のストーリーを話してくれた。


 記憶喪失の子供が異世界に迷い込み、黒猫の獣人と友達になって、自分の正体を探る旅をしていく。

 そんなおとぎ話風ファンタジーを、私が怪我で眠っている間に考えていたのだそうだ。


 眠っている私の心は今どういう状態なんだろう? できれば楽しい夢を見ていて欲しいと想像したことで、そんなお話を考えついたのだとか。

 その話のプロットを担当に提出したら、これをデビュー作にしようと言われて、現在ブラッシュアップをしている最中らしい。


「芽生ちゃんが主人公なの?」

「うん、そう。黒猫の獣人はぴーちゃんがモデルなの。ツンデレで可愛い女の子キャラにするつもりだって」

「女の子のふたり旅か……。大きなおにいさん達に喜ばれそうね」

「……ううん。そうじゃないの。主人公は記憶喪失で自分の性別も忘れちゃってるんだって……。そのせいで身体も性別があやふやになっちゃってて」

「中性ってこと?」

「うん」


 ……胸もつるペタなのだそうだ。


「つまり、今の和也さんにとって、私ってそういう存在なんだよね」


 性別を意識していない。

 恋愛対象になんてなれっこないのだと思い知らされた。


「さすがに諦める?」

「まさか。まだまだだよ。これからもっと成長して、私だって女の子らしくなるんだから。ちゃんと意識してもらえるようになるまで頑張るよ」


 せめて私をモデルにしたキャラクターの性別を女性にしてもらえるよう頑張ろう。

 でも、その前にやらなきゃならないことがある。


「光とのつき合い方ももう一度考え直さなきゃ」

「そう?」

「うん。ずっとね、光を擬人化して遊んでたけど、そろそろ卒業かなって……」


 ずっとひとりで友達がいなかったから、くるくるっ、ギザギザと飛び回る光を眺めて、そこから伝わってくる感情を感じることで孤独を癒してきた。

 でも私はもうひとりじゃない。

 言葉や表情、スキンシップで感情を伝えてくれる友達がいる。

 もうそろそろ、このひとり遊びは卒業する頃合だ。 


「私の光のことは、苺ちゃんって呼んでるんだっけ?」

「うん。食べ頃の苺みたいな色の綺麗な光なんだよ。お父さんの光の次に大きくて、動きも活発なの。私といる時は基本的にいつもくるくるっと舞い踊るみたいに飛んでて見てると楽しくなっちゃうんだけど……」

「けど?」

「これって、けっきょく全部都子ちゃんなんだよね」

「ん? ……ああ、そういうことになるのね」

「うん。だからこれからは、苺ちゃんじゃなく都子ちゃんのほうをちゃんと見ることにする」


 光からヒントをもらうんじゃなく、ちゃんと表情を見て感情を知り、ちゃんと言葉を聞いてそのニュアンスから隠された心の動きを知ることができるように……。


 そしていつか、さっきみたいに都子ちゃんが自分を卑下した時、自分にはなにもできないと諦めるんじゃなく、そうじゃないよと説得できる人になりたい。

 都子ちゃんがいつも私に助言してくれるように、私だって大事な友達の役に立ちたい。


 目標を掲げたところで、すぐに叶えることなんてできないとわかってる。

 私はうっかりしているから、すぐに目標を忘れて脇道に逸れそうだし、寄り道している間にまた違う目標を見つけて、どっちに行こうかと悩んだりしそうだ。


 それでも、きっとじわじわと前に進む。

 迷ってもつまずいても、大丈夫? と手を差し伸べてくれる人達がいて、なにやってんのよと背中を叩いてくれる人もいる。

 ひとりじゃないから、きっと立ち止まらずにいられる。


 私には光が見える。

 でもきらきら綺麗な光に目を奪われてばかりいないで、ちゃんと現実の私の世界を見なくちゃ。



 私は目を見開いて、じいっと都子ちゃんを見た。


「ちょっ、芽生ちゃん? その大きな目で真正面からそんなにじいっと見つめられると、さすがにちょっと……」


 以前ぼっちだった頃、学校で私が誰かをじいっと見ると怖がられたものだけど、都子ちゃんは違う。

 私の視線から隠すように両手で顔を覆ってしまったけど、そこからはみ出した耳が苺みたいに真っ赤になっている。


 これは、照れてるってことだろうか?


「都子ちゃん、可愛い」


 えへへっと笑ったら、なぜか怒ってしまった都子ちゃんに頬をぎゅうっとつねられた。

最終話まで読んでいただき、本当にありがとうございました。



今後の励みになるので、評価をいただけると嬉しいです。

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