第1話
第1話
「リリアーナ・エル・バレンタイン! 貴様のような薄汚い無能女との婚約など、今この瞬間をもって破棄させてもらう!」
豪華なシャンデリアが輝く王宮の夜会。その中心で私の婚約者だったはずのエリオット王子が、隣に派手な令嬢を侍らせて高らかに宣言しました。
「承知いたしました。殿下」
私が静かに頭を下げると、周囲からは、
「なんて地味で可愛げのない」
「ショックで声も出ないのね」
と嘲笑が漏れます。はい、はっきり聞こえてますよ。普通なら婚約破棄されたのだから、死ぬほどに苦しいし、嫌になる。私の心は不思議なほどに落ち着いていました。
「ただ、殿下。不当な婚約破棄には相応の慰謝料を請求させていただきます」
「はっ! 金か、宝石か? いいだろう、欲深い女め」
「いいえ、土地を。最果てにあるラザフォード公爵領を私に譲渡してください」
その瞬間、会場が凍りつきました。あそこは死神公爵が住まう、呪われた不毛の地と呼ばれる。足を踏み入れた者は二度と戻れないと言われる最悪の場所です。私でも知っていました。
「あんな死に場所がいいとはな。よかろう、くれてやる」
土地の譲渡はすんなりと進む。エリオット王子の冷たい笑い声を背に、私はその足で王都を去りました。婚約破棄されても私は生きていこうと思う。
数日後、馬車が辿り着いたのは、昼間だというのに厚い霧に包まれた薄暗い森でした。
空気が重く、肌を刺すような重苦しい気配が漂っています。噂通りだわ。初めて経験する空気に緊張する。
「ここが呪いの中心ですか。ヤバそうね」
馬車を降り、一歩地面に踏み出したときです。私の胸の奥から、今まで抑え込んでいた熱い何かが溢れ出しました。なにこれ? いったい何が起きたというの。
温かい。ずっと、外に出たがっていたみたいだな。
それは光でした。私の足元から、眩いばかりの真っ白な光が波紋のように広がっていきます。枯れていた木々に緑が戻り、霧が晴れ、足元には見たこともないような美しい花々が一瞬にして咲き誇りました。
「な、なんだ、この光は」
屋敷の奥から現れたのは、顔を不気味な鉄の仮面で覆った大男でした。
「誰だ君は?」
「あ、いえ、リリアーナ」
「アルヴィン・ド・ラザフォードですが、あああ」
急に現れた彼こそが死神公爵アルヴィン・ド・ラザフォードだった。何ていうか、怖いわね。どうしよう。逃げるか。襲われたら抵抗できそうにない程に大きい。まさに死神です。足が震えて動かない。しかし、私の光が彼に触れた瞬間だった。パキン、と乾燥した陶器が割れるような音が響きました。
「あああ!」
仮面が砕け散り、そこから現れたのは、息を呑むほどに美しい青年の素顔。夜空を映したような黒髪に、濡れたように輝く紫の瞳だった。すごい綺麗な顔。
「呪いが消えた? あなたが、やってくれたのか」
彼は信じられないものを見るように自分の手を見つめた後、ふらつく足取りで私に歩み寄り、私の手をそっと、けれど逃がさないほど強く握りしめました。私はただ受け入れるしかなかった。
「ああ、なんてことだ。救い主が、こんなにも愛らしい女性だったなんて」
先ほどまでの威圧感はどこへやら。彼は私の手の甲に、熱烈な、とろけるようなキスを落としました。
「リリアーナ様、と言いましたか。今日からこの領地も、私の心も体も、すべてあなたのものです。絶対に、どこへも返しませんからね」
あれ?
慰謝料で悠々自適な引きこもり生活を送るつもりだったのですが、なんだか公爵様の視線が、想像の百倍くらい熱い気がするんですけど!




