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精霊の奏者  作者: ゆきあさ


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星の雨の夜

来ていただいてありがとうございます!




ハーディー・エクランドの元に一つの報告書が届いた。今頃、同じものがオルブライト伯爵家にも届けられているだろう。


「これでいくつめの報告書だったかな……」

ハーディーは読み終わった書類の束を机の上に静かに置いた。本来ならば部外者は見る事ができない報告書だったが、ハーディーはセシリー・オルコットの支援者として特別に閲覧を許されていた。報告書には呪法を持ち出したとされる犯人とその身柄の確保、アクロアイト王国国内における呪法の行使内容などが書かれていた。ハーディーにとっては特に興味を引く内容ではなかったが、最後の項目だけは比較的じっくりと目を通すこととなった。


マーシ―・プラットの状況について。

あの事件の後、極度の心神耗弱状態に陥ったあの娘は城の地下牢に閉じ込められていた。事情聴取をしようにも意識が朦朧として、まるで魂が抜けたように意思疎通が図れなかった。それが最近になって意識がはっきりする時間が出てきたという。これで事件の全容解明が進むだろうとのことだ。


「だからといってあの二人が戻って来る訳でもないんだけどね……」

ハーディーは立ち上がり窓に近づいた。

「セシリー・オルコットとフィル・フィランダー・オルブライトがこの世界から姿を消してもう一年か……」

書斎の窓から見える景色は夏も盛りといったところだった。木々の濃い緑の葉が強い日差しを反射して眩しい程だ。彼はリオ村から戻り、星の聖地の街に滞在している。セシリーがこの世界から消えてからは時々彼女の故郷の村を訪ねていた。支援者として自分が預かった少女についての報告をその父親にするのは当然だと考えていたからだった。


「オルコット氏はまるでこうなるのがわかっていたようだったな」

娘が大精霊とともに精霊界へ行ったことを告げた時、セシリーの父親は特に驚かなかった。

「あの子がリュラーを始めた時から、いずれこうなると思っていました」

そう言った父親はどこか遠くの空を諦めたように見ていた。

「あの子は母親にとても良く似ています。あれの母親も精霊に愛されていた。あの子はもしかしたらもうこちらへは帰って来ないかもしれません」

「それは困りますね。僕は彼女の支援者であり、一番のファンでもありますから。彼女は以前にも一度時の聖地から生還しています。今度も必ず帰って来ますよ」

「……そう、ですね」

彼は呟くように答えて肩を落とした。


セシリーの父親は一気に老け込んだように見えたが、セシリーの妹のロージーがデリクとの結婚して戻ってきているので心配はないだろう。ロージーはあの事件の後、利き腕が上手く動かなくなり学園を退学していた。二人には子どもも生まれ、彼は孫の世話で忙しいらしい。




そして現在、星の聖地では深刻な異変が起こっている。もうじき星まつりが始まるというのに何故か精霊の姿がほとんど見られなくなっているのだ。星の聖地だけではない。あの黒い精霊の事件の後から、アクロアイト王国中で精霊の目撃数が激減している。


精霊達の加護を失ったせいか、この一年不安定な気候が続いている。直近では大嵐が各地を襲い、今も被害が続出している。『黒い精霊、呪法、呪術が行われたことで精霊達の怒りをかったのだ』有識者達はそう見立てていたし、ハーディー・エクランドもまた同様に考えていた。

「僕達だって大切な仲間が悪事に利用され傷つけられれば怒りに震えるだろう。精霊だってそれは同じだ」

ハーディーは深くため息をついた。


「星の音楽団はハミルトン姉妹を筆頭に頑張っているんだけどねぇ……」

今も星の聖地、岩の座からは歌や演奏が聞こえてくる。精霊達の数もあの事件の直後からほんの少しずつ増えてきてはいる。

「このまま我々は精霊に見放されてしまうのかな……」


この夜、星が一つ流れた。





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温かな虹色の光の中で一心にリュラ―を奏で続けてた。演奏の合間に眠ったままのフィルに触れる。


あったかい。大丈夫、生きてる。


その事実に涙が出るほど安堵して、私はリュラ―をもう一度手に取った。フィルの体は温かいまま。時の大精霊様に守られて私達は精霊界にいた。


あ!今、黒い影が一つフィルの中から消えた。小さな光が蝶の姿で私の周りを飛び回ってる。お礼を言われてるみたい。よーし!この調子であと三人っ!少し体の力が抜けそうになったけど、何とか私は気合を入れた。私達の周りにはたくさんの精霊様達がいつもいてくれて、何だかとてもあったかい。時々、ゲイルやウィリディス様や雪の大精霊様や星の大精霊様が様子を見に来てくれて、励ましてくれる。なんと精霊王様も一度だけお顔を見せてくれたんだ。そうすると私はまた元気が出てきて頑張れるようになる。きっとみんなが力をわけてくれてるんだと思う。


こっちに来て随分経ったような、まだそんなに経ってないような不思議な感覚。そういえばお腹も全然空かないし。私もフィルも生きてる。それだけでいい。私はフィルを助けるためにただひたすらにリュラ―を弾き続けた。



そして時の聖地の空に星が一つ流れた時、深くて青い瞳が私を見た。涙が溢れた。




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虹色の光の中、私はちょっと困ってる。

「あのね……フィル」

「ん?どうしたのセシリー」

「みんな心配してるから、そろそろ」

「わかってる」

「…………」

目覚めたフィルが私を抱きしめたまま離してくれない。そりゃあ、最初に抱き着いたのは私なんだけど……。周りで精霊様達に見られてると思うとかなり恥ずかしい。


「フィルってば!そろそろ帰ろうよ!」

「…………セシリー、冷たいなぁ。ずっと僕から離れなかったのに……」

ああ!そんな小さい子にするみたいに頭を撫でないで!

「そ、あ、あの時は……安心して……本当に死んじゃうかもって思ってたから……」

フィルの中の黒い精霊を全て清め終わったあの時、目を開けたフィルに抱き着いてずっと泣いてしまった。

「心配かけてごめん……」

「たぶん、みんなも同じだと思う。だから……」

「わかったよ。帰ろうか」

フィルは渋々といった感じでようやく私を離して立ち上がった。


『行ってしまうの?』

今日は美しい女性の姿で、時の大精霊様が現れた。

「時の大精霊様、お力をお貸しくださってありがとうございました!」

『善きもの、美しきものを守ることは大切なことです。こちらこそ、わたくしたちの仲間を守ってくださってありがとう、妙なる奏者よ』

微笑む時の大精霊様の周りを蝶や蜻蛉や小鳥達の姿の精霊様達が飛び回ってる。


『そうだ!いっそこちらの世界で暮らしませんか?』

「え?!」

『あちらの世界は危ないわ。それに山風の大精霊との約束もありますし』

「山風の大精霊……ってゲイルのこと?約束って……?」

『精霊の世界へ来ていただけるのでしょう?』

「?……あ、思い出した!確か前にそんな約束をした気がする……」

「セシリーっ?!」

フィルがものすごく焦ってる。かくいう私も焦ってる。だってすっかり忘れてたから。

「確かに約束しましたけど、あれって旅行みたいな意味かと思ってました……」

時の大精霊様はにっこり笑って首を左右に振った。ど、どうしよう……。あの約束って精霊界に永住って意味だったの?


「なるほど……わかりました。その約束、僕も一緒でもいいでしょうか?時の大精霊様」

『まあ!貴方もこちらへ来てくださるの?嬉しいわ!』

「フィ、フィル?一体何を?」

「僕達はここへ帰ってきます。あちらでやるべきことを終えた後で」

フィルがそっと片目を瞑った。あ、そういうこと?もっとずっと年を取った後でも約束は守れるもんね。フィル、上手いわ!

「少し時間はかかると思いますが、お待ちいただけますか?」

『それなら仕方がありませんね。ゆっくりお待ちしています』

時の大精霊様はため息をついて、手に持ったロッドを振った。


扉が開き、懐かしい星の聖地が見えてくる。フィルと私は手を繋ぎ、流れる星と星の精霊様達と一緒に空を駆けおりていった。



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「もうっ!もうっ!心配いたしましたのよ?!」

コリンナ様に強く抱きしめられて、息が止まりそう。


フィルと私が帰って来た時は、星まつりの真っ只中でなんとあの事件から一年以上が経ってしまってた。岩のステージでは夜通しの演奏会中で、突然現れた私達のせいで大騒ぎになり演奏会が中断するという前代未聞の事態になってしまった。申し訳ないことをしちゃったわ。


でもその後は無事に演奏会が再開されて、フィルと私も飛び入りで参加させてもらった。一緒におりてきたゲイルはそこらを跳ねまわってるし、ウィリディス様や他の大精霊様達がステージの端っこに腰かけて楽しそうに演奏や歌を聞いてるし、何だか前に見た時よりも流れ星の数が多くて、精霊様達もたくさん集まってきて、とても賑やかで楽しい演奏会になった。


「君達が消えてから、精霊も姿を消して大変だったんだよ」

クラム団長さんの目の下にはクマができてる。

「本当によく帰って来てくれました~」

「本当よ~!無事で良かったわ~」

ミルン副団長とジョディ―さんはもう酔っ払っちゃってるみたい。

「まさか精霊を引き連れて帰って来るなんて、派手だね」

クラークさんは相変わらず大皿に盛られた彼専用の料理を次々と平らげてる。

「守り石が効かなかったみたいですまなかったな……」

エルベ先生はずっと気に病んでたみたい。これにはフィルも慌ててフォローしてた。

「いいえ。ちゃんと守ってもらえましたよ。ただ、呪法が強すぎて黒い精霊が何体もいたんです」

「……そうか……」

「とんでもないことになってたんですね」

エルベ先生とディオン君は難しい顔をして考え込んでる。二人はヴァシスベリル王国の出身だからか、呪法のことにも詳しいんだよね。



「え?!コリンナ様、婚約なさったんですか?」」

「ええ。ご縁がありまして、ブライアン・アスール様と」

アスール様はポロス学園の卒業生でコリンナ様と同じヴィオラの奏者だ。

「わあ、おめでとうございます!」

「ふふ、ありがとうございます」

コリンナ様、お幸せそう。そっかぁ。一年も経っちゃったからみんな色々変わっちゃってるよね。


少し深刻な話題もあったけど、うちあげの宴会は大盛り上がりになった。みんな私達の帰りを喜んでお祝いしてくれた。みんなの近況も聞くことができた。クラム団長からも聞いたけど精霊様の数が減って、アクロアイト王国では災害が頻発したそうだ。さっき見た星の聖地は以前と変わらない気がしたけれど、そんなことになってたんだ……。これからはもっと演奏会を頑張らないと!




✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧



「今年はいつもより流れ星が多いね」

「そうなの?確かに去年よりも多い気がするけど」


フィルと私は岩のステージの上に並んで座った。三日三晩演奏して、朝から宴会をしてた星の音楽団の団員達は今はみんな疲れて眠ってる。私達は今まで二人で岩のステージで演奏をしてた。

「二人だけの演奏会は久しぶりだね」

「うん。私はずっとリュラ―を弾いてたんだけど、一人よりもフィルと合奏するほうが楽しい」

夜空にはたくさんの流れ星、夜の草原にはたくさんの精霊様の光。


「昼間に父と連絡を取ったよ。近日中に登城せよとのことだった」

「お城に?事情聴取?」

「ああ。僕らは被害者だから説明だけで終わるだろうけれど、彼女は……」

マーシーはあの後ずっと意識がはっきりせず、最近になってやっと言葉が話せるようになったそうだ。「今は城の医療監獄にいるけど、この後は通常の牢に移される。その未来は明るいものではないと思う」

「そう……」


フィルを殺そうとしたことは絶対に許せない。けど、私がマーシーを追い詰めてしまったのかなって思うと胸が苦しかった。私はフィルを好きだし、誰かに譲ったりはできない。……マーシーはフィルを殺そうとしたんじゃないのかも。フィルの心が欲しかっただけなのかもしれない。それが呪法のせいでああいう形になってしまったの?いつかマーシーと話をする機会があったら聞いてみたい気もする。


「さあ、これから大変だな」

フィルはハープの隣で一つ伸びをした。

「みんな疲れて眠っちゃったけど、フィルは大丈夫?」

「うん。不思議と全然眠くないし、体も何ともない。逆に力が漲ってくるくらいだ。セシリーこそ大丈夫?」

「うん。私も元気!たぶん精霊様達が力をわけてくれたんだと思う」

時の聖地で過ごして、体質が変わったのかな?


「城での説明が済んだらまずは卒業試験を受けないと」

「え”っ?!試験があるのっ?!」

思わず変な声が出た。

「だって僕らは本来ならとっくにポロス学園を卒業してるはずなんだから。さっさと試験を受けて卒業しないとね」

「うう……大丈夫かなぁ」

無事に帰って来たと思ったら厳しい現実が待ってたよ。試験……私の天敵。

「そんなに深刻にならなくても大丈夫だよ。形式的なものだから。それに僕が勉強をみるよ」

「あ、ありがとう……フィル。でも来年の春まで在籍してもいいんじゃないの?」

そうすればゆっくり勉強できるしね。学園の規則的にダメだったっけ?

「それは駄目だ」

あ、やっぱり留年とは出来ないんだ。残念。


「だって、結婚式が遅くなっちゃうからね」

「え?けっこん?……って結婚?!」

「そうだよ。元々卒業したらすぐに結婚式を挙げようと思ってたからね。全く。準備も始めてたのにまたやり直しだよ」

「え?え?ええー?!」

「……嫌だった?」

「そ、そうじゃなくて!こんなに急だって思ってなかったからびっくりしちゃって……!」

「あの時、僕を好きだって言ってくれたよね?」

「う、うん」

「僕達は婚約してるよね?」

「うん。そうね」

「だったら何も問題無いよね?」

「うん……そうかも……っ!」


抱き寄せられて口付けられた。何度も何度も。


「これからはずっと一緒だ」

「うん。ずっと一緒ね」


合間に交わされた約束を祝福するように幾百もの星が流れた。







ここまでお読みいただいてありがとうございました!

このお話はここで終わりとなります。

ブックマークや評価をありがとうございます!

お読みになられた方が少しでも楽しい時間を過ごしていただけてたらとても幸せです。

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