黒くなる
来ていただいてありがとうございます!
※前半ノーラ視点です。
「はぁ……」
あれからマーシ―がかなり落ち込んでる。今回は準備期間が全然なかったんだから、入団試験なんて落ちても仕方ないのに何を焦ってるんだか……。本当に困ったもんだよ。うちらの街では一番のヴィオラ弾きなんだからもっと自信をもって堂々としててもらいたいのに。
星降り亭での仕事も休んでるから、私が二人分働かないといけなくなってる。エイミーは元々裕福な商家の娘で働く必要はないし、セシリーは今回星の音楽団に入ったからもう手伝いには来てくれなくなるんだろうし、マーシーにはさっさと復活して欲しいのに。まあ、オーナーもマーシーの心情は理解してくれてるから、まだいいけどさ。優しいよね、オーナーってさ。
「ポロス学園で受かったのは後は三年生が五人。セシリーにハミルトン様にオルブライト様。そして一般枠が二人だったか。今回は多かったなぁ」
ランチタイムが終わって、山のような食器を洗いながら先生達の立ち話を思い出した。
「ノーラ、それは後でいいからマーシーと一緒にお昼を食べておいで」
「は、はい!ありがとうございます」
いつもは仕事に厳しい厨房のマダムクックが優しい。試験に落ちたマーシーを励まして来いってことだよね。
私は星降り亭の三階に、かごいっぱいの焼き立てパンと熱々のブラウンシチューの皿を乗せたトレーを持って上がった。私とマーシーの部屋は屋根裏部屋だ。とはいっても明るくて清潔で一人部屋だ。ベッドも机もドレッサーもクローゼットもあって、セシリーに聞いたところによると寮の部屋よりも広いらしい。まあ、寮と違って防音の練習室は無いけど、私は十分満足してる。マーシーは不満そうだったけど、星の聖地のある野原で星を見ながらマーシーと一緒にヴィオラを練習するのはすごく楽しいんだよね。
マーシーの部屋を訪ねると、マーシーはベッドの上で布団をかぶって不貞腐れてた。泣いてないのは良かったけど、これは面倒くさい気配がする。
「…………学園辞めようかな」
ぼそりと呟いた言葉に心底驚いた。
「え?!そこまで?まだあと一年以上あるのに?」
「だって……二人が一緒に音楽団に入るなんて……フィル様がセシリーに取られちゃう……そんなの見たくないわ」
「え?そこ?」
てっきり星の音楽団に入れなくて落ち込んでるのかと思ったら違ったのか。やっぱり面倒なことになってる。
「玉の輿を狙いたいなら、音楽団にはもっと条件の良い人がいるはずだよ?」
「別に玉の輿とかじゃないわ。フィル様がいいの!王子様じゃないけど、王子様みたいなんだもん」
なんとか説得しようと思うけど上手くいかない。これはちょっと厄介かもしれない。ちゃっかりオルブライト様を「フィル様」呼びしてるし、恋は盲目ってやつなの?今までは星の音楽団に入るためのモチベーションになってたのに、恋心が邪魔になっちゃってるじゃないか。せっかくの焼き立てが冷めないうちにパンをちぎって口に放り込んだ。うーん……。
「でもほら!セシリーはオルブライト様のことは特に何とも思ってないみたいじゃない」
まあ、オルブライト様の方はセシリーをかなり気に入ってるみたいだけど。
「そんなの!いつ変わるかなんてわからないわよ!」
まあ、マーシーの言うことも尤もなんだけどさ。
「まあ、仮にそうなってもマーシーが奪い返せばいいんじゃない?来年受かった後に」
「……それはそうなんだけど……ああっ!もう!このおまじない、全然効かないじゃないっ!」
マーシーがヒステリーを起こして床に投げつけたのはあの赤い石だ。拾い上げた石は、もうずいぶん黒ずんてしまってる。
「だから言ったじゃない。これは子ども騙しだって。いい機会だからこれは手放してしまいなよ」
セシリーが危ないものだって言ってたけど、これはそこまでじゃない。
「でも、これのおかげで選抜にも入れたし、推薦状も集まったし……。そうだわ!新しい石をいくつか買ってくる!きっと石一つじゃ足りなかったんだ!」
「ちょっと、ちょっと!この石結構高かったよね?そんなに買ったら新しい服を買えなくなるよ」
「……う。それは困る。でも……二つ!二つにするわ!」
「……はぁぁぁ。それでマーシーの気が済むのなら好きにしたら?ほら!早くご飯食べちゃおうよ」
「うん。食べたらちょっと出かけてくる」
「その後でちゃんと仕事にも来てよ?」
「わかってるわよぅ……」
ジト目で睨むと、マーシーは頬を膨らませた。
困ったなぁ。マーシーにはすごい才能があるのに。なんだかセシリーが来てから全部悪くなった気がするなぁ。
その時無意識にスカートのポケットに触ってしまったみたいでカチリと鈍い金属の音がした。一瞬ひやりとしたけど、自分のことで手一杯のマーシーは気がつかなかったみたいだ。良かった。これは誰かに見られちゃダメなんだから……。
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最近アクロアイト王国では断続的に雪が降り続いてる。暖炉には赤々とした火が燃え盛ってるのに、部屋の中でも少し寒く感じるほど今年の冬は厳しいらしい。リオ村ではこれくらいは割と普通だから私は平気なんだけどな。
「二人ともよくやってくれたね!僕も鼻が高いよ!」
ハーディー・エクランド様は私達の星の音楽団入団を大喜びしてくれた。エクランド様は私を支援してくれてる伯爵家の人で、故郷から出てきた私の保護者のような立場の人なんだ。今日は練習の合間にエクランド様のお屋敷に招待されて、フィル様と一緒に星音の宮から来たんだ。
「いやあ、最近精霊達からの僕達への当たりがきつくてねぇ。でも君達のおかげで精霊達の機嫌がとてもよくなったんだ。本当に助かったよ。」
当たりがきついってどういうこと?人間が精霊様に怒られてるの?
「何かあったのですか?」
「しかし、君は当然のように一緒に来るねぇ、フィル」
あれ?フィル様も一緒に呼ばれたんじゃないの?
「嫌だなぁ、旧知の仲じゃないですか。僕も一緒にお祝いしてくださいよ、ハーディー兄様」
「ああ、その呼び方懐かしいねぇ。フィル坊や。まあいいや」
「それで?精霊達に何か起こったのですか?」
フィル様はもう一度エクランド様に質問をし直した。
「精霊に何かが起こったんじゃないな。僕達の世界におかしなことが起こってるんだよ。闇の聖地から呪術の書が盗み出されてね。あちこちで呪術が行われちゃっててさ。収集がつかないんだ。それで上位精霊達が怒っちゃっててね。困ったものだよ、あははは」
え?何それ……。そういえばコリンナ様も同じことを言ってた気がする。でもそれでどうして精霊様達が怒ってるの?そしてそんな軽い言い方で大丈夫なの?
「それは笑い事ではないのでは?」
フィル様も同じように感じたらしく、眉を顰めてる。
「そうなんだよね。この前の嵐も土地によっては浸水などの被害が酷かったんだよ」
エクランド様は一転して酷く真面目な表情になった。この前の嵐って大風の演奏会の時の……。そうだったんだ。確かにあの時は雨と風が強くてちょっと怖かった。
「まあ精霊達が力を貸してくれたからあれでも抑えられた方だと思うけどね」
「僕達は自然の脅威に対してはあまりにも無力ですから。だから先人達の知恵の他に精霊達の加護の力を頼りにしています」
「ああ。そのための音楽団だ!美しい歌、美しい音楽。それに美しい芸術。さらにそれを生み出す美しい心。そんなものが精霊達のお気に入りだ。そしてその真逆のものを忌み嫌う。それが僕達の中に存在すると理解してはいても」
「精霊達が忌み嫌うその最たるものの一つが呪術という訳ですね」
「さすが、フィル。理解が早いね。そう。王国は持ち込まれたた呪術や呪法のほとんどを回収したんだけどね、精霊達の機嫌は直らなかったんだ」
そっか、呪術やおまじないは努力せずにお願いを叶えるものだから、そういうズルをしようとする心が好きじゃないってことなのね。おまじないとか好きだったけど、もうやらない方がいいのかも。
「だから僕達なんですね」
「そういうことだ。大精霊達に気に入られた君達を音楽団に入団させて、ご機嫌を取ろうとしたんだよ」
あれ?でも私達の受験は精霊王様のご意向じゃなかったっけ?なんかおかしい気がするけど、ちょっと口を挟める雰囲気じゃなかった。
「お披露目の演奏会、くれぐれも頑張ってくれよ。じゃないと今度は……」
エクランド様は窓の外を見た。
「そういえばここ最近ずっと」
フィル様も外を見た。
ずっと雪が降り続いてる。
来ていただいてありがとうございます!




