巣窟の奥での再開
「くそっ……!多すぎるぞこいつら……!」
「フィリミル君!今どのくらい進んでる?!」
ゴブリンの群れに押し返されないよう、全力で剣を振るいながらフリオがフィリミルに確認する。前線にいる俺達には後ろを振り返る余裕が無いからだ。
今のところ巣窟をどのくらい進んできているか。それが撤退を判断する材料になる。
「……駄目です!まだ百メートルも進めてないです!」
「……そうか。フリオ、分かってるな?」
「分かってる。……そろそろ潮時だね」
このまま進んだところでシェピアが手遅れになるのは目に見えているし、こちらの損害も増えてしまう。つまるところ、ここで撤退だ。
まさか百メートル進むだけでここまで大変だとは思いもよらなかった。
「エテルノさん!逃げてください!」
「なっ……?!」
後ろを確認していたフィリミルが唐突に走ってきて、俺を突き飛ばす。唐突な攻撃に思わず俺はよろめき、すぐに体制を立て直すとフィリミルに文句を言おうと――
俺の立っていた地面が、大きく抉られているのが目に入った。何かとんでもない力で吹き飛ばされてできたような跡がダンジョンの地面に残る。俺でも膝まで埋まりそうなほどの大きな跡だ。
「エテルノ!無事かい?!」
「あ、あぁ。大丈夫だ。何があったのかは分からないがフィリミルが助けてくれた」
フィリミルが唐突にあんな行動をした理由は予測できる。フィリミルのスキルによるものだろう。
フィリミルの『先見』は不意打ちや罠に対して非常に有用なスキルだ。『先見』によって今の攻撃を予知していたのだろう。
今回も、フィリミルが居なければ俺があの攻撃を受けるかもしれなかったと思うと……ゾッとするな。
「フィリミル、助かった!」
「いえ、お気になさらず!それよりも今、魔獣が魔法を放ってきたように見えたのですが……」
フィリミルの見る先には確かに、杖を持ったゴブリンがいた。杖は……シェピアの物ではないな。町から盗まれていたのだろうか。
魔法を使うゴブリン。稀ではあるが『ゴブリンシャーマン』として確認されたことがある。油断ならない相手だ。
「だが残念だったな。不意打ちならまだしも、姿を見せている時点で俺の勝ちだ……!」
魔力を集中させ、ゴブリンシャーマンに向けて魔法を、放とうとした。
「そこ!どいてどいて!巻き込むわよー!!」
「えっ?」
唐突に後ろから声が掛かり、思わず魔法の準備を中断して振り向く。フリオ達も同様に振り向いたようだが――
巨大な氷槍が何本も、俺たちの鼻先を掠めてゴブリン達の方へと飛んでいった。
「こ、怖ぁ?!」
「ごめん皆!遅れたわ!」
氷槍に続いて走ってきたのはグリスティアだ。手には杖を抱え……って束ねて十五本ほど一気に持ってきてないか?どういう状況だそれ。
「グリス!良かった、来てくれたんだね?」
「えぇ。ごめんね、さっきの魔法当たらなかった?」
「ちょっと腰が抜けたぐらいで済んだから大丈夫だよ!」
フリオとグリスが戦いの場だというのに談笑している。片や腰が抜けてへっぴり腰、片や大量の杖を抱えている、という訳の分からない絵面ではあるが、以前までの暗い雰囲気はどこにもない。
そう。グリスティアが、完全に普段の調子を取り戻している。
「あー……まず、その杖、なんでそんなに持ってきた?」
「え?だって敵はたくさんいるんでしょ?」
まぁ、うん。そうだな。ゴブリンはたくさんいるよな。
「ってことは、たくさん倒さなきゃよね?」
「そうだね。だから魔法使いであるグリスを呼んだんだけど……」
「じゃあ、一度にたくさん魔法を撃てるこっちの方がいいじゃない?」
「……どういうことだ?」
当然のことのように言っているが、正直何を言っているのか分からない。
グリスティアは自分の説明が伝わらないことが不満だったのか腑に落ちないような顔をすると、気を取り直すように言った。
「ま、見てれば分かると思うわ。行くわよ……!穿て!解砕貫槍!」
グリスティアが呪文を詠唱すると、束ねられた何十本もの杖から鋭く尖った氷の槍が出現する。本来は一本しか出現しない魔法なはずなのだが……杖を束ねて一度に何発も放つ?
そんなのありか?
「グリスのこの技を見るのは久しぶりだねー」
「それだけ本気ってことよ!」
「いや、ちょっと待てフリオ。見たことあるような口ぶりだが……?」
「うん。あるよ?」
そうか、あるのか。
いや、技とか言っていたがこれ普通に力技だろ。しかも一発一発の魔法を、同時に、複雑な動きをするように制御までしている。
グリスティア、想像以上に化け物並みのスペックだ。
「さ、道も開いたことだしどんどん行くわよ!」
「エテルノ!行くよ!」
「お、おう……」
あれだけ居たゴブリン達がほぼ吹き飛ばされ、グリスティアを先頭に救助隊はどんどん進んでいく。こんなの、ありなのか……?
釈然としない気持ちを抱えながら、俺も後を追うのであった。
にしても、ここまでグリスティアの気持ちが変わるとは。何があったのやら……。
***
視界が揺らぐ。地面に倒れ、目の前もぼやけてきたが、意識は消えていなかった。
出来る限りの抵抗はしようと杖を持ち上げ、集中--
「ギギィヤァ!」
「ッ……」
ゴブリン達がそんな私の動きを見逃すはずもなかった。すぐに杖を取り上げられてしまう。
ゴブリン達は興味深げに杖を観察したあと、杖の先端に取り付けてある宝石に興味を持ったようだった。すぐに周囲の石を拾ってきて、杖に叩きつけ始めた。
「や、めて……!」
上手く動かない口で、どうにか声を絞り出す。その杖は、大切な杖だ。だから――
と、私が声を上げたことによって私のことを思いだしたかのようにゴブリン達が振り向いた。
そして、下卑た笑いを浮かべる。
群れの中の一匹のゴブリンが、私の服を掴んだ。それをきっかけに、何匹も、何匹も、ゴブリンが私に群がってくる。まずはローブを、服を、下着を、剥ぎ取り、引き裂き、辺りに放り捨てる。
もう、悲鳴すら声に出なかった。痺れた手足は、もう動かすことすら敵わない。これがゴブリンに捕まった女の末路だ。私は、私は――
――私を掴んでいたゴブリンの一匹の頭が、音を立ててはじけ飛んだ。
ゴブリン達が騒ぎ出す。唐突に仲間が死んだのだ。騒ぐのも当然だろう。
私が何かしたとでも疑ったのだろうか。何匹かが私の首を絞め上げようとして、パパパン、と、これまた軽快な音を立ててはじけ飛んだ。
「--ただいま、シェピアちゃん」
声がした。いつも一緒にいた、親友の声。私達を裏切って逃げた、裏切り者の声。
幻聴なんじゃないかと、自分のことを疑う。あんなに彼女に冷たく当たってきた自分を、助けに来るはずがない。
私よりも実力があるのに冒険者に甘んじていることに腹が立った。だから、怒りをぶつけてしまったのだ。
最後に話した時だって、もう彼女とは関わらずにいようと、師匠のことを理由に絶交宣言をした。
そんな私を助けに来るなんて、よっぽどな善人でもないとありえないことだ。
「今助けるから、待っててね!」
あぁ、そういえば彼女は、聖人みたいな優しい子だった。
もうとっくに感覚のなくなった頬を、涙が伝ったような気がした。




