アレックスとサフィーナ
「急に来てすまない、サフィーナ」
「ええ、本当に。私、朝食前なの。マナー違反で申し訳ないですが軽く食べながらお話ししましょう? アレックス様も召し上がって?」
すまないと思うのであれば。お願いだから常識的な時間に来て下さい…。
ソファに腰掛けお茶を飲んで待っていたアレックス様。彼の刈り込まれた短い金髪に窓から差し込む朝日があたってキラキラと輝いているし、ラフな服装ながらもすらりとした体格や一つ一つの仕草が本当に美しい。顔つきは柔和というよりは研ぎ澄まされたナイフのように鋭い印象だけれど整っていて…そう、とても単純バカには見えない。本当に。どうしてこの顔とこの気品を持っているのに筋肉脳みそになってしまったのか…。
「先日、ジェルド殿下に学園生活について話をしたそうだな」
「ええ、失礼かとは思いましたけれど。学園に在籍していない私にまで詳しい話が流れてくるようでは…と思いましたので」
「そうか…」
「ですからその件についてご相談したくて貴方に手紙を出したのですわ」
「そうなのか」
アレックス様の反応がちょっと嬉しそうになっているわ…。私より年上だけれど相談、というか頼ったことがほぼなかったからかしら?
「殿下のご様子はいかがですか?」
「政務などに支障はないな。…時折なにかを考え込んでいらっしゃるが」
「アレックス様は学園の舞踏会に出席されますか?」
「殿下の付き人兼護衛として会場内にはいる。…誰かと踊りはしない」
アレックス様? 念を押すように踊らないことを強調しなくても大丈夫です。
「私、学園に在籍していないので舞踏会が気になるのですが出席はできませんの。ですから、アレックス様に見ていてほしいのですわ」
「? 何をだ?」
この話の流れで全くわかっていなさそう。なんとなく察していただきたかった。もうちょっと脳みそを育てる必要がありそうね。
「ジェルド殿下とクレア様とマリア様ですわ!」
「…見ているだけでいいのか?」
アレックス様はちょっと考える素振りを見せたあと不審そうに私に言う。アレックス様ですら何らかの問題が起こる可能性を危惧していらっしゃるのね。あ、護衛も兼ねているのなら当然か。
「アレックス様はどうお思いですか?」
「ジェルド殿下はマリア嬢を正式な婚約者になさりたいのだろう。俺は普段は学園に付き添わないから事実は知らないが、殿下はクレア嬢の振る舞いをよく思ってはいないようだな。最近は個人的な調べものや何らかの手配を俺には任せてくださらないが、おそらく婚約破棄をするつもりで動いているのではないのか?」
アレックス様、本当は任せていただきたいのね。でも貴方、単純バカで正義感も強いから殿下は貴方からの非難や軽蔑の目が怖いのよ、きっと。それにしても私の忠告、ちょっと遅かったかしら…。このまま夢の通りに進めばクレア様は舞踏会の場でものすごく屈辱的な方法で婚約破棄を言い渡されてしまうし、そうなれば次の縁談は絶望的。というか社交界にいるのも致命的なのでは? でもアレックス様に内密に動いてると言うことはご自身のやり方にちょっと後ろめたさもあるはず。どうしよう…。
すっかり食欲がなくなってしまった。
ネネリィが冷めてしまったお茶を替えてくれる。温かいそれを一口飲んでマイナスに流れてしまう思考を落ち着かせる。
「学園内の舞踏会、今の情勢、相手が令嬢であることから考えれば普通は俺が剣を抜く様な事はほぼ起こらない。普通じゃない可能性もあるが」
「そうですわね」
「俺は基本的に殿下の意向に従う。目に余るようなら令嬢を会場から連れ出すくらいはできるだろう」
「…お願いしますわ」
アレックス様、単純バカは卒業かしら? なんだかすごく頼もしく見えるのだけど。
「サフィーナ、声に出ている。俺はなぜ自分が文官として殿下に仕えているのかも父上と公爵の思惑も理解しているつもりだ。俺自身の性格についても。サフィーナの俺への評価が上がったのなら素直に喜んでおこうと思う」
アレックス様のこういうところはとても魅力だと思う。根が真面目だからかしら。心の声が漏れてしまったことはもう忘れる。
「殿下へ直接苦言を言ったのであればもちろん独自に裏付けをとっているのだろう? まぁ、それを俺が殿下へ伝えてもどこまで信じてくださるかはわからないが…」
「ええ、もちろん調べてあります。ですが殿下にもその事はお伝えしていませんし、貴方にもお伝えしませんわ」
「だろうな。俺も俺で調べてみよう。…早くからすまなかった。俺はもう行く。見送りはしなくていいからゆっくり食べてくれ」
お言葉に甘えてネネリィに見送りを任せる事にした。
アレックス様、文官仕事の成果かしら…? なんだか別人の様だわ。あの人、単純バカで正義感強くて筋肉脳みそだけど熱血漢ではないのよね。淡々としてるから頭の回転が早くなるだけで本当に変わるわね。
前話の文章になんとなく違和感があるので修正したいのですが…とりあえず次話を投稿しました。
勢いに任せすぎてて申し訳ないです