08 森の中へ
森の中に飛び込み、馬から降りてそのまま暫く奥に入る。
バルフートは突っ込んでこないとは思うが、念の為だ。森の外縁部の木々はバルフートより背が小さいので、少しくらいなら気にせず轢き倒されるかもしれない。
そう間もなくあたりに地響きがしはじめ、遠くで木がへし折られて倒れる轟音が聞こえるようになった。
やはりあの巨体で遠近感が狂っていたらしく、そう鈍いわけでもないらしい。
「行くぞ。ここもまだ危なさそうだ」
ネッドに促されて音から逃れるように進んだ。
木の根がぼこぼこ出ている上、下草と苔で地面が覆われていて滑るせいで足を何度か取られたけど、ラルハネーシュが助けてくれた。数回コケそうになった時点で馬の手綱が御者に引き取られ、馬に注意を払わなくてよくなったおかげでなんとか歩けるようになった。
そうして暫くすると、少し拓けた場所に出た。
地面の様子が今歩いてきたところとは違っていて、少しばかり草や苔は生えてるが、ところどころ土が露出している。
「道……じゃねェな。休息地として誰かが使ったんだな」
「休息地の痕跡があるということは、近くに道もあるかもしれませんね」
「少しここで休む事にする。馬車が無くなったから、この先どうするかも決めなくちゃならねェしな」
そう言うと、ネッドは道具袋から長細いクリスタルのようなものを取り出して、周囲四箇所に埋めた。
不思議そうに眺めていたら、「魔物よけだ。詳しい仕組みは知らん」と教えてくれた。
(仕組み、気になるなぁ。ってかあれ何で出来てんのかね。見た目石英っぽいけど……何にせよファンタジーアイテム)
脳内は暢気なもので、つまり私は現状にあまり危機感を感じていないらしい。
森の住人であるエルフとプロの傭兵がいるし、これほどすぐに人がこの森に入った痕跡とぶち当たるという事は、この森が未知の領域じゃないって事だ。現状だとそこまで不安になる要素が無い。
地響きと木の破砕音はまだ続いている。
一体どれだけのバルフートが生息地から逃げ出して来たんだろう?
他の三人がてきぱきと動いて、森の僻地にはあっという間に休憩できる空間が整えられた。何か手伝おうかと観察してる間に作業が終わってしまった。
まあ、しょうがないっしょ。こういう作業含めてネッドを雇ったんだと開き直って、地面に座れるように敷かれた厚布に腰を下ろす。
ラルハネーシュが水筒を渡してくれたので、少し飲んだ。自分で思っていた以上に喉が乾いてた。
「ネッドさん、この森に入った事は?」
「何度かある。ただ、それはもっと西側だ。セフィードリムで魔物の退治依頼を受けての事だったからな」
「人がこのあたりに踏み込むとして、その理由は何でしょう?」
「街道をもう少し進むと、規模は小さいが宿場町がある。そこの依頼ならこの辺も探索範囲だな」
「宿場町は無事でしょうか……」
「大丈夫だろ。流石にそっちまでバルフートは広がってない筈だ」
ネッドとラルハネーシュが話を始めたが、口を挟む間も無いので黙って木に繋がれた馬を眺めていると、「森を歩くのは初めてですかい?」と御者が話し掛けてきた。
小太りな御者のおっさんはエルムといい、傭兵御用達の雇われ御者をしているらしい。
「実は元々、傭兵でして。あまり腕が立たないもんで、馬車貸しの商人に雇ってもらって御者になったんですがね」
そんな経歴なので、まさか寝台馬車のような高価な馬車を引く日が来るとは思っても見なかったとの事。
そして、その馬車がまさか半日も経たないうちに木っ端微塵になるとは夢にも思わなかったとの事だ。
(誰だってそんなん予想してないだろ)
無駄に消費したお金を思うと少しばかり侘しい気持ちになった。
湯水のように金を使っているとネッドからは思われているが、一応これでも考えてはいるのだ。今回の旅の予算は、国王陛下から頂いた支度金の半分までと決めてある。
リダージュからナザレグまで、通る国は三つ。そのうち、今いるサラド公国と、次のレイハイム王国は通商規定によりそのままの馬車で通行できる。
この長めの区間をなるべく快適に過ごすための、ちょっと奮発したフルフラットシート馬車だったんだけどなぁ……。
保険金は降りるだろうけど、流石に全額は戻らないだろうし、二台目を借りる余裕までは無さそうだ。
「リベル、ちょっといいか。セフィードリムに一旦戻るか、先へ進んで宿場町へ行くか、選んでくれ。だがどちらにしても森を抜ける事にはなるぞ。バルフートが木をめちゃくちゃに轢き倒したところなんざ危なくて通れねェからな」
ネッドの中で考えがそれなりに纏まったらしく、そう声を掛けられた。
まず一つ目の案は、セフィードリムに引き返して再度馬車を調達するという事だろう。
「セフィードリムに戻るのは却下。バルフートの件で混乱してるだろうし、国境の門があるとはいえあの街自体はリダージュの管轄だから、兄やら父やらが出張ってくるとまずい。バルフートの騒ぎで戻ってくるかも、とあたりをつけて待ち構えるくらいはすると思うよ」
「……分かった。なら、宿場町を利用しながら馬で街道を行く方だな。馬車がうまく見つかるといいんだが」
宿場町で乗り降りするのは主に乗り合い馬車の乗客らしいので、貸し切り馬車が見つかるかは運次第との事。
ネッドは何を仕出かすか分からない私を乗り合い馬車に乗せるつもりは無いらしく、馬車が見つからなければ宿場町で馬を乗り換えながら街を目指すことになる。
次の街はもうレイハイムとの国境だ。サラド公国は小国で、国境の街と王都以外に街と呼べる規模のものは無い。
「しかし、お前さんの家族もよくやるよなァ」
「てへ。蝶よ花よとめちゃめちゃに可愛がって育てられたからな、私」
呆れたようなネッドに肩を竦めて軽く返すと、ネッドだけでなく他の二人にも何とも言えないような視線を貰う事になった。
いやいや、マジなんだけどなー。
何しろ私の教育内容は本気で金がかかってるので、どこに嫁いでも相当な金が動く事になる。
まあ、その動く分の金はもうリダージュ王家が家に払ってくれるんだから、これ以上私が付き合う必要は感じない。
(そういう打算抜きでも追ってくるだろうけどな。娘を簡単に放逐するような人達でもないし)
当然の話だが、婚約破棄でお役御免、自由を得るチャンスが転がり込んで来なければ、一生を尽くしてもいいと思える人間性の家族だった。
「……んー、じゃあ、そろそろ出発するか。森を抜けて、日が暮れる前に宿場町に辿り着かねェとな」
出発したのが割と遅めだったから、日暮れまであまり時間は無い。私達は頷くと、さっさと立ち上がった。
◇
全く順調に行かないものだ。
セフィードリムに辿り着くまでは、予想外の逃亡劇はあったけど、あんなに順調だったのになぁ。
「クソが、またコボルドが追いついてきた!」
がさがさと長身の人影のようなものが木々を縫って近付いてくる。これで三度目の襲撃だ。どうやらこの辺はコボルドの縄張りらしい。
コボルドは犬に人を掛け合わせたような魔獣で、犬そのものの頭部をしているからか、耳と鼻が利くようだ。体力もあるようで、散らしても散らしても追ってくる。
(狼の狩りみてぇ。獲物が疲れるまで追っかけ回し続けるのか)
「殺しては駄目なのが厄介ですね……」
「血の匂いをさせると更に魔物が寄ってくる。コボルド程度なら殴りゃ怯むし、数匹までなら俺だけで相手できるが、血の匂いに釣られて出て来たゴブリンの群れなんかに襲われたらやべェからな」
普段なら血の匂いで魔獣を誘き寄せるくらいするんだろうが、今はまともに戦闘出来るのがネッドしか居ないから無茶は出来ない。
ラルハネーシュが魔術で補助をしているけど、彼女も荒事に関しては私並みの素人らしく、戦力に数えるには無理がある。
御者は傭兵を辞めて久しく、魔獣相手に通用する体術など無いとの事。コボルドに怯える馬四頭を宥める役目もあるし。
(接近されるたびに蹴散らして、とにかく森から出るしかないな。うはー、コボルドってRPG定番の雑魚敵だった気がするけど、状況次第でこんなやべぇ敵になんのか)
コボルドは接近しながら私達の進行方向に回り込んだようだ。
「まずい、止まれ」
ネッドが私達を背に庇い、鞘に入ったままの剣を構える。
コボルドは木々の後ろから姿を表し、歯をむき出してグルグルと唸った。
(…………あー、)
正面からコボルドの姿をまじまじと見るのはこれが初めてだった。これまでは側面から近付いてきたのをネッドが殴りに行っていたから、チラッとしか見えなかったのだ。
そうやって相対したコボルドは……。
(…………コーギーみてぇ……)
割と愛嬌のある見た目だった。




