07 出国早々即逃走
「筋肉痛が酷いからとっとと馬車借りよ馬車。疲れるし、次は椅子型じゃなくて寝台タイプね」
(フルフラットシートでゴロ寝しながら馬車の旅とか、小さい頃車のトランクルームで転がりながら遠出した事思い出すねぇ。この世界にもはよ登場しねえかな自動車。いや、魔動車?)
「寝台馬車だァ? とんでもない贅沢言い出したなオイ。めちゃくちゃ高くつくぜ」
「快適を金で買えるなら安いだろ。何も別に部屋みたいに改装したデカい箱馬車にしようってわけでもないしよくね?」
「なるほど。発言ではなく発想に注目する限りだと、本当に裕福な育ちの方だと思えますね」
「だろ。ボンボンって自己申告しちゃうレベルだぜ」
感心したように一人呟いて頷くラルハネーシュに向かって、イェーイ、と顔の横にダブルピースを掲げる。
最早この二人には出自まで完璧に暴露した事だし、最大限に開き直る事にしたのだ。
(最初からMAX開き直りテンションだったするけど気にしない。隠す事の無くなった俺はもう何も怖くない!)
◇
出国から一夜明け。
身分証のお陰で国境門をVIP待遇でポンと越え、さっさとその辺の宿に入って目覚めスッキリ気分は爽快。
宣言した通り、普通の貸し切り馬車の三倍から値の張るフルフラットシートの馬車を借りた。
単なる雇われだとギルド証を使って見習い騎士の追求を振り切り、ちゃっかり後から合流した御者に任せて、いざナザレグへと出発進行だ。
「……本当にもう誰も追って来ねェんだな」
セフィードリムを出る頃からしばらく、街の外での襲撃が無いかと馬車の外を警戒していたネッドは、一区切りつけたのかそう呟いた。
「信用無いなー。説明しただろ? 国内ならともかく、正式に国外に出た貴族を私事で強制帰国させるなんて、例え家族でも許されないんだって。それこそ誘拐犯罪扱いよ」
貴族の身分を認めて入国させた国には、その貴族を対応する身分相当の自国民と同様に法的に保護する義務が発生する。
リダージュ国内のギリアネインの権力を鑑みるに、国内でなら幾らでも揉み消しが可能だろうが、国外の法が関わるとなると話は別だ。
国外では証明された身分が全て。重複する身分がある場合、より優先される身分が適応される。
つまり、国外で私をギリアネインの娘として扱う事は不可能って訳だ。
しかもレスタギリア家は、今のところ私しか存在しない。
つまり私が当主。
他国を巻き込んでの貴族家当主の誘拐なんて普通に重罪だし、国際社会で即失脚するレベルの醜聞になる。最高だぜ。
「……よく分からんが、本当にそう上手くいくのかねェ」
「主要国の中でもより中心的な国の殆どが法治主義傾向にあるし、迷宮管理の必要性から国際社会の重要性は国家にとって増す一方……まぁ、確かにネッドからするとよく分からんか」
(実際、法律とか国際社会とか、教育受けてないとチンプンカンプンだろうなー。高等教育の代表みたいなもんだし)
何となくは経験則や伝聞で理解しているだろうが、基礎となる知識がきちんと積み上がってない上、正確な情報も入ってこないのが平民だ。
(学校はあるにはあるらしいが、義務教育じゃねえしな──っと、そんなどうでもいい事より、あれに見えるはバルフートじゃねえ?)
窓の外に広がる平原の前方に赤茶色の塊がふと見えて、意識をそちらに向ける。
のそのそと動く巨大なモップみたいな魔獣は、ネッドが言っていた通り、宿場町の一軒家ほどの大きさがある。
「生きてるのが見られるとは思わなかったなぁ」
セフィードリムの朝市でそれとなく探してみたが、バルフートの素材とひと目で分かるようなものは置いてなかったので、そのデカさを実感するチャンスについてはもう完全に諦めていたところだ。
「なんですか?」
「アレ。あの赤茶色のデカい塊がバルフートだろ? ちょっと気になってたから見れてよかったなぁって」
窓の向こうを指差すと、ネッドとラルハネーシュもどれどれとそちらに身を乗り出した。
馬車の重心があまりにも偏る気がしたので、私は反対側にゴロゴロと転がり、そっちの窓の外にも何か無いかと覗き込む。
「あァ、そうそう、アレがバルフートだな。こんなところで見られるのは珍しい──あ? ちょっと待てよ。バルフートの生息地はもっとずっと東じゃなかったか?」
「そうなのですか?」
「ああ。もっと東だし、北側だな。それに、確かバルフートの生息地には囲いがしてあった筈だ。脱走か? 何かあったのか──」
「ねえねえ。アレがその『何か』じゃね?」
冷や汗がダラダラ流れているような錯覚を感じつつ、いつまでも呑気にバルフートを眺めている二人に、そう声を掛けた。
「「え?」」
私が小さく捲るカーテンの向こう──やはり馬車の進行方向前方、平原のはるか向こうの空に、ちょっとした家並みにデカいバルフートが浮かんでいるのを見て、二人はぽかんと間抜けな声を上げた。うん。そうな。そういう反応になるよね私もなった。
(いやぁーまさかまさかの──ドラゴンかぁ!!)
バルフートを掴んで悠々と空を飛ぶ、銀色の魔獣のシルエット。
それは何処の国の人間だろうが誰だって知っている、魔獣の中でも別格の存在だ。
ドラゴン。
『冥蛇の顎』と並ぶ特級指定の迷宮、『天空庭園』から這い出したとされる、最高ランクの危険度を認められた空を飛べる魔獣。
枕語りで何度もその脅威を語られながらも、傭兵を含む大抵の人間がその姿を見る事なく一生を終える──って聞いてたはずなんだけどなあ!
幸いにも、ドラゴンの視界には掴んでいるバルフートしか入ってないようだ。
おそらく、『天空庭園』から出てきたのもあの一匹だけ。複数で出て来ていたらもっと大騒ぎになってるだろうし。
問題は、そのドラゴンに怯えて生息地から逃げ出してきたバルフート達の方である。
「やべェ……。駄目だ、馬車を捨てて逃げるぞ!!」
ネッドが焦りに顔を引き攣らせながら叫んだ。
彼の顔の向こう側にある窓の外は、先程の長閑な様子から一転、ちょっとした山のようなものが土煙を上げて少しずつこちらに近付いている。
バルフートの群れだ。あの大きさに遠近感が狂いまくって今一実感が沸かないが、どうもものすごい勢いで移動しているようだ。家程の大きさの生き物が、群れで。
(いやいやいやおいおいおい展開はえーよフラグも立ってないんだが!?)
頭の中も大混乱だ。
幸いにも荷物は最低限だし、背負袋に纏めてある。御者と先に馬車から飛び降りたネッドの手によって馬車から馬が離され、私達四人はそれに乗ってネッドの先導に従い街道から離れた。
さらば快適なフルフラットシート馬車。レンタル料めっちゃ高かったんだけどな。魔獣の襲撃保険に入っててよかった。
「こっちだ!! 急げ!!」
バルフートの進行方向から外れるよう、ネッドは南東、森を目指して馬頭を向ける。
(おいおいおい──武装した傭兵一人に民間人三人で森かよ!)
勿論お約束の通り、森は魔獣の生息地である。
でも今はそんな事を言ってる場合じゃない。
木々の密集する森にバルフートが突っ込んでくるとは思えないし、一番生存率は高い筈だ。まだフィードリムからそんなに離れた訳でもないし、そんなにあの森も危なくはないだろう。きっと。たぶん。そうであってくれ。




