110.小ワニちゃん、君はどうする?
「橘さん。向井専務が探していましたよ」
「あれ? さっき話したけど」
「追加の案件かもしれません。小会議室に向かわれてましたよ」
「うーん、終わったはずなんだけど。まぁ行ってみるわ。またな」
「はい」
返事をし彼の背を見送りふと自分を見下ろせば、会社の制服を着ている。地味なブルー系のベストに膝丈のスカート。
カタカタとキーの入力音、電話を三コール内で取る同僚達。
この空気、このざわめきは本物とそっくり。
「だけど、おしいわねぇ」
神器が使えないのは学習済なので持参した鋼の剣を演舞のように大きく円を描くように振ってみれは、瞬時に人が消えた。
「ユラ様、これは」
ナーバスさんが珍しく素のような態度であるが、まぁ戸惑うわよね。
「私の職場。ナーバスさんや皆も座ったら?あ、回転式だから気をつけて」
無人になったので空いた椅子を適当に手繰り寄せ皆に転がせば、興味があるのか全員座った。
「なんだコレ、楽じゃん!」
まず、嬉しそうな声をあげたのはマート君。子供のように回転させたり横に移動したりしている。若いわね。
「喜んでもらえてなにより。それで? いつまでダンマリなわけ?」
誰もいない、けれど書類を置いている棚へと声をかければやはり。
「気を利かせてこの部屋を作ったんだけど、どうやら気に入らなかったみたいだねぇ。サービスで貴方の想い人付きにしたのに」
手に持った本を棚に戻す金髪の若い男が此方に向き直りふっと笑った。
「あの人は社内では私を名前では呼ばなかった」
わかってないな小ワニは。
「まぁ、どうでもいいわ。それより聞きたい事があるんだけど」
「僕はヒトから馴れ馴れしくされるの嫌いなんだよね」
そんな生意気な台詞を聞くとお姉さん、苛めたくなるなぁ。
「前回も不思議だったんだけど、気に入らないはずの人の姿になっているのは矛盾しているわよ」
「そんなの君達に合わせてやってるんだよ」
ピクリと整った金色の片眉が上がる。漫画ではなくて実物でそんな器用な事ができる奴がいるのかと眺めながらも口は止めない。
「本当にそれだけ? 実は寂しいんじゃないの?神獣様とはいえ、誰かと会話する楽しさを知っちゃったんじゃないの?」
「お前、ウルサイ」
ちょっと残念な子、ではなく小ワニはなんだか怒っているようである。
「ねぇ、ご機嫌斜めなとこ悪いけど本題にはいるわ。私が知りたい事は三つ」
「僕が答えると思う?」
お子様だわね。いや、確かエレーヌ達が生まれたばかりとか言っていたしな。
「物々交換はどぅ?」
懐かしい椅子の背もたれに寄りかかり足を組み、はい、余裕よ。私の方が優位よという圧をかける。
しかし、スカート丈がこんなに短かったっけ? 久しく足を出してないのもあり座るせいで太モモが見えている自分がなんか違和感って。
「マート君とお目付け役の爽やか君、太モモ見物料をとるわよ」
「なっ、ユラがそんな格好するからだろ!」
小ワニが現れた瞬間、立ち上がり背後にいた二人の視線が微妙にずれて私の腿にきている。試しに組み替えれば視線も動く。
正直、何がいいのか分からない。だが私の身体はまだまだイケるらしいのは素直に嬉しい。
だがマート君の護衛の爽やか君という呼び方は変更しよう。
「ねぇ、途中で止めないでくれる?」
「あら、つい考え事をしていたわ。それで見返りはコレよ」
私は、自分の頭を指差す。
「何? 僕は別に君の首なんていらないんだけど」
「誰がやるか!」
死んだら意味ないでしょうが!
「命じゃなくて知識よ」
「中身がなさそうだけど」
ふふん、どうかしらね。
「レアな異世界の知識よ。知りたくない?」
小ワニは、知識を蓄積させるのが生きる喜び。ならば。
「異世界まで流石に干渉できないんでしょ? 私の脳は魅力的じゃない?」
それだけじゃないわ。
「ついでに、外の世界に行きたくない?」
この小ワニは、知識が欲しいのに生まれた土地からは出られないという難点がある。
「そんなの…無理だよ」
珍しく外見に相応しい幼い表情の小ワニを見て私は口調を少し和らげた。
「神器の力を使えば可能みたいよ」
小ワニの瞳が少し見開かれた。
「どう? 一緒に来ない?」
さぁ、小ワニさん。このまま一生自分の狭い世界の中で暮らすか、それとも試しに冒険してみるか。
「決めるのはヴェルヴェイ、君よ」




