102.叔父と私の繋がりは
「派手にやったわねぇ。座る場所もないじゃない。よいしょ。で? 用事があるから呼んだんでしょ?」
春の神エレールは、私が破壊したバルコニーの手すりが辛うじて残っている縁にこしかけた。
「ええ。私が帰る時、犠牲が伴うのは避けられないんですか?」
引き寄せ引き込む。という事はあのワニモドキが嘘をついていないなら私が元の世界、自室に戻ったと同時に、母と妹がこの国に来てしまう可能性がある。
「ああ、ヴェルヴェイの中に入ったのね」
なんだ、その舌を噛みそうな名前は。
いまだラジの頭の上に乗り爆睡しているワニモドキは人の姿ではかなりの美青年だったけど性格はかなり悪そうだし、残念な生き物には間違いない。
「生まれでたばかりなのに力を使いすぎたのね。知識の収集以外興味なしの子が珍しい」
そんな事より大事な話だ。
「それで、どうなんですか?」
「ヴェルヴェイが言ったのならそうだろう」
冬の神ラナールがようやく言葉を発したと思えば随分投げやりだ。
「それだと帰る意味がない!」
温度のない視線と声に思わず私の声はむしろ大きくなる。
「我々は、確かに帰す事は可能と言ったが、送る際に生じる犠牲に関しては何も取り決めなどしてないはずだ」
なによ、それ。
「ただ、範囲を狭めれば犠牲は最小限になるだろうが引き込む事はないとは言い切れん」
冬の神の内容は曖昧だ。
「そうねぇ。その時は、あなたの髪や体の一部が欠けているかもしれないから覚悟はしておくとよいかも」
私は、ただ。
「…あたしは、ただ帰りたいだけなの」
グレーの目が四つ私を見る。
「お金も! 地位も! 力もいらないのよ!」
家に戻りたいだけ。
「お前の血族の者が手にしていた物の持ち主は、我が気を許した者の所有物だった」
「物? あ、指輪とオルゴールの事?」
いきなり話を飛ばされ、冬の神が何を言いたいのか考える。それは私にとって重要に感じた。
「我が心を許した者は、地位もない幼き者であった。その者は…なぶり殺しにされた」
経緯が無さすぎる。
「ようは、お気に入りにしたせいで、その子は嫉妬されて殺されたという意味ですか?」
「そうよ。その時、私は、私達二神になり抑制しない力は空間をねじ曲げその者達を飛ばした。その一人が、お前の血族」
…私は、人殺しの子孫って事?
「血はかなり薄いが気配がある。あの箱もおそらく同時に飛ばされた。それだけではなく無惨に殺された娘の負の塊もついた。たが」
春の神は、いつの間にか私の目の前に立っていた。彼女のほそっそりとした指が、私の胸を軽く突く。
「それを無にしたのも、また殺めた子孫。お前が叔父と呼ぶヒト」
──叔父さん。
彼は、昔から不思議な人だった。
『ゆら、物には時々強い縁があるんだよ』
『えん?』
『そう。人に作られ人よりも長く時を経たものは、特別な物になる』
『よく…わからない』
丸い眼鏡越しに叔父さんの目が細まる。笑うと糸のよう。彼は、内緒話をするように私に小さく囁いた。
『強い想いは時に物や人によくないんだ。だから落ち着いてもらう場所がウチなんだよ。ほら、あの皿、とても美しい染めつけだろう?』
『うん』
そめつけの意味はわからなかったけど、華やかな柄と色のお皿はとても目立ち気になっていた。
叔父は私の頭を撫でた。まるで私の心が見えているように言葉にしてくれる。
『だけど、怖い?』
『うん。とても綺麗だよ。でも…触りたくない』
本当は、近づくのも嫌だ。
『大丈夫。もうちょっとで触れるようになるよ』
目をそらしたいのに、気になる私にお皿に布をかけてくれた。
『ゆらは、私に似てしまったね』
困ったような顔で笑った叔父の顔と宥めるように私の頭を撫でる男の人にしては細く長い指。
もう、昔の話だ。
「私が箱を指輪をうけとったのは必然だった」
叔父は生涯独身だった。彼は、どこまで知っていたのか。
「用事はそれだけか?」
「私にとっては重要よ」
それだけとか言うな。
「ゆらは、まず地の神器をちゃんと浄化し、最後のブツを手に入れなさいよ」
簡単に言うわよね。
「そんな睨まないでよ。あ、じゃあ良い事を一つ」
いつの間にか腕輪に戻った神器達に触れ鳴らしながら。
「より強く浄化させれば、神器は強くなる」
再び吹雪と花びらが舞いだした。
「磨き抜かれた神器はもしかしたら、あなたの大事なヒトを巻き込まないで転移できるかも」
二人の神の姿は細かな雪と花びらで見えなくなる。
「早く最後の神器を手にいれなさい…でないと」
思わず腕で目を隠した。
「間に合わない」
そんな期限なかったじゃない!
「何が間に合わないっていつまでよ?!」
腕を外せば、彼らは消えていた。
「なんなのよ!」
トップがかもしれないとか曖昧な言葉使うな。
「イライラが増えただけじゃない!!」
「嬢ちゃん、カッカしても疲れるだけだぜ」
怒鳴る私を我に返らせてくれたのは。
「リューさん!」
「よぉ」
まさかのリューナットさんだった。




