後編
マリアの話です
「ふぅ。本当に国から出てきちゃうとはねぇ」
マリアがそう呟いた。
「だって、マリアが着いてきていいよって」
それにボークから返事がくる。
彼等には悪いことをしたとは思っていたし、ちゃんと世話を見るつもりだったが、まさか全員着いてくるとは。
あんなに仲良しこよしとは思わないでしょ!
そう心の中で言い訳する。
私、そんなに貯金あったっけぇ? 男5人って食費も宿代も高くつくよねぇ……
とりあえずボークを除いた4人には旅に出る用意をしろと言って、オリジナルの四次元カバンを渡しておいた。
あれ売ったら良い金になるんじゃない?
そう思ったが、既存の物と価格競争とか利権とかなんだが面倒くさい。
とにかく、旅の資金を集めるために、絶賛依頼遂行中である。
ボークはいつか出て行こうと既に荷物を纏めていたので一人暇にしており、せっかくだし一緒に依頼を受けてもらった。
いつかは独り立ちするのだから、ギルドの先輩としていろいろ教えている。
彼等も剣は使えたはずだし、後でギルドに登録はさせとくか。
そう考えながら、魔物をバッタバッタと斬り倒していく。
気付いた時には辺りは魔物の屍で溢れていた。
周りに残党がいないことを確認し、魔物の売れそうな所を回収する。
「あぁ、髪が血塗れになってるし」
魔物も人間と同じで血は赤い。
同じ色の血が身体に流れているのに、なぜ人間と魔物は理解しあえないのだろうか。
彼女はそんな哲学的なことを考えながら、ボークと一緒にギルドに依頼完了の報告のため向かう。
魔物と接触しようとせず、とりあえず全て殺しているような奴が考えることではないだろうに。
ギルドで報告を済ませ、続けて依頼を受けようと掲示板を二人で見る。
王都のギルドというだけあって、多種多様な依頼があるが、簡単な依頼も多い。
手っ取り早く稼ぎたいので、報酬が良いものを探していく。
「これは?」
「護衛は時間がかかるから論外」
「これ」
「ゴブリンはDランクでもできるし……」
「ん」
「オークとかいいかも……って一体だけか。もっと強い奴とかいないかなぁ」
次の依頼について話し合っていた二人の後ろが少し騒がしくなった。マリアが振り返って見てみると、
「げ……」
なんで、こんなところにSランク様がいるんだよ!!
自分のことを棚にあげて、心の中で叫ぶ。
そこにいたのは、漆黒の髪に闇夜のような瞳をもつ端整な顔をした男、ユート・ナルミ。
Sランクの剣士にして、ハーレム主、そして、マリアの彼氏でもある。
彼氏じゃなくて、マリアがハーレム要員なだけじゃないの? と思うかもしれないが、正真正銘、恋人同士である。
付き合いはじめた時から、やたらと女に好かれるなとは彼女も思っていたが、気づいたら彼がハーレムを築いているではないか。
その事について問い詰めたら、そんなつもりはない。自分でもよく分からない。と返ってきたので、その時はハーレムメンバーに話をして解散になったのだが、それからもまた何回も何回もハーレムを作るのだ。
さすがに堪忍袋の緒が切れたマリアは、自分もハーレムを作ってやろう!! と、暴走した。
そして、先日の騒動に至る。
実際のところ、頑張ってアピールしても上手くいかないのに疲れて、庭園での独り言を聞かれてしまい、彼等に交渉に持ち込まれたのだが。
彼女曰く、ユートが楽々とハーレムを形成していくのを見て、前世の日本人の知識を活かせば!! ということだった。
そういえば言ってなかったが、マリアは異世界転生済みのチートなのだ。チートと言っても魔力を感じ操れるだけで、それ以外は努力の賜物だが。
ちなみに、ユートは異世界トリップをしてこの世界にやってきた、チート持ち(魔法も剣術も思いのまま。物覚えも凄く良い)という完全な主人公気質だった。
それはさておき。
マリアは自分でも頑張ればできるのではないかと考えたが、相手が悪かった。悪女に慣れ切った貴族・王族にとって、彼女はこれといって興味をそそられる相手ではなかったのだ。
想像していたよりも苦戦どころか敗戦に近い現状に、庭園でぼやいてしまったのだ。
「あーあ、面白くないの。もういっそのこと、私に惹かれてくれない奴らと国なんて滅ぼしちゃおうかなぁ」
本人は軽い冗談のつもりだったが、マリアを“平民いじめ”から庇い本当に本当に少しだけ、小指の爪の先ほど心配して付いてきた彼等は、それを聞に“血濡れの女神”と呼ばれているSランクをふと思い出した。話に聞く特徴と名前が一致するので、もしやと思い念入りにありとあらゆる手段を使って調査してみると、なんと本人ではないか。戯れに国を滅ぼされてはたまらないと、マリアの言いなりになることにしたのだ。
彼女も手っ取り早く逆ハーレムを作れると喜んでいたし、初めての学園で友達(取り巻き)もでき新鮮な日々を過ごしていたが、本来なら彼らを本気で惚れさせてユートに別れをきりだすつもりだった。それが、いつの間にかあんな騒動になってしまっていたのだ。結果的には楽しめたから良かったが、彼のことを忘れていた。
ついでを言うと、ヤング殿下とジュリアンナ嬢のことを認めたのは2人が相思相愛で羨ましかったのもある。
そしてトリアエーズ国王を必要以上に責め立てたのは、王妃がいながら側室にもデレデレしていたからというのもある。国王だから側室がいるのは仕方ないが、王妃の気持ちに勝手に自分の気持ちを重ねていた。政治的な部分にまで口出しするのはどうかと自分でも思ったが、どうしても許しきれなかった。
みなさん一途になりましょう。
また話がずれてしまった。
はて、どうしようか、とユートを見つめていたマリアにボークが声をかけた。
「マリア、どうしたの」
その声に反応したユートとマリアは目が合ってしまい、彼がこちらに向かって歩いてくる。
げげげ・・・・・・
まだ、これからどうするかも決めてないのに、もうユートと対峙することになるなんて。
「マリア、久しぶり。奇遇だね、こんな所で会うなんて」
久しぶりって、仮にも付き合っている彼女だろ! それともなんだ、お前の中ではもう別れたってことになってるの!?
彼女の心の叫びが彼に届くこともなく、彼はそのまま続ける。
「珍しいね、マリアが誰かと組んでいるなんて。見たことない顔だけど、新人かい?」
「まぁね」
彼からの問いにマリアがぶっきらぼうに答えた時、隣にいたボークがマリアの服を軽く引っ張り、質問した。
「マリア、知り合い?」
ボークからしてみれば、マリアと知らない人が話していたので気になっただけであろうが、ユートは彼が彼女をマリアと呼んだことや、二人の親しげな様子に訝しむ。
「ふーん。マリアを呼び捨てにするほど仲が良いみたいだけど、君はマリアの何なの?」
そう聞かれて、二人とも困る。しいて言うなら、学生と保護者、弟子と師匠といったところか。
もしここにあの五人がいたら、私はまるで引率の先生だな。
そんなことをマリアは暢気に考えていたが、ボークは質問に答えなければならない。優男に見えようとも相手はSランクなので、そう適当には答えられない。そうして考えて行きついた先は、
「取り巻き……?」
先日までそういう関係だったので、そう呼ぶのがふさわしいだろうと思ったが、ユートはさらに目を鋭くしてしまった。
「取り巻きって、何? 他にも男がいるってこと?」
ユートからの問いにボークはこくん、と頷く。
完全に、油を注いでいる。
少年に詰め寄るハーレム持ちのSランクと、ユートの後ろからマリアを睨んだりユートを見つめたり、各々好きな行動をとるハーレム要員に、引率の先生かぁと考えているマリア。そして、それを周りから見る野次馬達
まさに、カ オ ス
「マリア、場所を変えて少し話をしないか?」
さすがに、ここで話し続けるには人の視線が邪魔だと考えたユートは、場所を移すことにする。大きなギルドにはSランク専用の部屋があるのでそこで話をしようというのだ。
マリアもちょうどいい機会だと、ボークに先に帰るように言い、彼の言う通り二人で話すことにした。
「で、マリア。あの少年は一体何?」
場所を移して、さっそくユートにボークについて聞かれる。
ここは調度品も良い物を揃えているし、お茶やお菓子もある。もう少し、落ち着いてから話せばいいじゃないか、とマリアは思うが声には出さないでおく。
「あいつはなんというか、弟子というか、友達というか」
「取り巻きなの?」
「取り巻きだったというか、あ、でも、今でも取り巻きなのかな?」
「何なのそれ? はっきりしてよ」
ユートの物言いにマリアもイラっとする。なんでここまで自分が責められなければならないのか。別にボークとの間にやましいことがあるわけでもないのだから、問い詰められる謂れはない。と、彼女は開き直った。
「私が誰とどうなろうとも貴方には関係ないでしょ。しつこいわよ」
「関係無いだって? 俺たちは付き合っているだろう!」
「はぁ!? あんた女を侍らかしてんのに、それ言うの!?」
「それとこれは関係ないだろ!!」
「関係大有りよ!!」
だんだん二人はヒートアップしていく。
「だいたい、あんたいっつもハーレム作ってるくせに、よくそんな事言えるわね!!」
「向こうが惚れてくるだけだ!!」
「それなら、あんたが全員断ればいいだけでしょ!?」
「あいつらは都合が良いだけだ!!」
「なーによ、都合が良いって! じゃあ、何? 私も都合が良い女ってわけ!?」
「そうは言ってないだろう! それなら、わざわざ付き合わない!!」
「それが意味分かんないのよ!! 私と付き合うって言うなら、他の女と一緒にいるなっつーの!!」
まさに修羅場。まだ互いに座って話し合っているが、戦闘が始まるのも時間の問題かもしれない。
「マリアこそ、最近男を侍らしてるらしいじゃないか!」
「何でそんなこと知ってんのよ! てか、知ってるなら私にわざわざ話を聞かなくてもいいじゃない! だいたい、あんたも女侍らしてるんだから別に良いでしょ!!」
「良くない!!」
「なんで、そんなこと言われなきゃいけないのよ!!」
「マリアには俺がいれば十分だろ!!」
「はぁ!? その言葉をそのままお返しするわ!!」
「それは!! マリアが俺に全然構ってくれないからじゃないか……!」
そう言われて、マリアは口詰まる。
確かに、ユートがハーレムを作る前から、恋人らしいことをあまりしていなかった。作った後はただの喧嘩ではあったが、触れ合うことは増えた。
「マリアはあいつらがいないと、俺のこと放っているだろう。ハーレムでも作らない限り俺の所に来てくれないし……」
「そ、それは……。じゃあ、あの女達はあんたにとって何なの?」
「あいつらは別にどうでもいい。どこで野垂れ死のうがどうでもいい」
ユートは巷では好青年で通っているが、結局はSランク冒険者。一部の親しい者以外をあまり人と思わない節がある。腹黒と言えば聞こえはいいが、わりと酷い男だ。
けれどそんな男の一言にときめきそうになったマリアも、末期である。
「そ、それなら、あの女達とは何もないの……?」
「それは、その、いろいろと処理は手伝ってもらってはいるけど……。俺が愛してるのも彼女なのもマリアだけだから!!」
「だ、か、ら、そういうところが問題なんだろーがぁぁぁぁ!!!!」
さっきのときめきを返せ。結局やることやってんじゃあねーか!!
「もう、今度こそ、お前とは終わりだ!!」
「ちょっ! 待てよ!!」
そう言って足取り荒く出て行こうとするマリアを、慌ててユートが引き留めようとするが、魔法をも駆使して彼女はその手から逃げる。
今までなあなあにしていたが、今回こそは呆れかえった。なぁにが彼女はマリアだけだ! 彼女以外の女が山ほどいるだろうが!!
「おいっ、俺は他の男なんて認めないからなぁ!!!」
「うるせー! ばーか!!」
ユートの叫びが響く中、マリアは逃げるようにギルドを去るのであった・・・・・・
* * * * *
その後、マリアは遠足の引率をする先生の気分で取り巻き達と世界中を旅した。感覚の違う貴族様達の行動に呆れ、笑うことも多かったが充実した日々であったという。
さまざまな問題に巻き込まれ闘ううちに、彼らはその旅に意味を見出し、己の道へと進んでいった。
それぞれ違う道を行きながらも、彼らは生涯マリアの仲間でありつづけた。
そして、人々は彼らをこう呼ぶ“女神の騎士”と。
余談だが、その一団の前によく現れる青年がいたらしい。青年は時に多くの女性を連れながら、いつもマリアと痴話喧嘩をしていたという。
みなさんお気付きと思いますが、この話の主人公はジュリアンナではなくマリアです
ジュリアンナの一人称は「わたくし」なので、タイトルの「私」はマリアのことなんですよね
正式なタイトルは
「私はSランク冒険者だけど、彼氏がハーレムつくるので、ヤケになって私も正体隠して逆ハーレム作ろうとしたら、変なことになってきた」
といったところでしょうか
長いですね
この話にお付き合いくださり、ありがとうございました!!
誤字脱字ありましたら、ご指摘お願いします
以下、おまけです。
・・・人物紹介・・・
ジュリアンナ・セッコトルン
少しきついが整った顔立ちで、利発な公爵令嬢。ヤング殿下とはオールドと婚約した後に知り合い、互いに想いあうようになった。オールドのことを嫌ってはいなかったが、ヤング殿下との結婚のほうが大切だった。ヤング殿下と密会していたということで貴族たちに眉をひそめられたが、愛の力で何とかする。多分。転生者かどうかは不明。
ヤング・トリアエーズ
トリアエーズ王国の第一王子だが、母親が身分の低い側室であったために王位継承権は二位であった。ジュリアンナには一目惚れし、少しずつ落としていった策士。自分自身の方が優秀で次期王に適切なのは自覚しており、周りがどうこう言おうと気にしない。弟のオールドのことは嫌っていなかったので、廃嫡された後の面倒は見ようと準備をしていた。オールドの為に準備した一戸建て庭付き物件をどうしようか今悩んでいる。
オールド・トリアエーズ
トリアエーズ王国の第二王子にして王位継承権第一位。母親が王妃という以外では兄であるヤングに劣っており、憧れると共に劣等感を抱いていた。本人も賢王として崇められるだけの能力は持っていたが、兄が優秀すぎた。兄と婚約者が相思相愛であることは知っており、二人のためにもいずれ臣下に下るつもりだったので、マリアの話に乗った。しかし、想像以上に家族に切り捨てられるのが早く、ショックを受けていた。何気にこの物語で一番不憫な常識人。
ジーナンス・サーション
現宰相の次男。作中では触れなかったが眼鏡。秀才な眼鏡。その代わり剣術は苦手な眼鏡。といってもそんじょそこらの騎士よりは戦える、運動もできる眼鏡。国の為ということもあるが、Sランクから学べることがあるかもしれないとマリアの取り巻きに甘んじていた、ある意味貪欲な眼鏡。しかし、意外と取り巻きたちの中では楽観的な眼鏡。眼鏡の下はよく見えないため素顔はあまり知られてない眼鏡。眼鏡をはずすと普通にイケメンな眼鏡。その代わり眼鏡がないと落ち着かなくなる眼鏡。眼鏡がなくても生活はしていける眼鏡。眼鏡眼鏡言い過ぎて眼鏡がゲシュタルト崩壊してきた。
チャクスト・コーシャ
侯爵家嫡男。並大抵のことなら難なくこなすが、これといった才能はない。器用貧乏。取り巻きの中では常識人で、基本的にオールド殿下と共にツッコミ役してる。実は女たらしという設定があったが、作者も忘れていた。マリアの取り巻きになったのは、Sランクを怒らせて惨事が起こらないため、というまともな考えから。時々、素でえげつない事を言う。たしか。存在がキャラが薄すぎて正直作者もあんまり設定覚えてない。
ドルベン・キッシーダ
騎士団団長の息子。家が代々騎士を輩出してきたというだけあって、幼いころから剣術に明け暮れており、剣の腕はかなりたつ。爽やかだが、暑苦しい。マリアの取り巻きになったのは、Sランクに師事してもらえると見込んでのこと。少々腕っ節に走るところがある。脳筋ではない。一般人よりも脳に閉める筋肉の割合が大きいだけ。意外にも読書と甘いものを嗜む。
ボーク・テンサ
魔法の天才。元は孤児だったが、大人な事情から貴族に引き取られ今に至る。マリアには国外の魔法について教えてもらっていた。感情が顔に出にくい。興味がないことにはかなりの面倒臭がり屋で、学園での騒動のときも、う・そ・だ・め、の四音でやりくりしていた筋金入り。多分表情が動かないのも、顔の筋肉を使うのが疲れるからだと思う。取り巻きたちやマリアといるときは意外とよく話す。甘い物好きで、ドルベンやアリアと一緒に甘味めぐりをしている。
マリア
この話の主人公。トリアエーズ王国での騒動はかなり楽しんでいた。冒険者としてはSランクの実力を持つ魔法剣士。転生者であるゆえに、魔力を異物として感じ取り自由に操ることができる。無詠唱及び周囲の空気中の魔力も使えるのがマリアの強み。剣士として腕は昔、騎士として勤めていた時の鍛錬によるもので、せいぜいBランク程度。
ユートのことは好きだが、ハーレムを作っているので別れたい。しかし惚れた弱みで強く言えないため、未だに付き合っている。取り巻きたちのことを恋愛対象としてみていないわけではないが、イケメンなのに惹かれない。多分彼らがちょっと阿呆なせい。
ユート・ナルミ
マリアの彼氏なのにハーレム持ちのSランク。異世界トリップしてきた剣も魔法も扱えるチート。これぞチーレム。しかし、他のチーレムと違い、ハーレム要因のことを誰も愛していない。ハーレムの一部とは良好な関係を築けているが、それ以外についてはどうでもいい。どうでもいいが、見捨てたりするとマリアに嫌われるかもしれないので、仕方なく助けていると惚れられる。ハーレム要因のことは最低限しか気にかけないため、自ら離脱する者も多く、入れ替わりのスパンは短い。でもやることはやっている。男の子だもの。
マリアのことは病的なまでに愛している。それなのにヤンデレになりきれないのは、自然のままの彼女が一番好きだから。学園での騒動や逆ハーレムについては知っていたが、恋をしている様子はなかったため好きなようにさせていた。実際にギルドでボークと仲良さげなマリアを見て焦り、詰め寄るが逃げられてしまう。惚れた弱みでお互い強く出られないあたり、似たもの同士。