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あおとあかのきせき 下書き  作者: 世渡 繋
第一章
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友達 二

「あの、世渡先輩。」

約束の放課後、再び一年の教室の前に訪れた繋は、その名を呼ぶ声に振り返った。

「ん?」

「人見さんと付き合ってるんですか?」

「ああ、うん。」

「え?」

当たり前のように頷く繋に、彼を呼び止めた二人組の女子の顔は一瞬にして凍り付いた。

「友達として付き合って貰ってるよ。」

繋がそう言葉を続けると、二人は安堵の表情を見せる。

「な、何だ、やっぱり。でも付き合って貰ってるなんて、逆じゃないんですか?」

「そうそう。しかも敬語も使わないで先輩にくん付けなんて、失礼じゃないですか?」

「いや、僕がさん付けや敬語はやめるように言ったんだ。それに友達になってほしかったのも僕。そのくらい、愛嘉理ちゃんは魅力的な人物だよ。」

不快そうな顔の二人に、繋は冷たく笑いながら事情を説明した。

「でも、彼女には悪い噂が…。」

「それなら君達も、友達になって確かめてみたらどうかな?僕の言うこととその噂、どちらが正しいのか。なってみたらすぐに答えは出ると思うよ。」

「いや、でも…。」

口籠る二人に、繋は呆れたように首を横に振った。

「流したり信じたり噂が好きなのも良いけどね、それに振り回されちゃだめだよ。大切なことは自分の目で確かめなきゃ。」

「あ、繋くん。」

納得いかない様子で二人が俯いていると、そこに教室を出ようとした愛嘉理が現れた。

「じゃあ、僕はこの辺で失礼するね。さようなら。」

繋は二人にそう言うと、愛嘉理に爽やかな笑みを向けた。

「行こうか、愛嘉理ちゃん。」

「い、良いの?」

戸惑う愛嘉理に頷くと、繋はその背を押した。


「あ、愛嘉理!…と、繋!」

神社の鳥居を潜る二人を見るなり、吾生は歓迎の微笑みを向けた。

「やあ、この間は突然の訪問で済まなかったね。」

繋が爽やかにそう謝ると、吾生は罰が悪そうな顔をした。

「…僕こそごめん。」

「何のことだい?」

わざとらしくとぼけて見せる繋に、吾生は「ありがとう。」と微笑んだ。

「それより、澄風に聴いたよ。君達、知り合いだったんだね。」

「まあね、別に隠してた訳じゃないけど。」

「澄風…?」

全く会話に付いていけない様子の愛嘉理に、繋は頷いた。

「僕と吾生くんの共通の友達さ。もしかしたら君は、雨上がりの空で既に見たことがあるんじゃないかな?」

「そうだね。澄風は自分の身体が自慢なんだ。雨上がりの晴れた空は一番自分を美しく見せられるからって、よく駆けてるみたいだよ。」

二人の説明に首を傾げる愛嘉理には、しかし僅かな心当たりがあった。

「駆けてるって、もしかして雨上がりの空で見た龍みたいな妖のこと…?」

吾生は頷いた。

「龍みたいなというか、龍だよ。正確には河の精霊だけどね。」

「そうなんだ。じゃあ、その名前からして村を流れてる澄風河の主ってこと?」

今度は繋が頷く。

この山を始まりに、雪光村を縦断するように流れている河。それが澄風河だ。

幾つもの村や町を跨ぎ流れる大きな河の上流であるこの村は、あちこちで土地開発が行われる中でもまだ自然が豊富で空気も水も澄んでいる。釣りや水浴びにも人気の場所だ。

「ちなみに彼の姿は、見えない人達にも虹として見えてるようだね。」

繋は微笑んだ。

「虹の正体は、澄風さんだったんだね。」

この雪光村に来てから一度だけ、愛嘉理は雨上がりに虹を見た。その時に空を駆ける美しい龍が二人の友だという事実に、愛嘉理は少し心が躍った。

しかし、それなら思わずにはいられない疑問が一つ。

「でも、何で今まで会わなかったんだろ?」

吾生でさえ感じられる程の霊力の持ち主が、寧ろ自ら人間に姿を見せているという河の神と会わない事実が愛嘉理には不自然でならなかった。

そんな愛嘉理に、吾生は微笑む。

「多分、僕から君のことを聴いてたからじゃないかな。悪戯に君を刺激しない為の、澄風なりの優しさだと思うよ。」

「そっか。じゃあ、今度ありがとうって伝えといてくれると嬉しいな。」

「あ、噂をすれば。」

繋が言い終わる前に急に強い風が吹いて、愛嘉理は思わず目を閉じた。

「…!」

風が止んでから愛嘉理がゆっくり目を開けると、そこには巨大な龍が出現していた。その姿に圧倒されている愛嘉理に構わず、龍は轟くような深みのある声を降らせた。

「む、どうした?こんなに集まって、賑々しいな。」

「ああ、今丁度君の話をしていたところさ。」

「ほう、それなら是非私も混ぜて貰おうか。」

繋の言葉に龍は楽しげな声色でそう返すと、その場に座り込んだ。少し動いただけでも風が発生させ周りの葉を揺らす澄風に、愛嘉理は相変わらず呆気に取られるばかりだった。

「あ、あの、貴方が澄風さんですか?」

意を決したように、愛嘉理が口を開いた。

「如何にも、私は澄風だが…。」

龍は自分には到底及ばない背丈の少女を不思議そうに見下ろすと、戸惑いを振り払うように頷いた。

「うむ、初対面の者にはしっかりと自己紹介をせねばならぬな。雄々しい角に気品溢れる紫紺の瞳、そして玉虫に輝く鱗ときらびやかに靡く尾鰭を持った美しき河の精霊。それが私、澄風だ。覚えておくが良い。」

「は、はい…。」

「む、人間の小娘に私の美しさはまだ理解出来ぬか。何と勿体ないことではあるが、まあ良い。私は心が広いのでな。」

「えーと…。」

なおも圧倒され続け付いていけない愛嘉理に、澄風は構うことなく自らの長所を語った。その様子に、思わず吾生は笑った。

「相変わらずだね、澄風。」

「ふん、しかし誰かと思えば…。お前のことは知っているぞ。吾生の話によく出てくる人の子だろう?名は確か、愛嘉理と言ったか?」

神社の木々の葉を揺らす澄風の鼻息に肩まで届く黒い髪を靡かせながら、愛嘉理は一礼した。

「初めまして。人見 愛嘉理です。」

「うむ。」

澄風は威厳を醸して頷いた。

「吾生から聞きました。長年お気遣い頂いてたようで、ありがとうございます。」

「う、自惚れるでない。ただ気が向かなかっただけだ。」

再び頭を下げる愛嘉理を澄風が否定すると、それを見ていた吾生と繋がクスクスと笑った。

「素直じゃないなぁ。」

「ふん、放っておけ。しかし、ずっと思っていたのだが…。」

吾生の言葉に顔を背けると、澄風はちらと愛嘉理に目をやった。

「話が違うではないか。」

「え?」

「赤い瞳を持つ人間の娘、と聞いていたが?」

「その眼鏡が、そうさせているだけだよ。」

少し残念そうにそう答える吾生に、澄風は心底不思議そうな顔をした。

「何故、そんなことをしてまで隠すのだ?」

「そ、それは…。」

「人の中で生きていくには、それなりに苦労と工夫が付き物ってことさ。」

繋の助け船に、愛嘉理は安堵した。その様子に、澄風はそれ以上の追及を辞する意を示した。

「そうか、ならば何も言わぬ。無粋なことを聞いてしまった。済まなかったな、愛嘉理よ。」

「いえ…。」

謝る澄風に、愛嘉理は首を横に振った。そんな愛嘉理に、繋は明るく告げる。

「でもまあ、心配しなくてもそのうちそれは要らなくなると思うよ。」

「どういうこと?」

「吾生くんには、分かるだろう?」

吾生は笑って頷いた。

「愛嘉理が皆と違うことを恐れるよりも、だからこそ良いと思う存在がこの先増えていくはずさ。」

「そういうこと。その為には傷付くことや傷付けることを覚悟してでも、誰かと関わっていかなきゃいけないけどね。」

二人の言葉に、澄風は染み入るように頷いた。

「それは最もだな。愛嘉理もそうは思わぬか?」

「は、はい…。でも、本当に大丈夫かな…?」

自信のなさそうな愛嘉理に、吾生は優しく言った。

「大丈夫だよ。君が望むなら、どんな存在とでも仲良くなれる。君にはそういう素質があるんだから。」

「そんなこと、私には…。」

そんなはずがないとばかりに首を横に振る愛嘉理の手を、吾生は力強く握る。

「できるさ。だって君は、僕達を感じられるんだから。」

「え?」

「そうだよ、言っただろう?どんな存在とでも、さ。」

愛嘉理が三人の顔を順番に見回すと、頷く吾生を肯定するように澄風と繋も微笑んだ。

「それはとても楽しみなことではないか。励むと良い、応援しよう。」

「僕も及ばずながら、協力させて貰おうかな。」

「うん、僕も!愛嘉理、僕にできることがあったら何でも言ってね?」

「あ、ありがとう。」

それぞれの激励に、愛嘉理は照れ臭そうにはにかんだ。

「良かったな。叫びたくなったら私のところへ来るが良い。魚と戯れるも良し、とにかく気分転換には打ってつけだ。空気も美味いしな。」

「はい、ありがとうございます!やっぱり優しいですね、澄風さん。」

満足げな澄風に愛嘉理が感謝の眼差しを向けると、吾生は笑った。

「ふふ、澄風はただ自慢したいだけだよね。自分のことが大好きなんだもん。」

「…全く人間の中には年長者を立てる習慣があるというのに、お前という奴は…。」

澄風が溜め息を吐くと、二人の会話を聞いていた愛嘉理は素朴な疑問を口にする。

「澄風さんは、吾生より歳上なんですか?」

その問いに、澄風は得意気にふんぞり返った。

「歳上も歳上、吾生の五倍は生きているぞ。」

愛嘉理が吾生の顔を見ると、吾生は「…僕が生まれたのは、千年くらい前かな。」と答えた。

「へ、へえ…!じゃあ、澄風さんは五千年も生きてるんですか…?千年でもすごいのに、五千年なんてすご過ぎて全く想像つかないです…!」

「うむ、まあそうであろうな。敬うなら遠慮は要らぬぞ?」

尊敬の目を向ける愛嘉理に、澄風は満更でもない様子で偉そうに言った。

「前から思ってたけど、澄風は本当に人間が好きなんだね。」

「何を言う、そんな訳はなかろう。人間など、愚かなだけではないか。」

微笑む繋の言葉に、澄風は慌てて怪訝な表情を繕った。

「でも、だからこそなんだろ?自分の流域で暮らす人間の歴史や習慣にやたらと詳しかったりするし、そうやって愛嘉理ちゃんをからかう姿なんてそうとしか思えないよ。」

「く、詳しいのは自然な流れであろう?それに私はからかっているのではない、本気だ。私を敬わずして、一体誰を敬うと言うのだ?」

ぷいっと顔を背けて言う澄風に、繋と吾生は顔を見合わせて笑った。

「…と、とにかく私は人間など大嫌いだ。分かったか!?」

「は、はぁ…。」

澄風に強く念を押され、状況に付いていけず一人戸惑っていた愛嘉理は曖昧な返事をした。

「本当に素直じゃないなぁ、もう。」

吾生が呆れたように首を横に振ると、繋も肯定するように笑った。

「じゃあ、僕はそろそろ行くよ。君達と話せて良かった。またね。」

「私もこの辺で失礼しよう。中々楽しい時間であったぞ、またな。」

背を向けて鳥居へと歩いていく繋に続き、澄風もまた風と共に姿を消した。

「またね。」

「さようなら。」

立ち去る二人を、吾生と愛嘉理は手を振って見送った。

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