第十七話 まぜまぜ君改④
「え?魔導盤が二台?」
研究開発室の一人が目の前の状況を見て驚く。
「この規模の設備で二台も魔導盤を使用するなんてあり得るのか?」
「いや、でも工場長は上層部の許可を得て俺たちを呼んだと言っていたよな?」
「……一体、どうなってるんだ?」
――加熱・撹拌工程に新しい設備を導入するにあたって、ポーションの品質検査の協力を依頼したい。
そう工場長から研究開発室の室長へ話があったのはつい先日のことだった。
その後、設備概要については魔導技師であるシスティナから説明を受けたが、詳しい話は当日まで明かせないとも言われていたため、何人かのメンバーはさまざまな憶測を巡らせていた。
そんな中迎えた当日、ついにその理由が明かされる。
『魔導盤の内容を任意に書き換えることができるようになった』と。
魔導盤の内容を書き換えることはできないということは、魔導技師でなくても工場関係者であれば誰でも知っている常識であった。
しかし、異世界人のアベという男は『書き換えられる』とはっきり口にしたのだ。
「工場長、新しい設備とはこの魔導盤二台を使った設備のことですか?よく許可が下りましたね」
研究開発室の室長が工場長に問いかける。
それもそのはず、書き換えができないこと以上に魔導盤が貴重なものであるということはこの世界では一般常識だった。
そんな貴重な魔導盤を二台も使用するほどの工程なのか、という疑問が自然と湧いてくるほど、導入コストに見合っているとは思えなかったからだ。
「ん?まぁそうだが、厳密にいうと違う。今はまだ暫定対応中だからしかたなく魔導盤を二台使ってるだけだ」
「しかたなく、と言いますと?」
「おい、アベ!説明してやれ」
「はい。魔導盤を二台使ってる理由は、開発期間の短縮です。一台はかき混ぜ棒の動作テスト用で、もう一台は加熱の動作テスト用です。二台をそれぞれ使用することで並行してテストを行うことができます。最終的には一台の魔導盤に両方の機能を持たせます」
「な……」
室長は開いた口がふさがらない。
そしてそれは、アベの説明を聞いていた研究開発室の他のメンバーも同様だった。
「でも実際、魔導盤の書き換えについてはここ数日の検証でわかったことです。まだ解明しなければいけない部分も多いので皆さんのお力をお貸しください」
「協力は惜しみませんが、まさかここ数日の出来事とはね……」
アベの言葉を聞いた室長は、驚きすぎてもはや呆れた顔をしていた。
「まぁ、普通はそのような反応になりますよね」
「システィナさんもこっち側ってことっすね!驚く方じゃなくて驚かせる側」
「……そうですね」
そうイズミとシスティナが話していると、一人の小柄な女性が前に出てきた。
「魔導盤の書き換えができるなんて嘘です!工場長もシスティナさんも、その異世界人に騙されてるんじゃないですか?!」
「シェリル君?!」
「ディーツ室長だって知ってますよね?今まで何十年と研究してきて、魔導盤についてわかったことなんてほとんどないんですよ?!それなのに、そんな数日でわかるわけないじゃないですか!」
「ちょちょちょ、ちょっと落ち着いて!一旦こっちに来なさい」
シェリルと呼ばれた女性は室長に連れられてこの場を去っていった。
「工場長、システィナさん、彼女は?」
そんな様子を見ていたアベが気になって質問した。
「彼女はシェリルと言い、若いですが優秀な研究開発員です。私も何度か話したことはありますが……あんな姿は初めて見ました」
「そりゃもしかしたら、あいつのじいさんが関係してるかもな」
「おじいさん、ですか?」
「あぁ、だがそれは俺から話すことじゃねぇ。気になりゃ本人に聞くんだな」
「……まぁそうっすけど、今はそんな感じじゃなさそうっすね」
彼女がなぜ突っかかってきたのか、その理由を無理に詮索すべきではないとイズミは考えていた。
「ですが、こんな状態でテストを始めてもいいのでしょうか?」
「こればっかりはあいつとその室の問題だ。こっちから口は挟めねぇ……だがシェリルもバカじゃねぇ。仕事はきっちりこなすはずだ」
そう話すと、工場長は大きく一度だけ手を叩いた。
「おい、お前ら!そんなことよりテスト始めんぞ!時間がないことをもう忘れたのか?」
「そうですね、それではさっそくテストを始めましょう!」
◇◇
シェリルがいない状態で始まった加熱ありの撹拌テストは順調に進んでいた。
「加熱中のにおいも問題なさそうですね。焦げ付いた感じもなさそうです」
「あぁ、薬草粉末の混ざり具合も良さそうだな」
「釜の中の温度も適温を保ってます」
テストを開始してまもなく一時間が経過しようとしていた。
その間、研究開発室のメンバーは数分ごとに見た目、におい、そして温度についてチェックを行ってくれている。
チェックされた内容は細かく記録され、その結果は皆に共有されていた。
「ここまでは大丈夫そうですね」
「はい。薬草粉末があっても温度管理に影響はほとんどなさそうで安心しました」
記録を見てアベとシスティナがほっとしていると、メンバーの一人が話しかけてきた。
「あの、アベさん……でしたっけ?これ、本当に今回用に魔導盤の内容を書き換えたんですか?」
「そうですね。元は二台とも解体予定の魔導盤でしたが、システィナさんの刻印魔法で加熱と撹拌に必要な動きをするよう書き換えてます」
「え?!解体予定?!まさか、まともに動かない魔導盤でもこんなふうに動かせるようにできるってことですか?!」
「あ、ありえない」
「いや、でも実際動いてるぞ」
「アベさん、それならこんなことはできますか?」
「おい、ずるいぞ!アベさん、ちょっと聞いてもらっていいですか?!」
「わかりました、わかりましたからテストが終わってからでいいですか?」
「そ、そうですね……申し訳ありません」
研究開発室のメンバーの質問攻めに困惑するアベをよそに、イズミはシェリルが連れて行かれた先をぼんやり眺めていた。
「こっちは順調っすけど……あの子、大丈夫っすかね」
◇◇
一方その頃、工場長と室長はテスト中の現場とは少し離れたところに移動していた。
「ディーツ、シェリルの様子はどうだ?」
工場長が室長に話しかける。
「ええ、今は別の業務をお願いしてるのでとりあえず大丈夫です。落ち着いたら戻ってくるように伝えてありますのでそのうち顔を出すかと。……しかし、仕事に私情ははさまない子だと思っていたのですが、まさかここまでとは」
「それに関しちゃ俺も配慮が足りなかったと思ってる……わりぃな」
「とんでもないです。ですが、私たちの室には現在あの子しか鑑定スキル持ちがいないので、今回の件から外すわけにもいかず、ご迷惑をおかけします」
「まぁ、アベたちがこっちの世界に来たおかげで魔導盤の常識はこれから大きく変わっていく。良くも悪くもな。シェリルにとっちゃあきついだろうが、遅かれ早かれ乗り越えるしかねぇ」
「時代に合わせて人も変わるしかない……ということですね」
「あぁ、もう動き出しちまってるからな」
「でしたら、やはりアベさんたちの素性は室員にも秘密にしておいたほうがよかったのでは?」
今までの異世界人が残してきた功績は有名だが、だからといってこの国では異世界人が特別扱いされるわけではない。
それは、これまで異世界人がこの国に現れたことがないことも理由の一つだが、なにより『異世界人』が人々にとってそれだけ遠い存在だったからに他ならない。
しかし、実際に目の前にいる人物が偉業を成し遂げたとなると話が違ってくる。
「いや、下手に隠してバレるよりはいい。それに魔導盤の刻印も修正する可能性がある以上、こそこそやるわけにもいかねぇしな。当然、お前らを信頼してるからこそだ」
アベもイズミもこちらの世界に来てまだ日にちが浅い。
隠そうとしたところで、言葉遣いやちょっとした常識の違いから気づかれる可能性があると工場長は考えていた。
「……わかりました。もはや一蓮托生ということですね」
◇◇
「シェリル、もうそろそろお前の出番だぞ」
「え、あ、はい……わかりました」
「俺は先に戻ってるから早くこいよ。エレナ、お前もだぞ」
「はーい」
シェリルを呼びにきた男はそう告げてそそくさと去っていった。
「シェリル、気持ちはわかるんだけど、あの工場長やシスティナさんが騙されてるって本気で思ってるの?」
「それはわかってる。わかってるんだけど……このモヤモヤした気持ちは抑えらんないのよー!」
「そんなこと言ってても鑑定スキル持ちはあなたしかいないのよ?嫌だとは思うけど、今回は戻るしかないわね」
「はぁー行きたくないなぁ」
「もう、しょうがないわね。頑張ったら釜鳴り亭で一杯奢ってあげるわ」
「うぅ……わかった」
「わたしもこの作業が終わったら行くから。まずはちゃんと謝りなさいよ」
「それは無理かも……でも行ってくる」
シェリルは背中を押され、仕方なく研究開発室を出た。
「なんで……なんで今なのよ」
そうつぶやくシェリルの言葉は誰にも届かなかった。
◇◇
「それではこれから低級の疲労回復用ポーションの比率で配合します」
加熱撹拌と濾過作業が終わり、ついにポーションとしてできあがるところまできていた。
「いよいよっすね、先輩!」
「そうだな。配合が終われば残すは品質検査だけか……」
「あー、そういえば品質検査ってあの子が担当なんすよね、俺たち近くにいない方がいいんじゃ……」
「イズミ!それにアベ!お前らは堂々としてろ!」
「いやでも、普段はあんな感じじゃないってことは余程の事情があるってことっすよね?」
「それでもだ。お前らはお前らの仕事をしていればいい」
「まぁ、工場長がそう言うなら……」
そうイズミたちが話をしていると、シェリルが姿を現した。
「すみません……戻りました」
「シェリル君、作業はできそうですか?」
「はい、ディーツ室長。申し訳ありませんでした」
「まぁ今回はいいでしょう。それではさっそくですが、ちょうど今できあがったこちらのポーションの検査をお願いできますか?」
「はい、わかりました」
そう返事をしたシェリルは、一瞬だけ視界に入ったアベとイズミから目をそらすと、そのまま品質検査の作業に入った。
「では鑑定スキルを使います」
アベ、イズミが固唾を飲んで見守る中、シェリルはポーションに手をかざし集中しはじめる。
「アベさん、イズミさん、そんなに心配しなくてもきっと大丈夫ですよ」
「そ、そうっすよね……」
そんな二人を見てシスティナが声をかけるが、イズミは気が気ではないようだ。
そして、ほどなくしてシェリルが伸ばした手をおろし振り返る。
「鑑定結果が出ました。これは紛れもなく低級の疲労回復用ポーションです……品質上の問題はありません」
「おぉぉぉ!」
シェリルの鑑定結果を聞き、周囲から一斉に歓声が沸き起こる。
解体予定の、本来ならもう設備としては使えないはずの魔導盤が、設備として使えることが証明されたのだ。
「これは……本当にすごいことになるぞ」
「あぁ、信じられない」
歴史的瞬間に立ち会えたことで、研究開発室のメンバーがお祭りムードになり始めていた。
「おい、お前ら!まだ低級の疲労回復用ポーションの一回しか成功してねぇんだぞ。このあとは中級と上級のポーション配合での確認、それから加熱撹拌を最低でもあと5回は連続で成功させてから喜べ!」
「うぇー、まぁそうなるっすよね」
「そうだな、工場長の言う通りだ。データを取って再現性があるかも調べないとな」
「元の世界とやることは変わんないっすね」
何回やっても同じ結果になる。
それが設備にとって最も重要な要素の一つであると、アベもイズミも理解していた。
「あー、だが今日はもう遅い。残りは明日だ。明日も朝から忙しくなるからさっさと帰れよ」
「はい!」
◇◇
「シェリル君、今日はもう帰りなさい」
「はい」
「明日も君の力が必要です。よろしく頼みますよ」
「はい」
「はぁ……いいですか。詳しいことはわかりませんが、工場長の話によるとアベさんたちは好きでこの世界に来たわけではないそうです。ですので、もしかしたら家族とも離れ離れになっているかもしれません。あなたの気持ちを蔑ろにするつもりはありませんが、相手にも事情があることを理解してあげてください」
「……はい」
室長との話を終え、研究開発室を出るシェリル。
「エレナ……」
「シェリル、あなたよく頑張ったわね。偉いわよ」
エレナは肩を落としたシェリルをそっと抱きしめる。
「うん……」
「じゃあ行こっか」
「うん……」
こうしてシェリルたちは明日の英気を養うため、釜鳴り亭に向かって歩き始めるのであった。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。
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