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いつもより少し長めです。
拓斗と不毛なやり取りをした後、俺はゲームの世界へと戻る。本当はもっと早く再開できるはずだったのに少しロスしてしまった。
ログインした場所はお馴染みの噴水広場。
今のゲーム内の時間帯は現実と同じ昼のようだ。
まずはコムギを召喚するか。
召喚士はたいてい戦闘の時に召喚するらしいけど、今はパーティーもいないし一人は少し寂しい気もするからべつにいいだろう。
「コーン!」
「またよろしくな。コムギ。」
召喚したコムギは俺が頭を撫でるとすぐに身軽に俺の頭の上へと登っていった。
「お前。そこ好きだよな。」
「コンコン。」
そんなに居心地がいいもんか?どっちかというと不安定なんじゃないかと思うんだが。
俺は重さも気にならないしべつにいいけど。
「これから新しい狩場にいくから一緒に頑張ろうな。」
「コン!」
向かうのは昼食を食べている間に調べた東の森のフィールドだ。始まりの草原よりはモンスターが強くなっているが、初心者が始まりの草原の次に向かう定番の狩場らしい。結構広いので獲物の取り合いになることも少なく、初心者の腕試しにはちょうどいいのだとか。
東門を抜けるとすぐに森がある。広いとは聞いていたがこうしてみるとかなり広いようにみえるな。
木が密集しているわけではないので、比較的戦いやすそうだ。
森には狼や熊、梟の他に虫系のモンスターなどモンスターの種類が豊富なんだそう。奥に行けば行くほどモンスターが強くなっていくので、長い間ここを狩場にすることができるらしい。
まず遭遇したのは狼のモンスター。
コムギは探知能力でもあるのかタシタシと頭を叩いて知らせてくれたので早く気づくことができた。
刀を構えると狼は少し警戒したようにうなり声をあげている。
「コムギ、一匹は任せた!」
「コン!」
勢いよく返事をしてくれたので狼に向かっていくのかと思えばそういうわけでもないらしく、俺の頭の上から魔法を浴びせていた。ブレないな、お前。
俺は刀を構えたまま踏み出し斜めに切り上げる。
さすがに一撃では倒せなかったようだがダメージは与えることができた。
動きはまあまあ速いが体は大きいので攻撃は当てやすい。
首もとを狙い攻撃するとクリティカル判定でもあったのか結構簡単に倒すことができた。
この狼は一匹だとそこまで強くないそうだが、群れでくることもあるので注意が必要だとか。
連帯もしてくるから群れの大きさで難易度が結構変わるらしい。
それを考えれば遭遇したのが2体だけだったので運が良かったのだろう。
「うーん。魔法も使いこなしたいけど、刀をふるいながらだと難しいな。」
コムギはバンバン魔法を撃っていて俺よりも早く敵を倒していた。魔法タイプなので魔法により攻撃が高いのもあると思うけど。
なかなか安定した魔法砲台だ。
欲をいえばペース配分も考えて欲しいところだけど、召喚獣にそれは難しいか?しかしMPがなくなると後で困る。
召喚獣も経験を重ねて学習していくらしいし、コムギをそのうちできるようになるかもしれないから気長にやるとしますか。どうせ攻略組じゃないし楽しめればいいというスタイルだから。
「よし。次いくか。」
「コン!」
次の獲物を探して森の中を進む。
ここで狩りをした結果分かったことは、モンスターが多いということ。
次から次にモンスターがやってくる。
しかしレベリングには最適だといえるだろう。
なんせ俺もコムギももうレベルが5まで上がった。
始まりの草原ではあんなに倒しても上がらなかったのに、どれだけ効率が悪いことをしていたのかが分かる。
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名前:セイ
種族:人間 Lv5
ジョブ:刀士 Lv5
サブジョブ:風の魔術師 Lv3
召喚士 Lv4
HP:121
MP:81
STR:15
ATK:25
DEF:13
INT:17
MGR:12
AGI:25
DEX:16
LUK:15
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魔法をあまり使わなかったからか、魔術師ジョブの上がりが悪いな。召喚士はコムギが戦闘をしているから上がっているようだが。
刀をメインにするため、物理攻撃をメインにポイントをふった。あとは素早さや魔法攻撃にも少し。防御は捨てている。
器用貧乏になりそうな勢いだけど、俺はそれもありだと思っている。色々やってみたいことはたくさんあるし、のんびりと好きなことをやればいい。せっかくの初めてのゲームなんだから効率よりも楽しむことを優先したいからな。
戦闘が続いたので少し休憩する。
インベントリから取り出したのは旅の便利グッズを売っている道具屋で買った小さなテント。
一見普通の小さいテントに見えるが、このテントの中はセーフティーエリアになっていてモンスターに襲われることがないという便利アイテム。値段によって大きさや機能も違うらしいが、これは初心者がよく使う一番安いテントでお値段1000リル。テントはフィールド探索には必須のアイテムと言われている。
テントにコムギと入ると、思ったよりも気が入っていたのかふっと力が抜けた。
空腹にならないうちに露天で買った果物をコムギと分けて食べる。
休憩をするとHPやMPは少しずつ回復していく仕様だが、食事をすると少し回復の速度や速まるらしい。
まあ、ほとんどの場合休憩することなく回復薬で一発で済ませられるのであまり有り難みがないようだが。
攻略組は忙しそうだなあと思いながらコムギをモフモフしてのんびりと休憩をした。
「そろそろ行くか。」
体力が回復したのを目処に休憩を終了した。
こうしてのんびりできる時間もいいな。現実でやるともったいない気分にもなるが、ゲームの中だとお得感がある。なぜそう思うか自分でも不思議だけど。
森の中を進むとモンスターのレベルが上がってきた。これまで3レベル前後のモンスターがほとんどだったのに、6や7の自分より格上のモンスターが現れ始める。おかげでまたレベルが2上がったが、一体倒すのに時間がかかるようになってきた。
でも上のレベルのモンスターを倒すと、危険も増して時間もかかる分もらえる経験値が上乗せされてお得らしい。
数をこなすか質をとるか。どちらが効率がいいのか検証もされているらしいが、まだ結論には至っていない。ま、レベルの上げかたは人それぞれだな。
奥まで行くと適正レベルを越えそうなのでそろそろ引き上げたほうがいいかと考えている頃、木の根元でうずくまっている人が目にはいる。
「お、おい。大丈夫か?」
かけよって声をかけると、どうやら足を押さえているようだった。
「ああ、ちょっと足を挫いてしまったみたいで。」
あはは、と苦笑する男は木こりぽい格好をしていた。
足を挫いたということはたぶんNPCだな。プレーヤーにそんな状態異常はなかったし。
「立てそうか?」
「うーん、なんとか。悪いんだけど村まで肩を貸してくれないかな?一人じゃちょっと無理そうなんだ。」
《クエストが発生しました。》
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ユニーククエスト
『困っている木こりを助けよう』
クリア条件:木こりを無事に送り届ける
報酬:なし
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報酬ないんかーい!
いや、別にいいんだけどさ。クエストに報酬がないってどうなのか。リアルを追及したこのゲームではそれもあるか?
しかしNPCとはいえこんなところで置いていくなんて人として後ろ指指されても文句はいえないよな。
「分かった。俺に任せてくれ。」
報酬がなくたってやってやんよ!
クエストを受けた俺はコムギを頭にのせ、木こりに肩を貸しながら森の中を歩いていた。
ちなみに木こりはエリックという名前らしい。
「本当にこっちでいいのか?」
エリックの案内に従ってここまできたが俺の勘違いじゃなければ町に向かうどころか森の奥に進んでいる気がするんだが。
「こっちで大丈夫だ。俺たちの村は木こりの住む村だから森の中にあるんだよ。そうやって生計をたてているからそっちの方が便利でね。」
「モンスターに襲われそうだな。危険なんじゃ?」
「全くないわけじゃないけど、村には結界があるし、森に出るときもモンスター避けの薬草があるからそこまでないかな。」
「へー。」
モンスターから守るための結界はどの町にも張られている。しかしひとつの村にも結界があるほど普及している知らなかった。森の中にある村だからこそかもしれないが。
まあゲームの中の話なんだからコストがうんたらかんたらという現実的な問題はないのかも。そういう設定にすればいいだけなんだから。
そういえばさっきから森の中を歩いててもモンスターがこないなと思っていたけど、エリックがモンスター避けの薬草を使っていたのかも。
道具屋にもお香として売っていたし、俺も持っている。
レベリングしていたから使っていなかったけど。
「お、見えてきたぞ。」
エリックに言われて視線を向けるとたしかに小さな村がみえてきた。
うん。本当に小さいな。ちょこっとした柵の囲いはあるが見た目からしてモンスターから守れるか心配になるぐらい。
森の中に村があるなんて聞いたこともなかったから俺が初めて訪れたのかもしれないな。
「本当にありがとう。助かったよ。お礼というほどのものはできないけどお茶でもご馳走するよ。」
エリックのお礼をもらいクエスト達成のアナウンスが流れる。
《クエストをクリアしました。》
――――――――――――――――
ユニーククエスト
『困っている木こりを助けよう』
達成条件:木こりを無事に送り届ける クリア!
報酬:なし
――――――――――――――――
「それじゃあお言葉に甘えて。」
少し疲れたのでその申し出はありがたい。
エリックの家は小さくて質素なものであまり生活感のない部屋だった。
エリックを家まで送り届けるとお礼としてお茶と茶菓子を出されたのでコムギと休憩をとる。
お、美味しいなこれ。ガレットみたいなもんかな。
コムギが茶菓子を虎視眈々と狙ってくるからゆっくり食べることもできないけど。
そういえばここに来るまでにもあまり人を見なかったが、この家にも他に人がいる様子はないな。森の中だし元々人が少ないのかもしれない。
「ここに一人で住んでるのか?」
「うん、まあね。」
ここで家族は?と聞くのは地雷な気がするので黙っとこ。
それにしてもエリックの家に到着してからなんか会話が続かない。
「そういえばこの部屋、なんか甘い匂いがするな。お茶菓子、ではないしなんの匂いだろ?」
「ああ。この村ではたいていお香をたいているんだよ。万が一のためにモンスターが近寄らないように工夫しているんだ。」
「へえ。なるほどな。」
たしかにモンスターがうようよしている森の中なんだから、結界があるとはいえ少しでも対策は多いほうがいいよな。木こりたちも工夫して森の中で暮らしているんだろう。
しかしこの匂い、結構強いな。普段からお香を焚いているからかエリックは気にならないのかもしれないが、あまり嗅ぎ慣れていない俺からしたらちょっと。匂いのせいかなんだか頭がぼーっとしてくる。
「あれ?コムギ?」
視線を横に向けるといつの間にかコムギが眠っている。
なんか、俺も、眠く・・・
「そういえばこの香には他にも効果があってね。」
「・・・え?」
「この香を村ではスパイダーウェブ、クモの巣と呼んでいる。」
「スパイダーウェブ・・・。」
「そう。由来としては、一人でのこのこやってきた弱い獲物を絡めとねるクモの巣のように、ね。」
「おま、え・・・」
バタン
そこで俺の意識は途絶えたのだった。
『ユニーククエストが進行しました。このクエストは拒否できません。』