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ペコとかまどのオカルトごはん!  作者: GOZOROPS
1皿目:スープ《丸ごと河童汁》
9/55

ブラッドソーセージ

けっこうグロイです。

《part8》


 ソーセージとは主に挽肉を動物の腸に詰めて成形した食品を指すが、その中でも具に血液を混ぜたものがブラッドソーセージと呼ばれる。日本ではあまり広まっていないが、ソーセージの源流に当たる由緒正しい食品であり、ヨーロッパ諸国や中国・モンゴルといった牧畜文化の根付いた国々では伝統的に食されている。血液の臭みは加熱によって消え、独特の味わいと舌触りが癖になる。


 ――以上、かまどの脳内アーカイブより抜粋。


 というわけで、ペコが煙と格闘する傍ら、かまどは早速河童のブラッドソーセージ作成に取り掛かった。


 先程スライスしていた肉のうち、脂肪が多い腹側のブロックを包丁で叩いてミンチにする。さっき剥いだ河童の表皮もミンチして投入。


 更に心臓・肺・腎臓など、そのまま食べるのはちょっと気が引ける部位もまとめてミンチ。肝臓(レバー)も半分ほど入れてしまう。


 それらを大きなボウルで軽く混ぜる。バケツから、ゼリー状に固まりつつある血液を引き上げて、肉のボウルに加えて……。


「うわぁ……スプラッタ」


 水分が過剰な具は鈍い紅色のドロドロと化し、かまどの手元でぬちゃぬちゃ生々しい音を立てている。肉と臓物と血という材料からしてグロいのは覚悟していたが、見た目的には列車事故のアレや惨殺事件のソレとほぼ同じ、その上容赦なく立ち上ってくる鉄臭さがかまどを怯ませてくる。


「かまど、何作ってるの? 美味しそう!」


 そして食欲全振り少女ペコはボウルを覗きこんで嬉しそうに舌なめずりした。マジか。


「ブラッドソーセージだよ。でもちょっと臭いが不安になってきたかな……。スパイスか何かあればいいんだけど」


「スパイスって、どんなの」


「主張が強くて血よりマシな匂いなら何でもいいよ」


 それを聞いたペコはポケットをまさぐり、「これはどう?」と子犬のような弾んだ声で言いながら、根本が赤みがかった草の束をかまどの鼻先に突き出した。


 血で麻痺した嗅覚でも分かる特徴的な匂いが鼻腔を通り抜ける。


「ギョウジャニンニク? なんで持ってるの?」


 香り高さで有名な山菜にかまどが目を丸くした。


 ギョウジャニンニクは本州では高山帯にしか生育しない植物で、成長が遅いこともあって今や天然物はほとんど流通していない希少な野菜である。ハウス栽培物なら取り寄せられないこともないが、それでもここまで立派に育ったものには中々お目にかかれない。


 密かにテンションが上がるかまどと対照的に、ペコはあまりピンと来ていない様子で、


「よく知らないけど、来る途中で取ったやつ」


「へぇ、こんな高さに生えてたんだ。よく見つかったね」


「美味しそうな匂いしてたから!」


 ふんすと鼻息を荒くしてペコが胸を張る。


 ……確かにギョウジャニンニクはいわゆるニンニク臭が強いことで有名だが、それにしたって真夏の森は土と草の臭いが充満して、他の臭いなんて全て塗り潰されていたように思う。


「どんな鼻してんの。犬か」


「えへへ」


「褒めてないし。ま、とにかく、それも入れちゃうね」


 芳しい草を手渡して、「ありがと」に「どーいたしまして」を返したペコが一段と笑みを深くする。


「かまどが美味しい料理作ってくれるお礼!」


 尻尾をブンブン振り回す柴犬の態度で彼女は言った。百パーセント混じりけのない高密度な好意がかまどへと照射されている。


 不意にプラス感情の塊をぶつけられたかまどは一瞬身動きを停止して、次の瞬間には口を尖らせながら視線を手元(血みどろボウル)に落とした。


「調子いいこと言って。何でも美味しい美味しいって食べてるくせに」


「んー。まぁそうだけど、でもかまどの料理が特別美味しいよ?」


「はいはい。火は大丈夫なの?」


「あ、いけない! じゃ頑張ってねー」


 軽い足取りで甲羅の火刑場に戻るペコの背中を見て、かまどは一人表情を綻ばせてから調理工程に意識を引き戻した。


 ギョウジャニンニクは微塵切りにして混ぜる。小麦粉で固さを調節して、ほぼ液状だったボウルの中身がペーストくらいになってきたら具は完成だ。


 依然として鮮やかすぎる紅色が不安を誘わなくもない……が、気にせず続行。


 ここで通学カバンから颯爽と取り出されたのは絞り袋――ホイップクリームを飾り付けるのによく使う口金付きの袋である。かまどが常備しているのは百円均一の使い捨てタイプ。手軽さ・イズ・正義。


 しかしここで絞り袋を取り出したのは、何もお菓子を作ろうというわけではない。


 かまどはゆるい具材を慎重に袋へ充填し、洗われたままバットに横たわる腸に口金をはめ込んだ。


 袋が破れないように、口金が外れないように、具材を溢さないように、彼女の手は絶妙な握力で具材を腸に送り込んでいく。時折腸を揉みほぐして中身が均一になるよう注意も怠らず、注入作業は一瞬たりとも滞ることなく進む。


 そしておよそ必要最低限の時間の後、二メートルほどに切り分けられていた腸は一本の腸詰めに生まれ変わっていた。


 腸の反対側をタコ糸で縛り、中間部を適当な間隔でねじって糸を縛り付けていく。みっちりと身が詰まった腸に視線を走らせて、気泡を爪楊枝で潰す作業も同時並行だ。


 これを怠ると加熱によって空気が膨張し、外皮(ケーシング)が破れて大惨事となる。特に中身が柔らかいブラッドソーセージでは具材が飛び散りかねない。


 一通りの検査を終えた彼女は最後に絞り袋を外し、端を厳重に縛って満足気に息をついた。


 河童ブラッドソーセージ、一丁上がり。


 一見すると牛や豚で作った普通のブラッドソーセージと変わりないが、ケーシングを透かして見える表皮の緑が視覚的アクセントを加えている。それが何とも食欲を……いや……あまりそそらない……どちらかというと毒々しい……。


 ――皮まで混ぜたのはミスだったかも。


 ぞろりと連なった斑のソーセージを眺めて苦笑するかまど。


 料理の際、特に未知の食材を相手にする場合において、調理法を見抜く自身の《眼》に彼女は全幅の信頼を置いている。置いてはいるが、しかしそこで弾き出されるレシピはどうにも視覚面が疎かにされてしまう傾向にあった。


 ――ま、見慣れれば大丈夫か。河童らしさということで。


 そしてそれ以上に、かまどは大雑把だった。


 気を取り直した彼女は手際よく新たな腸詰めを作っていった。具材はちょうど二本めを作ったところで尽き、切り分けた腸は一本残されている。


 後で普通のソーセージも作ろうか、それとも仕切り直してモツ煮にしようか、などと算段を付けながらラップを掛け、かまどは二連のブラッドソーセージを携えて焚き火に向かった。

明日も2話投稿!

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