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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第58局 感想戦後の感想戦(T取県・S根県)(2015年9月19日土曜)
694/708

682手目 怯懦と蛮勇

 葦原あしはら先輩は、さて、と言って、境内の風景を見やった。

 松の葉が風に揺れて、パチパチと鳴っていた。

 秋の気配が、一段と深まる。

「私は、吉良きらくんとの将棋にしましょう」

 これには少名すくなくんが、

「なんだなんだ、たつるだけ本命局かぁ」

 と煽った。

 葦原先輩は冷静に、

「うまく指せた一局です」

 と冷静に返した。

 まあまあ、喧嘩せずに。

 いや、喧嘩ってわけでもないか。

 盤をもどして、ふたたび初手から始まった。


【先手:葦原貴(S根県) 後手:吉良きら義伸よしのぶ(K知県)】

挿絵(By みてみん)


 先手からの速攻。

 私は、

「解説も、3五歩からの開戦を検討してました。高校棋界で流行ってるとか、そういう感じなんですかね?」

 と尋ねた。

 葦原先輩は、

「たまたまだと思います。解説陣も、攻めから読むことが多いので」

 と、偶然の一致を示唆した。

 まあ、それもそうか。

 ここから一気に銀交換して、2六の飛引き。


【33手目】

挿絵(By みてみん)


 葦原先輩は、

「この時点で、先手指しやすいと思います」

 と、けっこう積極的な評価をくだした。

 出雲いずもさんは、

「ふぅむ、有利不利はともかく、角換わりの先手番で、攻めじゃからのぉ」

 と同調した。

 少名くんは、

「そうか? 後手からは、角打ちの反撃があるだろ?」

 と、やや反発した返しをした。

 葦原先輩は、

「私としても懸念材料でしたが、吉良くんはそう打ちませんでした。5二玉で、こちらの対応を見てきました」

 と答えた。

 結果的に、これがあまりよろしくなかったというオチ。

 かといって、少名くんの角打ち案も、先手指しやすい流れに変わりない。

 つまり、この時点で後手が悪いってわけ。

 吉良くんにしては、稚拙な序盤だった。気合いで押し過ぎたイメージ。

「その後、私のほうにも疑問手が出てしまいました。攻めないといけないところで、3六飛と様子見したのが失着です」


【37手目】

挿絵(By みてみん)


「ここは3三歩と、叩いておく必要がありました」

 この説明は、評価値とも一致している。

 一転して、互角の状況へ。

 さらにもう一度ミスが出て、今度は吉良くんが有利になり始めた。

 私は、

「このあたりの流れは、どう感じていましたか?」

 と尋ねた。

 葦原先輩は、涼やかな表情で、

「そうですね……思惑通りにいったとも、私の錯覚だったとも言えます」

 と、難解な返事をした。

 私には、意味がわからなかった。

「というのは?」

「評価値的には後手有利かもしれませんが、私視点では、特定の局面に誘導していたつもりでした。4九銀を無理攻めと見ていたのです」


【46手目】

挿絵(By みてみん)


 あ~、これね。

 私は、

「解説陣でも、意見が分かれてました。御手おてさんは、成立してる派、相方の安孫子あびこさんは、成立してない派でした。安孫子さんは、あんまり明確に言ってませんでしたけど」

 この手については、犬井いぬいくんも、よくわかんないって言ってた。

 つまり、かなり難解な局面のようなのだ。

 出雲さんと少名くんも、しばらく黙って考えた。

 先に口をひらいたのは、出雲さんだった。

「ふぅむ、わらわは、成り立っていないように思うが……」

 私は理由を尋ねた。

「勘に近い。ようするに、4九銀、4八金、1五角じゃろう? 以下、2八飛、4八角成、同飛、3八金、4九飛、同金は、金がそっぽ過ぎるじゃろうて」

「なるほど……少名さんは、どうですか?」

 少名くんは、廊下に寝っ転がり、肘枕ひじまくらをしたかっこうで、盤面をにらんでいた。

「……微妙だな。美伽みかの言う通りになったとして、後手に手がないのは事実だが、先手にもなくないか?」

 葦原先輩は、

「本譜は2二歩、同金、4六歩と伸ばしました」

 と教えた。


【55手目】

挿絵(By みてみん)


 少名くんは、

「なんか悠長だなあ」

 と承服しなかった。

 葦原先輩は、その点を認めた。

「そうですね、2二歩、同金に、4五角と浮くほうが良かったです」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 うーん……これはこれで、よくわかんない。

 私だと、4五角をそもそも考えなさそう。

 少名くんは、

「御手は、どう指したらいいって言ってた?」

 と、私に訊いた。

 メモを確認する。

「えーと……2二歩、同金、4五角です」

「貴と一緒か。で、そっからは?」

「2八飛に1八角打でどうか、っていうコメントでした」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 少名くんは、

「あ~、4五角って、そういう手なのか。ま、御手が言うんなら、高校アマレベルだと、これが最善なんじゃね」

 と納得した。

 そんなもの?

 御手っていうひと、かなり信用されてるっぽいね。

 葦原先輩は、先を続けた。

「というわけで、4九銀は切れ筋と見たのですが、じっさいには真偽不明です。本譜は、4六歩、4八金、4五歩、3二金、4四歩で、4筋は間に合ったものの、引き続き後手有利の展開になってしまいました」

 私は、

「吉良さんも、そう考えていたと思いますか?」

 と尋ねた。

「感想戦の雰囲気では、後手良しと思っていなかったのではないでしょうか」

 ふむふむ。

 このあと、先手も後手も、決め手を欠く展開になった。

 4四歩に同歩、2二歩で、後手はこれを取らずに5四歩、2一歩成、5五歩の攻め合いを選択。最善手の応酬、というわけでもなく、次善手以下が続く。

 少名くんはこれを見て、

「ザ・アマチュア将棋って感じだなあ」

 と毒づいた、と思いきや、

「ま、こういう棋譜は、アマには勉強になるよな」

 と、なんだか肯定的な意見を述べた。

 葦原先輩は、

「皮肉ですか?」

 と静かに尋ねた。

 少名くんは、腕枕でごろんと仰向けになって、

「ちげぇよ、じぶんがしそうな失敗は参考になるってだけだ」

 と反論した。

 んー、そのへんは、私もなんとなくわかる。

 美文のまえに、てにをはを直して欲しいみたいな?

 いずれにせよ、葦原先輩は再反論せずに、さらに進めた。

「しばらくして、角の使い道ができました」


【69手目】

挿絵(By みてみん)


「この時点では、互角という認識です」

 評価値も、このへんで戻ってきていた。

 つまり、吉良くんは好機を逸したということだ。

「80手台に入ったところで、私のほうが指しやすいと感じました。具体的には、7三飛と打ったところで、後手玉が危なくなっています」


【83手目】

挿絵(By みてみん)


 6二銀と打てるけど、先手は5三銀と捨てて、同銀に6三金だね。

 ここからは、葦原先輩が着実に寄せ切った。

 100手以内に勝負あり、ということで、吉良くんにとっては不本意な結果に。

 私は、

「全体の感想は、いかがですか?」

 と、少し勇み足な質問をしてしまった。

 葦原先輩は、

「そのまえに、少し補足しておきたいことがあります」

 と言って、手をもどした。

「局後、御手さんに教えてもらったのですが、4六歩~4五歩~4四歩の瞬間、後手には5九飛と反撃する手がありました。おそらく、これで後手有利です」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


「ただし、感想戦で吉良くんは、この手にまったく触れませんでした。対局中、私はこの手を考慮していたので、吉良くんのほうに見落としがあったのかもしれません。どちらかと言えば、2回目の2二歩で、同金とするほうがよかったどうかを気にしていました。つまり、思考が受け身になっていたということです」

 ふむふむ、この説明は、参考になる。

 吉良くんの不出来の原因は、前に出られなかったから、と──ん?

「それって、4九銀と矛盾してませんか?」

 私の問いに対して、葦原先輩は、いい質問です、と返した。

「4九銀が前のめりだったと、途中で後悔してしまったのでしょうね」

「あー……あつものりてなますを吹く、みたいな?」

「それも良いたとえです。実際には、4九銀は成立していた可能性が高いです。適切に読んでいれば、5九飛を発見されて、私の負けだったでしょう。本局の吉良くんは、じぶんの読みに自信が持てなかった、ということなのかもしれません」

 私はメモを取りながら、書き方が難しいな、と感じた。

 ストレートに書くと、かどが立ちそう。

「では、締めの感想をお願いします」

「揺れの多い一局で、対局者としても楽しめた戦いでした。終局も綺麗にまとめられたので、私の実力に照らして、良い棋譜だと思います」

 葦原先輩らしい、流暢でさらっとした解説だった。

 私は、タブレットを膝のうえに置いた。

「以上で、取材を終わらせていただきます。ありがとうございました」

場所:第10回日日杯 3日目 男子の部 10回戦

先手:葦原 貴

後手:吉良 義伸

戦型:角換わり力戦形


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △3二金 ▲2五歩 △8八角成

▲同 銀 △2二銀 ▲4八銀 △3三銀 ▲3六歩 △6二銀

▲3七銀 △6四歩 ▲6八玉 △6三銀 ▲4六銀 △7四歩

▲5八金右 △7三桂 ▲7八玉 △8四歩 ▲3五歩 △同 歩

▲同 銀 △8五歩 ▲2四歩 △同 歩 ▲同 銀 △同 銀

▲同 飛 △2三歩 ▲2六飛 △5二玉 ▲6八金上 △7二金

▲3六飛 △3三歩 ▲2六飛 △8六歩 ▲同 歩 △同 飛

▲8七歩 △8一飛 ▲5六角 △4九銀 ▲4八金 △1五角

▲2八飛 △4八角成 ▲同 飛 △3八金 ▲4九飛 △同 金

▲2二歩 △同 金 ▲4六歩 △4八金 ▲4五歩 △3二金

▲4四歩 △同 歩 ▲2二歩 △5四歩 ▲2一歩成 △5五歩

▲7四角 △同 銀 ▲5四角 △7七歩 ▲同 銀 △8二飛打

▲8六桂 △6五角 ▲7二角成 △同 飛 ▲7四桂 △8五桂

▲8二銀 △同飛寄 ▲同桂成 △同 飛 ▲7三飛 △6二銀

▲5三銀 △同 銀 ▲6三金 △4三玉 ▲5三金 △3四玉

▲3六銀 △2四歩 ▲3五歩 △2三玉 ▲7一飛成 △7七桂成

▲同 金 △6九銀 ▲同 玉 △8三飛 ▲1一と △5八角

▲7八玉 △3六角成 ▲2一龍 △2二金 ▲1二銀 △1四玉

▲1六銀 △6六桂 ▲8八玉 △1五銀 ▲2二龍 △1六銀

▲1三龍 △2五玉 ▲1六龍 △3五玉 ▲3六龍 △同 玉

▲3七金


まで121手で葦原の勝ち

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