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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第1局 香子ちゃん、四国遠征編(2014年8月18日月曜〜25日月曜)
18/682

16手目 香子ちゃん、四国を飛び立つ

挿絵(By みてみん)


 さあさあ、二階堂さん、このガチガチの穴熊、どう攻略するつもり?

「ウーン……まずいなあ……」

 二階堂さんはそうつぶやいてから、2二飛と回った。

 私は5六金と出て、強気にプレッシャーをかけていく。

 5五銀と出られても、4五金とすり抜ければ問題ないはずだ。

 3五歩、4五桂、同銀、同金。これで駒得。

「あちゃあ」

 と二階堂さん。なんだか様子がおかしい。

 さっきから、あんまりやる気がないような指し手だ。

 不利になると、テンションが下がるタイプなのかしら。

 二階堂さんは背筋を伸ばして、向かって左に流れる髪の束をつまんだ。

「この戦型、よく分からないですね」

 いまさら、なにを。

「反発できるだけしますか……9五歩」


挿絵(By みてみん)


 端攻めか……目の付けどころは、いい。

 私は箸を置いて、30秒ほど考える。

「3五角」

 端は相手にしないでおきましょう。

 二階堂さんは当然9六歩として、取り込んできた。私はこれを利用して、9四歩。いやらしいところに垂らしておく。以下、同香、8六歩として、桂跳ねを阻止。

「お姉さん、からいですね」

 からいのは七味よ、分かる?

「とりあえず、金はそっぽに」

 二階堂さんは、3四歩と打った。私はちょっとだけ悩んで、同金。

「6六角」


挿絵(By みてみん)


 突っ込んできましたか。

 私はうどんに七味をふって、すこし味を変えた。

 しばらく考えていると、店の入り口でとびらのひらく音がした。

 ちらりとみたら、頭に鉢巻きをした、トラックの運転手さんらしき男性。

「二階堂さん、お客さんみたいよ」

「大丈夫です。店員はまだいますので」

 そっか、ずいぶんとのんびりした経営なのね。

 仕事中に、お客さんと指すなんて。

 まあ、複数の店員さんがうろうろして絡んできたら、それはそれで迷惑か。

 私はそんなことを考えながら、次の指し手を練った。

「……6八飛」

 角に当ててみる。3九角成なら、5三銀と打つ。同金、同角成でもいいし、なにか受けてきたら、6四銀成、同銀、同飛を狙える。一石二鳥だ。

 さすがに、これは選択しないかな……あ、5五角と引いた。

 私は5八飛と回り、1九角成を許容する。ここで5三銀は、5七歩からの叩きが、微妙に気になるわね。もっといろいろいじっておきたい。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「9五歩」

 同香、9四歩、9一香、5四歩。


挿絵(By みてみん)


 これが厳しいんじゃないかしら。

 二階堂さんは手揉みをして、長考。

 桂馬を持って、しばらくこちらの陣地をみつめた。

 6六桂かしら? でも、それはあらかじめ読んであるわよ。

「これ、あんまり指したくないんだけどなあ……6六桂」

「4四角ッ!」


挿絵(By みてみん)


 これが反撃になってるから、まったく問題ない。

 飛車を逃げれば6六角で勝ち。4二飛なら5三歩成と行く。

 二階堂さんも、さすがにこれは読めてるみたいで、5八桂成とした。

 私は飛車を取るまえに、9三銀、同香、同歩成を入れておく。

「同玉」

「2二角成」

 二階堂さんは、8二玉と撤退する。ここで9六香。

 同香とされたら王手だけど、9七歩と殺して安泰。

 二階堂さんは目を閉じて、考えるひとみたいなポーズ。

「同香か5四銀……5四銀」

 2一馬、5五馬。


挿絵(By みてみん)


 ここで私は、寄せの構想を練り始めた。じっくりと腰をおろす。

 第一感は、9五香よね。そこから、どう寄せるか。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 9五香、9四歩、同香、9三歩、同香成、同玉、9一飛かしら?


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子(きょうこ)ちゃんの脳内イメージです。)

 

 9二香と打たれて、飛車を成ったあとで8二玉の逆襲が、若干気になる。

 もうすこし改良して……9三同玉に9八香ね。これに9四歩なら、9一飛、9二香、9四香が決まるし、単に8二玉と引くのは9二飛、7一玉、9一飛成、6二玉、6六桂。これを同馬は、5四馬で銀を取れる。6三銀なら後手の馬筋が止まって終了。

 私はかるくうなずいて、9五香と取った。

 二階堂さんは9四歩だとジリ貧とみたのか、1九飛と下ろした。これは若干怖い手で、6九成桂〜7九成桂が入ると逆転してしまう。同金、同飛成のとき、5五の馬が利いていて、同銀と取れないのだ。

 私は9二飛、7一玉、9一飛成、6二玉に6六桂と打つ。


挿絵(By みてみん)


 二階堂さんはこれを見て、タメ息をついた。

「6三銀です」

 私は麺を全部食べ終えて、5四香を放った。

「5三歩、4三金に、同金とできないのか……負けました」

 二階堂さんは、あっさりと投了した。

「ありがとうございました」

 私は一礼してから、お茶を飲む。さっぱりして美味しい。

 二階堂さんは納得がいかないのか、腕組みをして首をかしげた。

「ウーン……なにがしたかったのかな」

「陽動振り飛車は、作戦だったんじゃないの?」

「わたしは陽動振り飛車なんかしませんよ」

 なにを言っているのか理解できない。記憶喪失ですか?

「だって、序盤で陽動振り飛車に……」

亜紀あきッ! なに勝手に指してんのよッ!」

 おどろいて顔をあげると――そこには、二階堂さんが立っていた。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 え? 二階堂さんが、ふたり?

「ぶ、分身してるッ!」

 私の喫驚に、ふたりの二階堂さんたちはキョトンとした。

「分身?」

「わたしたち、ふたごですよ?」

 私は呆然とする。よくよくみたら、ひとつ結びの髪が、左右逆に流れていた。

 それに、対局中、最初は右手を使っていたのに、後半は左利きだった。

 私の混乱をよそに、右利きの少女、立っているほうの二階堂さんは、椅子に座っているほうの二階堂さんを指差して睨んだ。

亜紀あきったら、勝手に指し継いで、ボコボコになってるじゃない」

「だって、わたし、振り飛車党じゃないから」

 言い訳をするなと、右利きの少女は怒った。姉妹喧嘩。

早紀さき、亜紀、店内でさわぐんじゃないぞ」

 厨房のほうから、お父さんらしきひとの声が聞こえた。

 ふたりは「ハーイ」と返事をして、声をひそめる。

「それにしてもお姉さん、亜紀を倒すなんて、なかなかやりますね」

 でしょ?

「わたしが負けたんじゃなくて、早紀の変な戦法が負けたのよ」

「いやあ、わたしなら勝ってたもんね」

 サキ(?)さんは、とぼけたような顔で、ひとつ結びの髪を撫でた。

 それから、もういちど自己紹介をする。

「わたしは二階堂にかいどう早紀さき。早い遅いの早いに、一世紀、二世紀の紀。中3です」

 次に、割烹着少女が自己紹介。

「わたしは二階堂にかいどう亜紀あき。紀の字はおなじで、亜細亜あじあの亜です」

「ふたりとも、似たような名前なのね。なにか意味があるの?」

「わたしたち、一卵性双生児なんです。わたしが先に生まれたから『早』紀」

「わたしはあとに生まれたので、『亜』紀です」

 両親よ、それでいいのか。

「ところで、お姉さんの名前、訊いてなかったですね」

 と亜紀さん。私が答えるまえに、早紀さんのほうが教えてくれた。

「ウラミさん……ああ、T佐市の桂太くんのお姉さんなんだ」

「姉じゃなくて、従姉妹よ」

 私は訂正しておく。

「出身は、どこなんですか? 四国じゃないですよね?」

「H島の駒桜こまざくら市って、知ってる?」

 ふたりは、その情報にびっくりした。

「え? 捨神すてがみ先輩の街ですか?」

 ウーン、そんなに有名なのか、捨神くん。

 将棋の強い変な子ってイメージだったんだけど。

「うらやましいですね。捨神先輩のサインとか、もらえません?」

 亜紀さんは、よく分からないものをねだった。

 そこまで親しいわけでもないし、ちょっと難しいと答えておく。

「残念……あ、そう言えば、兎丸うさまるくんもいますよね」

 また出てきた。だれよ、そのウサギなんとかって子は。

「兎丸くん、同学年のなかでは、一番かっこいいかなあ」

「なに、亜紀、狙ってるの?」

 早紀さんは、右ひじで亜紀さんの肩をこづいた。

「そ、そうじゃないってば」

「またまた、双子だから、男子の好みは、だいたい分かるよ」

 それは、あなたも狙ってるっていう自白ですか?

 この姉妹、仲がいいのか悪いのか、よく分からない。

 早紀さんは急にこちらへふりむいて、駒をつまむ仕草をした。

「もう一局しませんか?」

 リベンジか。普段ならちょっと迷うところだけど、今回の答えは決まっている。

「ごめん、このあと電車があるのよ」

「H島まで、そんなに時間がかかるんですか?」

 私は、K戸で待ち合わせをしていると告げた。T松からK戸までは、快速と新幹線を乗り継いでも、2時間はかかる。松平まつだいらとK戸駅で合流するのは、きっかり14時。壁の時計をみやると、すでに11時に近かった。T松駅までの移動と切符の購入、そのほかもろもろを考えたら、将棋を指すのはムリ。

「そうですか……じゃあ、またの機会に」

 私は、ごちそうさまをしてから、席を立った。お会計を済ませていると、早めのお昼を食べに来たのか、お客さんがちらほら入り始めた。

「いい暇つぶしになったわ。またね。エート……」

「早紀です。右利きが早紀で、左利きが亜紀って覚えといてください」

 私が店を出るとき、うしろから「ありがとうございました!」の声が聞こえた。

 ふりかえると、ふたりとも店を出て、手を振ってくれていた。

「次は負けませんからね!」

 私は親指を立てて「かかってきなさい」の意思表示。

 だんだんと暑くなる日射しを受けながら、私はT松駅へと急いだ。

 

 いよいよ四国をあとにして、いざ、K戸へッ!

場所:うどん屋『たかやぐら』

先手:裏見 香子

後手:二階堂 早紀→亜紀

戦型:後手陽動振り飛車


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △4四歩 ▲2五歩 △3三角

▲4八銀 △3二銀 ▲5六歩 △4三銀 ▲6八玉 △6二銀

▲5八金右 △6四歩 ▲6六歩 △6三銀 ▲7八玉 △9四歩

▲9六歩 △7四歩 ▲6七金 △6二玉 ▲3六歩 △7一玉

▲7七角 △7三桂 ▲8八玉 △2二飛 ▲7八金 △5二金左

▲9八香 △8二玉 ▲9九玉 △7二金 ▲8八銀 △5四歩

▲1六歩 △4五歩 ▲3七桂 △4四銀 ▲5七銀 △4二飛

▲6八銀 △5五歩 ▲2四歩 △同 歩 ▲7九銀右 △5六歩

▲6八角 △2二飛 ▲5六金 △3五歩 ▲4五桂 △同 銀

▲同 金 △9五歩 ▲3五角 △9六歩 ▲9四歩 △同 香

▲8六歩 △3四歩 ▲同 金 △6六角 ▲6八飛 △5五角

▲5八飛 △1九角成 ▲9五歩 △同 香 ▲9四歩 △9一香

▲5四歩 △6六桂 ▲4四角 △5八桂成 ▲9三銀 △同 香

▲同歩成 △同 玉 ▲2二角成 △8二玉 ▲9六香 △5四銀

▲2一馬 △5五馬 ▲9五香 △1九飛 ▲9二飛 △7一玉

▲9一飛成 △6二玉 ▲6六桂 △6三銀 ▲5四香


まで95手で裏見の勝ち

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