↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第1局 香子ちゃん、四国遠征編(2014年8月18日月曜〜25日月曜)
PR
17/725

15手目 陽動された讃岐うどん

 月曜日の早朝、私はK知駅で桂太(けいた)の見送りを受けた。

 T松までの特急切符を買って、1番線の電車に乗り込む。

 名残惜しい気もするけど、私の胸は思い出でいっぱいだ。

 私は窓を開けて、出発まで桂太と会話した。

「それじゃ、姉ちゃん、気をつけてね」

 桂太は両腕を後頭部にあてた格好で、にやりと笑った。

「桂太こそ、夏休みの宿題、ちゃんとするのよ」

「まるで、母ちゃんみたいなこと言うね」

 私たちは、おたがいに笑った。別れの挨拶はいらない。そんな感じだ。

「また機会があったら、H島に来なさい。いつでも相手してあげるわ」

「次こそは勝つよ。っと、そのまえに秋の個人戦があるか」

 私も、個人戦のことを思い出した。9月に入ったら、すぐに始まるはずだ。とりあえず倒さないといけないひとたちが多過ぎる。姫野(ひめの)先輩を筆頭に、歩美(あゆみ)先輩、甘田(かんだ)先輩、冴島(さえじま)先輩が続く。サーヤとヨッシーも、100%勝てるわけじゃないから警戒しないと。

《間もなく発車します。お見送りのお客様は、白線のうしろへお下がりください》

 出発のアナウンス。入り口のドアが閉まった。

 私は窓をおろして、桂太も白線のうしろまで離れた。

 コンコンとガラスをたたき、最後の合図。

 ベルが鳴って、車体が動き始める。私は桂太に手を振りながら、K知をあとにした。

 

  ○

   。

    .


 流れる風景をしばらく眺めたあと、私は鞄から詰め将棋の本をとりだして勉強。それが終わったら、マグネット盤で、吉良(きら)くんとキャット・アイの将棋を検討した。あのあと、将棋部のメンバーでいろいろと評価した。終始、難解だった模様。普通なら、吉良くんがそのまま勝つ展開だった。龍取りを無視して4七とが、機敏過ぎた。

《間もなく、T松、T松です。お忘れ物のないよう、お気をつけください》

 減速する。6番線に到着した私は、席を立って、うんと背伸びした。

 いやはや、ここまで2時間もかかるとは。まだ半分なのに。

 ホームにおりて、あたりを見回す。

 このままK戸って手もあるんだけど……やっぱり、うどんでしょ、うどん。

 本場のさぬきうどんを食べていかないと損だ。そのための早起き。

 改札口を出て、私はスマホの地図をひろげた。K知を出るとき、吉良くんからT松のおいしいうどん屋さんを教えてもらった。彼は県代表であちこち行っているから、こういうグルメに詳しいようだ。感謝、感謝。

「たかやぐら……か」

 私はスマホの地図をたよりに、朝のT松市内を散策した。太平洋に面しているK知市とはちがって、こちらは瀬戸内海側だ。気候は、むしろH島に似ている気さえした。

「あった」

 大通りから外れたところに、真っ赤な暖簾の店がみえた。ひらがなで、たかやぐらと書かれている。おどるような書体だった。

 私は木製の格子戸を開けて、店内に入った。明るい和風の室内に、いくつかのテーブル席とお座敷席。私は、壁よりの二人掛けに腰をおろす。さすがに、初見でカウンター席は難易度が高い。置いてあったメニューを眺めた。

 オーソドックスに、かけうどんでもいいんだけど……しょうゆうどんも捨てがたい。奮発すれば、もっと変わり種のものも食べられる。夏だから、ぶっかけの冷やもいいわね。あるいは、正統な具で攻めて、きつねうどんか天ぷらうどん。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 ん? なんで、だれも出てこないの?

 私が店の奥に視線をむけると、ちょうど厨房のほうから、ひとりの少女があらわれた。中学生なのか高校生なのか、判別がつかないくらいの身長で、ちょっと元気がよさそう。髪型は、ミディアムボブをひとつ結びにして、髪の束を向かって右に流していた。割烹着じゃなくて、紺のハーフパンツにスプライトの入ったTシャツ、そのうえに、オレンジ色の半そでジャケットをまとっていた。

 少女は私を見て、目をぱちくりとさせた。

「あれ? お客さん、まだ開店してませんよ?」

 やってしまいました。早過ぎるとは思ったんだけど――まだ9時40分。

 明かりがついているから、てっきり営業中と勘違いしてしまった。

「ご、ごめんなさい。また、あとで……」

「開店まで20分くらいですし、そのまま待っていただいても結構です」

 そっか……じゃあ、待たせてもらいましょう。

 私は腰をおろして、メニューとにらめっこした。

 少女は、水かお茶かを尋ねて、私は冷たいお茶を頼んだ。

 それが運ばれてくるあいだ、私はマグネット盤をとりだし、検討を続ける。


【先手:吉良(きら)義伸(よしのぶ) 後手:キャット・アイ】

挿絵(By みてみん)


 この局面なのよね。

 キャット・アイの入玉を阻止する手が、あるかどうか。

 あれば、先手だけ入玉できそうだから、吉良くんの勝ちになるはず。

「……」

「お客さん、ひとり将棋ですか?」

 顔をあげると、さっきの少女がお茶を置きながら、盤面をのぞきこんでいた。

 しまった。変なひとだと思われたかも。

「これは、なんていうか……パズルみたいなもので……」

「パズル? ……感想戦じゃなくて?」

 ん? 専門用語が出てきた?

 私は、他人の将棋を検討しているのだと伝えた。すると、これも通じた。

「変わったことしてるんですね。旅行者の方ですか?」

 私は、そうだと答えた。相手は、やっぱりみたいな顔をする。

「どちらから?」

「住まいはH島なんだけど、今日はK知の従兄弟の家から」

「K知? ……吉良くんって、ごぞんじですか?」

 これはびっくりだ。どうやら、吉良くんの知り合いらしい。知人の店を紹介されたことに、私はようやく気づいた。

 少女は、ちからこぶしを見せるようなポーズで、にやりと笑う。

「ひまだったら、お相手しますよ?」

 えぇ……私は困惑する。少女は、対面の席に座ってしまった。

 吉良くん繋がりということで、断りにくいし、私たちは駒をならべた。

「あ、自己紹介が遅れました。わたし、二階堂(にかいどう)って言います」

 そう言って少女は、にっこりと笑った。

「私は、裏見(うらみ)」

「あ、もしかして、桂太のお姉さんですか? わたし、同学年なんですよ」

 この子、中学3年生なのね。どうりでちょっと背が低いわけだ。

 人の輪というか将棋の輪みたいなのが広がって、なんだか変な気分。

 じゃんけんして、先後を決める。

「わたしが後手ですね、お姉さん、どうぞ」

 なんだかよく分からないけれど、暇つぶしということで、私は7六歩と突いた。

 二階堂さんは、右手で3四歩をパチリ。

 8四歩じゃないから、棋風はまだ分からない。2六歩、4四歩。


挿絵(By みてみん)


 これは……振り飛車党っぽい? ゴキゲンではないようだ。

 そのあたりを斟酌(しんしゃく)しつつ、私はどんどん指した。

 2五歩、3三角、4八銀、3二銀(四間?)、5六歩。

「4三銀です」

 ん……向かい飛車? 私は用心する。6八玉と上がった。

「6二ぎぃん」


挿絵(By みてみん)


 二階堂さんの手に、私はちょっと首をかしげた。

 ムリヤリ矢倉? ……いや、陽動振り飛車くさい。女の勘。

 5八金右として、とりあえず6筋に備える。

 6四歩、6六歩、6三銀、7八玉、9四歩、9六歩、7四歩。

 ぐぅ、今度は右四間っぽくなってきた。さっきから、ちょろちょろし過ぎ。

「6七金」

「6二玉」


挿絵(By みてみん)


 なんじゃこりゃあああああ。

 右四間ですらないのか。陽動振り飛車と右玉の二択になった。

 可能性が高いのは、右玉……いや、飛車先を突いてないから……陽動?

 私は両者を天秤にかけたあと、3六歩と突いた。

「強いですね。攻めの構えですか」

 迷ったら、攻めが遅れないようにする。おじいちゃんの格言。

 二階堂さんは、ここで少し考えた。

「あんまり遊ぶと、よくないかな……7一玉」

 陽動でほぼ確定。問題は振ってくる場所だ。

 7七角、7三桂、8八玉。

「2二飛ッ!」


挿絵(By みてみん)


 向かい飛車だったか。一番最初の予想にもどった。

 私は7八金、5二金左に9八香と上がって、穴熊を目指す。

 さっきまで余裕の表情だった二階堂さんも、マジメになり始めた。

 この陽動向かい飛車、得意戦法ってわけじゃなくて、舐めプだったんじゃないの?

「いやあ、参りました……8二玉」

 9九玉、7二金、8八銀(穴熊完成)、5四歩。

 私は1六歩と税金を払ってから、4五歩に3七桂と跳ねた。

「4四銀」

「5七銀」

「ここで……」

 そのときだった。店の奥から、おじさんっぽい声が聞こえた。

 二階堂さんは、アッとなって立ち上がる。

「すみません、お店を開けてきます。ご注文は?」

「温玉(おんたま)うどん」

 さっぱりといってみましょう。

 注文を終えた私は、マグネット盤の局面を一瞥した。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 ここから松尾流に組み替えれれば、私が有利。

 ただ、二階堂さんの指し手からして、なにかありそうなのよね。

 しばらく待っていると、割烹着姿の二階堂さんが帰ってきた。

 お盆のうえに、温玉うどんが運ばれてくる。

 二階堂さんは左手で容器を持ち、私のまえに置いた。

 さぬきうどんに生玉子、ねぎ、ごま、海苔が乗っていて、いい香りがする。

 私は箸でかき混ぜながら、二階堂さんを見上げた。

「続き、指す?」

「え? なにをですか?」

 なにを、じゃないでしょ。誘って来たのはそっちなのに。

「将棋よ、将棋」

 私は箸を持ったまま、人差し指で将棋盤を示した。

 二階堂さんは、「え?」みたいな顔をして、それから、

「あ、そういう……」

 と言って、店内を見回した。まだ10時過ぎだから、客は他にいない。

「じゃあ、ちょっとだけ」

 いやいやいや、ちょっとだけ、じゃないでしょ。

 自分のほうが悪いからって、逃げるつもりじゃないでしょうね。

 私は二階堂さんが着席するまえに、うどんを一口すすった。

「うん、美味しい」

 こしがあって、とても香りがいい。手打ちなのは、間違いないわね。

 玉子の甘さが海苔とマッチしているのもグッド。

 私が舌鼓を打っているあいだ、二階堂さんは正面で、頭を抱えていた。

「ウーン……これ、なにがしたいんだろ……」

 セルフ突っ込みですか? 陽動振り飛車にするから、そういうことになるのよ。

 30秒近く悩んで、二階堂さんは4二飛と回った。


挿絵(By みてみん)


 私はうどんをもぐもぐしながら、盤面を眺める。

 4二飛か……松尾流に組めるんじゃない?

 私は思い切って、6八銀と引いた。

 5五歩、2四歩、同歩、7九銀右、5六歩、6八角。


挿絵(By みてみん)


 やっぱり成功。

 私はうどんをすすりつつ、たしかな手応えを感じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=390035255&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。