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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第16局 香子ちゃん、K戸に降り立つ編(2014年8月25日月曜〜26日火曜)
154/682

142手目 花園の女棋士

《次はK戸、K戸です》

 私は座席を立って、荷物を手にする。

 四国を出た私は、まずO山まで特急で移動。そこから新K戸までは新幹線で移動して、あとは在来線を乗り継いできた。

 車体の速度がだんだんと落ちて、完全に停車する。

 ホームにおりて、私は、ひと息ついた。

松平まつだいらとの待ち合わせ場所は……」

 スマホを確認すると、K戸駅の南口になっていた。そこにロータリーがあるようだ。

 車で迎えにきてくれるのかしら。

 私は2番線から南口の看板をさがして、そのルートをたどった。すると、途中の通路で電動車椅子と遭遇した。ちょっと時間が押していたので、私は追い越そうとした。

「……っと!?」

 車椅子が急停車して、私はぶつかりそうになった。

 持ち前の運動神経で、ぎりぎり横によけた。

「すみません」

 腰まである三つ編みの女の子が、私のほうへ振り向いて謝った。

 四角いメガネをかけていて、もうしわけなさそうな顔をする。

「いきなり機械が止まってしまいまして……」

「大丈夫ですか? 駅員さんを呼びましょうか?」

「オーイ、裏見うらみ

 うしろのほうで、聞き慣れた声がした。

「松平じゃない!」

「どうした? トラブルか?」

 松平は、車椅子の少女に目をむけた。少女は、おかまいなくと答えた。

「手動にできますから」

「どこへ行くんですか? ロータリーまでなら、押せますよ?」

 松平は、ボランティアを申し出た。感心、感心。

 少女も断ると失礼だと思ったのか、お願いしますと答えた。

 松平が車椅子を押して、私はそのとなりを歩く。ちらりと、少女の足を確認した。ギブスをハメている気配はない。一時的に歩けないのか、それとも――憶測は、やめておく。

 改札を抜けて、ロータリーへ。

「あそこの停車場までお願いします」

 少女がゆびさした箇所に、松平は眉をひそめた。

「あそこですか?」

「はい」

 松平は、首をかしげつつ、その場所へと車椅子を押した。

 理由を訊きたかったけど、黙っておいた。

「おふたりは、K戸へご旅行に?」

「はい」

 と私は答えた。少女は、

「うらやましいです」

 と答えて、にっこり笑った。

 なにがうらやましいのかしら? やっぱり、歩行障害者?

 どうも会話の糸口をつかみにくい。そうこうしているうちに、停車場についた。少女はお礼を言って、それから車椅子の調子をしらべ始める。どうやら電気系統の故障らしく、自分では直せないらしい。

「車が迎えに来ますから、ここで結構です。ありがとうございました」

 少女は、お礼を言った。

 松平はスマホを取り出して、マップを確認する。

 そして、現在地を確かめた。少女に向き直る。

「すみません、ちょっとうかがっても、いいですか?」

「はい」

「もしかして……一之宮いちのみやさんのお知り合いですか?」

 少女は、ちょっとおどろいたような顔をして、すぐに納得の表情。

「ああ、将棋関係者の方でしたか」

 これには、私がびっくりだ。一方、松平は、「ここが待ち合わせ場所だったので」と付け加えた。なるほど、それは将棋関係者を疑いたくなる。とりあえず、自己紹介から始めることになった。

「俺は、松平です。H島の駒桜こまざくら市から来ました」

「私は、裏見。出身は、彼と同じです」

 少女は車椅子に座り直して、背筋を伸ばす。

「私は、淡路あわじ昼子ひること言います。H庫県出身の高校2年生です」

 ん? 県内? ってことは、地元民なのか。しかも同学年だ。

「おふたりとも、一之宮さんとは、どのようなご関係で?」

 答えづらい質問だった。その一之宮さんってひと、知らないのよね。

 どう答えたものか。私が悩んでいると、先に松平が答えた。

「俺たちは、姫野ひめのって言うひとの付き添いで来ました」

「あ、咲耶さくやさんのお知り合いですか」

 むむ……下の名前で呼んだ? じつは、私たちよりも付き合いが深い?

 私は気になって、質問してみた。

「淡路さんは、姫野さんのことをご存知なんですか?」

「もちろんです。H島の女ヤクザと言えば、だれでも……」

「みなさん、お待たせしました」

 私たちは、一斉にふりむく。

 停車場のそばに、姫野先輩が立っていた。

 白いシャツに、水色のカーディガンを羽織っている。

 丈の長いスカートが、風に揺れた。

「これはこれは、咲耶さん、おひさしぶりです」

 淡路さんは、さっきの発言がなかったかのように、挨拶をした。

「おひさしぶりです……さきほど、わたくしの名前が聞こえたように思いましたが」

「はい、H島の咲耶さんと言えば、全国でも有名な方だと」

 大ウソ。はっきり渾名あだなで呼んでたでしょ。

 この淡路ってひと、かなり食えないような気がしてきた。要注意。

「そうですか……一之宮さんのお迎えは、まだ来ていないのですね」

「ええ、まだ1分ありますし……あ、来ました」

 淡路さんが指さした方向を、私たちは遠目に見た。そして、喫驚をあげる。

「り、リムジン?」

 私たちの目の前に、とっても車体の長い黒塗りのリムジンが停まった。

 助手席がひらいて、執事服に身を包んだ、初老の男性が現れた。シルバーグレーの豊かな髪を持つ、口髭を生やしたひとだ。胸元に手をあてて、私たちに一礼する。

「姫野様、淡路様、お待たせいたしました。道が混んでおりまして」

 執事さんは、ふたりに謝罪したあと、今度は私たちへとむきなおった。

「そちらのおふたかたは、裏見様と松平様でございますね」

 ん、名前をチェックされている。どうやって知ったのかしら。

 私たちは、そうだと答えた。

「わたくしは、一之宮様の専属執事、セバスチャンと申します」

 せ、セバスチャン? なによ、その名前?

 私の疑問を感じ取ったのか、執事さんはにこやかに笑った。

「両親ともに日本人なのですが、フランスに生まれましたもので」

 ああ、そういうことか。多分、両親がもう日本に帰らないと思って、こどもにフランス風の名前をつけたわけね。でも結局、帰国して日本で働くことになった、と。

「長旅で、お疲れかと思います。どうぞ、おくつろぎください」

 私たちは、後部座席(と言ってもめちゃくちゃ広い)に乗り込んだ。

 車椅子の淡路さんは出入りが大変ということで、姫野先輩、私、松平が先に乗車させてもらう。最後に、セバスチャンさんが車椅子を押して、全員スペースに収まった。

 セバスチャンさんは助手席にもどって、車を発進させる。

「みなさま、お飲み物を用意してございますので、ご自由にお召し上がりください」

 車内には、冷蔵庫が備え付けられていた。

 一番そばが私だったから、分配役に回る。こういうときは……年齢順?

「姫野先輩は、なにを飲みますか?」

「炭酸入りのミネラルウォーターをいただけますか」

 変わったものを飲むのね。私は炭酸入りを探して、手渡した。そのままキャップを開けるかと思いきや、わざわざグラスにそそぐ。ウーン、お嬢様。

「淡路さんは?」

「私は、オレンジジュースを」

 こっちは、ずいぶんとオーソドックスだ。

 ビン入りのオレンジジュースを渡す。W歌山産なところに、地域差を感じた。

「松平は?」

「ジンジャエール」

 私のお茶といっしょに取り出して、みんなで乾杯。ごくごく。

「音楽などは、いかがでしょうか?」

 とセバスチャンさん。

 姫野さんは、みんなの好みが合わないといけないからという理由で、遠慮した。

 こういうところで性格が出るわよね。

 窓のそとを流れる町並みは、K戸だけあってさすがに賑やかだった。

千駄せんださんと傍目はためさんは、どうなされたのですか?」

 淡路さんは、オレンジジュースをちょっとだけ飲んで、そう尋ねた。

「おふたりともご都合が悪いので、いらっしゃいません」

 と姫野さん。

「なるほど……それで、代理の方を呼ばれたわけですか」

 淡路さんは、私たちのほうをチラ見した。

 どう反応していいものか、困る。それに、悪意があるわけじゃないんだけど、淡路さんの雰囲気は、なんだか高校生に思えない。どことなく、怪しげな気配が漂っていた。それは、車椅子だとか、そういう備品の問題じゃなかった。

 ちびちびお茶を飲んでいると、松平がセバスチャンさんに質問する。

「何人くらい、呼ばれてるんですか?」

「お嬢様は、二十名ほどお呼びになられました。H島からは、あなた様がたと、もうひとり、桐野様が招待状をお受け取りになられたかと」

 あら、桐野さんも来てるんだ。

「Y口からは萩尾はぎお様、S根からは出雲いずも様もいらしています」

 ふたりとも、知らない名前だ。でも、将棋関係者だろうと思う。

 それと同時に、ちょっと不思議に思ったことがあった。

「四国からは、だれも来ていないんですか?」

「もちろん、いらしています」

吉良きらくんって子は、呼ばれてますか?」

 セバスチャンさんは、若干残念そうな顔で、

「本日は、お嬢様のご友人をお招きした、プライベートな催し物となっております」

 と答えた。

 なるほど、将棋関係者が多いだけで、強い人を順番に集めたわけじゃないのか。

 一之宮さんがどういうひとかは知らないけど、リムジンで迎えに来るくらいだし、セレブな姫野さんと友人なのは、なんとなく理解できた。と同時に、私は場違いな気がする。お金持ちサークルだったら、どうしよう。

「少々時間がかかりますので、ごゆっくりおくつろぎください」

 

  ○

   。

    .


 な、なんじゃこりゃあああぁあ!?

「で、でかい……」

 私は、リムジンでつれてこられたお屋敷に、驚愕した。

 まるで西洋の宮殿みたい。

 まず、庭が広いのだ。うちの学校の校庭より大きいんじゃないの、これ。

 色とりどりの花々が咲き乱れて、車を降りた瞬間に、甘い香りがした。

「噂には聞いてたが、こりゃすごいな」

 松平は、髪の毛をくしゃくしゃにして、半分あきれ気味。

「はて、お嬢様は、庭でお待ちのはずですが……」

 セバスチャンさんは、あたりを見回す。

「ここですよ、セバスチャン」

 ひとの背丈ほどもあるバラの垣根から、白い日傘が顔を出した。

 その日傘は、垣根ぞいに移動して、ゆっくりとこちらへ向かってくる。

 バラが途切れたところで、ひとりの少女が姿を現した。

 ラベンダー色のチェック柄に、白のスカート。

 激しくウェーブのかかったセミロングが、風になびいて揺れる。

 眉毛が「へ」の字で、人当たりの良さそうな笑顔を浮かべていた。

「咲耶さん、ごきげんうるわしゅう」

華蓮かれんさん、おひさしぶりです」

 おたがいに下の名前で呼び合った。

 普通の女子高生がするような、馴れ馴れしい感じの挨拶じゃない。

 なんだか社交的。

「あいかわらず、花の手入れがお上手ですね」

 姫野さんの賛辞に、一之宮さんは「うふふ」と笑った。

「わたくしが真心を込めて育て上げた、かわいい子供たちですもの」

 私は、庭を一瞥する。遠くまで、ほんとにいろんな種類の花が咲いていた。

 まず、駐車場の近くには、一之宮さんが隠れていたバラの垣根がある。

 館のほうへ視線を伸ばすと、ベゴニア、ゼラニウム、立葵、金鶏菊なんかの、学校でもよくみる花が並んでいる。一番目立つのは、大きなヒマワリ畑だろうか。太陽に向かって燦々と咲いていた。

 私が花に見とれていると、一之宮さんの視線を感じた。

「咲耶さんの付き添いの方々ですね」

「あ、はい、裏見です」

「松平です」

「わたくしは、一之宮いちのみや華蓮かれんと申します」

 一之宮さんは、今年高校に入ったばかりだと言った。年下なのね。

 ですます調がめんどくさくなったので、タメ口に切り替える。

 お金よりも学年なのよ、学年。

「これ、一之宮さんが植えたの?」

「種まきから水やりまで、すべてやっていますの」

 ウーン、それはすごい。夏休みの宿題にできるんじゃないかしら。

 まあ、高校生だと、そういう系の宿題はもうないけど。

「裏見さんは、花がお好きですか?」

「人並みには」

「松平さんは?」

 松平も、花は好きだと答えた。リップサービスなのかどうかは分からない。

 ホスト役の趣味だから、褒めておいて損はないと思う。

「すこしばかり、庭を案内させていただきましょう」

 なぜか花壇の披露宴ひろうえんになった。

「セバスチャン、みなさまに、麦わら帽子を配ってさしあげなさい」

「かしこまりました」

 私たちは、日傘の代わりに新品の麦わら帽子を受け取った。真夏の庭園を回るのは、さすがに日射病のリスクがあるからだろう。遠慮なくかぶる。

 一之宮さんと姫野先輩は横に並んで、私と松平がペアになった。

 そのうしろを、セバスチャンさんに押された淡路さんが続く。

「これはランタナ、日本名では七変化と呼ばれています」

 一之宮さんは、赤と黄色の小さな花が集まってできたものを指差した。仕組みがあじさいに似ている。でも、ちょっと違うようだ。もっと派手。

「ご覧のとおり、カラフルな花弁がつくことで有名です」

 この流れ、なんなんだろ。将棋の集まりだと聞いたのに、植物の講釈。きれいで面白いから、いいけどね。四国で将棋漬けだったし。

 区画をひとつ移すと、さっきのひまわり畑に到着した。

 私の背よりも高くて、思わず見上げてしまう。

「去年よりも、ご立派になられたようで」

 姫野さんのコメントに、一之宮さんはうれしそうな表情を浮かべた。

「わたくし、ほんとうにひまわりが好きですの」

 さいですか。深窓のお嬢様が、たくましいものにあこがれる感覚?

 そこまで考えて、ふと、ずいぶんひらけた場所に出たことに気づいた。

 テニスコート……いや、それよりも、もっと大きなスペース。花で埋めつくされた花壇に、ぽっかりと穴があいたような感覚だ。芝生が広がっているだけ。

「この庭、どれくらい広いの?」

 私の素朴な疑問に、一之宮さんは、謙遜したような表情。

「うふふ……O山の御仁ごじんと比べれば、ネコのひたいみたいなものですわ」

 なによ、その返しは。この庭がネコのひたいなら、私の家はなんですか。ノミ?

 っていうか、O山にもっとお金持ちがいるわけ? 将棋関係者で?

「華蓮さん、そろそろほかの方々にも、挨拶させていただきたいのですが」

「咲耶さん、そう焦らずに。せっかくここまで来たのですから……」

 一之宮さんはそう言って、私と松平を交互に見比べた。

「どちらにいたしましょうか……」

 なにが?

「松平さんのお名前は、以前から存じておりましたので……やはり……」

 一之宮さんは、私を指名してきた。だから、なにが?

「テニスとかクリケットは、ちょっと……」

「いえいえ、ご冗談を……この面子ならば、遊びは決まっています」

「……将棋?」

 彼女は、こくりとうなずいた。

「でも、盤駒ばんこまがないわよ?」

「盤ならば、もう用意できていますわ」

 私と松平は、きょとんとした。しばらくあたりを見回して、ハッとなる。

「も、もしかして、このスペース……」

 足もとをよくみると、レンガで区切られた長方形が並んでいた。

「セバスチャン、駒の用意を」

「かしこまりました」

 セバスチャンさんがスマホを操作すると、屋敷のほうからドッと召使いが現れた。

 執事服の男性が20人、メイド服の女性が20人。

 総勢40人。これが意味するものは、ひとつ。

 それを見計らったかのように、庭全体へ影がさした。

 西の空から、雲がとぎれとぎれに流れ始めたのだ。

 一之宮さんは、それでも日傘を抱えたまま、私に笑顔を送った。

「それでは、始めさせていただきましょう……人間将棋を」

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