142手目 花園の女棋士
《次はK戸、K戸です》
私は座席を立って、荷物を手にする。
四国を出た私は、まずO山まで特急で移動。そこから新K戸までは新幹線で移動して、あとは在来線を乗り継いできた。
車体の速度がだんだんと落ちて、完全に停車する。
ホームにおりて、私は、ひと息ついた。
「松平との待ち合わせ場所は……」
スマホを確認すると、K戸駅の南口になっていた。そこにロータリーがあるようだ。
車で迎えにきてくれるのかしら。
私は2番線から南口の看板をさがして、そのルートをたどった。すると、途中の通路で電動車椅子と遭遇した。ちょっと時間が押していたので、私は追い越そうとした。
「……っと!?」
車椅子が急停車して、私はぶつかりそうになった。
持ち前の運動神経で、ぎりぎり横によけた。
「すみません」
腰まである三つ編みの女の子が、私のほうへ振り向いて謝った。
四角いメガネをかけていて、もうしわけなさそうな顔をする。
「いきなり機械が止まってしまいまして……」
「大丈夫ですか? 駅員さんを呼びましょうか?」
「オーイ、裏見」
うしろのほうで、聞き慣れた声がした。
「松平じゃない!」
「どうした? トラブルか?」
松平は、車椅子の少女に目をむけた。少女は、おかまいなくと答えた。
「手動にできますから」
「どこへ行くんですか? ロータリーまでなら、押せますよ?」
松平は、ボランティアを申し出た。感心、感心。
少女も断ると失礼だと思ったのか、お願いしますと答えた。
松平が車椅子を押して、私はそのとなりを歩く。ちらりと、少女の足を確認した。ギブスをハメている気配はない。一時的に歩けないのか、それとも――憶測は、やめておく。
改札を抜けて、ロータリーへ。
「あそこの停車場までお願いします」
少女がゆびさした箇所に、松平は眉をひそめた。
「あそこですか?」
「はい」
松平は、首をかしげつつ、その場所へと車椅子を押した。
理由を訊きたかったけど、黙っておいた。
「おふたりは、K戸へご旅行に?」
「はい」
と私は答えた。少女は、
「うらやましいです」
と答えて、にっこり笑った。
なにがうらやましいのかしら? やっぱり、歩行障害者?
どうも会話の糸口をつかみにくい。そうこうしているうちに、停車場についた。少女はお礼を言って、それから車椅子の調子をしらべ始める。どうやら電気系統の故障らしく、自分では直せないらしい。
「車が迎えに来ますから、ここで結構です。ありがとうございました」
少女は、お礼を言った。
松平はスマホを取り出して、マップを確認する。
そして、現在地を確かめた。少女に向き直る。
「すみません、ちょっとうかがっても、いいですか?」
「はい」
「もしかして……一之宮さんのお知り合いですか?」
少女は、ちょっとおどろいたような顔をして、すぐに納得の表情。
「ああ、将棋関係者の方でしたか」
これには、私がびっくりだ。一方、松平は、「ここが待ち合わせ場所だったので」と付け加えた。なるほど、それは将棋関係者を疑いたくなる。とりあえず、自己紹介から始めることになった。
「俺は、松平です。H島の駒桜市から来ました」
「私は、裏見。出身は、彼と同じです」
少女は車椅子に座り直して、背筋を伸ばす。
「私は、淡路昼子と言います。H庫県出身の高校2年生です」
ん? 県内? ってことは、地元民なのか。しかも同学年だ。
「おふたりとも、一之宮さんとは、どのようなご関係で?」
答えづらい質問だった。その一之宮さんってひと、知らないのよね。
どう答えたものか。私が悩んでいると、先に松平が答えた。
「俺たちは、姫野って言うひとの付き添いで来ました」
「あ、咲耶さんのお知り合いですか」
むむ……下の名前で呼んだ? じつは、私たちよりも付き合いが深い?
私は気になって、質問してみた。
「淡路さんは、姫野さんのことをご存知なんですか?」
「もちろんです。H島の女ヤクザと言えば、だれでも……」
「みなさん、お待たせしました」
私たちは、一斉にふりむく。
停車場のそばに、姫野先輩が立っていた。
白いシャツに、水色のカーディガンを羽織っている。
丈の長いスカートが、風に揺れた。
「これはこれは、咲耶さん、おひさしぶりです」
淡路さんは、さっきの発言がなかったかのように、挨拶をした。
「おひさしぶりです……さきほど、わたくしの名前が聞こえたように思いましたが」
「はい、H島の咲耶さんと言えば、全国でも有名な方だと」
大ウソ。はっきり渾名で呼んでたでしょ。
この淡路ってひと、かなり食えないような気がしてきた。要注意。
「そうですか……一之宮さんのお迎えは、まだ来ていないのですね」
「ええ、まだ1分ありますし……あ、来ました」
淡路さんが指さした方向を、私たちは遠目に見た。そして、喫驚をあげる。
「り、リムジン?」
私たちの目の前に、とっても車体の長い黒塗りのリムジンが停まった。
助手席がひらいて、執事服に身を包んだ、初老の男性が現れた。シルバーグレーの豊かな髪を持つ、口髭を生やしたひとだ。胸元に手をあてて、私たちに一礼する。
「姫野様、淡路様、お待たせいたしました。道が混んでおりまして」
執事さんは、ふたりに謝罪したあと、今度は私たちへとむきなおった。
「そちらのおふたかたは、裏見様と松平様でございますね」
ん、名前をチェックされている。どうやって知ったのかしら。
私たちは、そうだと答えた。
「わたくしは、一之宮様の専属執事、セバスチャンと申します」
せ、セバスチャン? なによ、その名前?
私の疑問を感じ取ったのか、執事さんはにこやかに笑った。
「両親ともに日本人なのですが、フランスに生まれましたもので」
ああ、そういうことか。多分、両親がもう日本に帰らないと思って、こどもにフランス風の名前をつけたわけね。でも結局、帰国して日本で働くことになった、と。
「長旅で、お疲れかと思います。どうぞ、おくつろぎください」
私たちは、後部座席(と言ってもめちゃくちゃ広い)に乗り込んだ。
車椅子の淡路さんは出入りが大変ということで、姫野先輩、私、松平が先に乗車させてもらう。最後に、セバスチャンさんが車椅子を押して、全員スペースに収まった。
セバスチャンさんは助手席にもどって、車を発進させる。
「みなさま、お飲み物を用意してございますので、ご自由にお召し上がりください」
車内には、冷蔵庫が備え付けられていた。
一番そばが私だったから、分配役に回る。こういうときは……年齢順?
「姫野先輩は、なにを飲みますか?」
「炭酸入りのミネラルウォーターをいただけますか」
変わったものを飲むのね。私は炭酸入りを探して、手渡した。そのままキャップを開けるかと思いきや、わざわざグラスにそそぐ。ウーン、お嬢様。
「淡路さんは?」
「私は、オレンジジュースを」
こっちは、ずいぶんとオーソドックスだ。
ビン入りのオレンジジュースを渡す。W歌山産なところに、地域差を感じた。
「松平は?」
「ジンジャエール」
私のお茶といっしょに取り出して、みんなで乾杯。ごくごく。
「音楽などは、いかがでしょうか?」
とセバスチャンさん。
姫野さんは、みんなの好みが合わないといけないからという理由で、遠慮した。
こういうところで性格が出るわよね。
窓のそとを流れる町並みは、K戸だけあってさすがに賑やかだった。
「千駄さんと傍目さんは、どうなされたのですか?」
淡路さんは、オレンジジュースをちょっとだけ飲んで、そう尋ねた。
「おふたりともご都合が悪いので、いらっしゃいません」
と姫野さん。
「なるほど……それで、代理の方を呼ばれたわけですか」
淡路さんは、私たちのほうをチラ見した。
どう反応していいものか、困る。それに、悪意があるわけじゃないんだけど、淡路さんの雰囲気は、なんだか高校生に思えない。どことなく、怪しげな気配が漂っていた。それは、車椅子だとか、そういう備品の問題じゃなかった。
ちびちびお茶を飲んでいると、松平がセバスチャンさんに質問する。
「何人くらい、呼ばれてるんですか?」
「お嬢様は、二十名ほどお呼びになられました。H島からは、あなた様がたと、もうひとり、桐野様が招待状をお受け取りになられたかと」
あら、桐野さんも来てるんだ。
「Y口からは萩尾様、S根からは出雲様もいらしています」
ふたりとも、知らない名前だ。でも、将棋関係者だろうと思う。
それと同時に、ちょっと不思議に思ったことがあった。
「四国からは、だれも来ていないんですか?」
「もちろん、いらしています」
「吉良くんって子は、呼ばれてますか?」
セバスチャンさんは、若干残念そうな顔で、
「本日は、お嬢様のご友人をお招きした、プライベートな催し物となっております」
と答えた。
なるほど、将棋関係者が多いだけで、強い人を順番に集めたわけじゃないのか。
一之宮さんがどういうひとかは知らないけど、リムジンで迎えに来るくらいだし、セレブな姫野さんと友人なのは、なんとなく理解できた。と同時に、私は場違いな気がする。お金持ちサークルだったら、どうしよう。
「少々時間がかかりますので、ごゆっくりおくつろぎください」
○
。
.
な、なんじゃこりゃあああぁあ!?
「で、でかい……」
私は、リムジンでつれてこられたお屋敷に、驚愕した。
まるで西洋の宮殿みたい。
まず、庭が広いのだ。うちの学校の校庭より大きいんじゃないの、これ。
色とりどりの花々が咲き乱れて、車を降りた瞬間に、甘い香りがした。
「噂には聞いてたが、こりゃすごいな」
松平は、髪の毛をくしゃくしゃにして、半分あきれ気味。
「はて、お嬢様は、庭でお待ちのはずですが……」
セバスチャンさんは、あたりを見回す。
「ここですよ、セバスチャン」
ひとの背丈ほどもあるバラの垣根から、白い日傘が顔を出した。
その日傘は、垣根ぞいに移動して、ゆっくりとこちらへ向かってくる。
バラが途切れたところで、ひとりの少女が姿を現した。
ラベンダー色のチェック柄に、白のスカート。
激しくウェーブのかかったセミロングが、風になびいて揺れる。
眉毛が「へ」の字で、人当たりの良さそうな笑顔を浮かべていた。
「咲耶さん、ごきげんうるわしゅう」
「華蓮さん、おひさしぶりです」
おたがいに下の名前で呼び合った。
普通の女子高生がするような、馴れ馴れしい感じの挨拶じゃない。
なんだか社交的。
「あいかわらず、花の手入れがお上手ですね」
姫野さんの賛辞に、一之宮さんは「うふふ」と笑った。
「わたくしが真心を込めて育て上げた、かわいい子供たちですもの」
私は、庭を一瞥する。遠くまで、ほんとにいろんな種類の花が咲いていた。
まず、駐車場の近くには、一之宮さんが隠れていたバラの垣根がある。
館のほうへ視線を伸ばすと、ベゴニア、ゼラニウム、立葵、金鶏菊なんかの、学校でもよくみる花が並んでいる。一番目立つのは、大きなヒマワリ畑だろうか。太陽に向かって燦々と咲いていた。
私が花に見とれていると、一之宮さんの視線を感じた。
「咲耶さんの付き添いの方々ですね」
「あ、はい、裏見です」
「松平です」
「わたくしは、一之宮華蓮と申します」
一之宮さんは、今年高校に入ったばかりだと言った。年下なのね。
ですます調がめんどくさくなったので、タメ口に切り替える。
お金よりも学年なのよ、学年。
「これ、一之宮さんが植えたの?」
「種まきから水やりまで、すべてやっていますの」
ウーン、それはすごい。夏休みの宿題にできるんじゃないかしら。
まあ、高校生だと、そういう系の宿題はもうないけど。
「裏見さんは、花がお好きですか?」
「人並みには」
「松平さんは?」
松平も、花は好きだと答えた。リップサービスなのかどうかは分からない。
ホスト役の趣味だから、褒めておいて損はないと思う。
「すこしばかり、庭を案内させていただきましょう」
なぜか花壇の披露宴になった。
「セバスチャン、みなさまに、麦わら帽子を配ってさしあげなさい」
「かしこまりました」
私たちは、日傘の代わりに新品の麦わら帽子を受け取った。真夏の庭園を回るのは、さすがに日射病のリスクがあるからだろう。遠慮なくかぶる。
一之宮さんと姫野先輩は横に並んで、私と松平がペアになった。
そのうしろを、セバスチャンさんに押された淡路さんが続く。
「これはランタナ、日本名では七変化と呼ばれています」
一之宮さんは、赤と黄色の小さな花が集まってできたものを指差した。仕組みがあじさいに似ている。でも、ちょっと違うようだ。もっと派手。
「ご覧のとおり、カラフルな花弁がつくことで有名です」
この流れ、なんなんだろ。将棋の集まりだと聞いたのに、植物の講釈。きれいで面白いから、いいけどね。四国で将棋漬けだったし。
区画をひとつ移すと、さっきのひまわり畑に到着した。
私の背よりも高くて、思わず見上げてしまう。
「去年よりも、ご立派になられたようで」
姫野さんのコメントに、一之宮さんはうれしそうな表情を浮かべた。
「わたくし、ほんとうにひまわりが好きですの」
さいですか。深窓のお嬢様が、たくましいものにあこがれる感覚?
そこまで考えて、ふと、ずいぶんひらけた場所に出たことに気づいた。
テニスコート……いや、それよりも、もっと大きなスペース。花で埋めつくされた花壇に、ぽっかりと穴があいたような感覚だ。芝生が広がっているだけ。
「この庭、どれくらい広いの?」
私の素朴な疑問に、一之宮さんは、謙遜したような表情。
「うふふ……O山の御仁と比べれば、ネコのひたいみたいなものですわ」
なによ、その返しは。この庭がネコのひたいなら、私の家はなんですか。ノミ?
っていうか、O山にもっとお金持ちがいるわけ? 将棋関係者で?
「華蓮さん、そろそろほかの方々にも、挨拶させていただきたいのですが」
「咲耶さん、そう焦らずに。せっかくここまで来たのですから……」
一之宮さんはそう言って、私と松平を交互に見比べた。
「どちらにいたしましょうか……」
なにが?
「松平さんのお名前は、以前から存じておりましたので……やはり……」
一之宮さんは、私を指名してきた。だから、なにが?
「テニスとかクリケットは、ちょっと……」
「いえいえ、ご冗談を……この面子ならば、遊びは決まっています」
「……将棋?」
彼女は、こくりとうなずいた。
「でも、盤駒がないわよ?」
「盤ならば、もう用意できていますわ」
私と松平は、きょとんとした。しばらくあたりを見回して、ハッとなる。
「も、もしかして、このスペース……」
足もとをよくみると、レンガで区切られた長方形が並んでいた。
「セバスチャン、駒の用意を」
「かしこまりました」
セバスチャンさんがスマホを操作すると、屋敷のほうからドッと召使いが現れた。
執事服の男性が20人、メイド服の女性が20人。
総勢40人。これが意味するものは、ひとつ。
それを見計らったかのように、庭全体へ影がさした。
西の空から、雲がとぎれとぎれに流れ始めたのだ。
一之宮さんは、それでも日傘を抱えたまま、私に笑顔を送った。
「それでは、始めさせていただきましょう……人間将棋を」




