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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第15局 1年生になったら
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138手目 女の正体

「ま、松平先輩まつだいらに彼女がいる……?」

 そんなバカな……あ、意味が分かった。

裏見うらみ先輩のこと? ふたりはまだ付き合って……」

「ちがうちがう。べつのひとだよ」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 え? べつのひと?

「どこの誰?」

「名前は分からないけど、うちの高校じゃないらしいよ」

 えぇ……ガセでしょ。そんなの聞いたこともない。

「だれが言ってたの?」

 となりの席の子は、うーんと悩んだ。ほら、これは又聞きの証拠。

「ちーちゃんから聞いたけど、ちーちゃんはほかの子から聞いたって言ってたし……」

「ようするに噂でしょ?」

「そうだけどさ、どうしたの、あずさ? こういう話、好きじゃん?」

「す、好きだけど……もうちょっと具体的に」

「ふふふ、やっぱ乗ってきたね。じつは……」

 その子の話によると、松平先輩のお相手は、市立いちりつの生徒じゃないどころか、駒桜こまざくらのひとですらないらしい。ますます怪しい。

「それだけじゃないのよ。ふたりとも、夜中にパジャマで目撃されてるの」

 よ、夜中にパジャマ。お泊まりデート……ごくり。

 って言ってもなぁ、嘘くさいなぁ。葉山はやま先輩の記事より嘘くさい。だって、今の話がほんとなら、松平先輩の裏見先輩に対するアプローチ、全部演技ってことでしょ。ちょっとそうは見えないんだけど。もみじちゃんの変装に付き合ってるから、見破る自信はある。

「けっこう有名な話だと思ったけどなぁ。あずさ、ほんとに知らなかったの?」

「うん……」

 あたしは考え込む――もしかして、この噂が裏見先輩の耳に入った?

 昨日の反応と総合すると、めちゃくちゃありえる解釈だと思う。

「噂の出所は、どこ? 思い出せない?」

 相手の少女は、すこしばかり考え込んだ。

「……新聞部だったかな」

 

  ○

   。

    .


「あぁ、ダメダメ。取材源は教えられないよ」

 葉山先輩は、デジカメの画像を確認しながら、そう答えた。

 ここは新聞部の部室。ほかのメンバーは出払っている。

「松平先輩に彼女がいるって噂、葉山先輩は耳にしました?」

 あたしの質問に、葉山先輩は背中をむけた。

「……」

「もしかして、葉山先輩が情報源だったりします?」

「……」

 あやしすぎる――ちょっと揺さぶりをかけてみよう。

「うーん、だれが犯人なんだろうなぁ。分かんないなぁ」

 私はわざとらしく大声で言って、となりのよもぎちゃんに話しかけた。

「裏見先輩、めちゃくちゃ怒ってたよねぇ」

「めちゃくちゃというほどで……」

 シーッ。私はくちびるに指をあてた。演技に付き合わせる。

「そ、そうですね。とてもお怒りでした」

「『こんなデマを広めた犯人は、ぼこぼこにして桜川さくらがわに沈める』って言ってたよね」

「は、はい」

「怖いなぁ。鞘谷さやたに先輩とも相談するって言ってたし、ほんとに殺されちゃうかもなぁ」

「さすがにそれは……」

 あたしはよもぎちゃんのお尻をつねった。

「そ、葬儀のほどは、ぜひ駒桜神社で。玉串料たまぐしりょうもお安くしておきます」

「よもぎちゃん、その返しはななめうえかな……」


 カタカタカタ

 

 ん、この音は――ふりかえると、葉山先輩がぷるぷる震えていた。

「ど、どうじようぉ……」

 葉山先輩は、顔をこちらに向けた。涙と鼻水でばっちぃ。

「うう、こんなことになると思ってなかったよぉ……」

「やっぱり葉山先輩だったんですね。なんでデマなんか流したんですか?」

「デマじゃないよ。証拠があるもん」

 証拠がある? そんなバカな。

 葉山先輩は、デジカメを見せてくれた。

 フラッシュをたかずに夜中に撮影したらしく、画像が不鮮明だった。

 あたしはめつすがめつ、画像を判読した。

「……あ、ほんとだ。松平先輩と知らない女の子が写ってる」

 でも、女の子は背中をこちらに向けていた。誰だか分からない。

 黒髪ロングで、ピンク色のパジャマを着ている。松平先輩も寝巻き姿だ。

「こ、これは……ごくり」

「ふたりで夜中に会っているだけなのでは?」

「よもぎちゃん、えらく純心だね……」

「しかし、この写真ではなにも分からないと思うのですが」

 いやいや、こんなのが見つかったら大げんかになるに決まってるじゃん。

「例えばだよ、兎丸うさまるくんがパジャマ姿でほかの女の子と夜に会ってたら、どう思う?」

「……どうも思いません」

 強い。よもぎちゃん、変なところで常識がないというか、なんというか。

 こんなことで揉めてもしょうがない。あたしは葉山先輩に話しかけた。

「で、これはどこで撮ったんですか?」

「わ、私が撮ったんじゃないよ」

「葉山先輩、正直に答えたほうが刑は軽くなりますよ」

「ほんとだってばッ! 記者仲間からもらったんだよッ!」

 その記者仲間がだれなのか、あたしは尋ねた。

「そ、それは……言えない」

「そんなんじゃ身の潔白は証明できませんよ?」

「さすがにほかの記者の名前を出すのは……ジャーナリストとして自殺行為……」

「じゃあ、どこで撮影したかくらいは教えてくださいよ」

 葉山先輩は、よく知らないんだけど、と前置きして、

「近畿のどこか……かな」

 と、あいまいに答えた。これには私も眉間にしわを寄せる。

「近畿のどこかって、範囲が広すぎません? っていうかH島ですらないんですか?」

「うん、H島じゃないのは多分確定」

 あたしたちのこと、騙そうとしてるのかな。でも、この心配具合といい、さっきの手が震えていたことといい、演技には思えなかった。

「じゃあ、もうちょっと具体的に日時を……」

「私たちで議論するより、松平先輩に直接訊けばいいのでは?」

 よもぎちゃんの提案に、あたしは唖然あぜんとした。

「よもぎちゃん、週刊誌も真っ青な思考だね」

「そうでしょうか? 松平先輩の性格からして、浮気ということはないでしょう。おそらくなにか理由があって会っていたのだと思います。誤解を解けば問題は解決します」

「いやぁ、どうかなぁ。案外こういう男ほど浮気性だったり……」


 ガラララッ

 

「葉山さんッ!」

 出たぁ! 裏見先輩に見つかっちゃったッ!

 あたしたちは葉山先輩のうしろに隠れて盾にする。

「葉山さん、そのデジカメを渡しなさい」

「いや、これは部のもので……」

「は〜や〜ま〜さ〜ん?」

「……はい」

 葉山先輩は、デジカメを裏見先輩に渡した。

 ちょうどさっきの写真を見て、裏見先輩は歯ぎしりする。

「ぐぐぐ……やっぱりあの噂はほんとうだったのね」

「あの……その写真はですね……どういう経緯で撮られたのか不明で……」

 葉山先輩が弁明を終えるまえに、裏見先輩はデジカメの操作を始めた。

「ともかく、この写真は証拠として押収させてもらうわね」

「ダメですよッ! 写真にだって著作権はあるんですからッ!」

 葉山先輩は、デジカメを取り返そうとした。ひっぱりあいになる。

「よ〜こ〜し〜な〜さ〜い」

「だ〜め〜」

「おーい、ふたりとも、なにやってるんだ?」

 私たちは一斉にふりむいた――入り口のところに、松平先輩が立っていた。

 葉山先輩はびっくりして手を離してしまう。裏見先輩がデジカメをキャッチ。

「なんだ? 俺でも撮ってくれるのごほぉッ!?」

 裏見先輩の強烈な右ストレートが決まる。

「ぐすん……裏見さん、いわれなき暴力はやめてください」

 涙目の松平先輩。

「なにが『いわれなき暴力よ』。これはなんなの?」

 裏見先輩は、デジカメの写真を松平先輩にみせた。

「ん? これは……ああ、あのときのがはぁッ!?」

 今度は左ストレートが炸裂する。痛そう。

「身に覚えがあるのね。左の女はだれ?」

「だれって……裏見が一番よく知ってるだろ?」

 裏見先輩は3発目をかまえた。松平先輩は顔のまえでガードする。

「待て待て待てッ! 裏見だろッ!」

「目の前にいる女じゃなくて写真の女を聞いてるのッ!」

「だから裏見だってばッ! K戸のときのッ!」

 裏見先輩は、ふりあげた手をおろした。

「ん? K戸? ……あッ」

 先輩は、もういちど写真を確認する。なにか焦ったような表情。

「こ、これはパジャマ姿の私……ど、どうしてあのときの写真があるの?」

「それは俺が訊きたいぞ。裏見が撮ったんじゃないのか?」

「それだと私が写ってるのはおかしいでしょ……あ、なるほど」

 裏見先輩は、葉山先輩に向きなおる。

「は〜や〜ま〜さ〜ん……隠し撮りしたでしょ?」

「だから私じゃないですってばッ! っていうか、これ裏見先輩なんですかッ!?」

「とぼけちゃって。こうなったら、徹底的に尋問するわよ。ついて来なさい」

 葉山先輩は、裏見先輩に抑え込まれて部屋から連れ出された。

 松平先輩も、あわててあとを追いかける。

 新聞部の部室には、あたしとよもぎちゃんだけが残された。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「あれ? 解決したの?」

「さぁ……」

 あたしたちに害は及ばなかったから、いいのかな……ん? ちょっと待ってよ?

 裏見先輩、K戸で松平先輩とふたりきりだったってこと?

 しかも夜中に? パジャマで? ……ごくり。

香子ちゃんと松平のあいだに、いったい何がッ!? K戸編に続く――

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