129手目 後輩たちは反抗期
ガチャンと、鉄製のドアが閉まった。
私は踊り場から顔をのぞかせる――来島さんの姿はない。
どうやら屋上にあがってしまったようだ。
立ち入り禁止のはずなんだけど……っていうか、立ち入り禁止の看板あるし。
私はドアに近づいて、こっそりと聞き耳を立てた。
「辰吉くん、お待たせ」
「お、遊子、今日は早かったな」
「体育がつぶれて、着替える時間が省けちゃった」
この声は――箕辺くんかしら。なんで箕辺くんが屋上に? 来島さんと?
「今日のおべんとうは、あんまりうまくできなかったかも」
「遊子の作ったものなら、なんでもうまいぞ」
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…………………
………………
校内デート!? なにやってるんですかッ!?
あ、あのマジメそうな箕辺くんと来島さんが付き合ってるなんて。
裏見香子、不覚。
「辰吉くん、そんなにくっついたらアーンできないよ」
「食べるまえにギュ〜させてくれ」
あわわわ、なにか危ないことが始まりそうで、私はとんずらした。
○
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「ハァ……ハァ……びっくりした……」
あわてて逃げてきたけど、ここは……1年生のフロアみたいね。
ついでに馬下さんたちの様子をみておきましょう。
私は入り口から教室をのぞきこんだ。
すると、窓際にある馬下さんのテーブルを囲んで、福留さんと赤井さんの姿が。
「ぜったいデートのお誘いだって」
福留さんはそう言って、テーブルによりかかった。
馬下さんはかるく頬を染めた。
「連絡網の作成を頼まれただけです」
「ふたりっきりで連絡網を作るなんて、そんなの口実に決まってるじゃん」
福留さんは、となりの赤井さんに同意をもとめた。
「だ、断定はできませんが。チャンスだと思います」
「ほらほら、いっちゃいましょうッ! 当日は勝負服で兎丸くんを悩殺だぁッ!」
「制服で行きます」
「制服? 制服でアピールするの? 兎丸くんにスリーサイズ計られちゃうぞぉ」
馬下さんの胸を揉み始める福留さん。馬下さんは悲鳴をあげた。
こらぁッ! 私が受験勉強で目をはなしてるスキに、なにやってるんですかッ!
駒桜高校将棋部、全員集合ッ!
○
。
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【放課後】
「というわけで、女子将棋部は恋愛を禁止します」
「「「は?」」」
なんですか、その返事は。礼儀がなってない。
「返事は『はい』でしょ」
「裏見先輩……ついに老害と化した……」
「プライベートに干渉するのは、よくないと思いますよ?」
「来島先輩の言うとおり。じゃけん即撤回しましょうね〜」
「う、裏見先輩、どうしたんですか? もみじ、心配しちゃいます」
口々に反論する後輩たち。私は一喝する。
「あなたたち、最近たるんでるでしょ。夏の県大会は、どうするつもりなの?」
「強くぶつかって、あとは流れで……」
「飛瀬さん、今、なんて言った?」
「あ、はい……がんばります……」
「がんばります、じゃないでしょ。具体的になにをやってるの? たまに顔を出しても、漫画を読んだりゲームをしたり、ぜんぜん練習してないじゃない。夏の県大会に私は出られないんだから、のこりのメンバーが自覚をもってやってもらわないと困るわ」
「これは……シャートフ星名物、宇宙バーで後輩社員に説教するおじさんの流れ……」
こらぁッ! おじさん扱いするなッ!
いきどおる私のまえで、福留さんは赤井さんに耳打ち。
「機嫌が悪いね。なんかあったのかな?」
「福留さんッ! 聞こえてるわよッ!」
「うわぁッ!? で、でも、ほんとに機嫌が悪くないですか?」
受験ストレス+松平の奇行+後輩の裏切り+恋愛いちゃいちゃで機嫌が悪くならないほうがおかしいでしょ。もっと先輩をいたわってくださいな。
「恋愛禁止はダメ……愛は宇宙を救う……」
「運営の決定権は、部長の私と主将のカンナちゃんにあります」
くッ、飛瀬さんと来島さん、彼氏持ちゆえの頑強な抵抗。
っていうか、だんだん当初の目的とズレてきてる。
私の志望校を横流しした犯人捜しだったのに。
いったん冷静になりましょう。
「こほん……じゃあ、話題を変えましょう。昨日、松平と会ったひとはいる?」
私の質問に、返事はなかった。
福留さんは、ふたたび赤井さんに耳打ち。
「話題を変えるってレベルじゃないと思うんだけど」
「松平先輩とのあいだに、なにかあったんですかね」
こらぁ、ひそひそ話をしない。
「福留さん、松平とは会ってないの?」
「あ、会ってないです」
「赤井さんは?」
「昨日は、特に」
「馬下さんは?」
「お会いしてません」
「飛瀬さん」
「いいえ……」
「来島さん」
「会ってません」
草薙さんは来ていない。となると、残りは――
「葉山さんは?」
「え、あ、う」
葉山さんは、びくりと縮こまった。あ・や・し・い。
「はーやーまーさーん?」
「あ、会ってません」
「ほんとうはぁ?」
「……会いました」
なるほど、彼女がユダだったか。私は指の骨を鳴らす。
「ちょっと待ってくださいッ! 会ったからなんなんですかッ!?」
「なんの目的で会ったの?」
「廊下でたまたますれちがって、挨拶しただけです」
「ほんとうはぁ?」
「ほんとうですってばッ! 松平先輩に確認してくだいッ!」
うーん、あやしい。けど、拷問するわけにもいかない。
あとで松平に吐かせますか。まだ教室にいるかもしれないし。
私はとりあえず教室をのぞくことにした。
ドアを開けると、知り合いの女の子が何人かいるだけだった。
「あれ、香子ちゃん、どうしたの?」
「ちょっと寄っただけ」
「そういえば、担任の桂先生が香子ちゃんのこと捜してたよ」
ん? 桂先生が?
桂先生というのは、私のクラスの担任で、将棋部の顧問のおじいちゃんだ。
数学担当だから、前回の模試の件かしら。変なケアレスミスをしてしまった記憶が。
「まだ職員室にいる?」
「さあ」
ま、知ってるわけないか。私は職員室へ移動を開始。
1階についたところで、ひそひそ声が聞こえた。
「やっぱりそうだよ」
「そうなのかな……」
来島さんと飛瀬さんだ。私は、壁のでっぱりのうしろに隠れた。
「裏見先輩、松平先輩にふられたんでしょ」
「ほかに彼女ができたから……ってこと……?」
「そう。で、その彼女になった女を捜してるんじゃないかなあ」
……………………
……………………
…………………
………………ええぇ?
「地球のことわざで、なんて言うんだっけ……逃がした魚は大きい……?」
「松平先輩、女子に人気で倍率が高いんだから、キープしておけばよかったのにね」
「でも、あの松平先輩が、ほかの子になびくかな……?」
意味が分からない。なんでそんな話になってるの。
憶測が憶測を呼んでいる。
私は訂正のため、柱のかげから姿をあらわした。
「ちょっと、来島さん、飛瀬さん」
ふたりとも、あッという表情。遅い。と思いきや――
「裏見先輩、盗み聞きはマナー違反だと思いますよ?」
ぐッ、いきなりジャブを飛ばしてきた。
来島さん、見た目と違って応手が強い。反抗期か。
「あなたたち、勘違いしてるわ。松平の彼女がどうとかいう話じゃないから」
「じゃあ、どういう話なんですか?」
私は志望校の情報が漏れた件を伝えた。来島さんと飛瀬さんは、半信半疑。
「それだけですか?」
「それだけ、って言うけど、志望校でストーカーされたら怖いでしょ」
「私と捨神くんなら、一緒の大学へ行きたい……」
話を逸らさない。自分語りしない。
「裏見先輩、なんで将棋部から情報が漏れたと思うんですか?」
「だれにもしゃべってないからよ」
来島さんは納得しない表情。
「ほんとですか? 同級生とかにしゃべってません?」
「そういう話、しないもの」
「裏見先輩……友だち少ない説……」
なんでそういう解釈をするかなぁ。
「飛瀬さん、最近なんか強気ね」
「捨神くんとつきあい始めてから積極的になった自覚……ある……」
「だからって、今朝みたいなのはどうかと思うわよ」
私のひとことに、飛瀬さんは「え?」となった。
「今朝……裏見先輩と会いましたっけ……?」
あ、しまった。尾行してたのがバレた。
「早朝から後輩をストーカーする先輩……さすがに引く……」
「す、ストーカーしてたわけじゃないのよ。志望校の件で質問しようと思ったの」
「裏見先輩がストーカー気質だから松平先輩がそう見えるんじゃないですか?」
はぁ? 後輩たち、言いたい放題。さすがにこれは〆る。
「来島さん、あなた昼休みに校則違反で屋上にあがってたでしょ」
「あ、私のこともストーカーしてたんですか?」
「こちら、駒桜高校ストーカー部……」
「話を逸らさないッ! 屋上にいたでしょッ!」
「いたからなんなんですか?」
校則違反だっちゅーに。私はもういちど指摘した。
「校則? 校則なんて気にしたことないです」
こ、この子、けっこう思考が危ない。飛瀬さんも困惑し始めた。
「遊子ちゃん……さすがにそれはどうかな……」
「学校が勝手に決めたことに従う必要はないと思うよ?」
「宇宙公務員として、それには賛成できない……ルール大事……」
「じゃあ、捨神くんのマンションに泊まるのも校則違反だよ?」
「あ、そっか……愛はルールより大事……」
話がどんどんズレる。私はとりあえず志望校の件にもどした。
「とにかく、志望校を漏らしたひとを捜してるわけ」
「ですから、ほかのひとに言ってないんですか?」
「言ってないってば」
「ほんとーに言ってないんですか? よく思い出してください」
よく思い出すもなにも、言ってな――あれ? ヨッシーに言った?




