130手目 夫婦ゲンカは犬も食わない
ここは、市内の喫茶店。
観葉植物に囲まれたすみっこのスペースで、私は横溝良枝と対峙した。
「ヨッシ〜」
ググっとオーラで圧力をかけてみる。
「香子ちゃん、落ち着いて……だれにでも過ちはあるから……」
「ヨッシ〜〜〜」
「問題を大きく見積もっちゃダメ……たかが大学だし……」
「ヨッシ〜〜〜〜〜」
「うぅ……しゃべりました」
やっぱりね。私は、松平にいつ教えたのかをたずねた。
「ま、松平くんにはしゃべってないよ」
「ヨッシ〜〜〜〜〜」
「ほんとだよぉ」
「じゃあ、だれにしゃべったの?」
「……サーヤ」
うわ、最悪なところに漏らしてるわね。
でも、これで分かったわ。ヨッシー→サーヤ→くららん→松平だ。
人間関係から察するに、これしかない。
「なんで話したの? 他言禁止って言ったじゃない?」
「おなじ学校だし、おなじクラブだし……話さないと人間関係が……」
「そもそも、サーヤはなんでヨッシーに話したのを知ってたの?」
「剣道の大会で、神崎さんからそれっぽいこと言われたって……」
口の軽い忍者、0点。特定秘密保護法違反。
っていうか、神崎さんはどっから情報を入手したのよ。怖い。
「おたがいに3年生なんだし、志望校くらい、よくない……?」
「よくないわよ。おかげでストーカーされてるんだから」
「それだけ愛があるってことで、いいんじゃないかなあ……うらやましい」
くぅ、どいつもこいつも、ひとごとだと思って。
「とにかく、これで犯人は見つかったわね」
「犯人って言わないで……それに、サーヤが蔵持くんに話したとは限らないし……」
そんなの話したに決まって――いや、そうとも限らないか。蔵持くんが私の志望校に興味を示すとは思えない。サーヤが自発的に私のことを蔵持くんに話すとも思えない。蔵持くんと一緒のときのサーヤは、基本的に剣道か自分のことばかり。
となると……じつは神崎さんから漏れた? でも、松平が神崎さんと直接連絡を取る手段がないわよね。神崎さんのアドレスを知ってる子は限られてるし……うーん、分かんなくなってきた。
「松平を締め上げるしかないか……」
「きょ、香子ちゃん、物騒だよ」
「それじゃ、先に帰るわね。明日、本人に直接訊くわ」
「あの……お会計は……?」
「ヨッシ〜〜〜〜〜」
「ぐすん……お詫びに払います」
○
。
.
【翌日の食堂】
「松平ぁ!」
「うわぁッ!?」
箕辺くんは椅子から飛び上がった。
「う、裏見先輩、どうしたんですか?」
「松平は?」
「松平先輩なら、桂先生に呼び出されて職員室に行きました」
入れ違いだったか。
「いつ帰って来るの?」
「分からないです。要件を告げられなかったので」
ふぅむ……このまま職員室に乗り込むわけにもいかないし、どうしたものか。
私は10秒ほど思案して、いい考えを思いついた。
「箕辺くぅん」
「……なんですか?」
「ちょっと頼みごとがあるんだけど」
「内容によります」
「松平が私の志望校をだれから聞いたのか、こっそり探り出してくれない?」
箕辺くんは、ちょっと困ったような表情。
「こっそり、というのは?」
私が探りを入れていることがバレないかたちで、と答えた。
「いや、それはちょっと……スパイみたいなのは……」
ほほぉ、先輩の頼みごとでもダメ、と。私は奥の手を出す。
「箕辺くん、今日は来島さんとランチじゃないのね」
「えッ……」
箕辺くんの顔から血の気が引いた。甘い。
「食べるまえにギュ〜っと」
ここで、となりの席に座っていた駒込くんがひとこと。
「メックのトリプルバーガーですか? あれ、ギュ〜っとしないと食べれませんよね」
「え、あ、そ、そうだな」
「箕辺くんは、もっとやわらかくて可愛らしいものをギュ〜としてるのよ」
「分かりましたッ! 今すぐ調べて来ますッ!」
箕辺くんは、その場から逃げるように職員室へと向かった。
よしよしよし、最初からすなおに従いなさぁい。
「箕辺先輩、どうしたんですかね、あんなに慌てて」
「さぁ」
「あ、そう言えば、姉さんから裏見先輩あてに、質問が届いてましたよ」
駒込くんはスマホをとりだして、私に画面をみせた。
あゆみ 。o O(単位欲しい)
あゆむ 。o O(なんの? センチメートル? リットル?)
あゆみ 。o O(大学の単位)
あゆみ 。o O(語学死にそう)
あゆみ 。o O(単位欲しい)
あゆみ 。o O(聞いてる?)
あゆむ 。o O(7六歩)
あゆみ 。o O(8四歩)
は? なにこの会話?
「あ、すみません、こっちでした」
駒込くんは画面をフリックしてきりかえた。
あゆみ 。o O(香子ちゃんに最近会ってる?)
あゆむ 。o O(うん)
あゆみ 。o O(志望校どこか聞いといて)
あゆみ 。o O(あのオールバック野郎、なんとかならないかしら)
あゆむ 。o O(オールバック?)
あゆみ 。o O(将棋部にいるのよ)
あゆみ 。o O(うざい)
あゆみ 。o O(授業に出ろってうるさい)
あゆむ 。o O(いいひとじゃん)
あゆみ 。o O(単位欲しい)
あゆむ 。o O(7六歩)
あゆみ 。o O(3四歩)
よっぽど単位が欲しいんですね、はい。
私はスマホを駒込くんに返した。
「で、志望校を教えろ、と?」
「裏見先輩次第ですね。べつに姉さんには教えなくてもいいですよ」
ふぅむ、このようすだと、OBから漏れた可能性もないっぽい。
冴島先輩から漏れた可能性もワンチャン考えたけど、歩美先輩が知らないなら、OB周辺には広まっていないはずだ。冴島先輩が歩美先輩より先に松平に伝えるとは思えない。
やっぱりヨッシー→サーヤ→くららん→松平なのかなぁ。
私はお冷やを汲んで、箕辺くんの帰りを待った。
……………………
……………………
…………………
………………もどって来ないわね。
もしかして逃げられた? 私は不安になった。
「ちょっと職員室を見て来るわ」
「どうぞ」
私は席を立った。食堂を出て、職員室への最短距離を選ぶ。
正面玄関から入るより、裏の非常口のほうが近いのだ。3年生の知恵。
鋼鉄製のドアを開けたところで、いきなり声をかけられた。
「裏見先輩」
ふりかえると、来島さんと飛瀬さんが立っていた。
「あら、奇遇ね」
「奇遇じゃないんですよね……これが……」
「裏見先輩、箕辺くんを脅迫しましたね?」
ドキリ――私は弁解する。
「は、犯人捜しを手伝ってもらっただけで……」
「ひとの恋路を邪魔するひとは、八目羊に蹴られます……シャートフのことわざ……」
「じゃ、カンナちゃん、やっちゃおうか」
「了解……」
ゴンと、私の後頭部を鈍い音が襲った。
○
。
.
はッ!? ……あれ? いつのまに放課後に?
私は、いったいなにを……うーん……思い出せない。
あたりは夕暮れが迫っていた。教室にはだれも……いや、飛瀬さんがいた。
「目が覚めましたか……?」
「飛瀬さん、なんでここにいるの? 3年生の教室よ?」
「……」
グラウンドからは、部活を終えた生徒の声が聞こえた。
窓からさしこんだ光が、飛瀬さんの顔に影をかけた。
「あれ、裏見じゃないか」
ふりかえると、入り口のところに松平が立っていた。
敷居をまたぐことなく、こちらをじっと見ていた。
「まだ帰らないのか?」
「えっと……あ、そうだッ! 松平ッ! 私の志望校、どっから入手したのよッ!」
思い出した。松平に志望校を教えた犯人を捜してたんだ。
こうなったら、直接本人から聞き出す。
松平も顔色が変わった。あせったような表情になる。
「ま、待て、裏見、話せば長くなる」
「ヨッシー? サーヤ? くららん? それとも……」
それとも、だれだっけ? ほかにも容疑者がいたような……思い出せない。
私は松平に詰め寄った。廊下の壁際まで追い込む。
「かくなるうえは、拷問ね」
「う、裏見にならちょっと拷問されたいゴホォ!?」
シャラーップ! 変態発言禁止ッ!
「こりゃ、放課後になにを騒いどるんじゃ」
私と松平、それに飛瀬さんは、同時に声のほうへふりむいた。
髪の薄くなったおじいさんが、眼鏡越しにこちらを見ていた。
担任の桂先生だった。
「いちゃこらするなら、どっかの公園にせんかい」
「ち、ちがいますッ! 松平が私の進路調査票を勝手に見たんですッ!」
「見てないッ!」
「進路調査票? なんのことじゃ?」
私は事情を説明した。すると、桂先生は笑った。
「なんじゃ、それならわしが松平に教えたわい」
……………………
……………………
…………………
………………は?
「教えた?」
「わしに直接訊きに来たからな。たしか都ノじゃろ?」
「個人情報ですよッ!」
「なーにが個人情報じゃ。わしの若い頃はそんなもんなかったぞ」
昭和の感覚、ダメ、絶対。
「桂先生ッ! 校長に直談判しますよッ!」
「待て待て。そもそも裏見は、なんで松平が第一志望を都ノにしたと知っとるんじゃ?」
……………………
……………………
…………………
………………
「そ、それは松平が言って……」
「ないぞッ! さては裏見、俺の進路調査票を見たなッ!?」
「というわけで、おあいこじゃな。一件落着じゃ」
「帳消しにしないでくださいッ!」
「なんじゃ? 裏見も叱られたいのか? あとで松平と生活指導室じゃな」
「裏見ッ! 俺とバラ色の大学生活について熱く語ろグホォ!?」
「なにこの茶番……夫婦ゲンカは犬も食わない……」
ノーカン! ノーカン! ここまでの話はなしッ! 終わりッ!




