101手目 4回戦 林家〔藤花〕vs裏見〔駒桜市立〕(2)
※ここから裏見さん視点です。
えッ……なにこれ? 飛車を捨ててきた?
私は反射的に飛車を取ろうとして、あわてて手を引っ込めた。
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すぐ取る必要もないか。3八と、4三歩成、同金、3四銀、同金、4三銀が面倒っぽさそうだし、そこで4八飛と反撃しても、3四銀成、7八飛成、6八金打。
(※図は裏見さんの脳内イメージです。)
龍を捕獲されたうえに、こちらはスカスカ。危険。
私は4四同金とした。
「3四飛」
「ッ!?」
押し売ってきた。これは……取るしかない。
同金、同銀……さっき3八とと、取っておいたほうがよかった?
以下、3八飛、4三銀打、同金、同銀成、3二銀……切れてるっぽいわね。
さすがに、このムリ攻めは成立しないでしょう。
「3八飛」
4三銀打、同金、同銀成、3二銀、同成銀、同玉。
林家さんは、小考。
「……4四銀」
これは……切れた? 4三に打たれると、さすがにマズいか。4三歩は確定として……ああ、そこで5三銀成があるのね。スペースができてしまっている。5三銀成に5二銀と逃げつつ受けて……あれ? 受けになってない? 4二金があるわ。
私はペットボトルのお茶を飲んで、一息ついた。
いやあ……さすがに切れてると思うんだけど……いくら穴熊でも……。
「あ、そっか」
「なんでがすか?」
なんでもないです……これ、入玉模様で指せばいいんだわ。穴熊の弱点を突く。
入玉する手段は……4五桂跳ね。今すぐにはできないから、4三歩、5三銀成、4二銀と一回受けて、6三成銀に4五桂。
(※図は裏見さんの脳内イメージです。)
これよ。あとは上へどんどん脱出しつつ、と金を寄せる。まさに一石二鳥。
「4三歩」
5三銀成、4二銀。林家さんはテーブルに寝そべる格好で、盤をにらんだ。
「ウーン……これでもまだ難しいんですか……」
そう簡単につぶれてたまりますか。
ただ、おたがいに時間がないのよね。残り時間は、私も林家さんも5分。並んだ。
この子、春日川さんよりも格下扱いされてるのに、結構強いわね。飛瀬さん、もう少し正確な情報をくださいな。受験勉強で、私の棋力が落ちているというのもあるけど。
林家さんは、テーブルから顔をあげた。
「……これしか繋がりそうにないですね」
林家さんは、5筋に手を伸ばした。そうそう、6三成銀しかないでしょ……ん?
5四歩……? 5三銀なんて、絶対にしないわよ?
多分、6三成銀〜5三歩成のつもりなんでしょうけど、4五桂が間に合って……ない!
6五歩一発で、角道が通っちゃうッ!
「しまった……簡単に入玉できないのか……」
「どうなんですかねぇ」
口三味線? ……いや、ほんとうに悩んでいるようだ。
たしかに、6五歩で角道を通しても、入玉阻止できるかどうかは微妙。さっきよりも入玉しにくい、というだけだ。最悪、2四歩〜2三玉とする手も……先手陣にプレッシャーがかかっていなさ過ぎか……5七とがなくなる……。
ここに来て、時間がないのは痛い。私は両手を組んで、ひじをテーブルに乗せた。
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………………
飛車を切りましょう。5四銀、同成銀、7八飛成、6八金打、同龍、同金、6六角。
(※図は裏見さんの脳内イメージです。)
この飛び出しに賭ける。6八同龍に同角でも、6六歩or6六角。
残り時間は2分。これ以上は減らせない。
「5四同銀」
さすがの林家さんも、テーブルから起き上がった。猫背で読む。
「……5四同成銀」
私はノータイムで7八飛成。
「ンー、捕獲はできるんですが……ノータイムはきつい……」
時間攻め。林家さんは両方の陣地を、交互に見比べた。
「うぅ……速度計算問題……」
ん? 寄せてくる? 3四歩とか?
林家さんはコンコンとひたいを叩いて、歩を持った。やっぱり3四歩か。
「……こっちですね」
パシリ
4四? ……ああ、3四に打っても、どうせ3三歩成とできないからか。同玉から入玉一直線になる。だから4四歩なわけだけど……これは詰めろじゃないわね。
私は6七龍としかけて、また手を引っ込めた。
「……遅過ぎるか」
6七龍〜7八金としても、まだ詰めろになっていない。
こっちから詰めろを……かからない。だったら保険をかける。
「9五桂」
銀をもらったら、7九銀が詰めろだ。先に7九金の受けなら、今度こそ6七龍。
「いやあ、厳しい……ほんとに厳しい……」
林家さんは両手を前頭部に当てて、うんうんうなった。
ピッ
ここで林家さんが先に1分将棋。
私は速度計算で、頭がくらくらしてきた。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「3四銀」
くぅ……攻めてきたか……さっきから、ちょっと気になっていた筋だ。
これが詰めろだと終わるんだけど……でも、詰めろじゃないと思う。
ピッ
あうち、私も1分将棋。ここで6七龍……ん、待ってよ。
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……………………
…………………
………………
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「8六歩ッ!」
これでどうよッ! 狙いは8七桂不成ッ!
同銀、同歩成以下、8八金と受けても同と、同角、同龍、同玉、6六角で詰みッ!
ただ、8六歩自体は詰めろではない。
「これ詰めろですか?」
ノーコメント。
「……じゃないですね。こっちが詰めろをかければ勝ち」
ぐぅ、おっしゃる通りで。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
パシリ
とりあえずの4三歩成。
同銀は、同銀成、2一玉、3二金、同飛、同成銀、同玉、4三銀以下詰む。
私はノータイムで4一玉。
詰まないでちょうだい。最後の確認。
3二金は、5一玉、5二金、同飛、同と、同玉、4二金、6一玉で、詰まないはず。
微妙に8四の角が利いているのだ。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「5二金ッ!」
うッ!? 逆からッ!?
「ど、同飛ッ!」
とにかくノータイム。考える時間を与えない。
林家さんはいつものひょうきんな調子をやめて、めちゃくちゃ真剣な顔。
やっぱり将棋指しか。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「同とッ!」
「同玉ッ!」
「8二飛ッ!」
「6二金ッ!」
さあ、角が利いたわよ。
おそらくは8四飛成として、8筋を守る作戦。そこからもうひと勝負。
林家さんは飛車をひっくり返そうとして、手をもどした。
「失礼しました」
ん? なにかあるの? 59秒ギリギリまで使う気?
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
パシリ!
5三歩? 飛車成りのまえに利かせた? それとも、まさか詰み?
……………………
……………………
…………………
………………
いや、詰まない。同銀は4三銀成、4一玉、5二金、3一玉に8一飛成。このとき合駒に金しかないから、6一金打、同龍、同金、3二金で詰んでしまう。でも、5三同銀としなければいいのだ。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「4一玉ッ!」
私はあわてて王様を逃げた。
ここで8一飛成は、5一歩が利く。8一飛成、5一歩、5二金、3二玉で詰まない。
単に5二金と置いてくるのは、同金なら同歩成から詰みだけど、取らなきゃOK。
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……………………
…………………
………………
ん? ほんとにOK?
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
パシリ!
5二金が置かれた。
私は、どわッと冷や汗。
……………………
……………………
…………………
………………
しまった……3二玉、4二金、同玉は、6二飛成、同角、4三銀成、4一玉、4二金打で詰んでる……3二玉、4二金、2二玉は、一応詰まないけど……6二飛成の金取りが詰めろ……先手はゼットだから、絶対に詰まない……負けだ。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「さ、3二玉」
「4二金」
「……2二玉」
「6二飛成」
詰みに気を取られ過ぎた……速度計算で負けたら意味ないのに……。
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……………………
…………………
………………
「負けました」
「ありがとうございました」
ハァ……これはやらかした。私は目を堅くつむって、首をかしげた。
「最後、完全に寄ってた?」
「いえ……ちょっと分からなかったです」
私たちは、いろいろと調べた。
「……4三歩成以下は、私の負けみたいね」
「そうですね。8八龍と切って駒を補充しても、同玉からこっちが安全になります」
「んー、だとすると、どこがおかしかった?」
林家さんはすこし考えて、
「3七桂と跳ねたあたりから、指しやすかったです」
と答えた。私たちは、局面をもどす。
「……でもこれ、4五歩しかないわよね? それとも、6六歩と攻め合う?」
「6六歩とされたら、同金、7三桂……そこで4四歩ですかね?」
林家さんは、サッと歩を取り込んだ。
同金、4五歩。
「それ、ぬるくない?」
私は4三金引とした。これで、速攻の手はない。
「ああ……たしかに」
林家さんは局面をもどして、6六歩に同角と取った。
過激。ただ、後手は7三桂を跳ねていないから、ありそう。
「取るわよね」
「同角、同金、5七角くらいまでは、決まりじゃないでしょうか」
「先手は、どうするの? 金の逃げ場所は?」
林家さんは、金を縦に引いたり横に引いたり、指先でもてあそんだ。
「6七歩もあると思うんですが……」
「6七歩? そこに歩を打っちゃう?」
「6五歩、同金、8四角成は、いいポジションじゃないんで、やらないと思うんですよ。それなら、6五歩は打たれないとみて、6七歩と蓋をするのもありじゃないかな、と。それに6七歩なら、3五角成〜4六馬〜5五馬の位置取りができないんですよね」
なるほど、合理的に考えてるわけか。
「じゃあ、6七歩に3五角成とするわ」
3六銀、4六馬。
「これは、さすがに私が有利なんじゃない?」
「ですね……4四歩の取り込みがぬるい……」
3五角成のところで4四歩としても、それは同馬になる。
「すみません、やっぱり6七歩が消極的でした。穴熊は信じたほうがいいです」
林家さんはそう言って、6七歩の代わりに4四歩と取り込んだ。
これは取るかどうか悩ましい。放置で6六角成を決めたい。
「金をもらうわね」
6六角成、4三歩成、同金、6一角。
ん……これはマズい気がする。
一見、5二銀と当てて捕まえてるようにみえるけど、7二金の返しで困る。
「ごめん、ちょっと待って」
「結構互角にみえますよ。5二銀、7二金、6一銀、8二金とか」
いやあ、それは勝てないでしょ。いくら金がそっぽでも。
林家さんが穴熊にするのって、ほんと自陣に自信がないからなのね。
「局面を変えて悪いんだけど、9四歩のところで7三桂だった?」
「あ、そっちを本命で読んでましたね。9四歩は端攻めですか?」
私はうなずいた。全然間に合わなかったのが残念。
「7三桂以下の変化も、ちょっと調べていい?」
「どうぞどうぞ」
「本譜と同じように、2五銀と置くわよね?」
「まあ、それ以外に手はなさそうなんで」
2五銀、3三銀、4六歩、6五歩、4五歩、6六歩。
「この取り込みが痛いんですよねぇ……」
林家さんはそう言って、同金と取った。
私は6五桂と捨てる。同金、5七角成。
「ここで6四歩を入れますか?」
林家さんは、持ち駒の歩を摘んだ。
「余計じゃない? 単に4四歩と取り込んだほうがいいと思うわ」
4四歩、同金(4七馬は4三歩成、3八馬、3二との2枚換え)、4五歩。
「……これも自信がないわね」
「ですね。これは穴熊が活きそうです」
4三金と引くのは、4四桂の放り込みか、5四歩の角筋開けがみえる。
どうやら、6五桂捨てはやり過ぎのようだ。
「駒組みの段階で、ちょっとおかしくしたかも」
「スムーズに穴熊を組めてますからね」
一理ある。
私は周囲を見回した。葉山さんのところは、もう終わってるわね。
相手が春日川さんだし、すでに0−2の可能性濃厚。
……………………
……………………
…………………
………………
後輩に任せるしかないか。3年生らしく、委ねてみましょう。
「ちょっと応援に行くわね。ありがとうございました」
「ありがとうございました……あ、そうだ」
林家さんは、思い出したようにパチリとひたいを叩いた。
「まだなにかあった?」
「隕石とかけまして、滑り止めと解きます」
「……その心は?」
「落ちたら最後です」
それを受験生に言うんかいッ!
場所:2015年度春季団体戦 4回戦
先手:林家 笑魅
後手:裏見 香子
戦型:ムリヤリ矢倉
▲2六歩 △3四歩 ▲2五歩 △3三角 ▲7六歩 △2二銀
▲6六歩 △6二銀 ▲5八金右 △6四歩 ▲6七金 △6三銀
▲5六歩 △3二金 ▲4八銀 △4一玉 ▲6八玉 △8四歩
▲7八玉 △8五歩 ▲7七角 △5二金 ▲5七銀 △5四銀
▲8八玉 △7四歩 ▲7八金 △5一角 ▲9八香 △3三銀
▲9九玉 △4四歩 ▲8八銀 △3一玉 ▲3六歩 △8四角
▲3五歩 △同 歩 ▲4六銀 △2二玉 ▲2四歩 △同 銀
▲3八飛 △4三金右 ▲5五歩 △6三銀 ▲3五銀 △同 銀
▲同 飛 △3四歩 ▲3八飛 △9四歩 ▲2五銀 △3三銀
▲4六歩 △6五歩 ▲4五歩 △同 歩 ▲3七桂 △4六歩
▲4五桂 △4七歩成 ▲3三桂成 △同 桂 ▲4四歩 △同 金
▲3四飛 △同 金 ▲同 銀 △3八飛 ▲4三銀打 △同 金
▲同銀成 △3二銀 ▲同成銀 △同 玉 ▲4四銀 △4三歩
▲5三銀成 △4二銀 ▲5四歩 △同 銀 ▲同成銀 △7八飛成
▲4四歩 △9五桂 ▲3四銀 △8六歩 ▲4三歩成 △4一玉
▲5二金 △同 飛 ▲同 と △同 玉 ▲8二飛 △6二金
▲5三歩 △4一玉 ▲5二金 △3二玉 ▲4二金 △2二玉
▲6二飛成
まで103手で林家の勝ち




