100手目 4回戦 林家〔藤花〕vs裏見〔駒桜市立〕(1)
※ここからは林家さん視点です。
「Hmm……das ist sehr schwierig」
「ポーン主将、そろそろ提出しないと、やばいでがすよ」
私は、先輩のそでをつついた。
「Frauハヤシヤは、どちらのほうがよろしいと思いますか?」
ポーン主将は、オーダー案をみせてきた。
A 林家 高崎 春日川 ポーン 鞘谷
B 林家 高崎 横溝 春日川 ポーン
知らんがな。1年生に尋ねることじゃないと思うんですがね。
「対戦相手が分からないと、なにも言えないんですけど」
「Du hast Recht!! この2パターンのうち、いずれかになるかと」
A−1
福留vs林家 裏見vs高崎 飛瀬vs春日川 馬下vsポーン 来島vs鞘谷
A−2
裏見vs林家 飛瀬vs高崎 葉山vs春日川 馬下vsポーン 来島vs鞘谷
B−1
福留vs林家 裏見vs高崎 飛瀬vs横溝 馬下vs春日川 来島vsポーン
B−2
裏見vs林家 飛瀬vs高崎 葉山vs横溝 馬下vs春日川 来島vsポーン
……でっていう。さっぱり分からんでがす。
「琴音ちゃんに訊いたほうが、いいんじゃないですかね?」
「Frauカスガカワの意見は既に訊きました。どのパターンでもOKとか」
「だったら、最強メンバーでいいんじゃないですか? 琴音ちゃんは、信用できますよ」
「Frauタカサキも同じことをおっしゃっていました」
「あ、じゃあ撤回で」
ここで幹事席から通告。さっさと出せとのこと。ポーン主将はあわてて書き込んで、箕辺会長に提出した。そこまで悩んでも、しょうがないと思うんですけどね。だいたい、うちのほうが戦力はあるんですよ。奇をてらうほうが危ない。将棋も落語も王道が一番。
「それでは、オーダー交換をしてください」
会長の指示で、対局席に集合。
うちは金子部長、相手は来島部長。この来島ってひと、完全にポッと出。いつどこで将棋を始めたのか、さっぱり分からない。それでそこそこ強いんだから、うちの金子部長も、見習って欲しいですね。爪の垢でも煎じて飲ませましょうか。
「市立からで、どうぞ」
来島部長はゆずり返さずに、オーダーをひらいた。強気ですねぇ。
「駒桜市立高校、1番席、副将、裏見」
ほらね。さすがは琴音ちゃん。大正解。
「藤花女学園、1番席、大将、林家さん」
「2番席、五将、飛瀬」
「2番席、三将、高崎さん」
「3番席、六将、葉山」
「3番席、五将、春日川さん」
「4番席、七将、馬下」
「4番席、七将、ポーンさん」
「5番席、八将、来島」
「5番席、八将、鞘谷先輩」
私たちはオーダー表を確認して、解散。1番席だから、さっさと座る。
「こんにちは」
ポニーテールの美女登場。私はとりあえず手を振ってご挨拶。
「よろしくお願いするでがす」
ならべて、振り駒。県大会優勝経験者と言えども、ここはゆずらず。
「……藤花、奇数先」
「市立、偶数先」
よし、先手奪取。私はチェスクロの位置をなおした。
裏見先輩はペットボトルを用意して待機。私は作戦を練る。
「準備のととのっていないところはありませんね? ……では始めてください」
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
裏見先輩にボタンを押してもらって、対局開始。まずは2六歩。
相手は即座に3四歩。悩まなかったですね。相掛かり拒否か。
「2五歩」
「7六歩じゃないのか……」
「見たまんまですよ」
たぶん後手は、ムリヤリ矢倉の予定だったんでしょうね。そうは、させんざき。
3三角、7六歩、2二銀、6六歩、6二銀、5八金右。
「くッ……そっちがムリヤリ矢倉なのか……」
さいです。まずはお株を奪いまして。
6四歩(攻めっ気)、6七金、6三銀、5六歩、3二金、4八銀、4一玉。
ここから早囲いですよ。
6八玉、8四歩、7八玉、8五歩、7七角。
自然に7七角と上がれましたね。これは好便。裏見先輩は、気付いてるかな?
5二金、5七銀、5四銀、8八玉、7四歩、7八金。
このかたちですよ、このかたち。藤井システム全盛期に流行った、あれ。
「5一角」
「9八香」
なんでも穴熊ぁ。これ以外の囲いは、アウト・オブ・眼中。
裏見先輩は、くちもとにこぶしを添えた。
「ほんとに穴熊党なんだ……」
「おそとは危ないですからね。おうちのなかが一番」
「隕石とか落ちて来たら、どうするの?」
えぇ……なにその返しは……このひと、意外と天然?
3三銀、9九玉、4四歩、8八銀、3一玉。
さてさて、ここでちょっくら考えますか。穴熊に組むときの心得は、組んだあとのケアなんですよ。要するに、どうやって攻めるか、これ。駒の偏りを補ってこそ、真の穴熊党というやつです。この林家笑魅、多少の自信ありでがすよ。
まず考えるのは、3六歩〜3五歩ですね。後手は……8四角くらいかな。
(※図は林家さんの脳内イメージです。)
同歩、4六銀と出て、3六歩の伸ばしなら、3五銀……いや、これは3七歩成か。同桂に3六歩で困りますね。3六歩と伸ばされたら、3八飛と寄っておきますか。これなら、6五歩の反撃にも安心安全。同歩、3九角成がないですからね。
「3六歩」
「8四角」
「3五歩」
ここで、裏見先輩は長考。ちょいと他の対局を観たくもあるんですが、天王山ですし、自粛しとこっと。あとで伊織ちゃんに愚痴られたら困りますからねぇ。
「……同歩」
「4六銀」
「2二玉」
ほぉ、受けますか。ボケと突っ込みなら、突っ込み役に回る、と。
じゃあ、ボケ倒しますよ。
「2四歩」
「攻めて来たわね」
見りゃ分かるってもんだ。
裏見先輩は2四同銀。
2四同歩、3五銀からの交換は拒否された。
「じゃ、予定の3八飛で」
ここで6五歩は、同歩でいいんです。なんせ4四角の飛び出しが王手ですからね。
裏見先輩も、さすがにそこは見落とさないだろうから、べつの手を予想。
こういうふうに、パターンの枝刈りは重要。我々はコンピューターじゃないんです。そんなにたくさんは読めません。人間、諦めと妥協が大事。
「角出は許容できないか……4三金右」
ま、そうしますよね。手順に囲えるから。
3五銀、同銀、同飛、3四歩、3八飛でもいいんですが……ちょいと工夫。
「5五歩」
6三銀と下がらせて、3五銀、同銀、同飛、3四歩、3八飛。
中央の銀を撤退させておけば、6五歩からの攻めが緩和できます。
裏見先輩、この順を軽視してたんじゃないですかね。手がないですよ、後手は。
案の定、先輩はお茶を飲んで、うんうん考え始めた。攻めるなら、7三桂ですかね。こちらは2五銀と置いて、3三銀、4六歩、6五歩、4五歩くらいでしょうか。
(※図は林家さんの脳内イメージです。)
これでどっちが速いか……6六歩、同角、同角、同金は、角の打ち場所があり過ぎて、私のほうが悪いかもしれませんねぇ。例えば、5七角、4四歩、同金、6七金引、3五角成と守られたら、手がないような……いや、あるか? 3六銀と屈伸して、4六馬に7一角の放り込みが痛いかも? 9二飛(8一飛は6二角成が銀桂当たり)、5三角成、5二銀、6四馬……あ、これなら9二飛じゃなくて7二飛? ちょいと怖いですが、7二飛以下で同じ流れとして、最後の6四馬に1九馬……お次は6三香で馬刺し。
香子ちゃんだけに、ってか。
「難しいわね」
同意。ただ、1九馬とされた局面、私が悪そうですねぇ。
どうしませう。一番最初の6五歩、4五歩、6六歩のときに6八金引は、6五桂で角が死にますし、6六同金は6五桂、同金、5七角成の強襲。ただ、後者は耐えられるか? 6四歩、5二銀とさらに撤退させて、7四金……は5六馬が飛車金両取りか。うむむ。
私は念入りに考えた。
「……9四歩」
そっち? ……ああ、端攻めでがすか。
それはちょいとばかり、頭が藤井先生になってませんかね。
あ、ヘアスタイルのことじゃないですよ。
7三桂〜6五桂の筋がなくなったから、あっしのターンでがす。一目、2五銀、3三銀の受けに4六歩、6五歩、4五歩。ここで6六歩、同金として、6五桂の捨て身がないのは大きいと思います。まる。6五歩なら素直に6七金引としときましょ。
「2五銀」
3三銀、4六歩、6五歩、4五歩。裏見先輩は30秒ほど読み直して、同歩。
6六歩以下の筋は諦めましたね、さすが。
「長考させていただきます」
「どうぞ」
私はテーブルに頬をつけて、寝そべる。ひんやりして気持ちがいい。
やっぱり将棋はダラダラやらないとダメですよ、だらだらだらだら。
……………………
……………………
…………………
………………
パッと見、3七桂の援軍なんですが、そこで4四銀だと、どうか。
(※図は林家さんの脳内イメージです。)
普通に考えたら、3六銀ですよね。3六銀……7三桂? 先手も怖い。4八飛と寄れたら最強ですが、さすがにそれはないですね……6六歩から即死コース。だから、4五銀とそのまま出て、3三銀なら2五桂以下、後手陣崩壊。絶対に3五銀と出てくる。
そこで4四歩かな? ……うん、繋がってそうです。3三銀も3五銀もダメなら、4五同銀としてくるかも。同桂、4四歩、3三歩……これも大丈夫っぽい。
となると、3七桂に4四銀と出てこない可能性が高いか……ここで残り時間チェック。私が10分、裏見先輩が12分。裏見先輩のほうが残してますねぇ。潮時ですか。
「3七桂」
裏見先輩はうんうんとうなずいて、大きく鼻息。そして、4六歩。
時間攻めっぽい指し方。このへんは、さすが上級生……と言いたいところですが、公式戦の年季は、私のほうがあるはず。裏見先輩は、高校デビューですから。私は中学1年生のときから大会に出場していて、すでに3年超えですよ。どやぁ。
とはいえ、ここは考えどころ。4七歩成がみえるから、さっさと桂馬を跳ねたい。4五桂、4七歩成、3三桂成、同桂……あ、これが銀当たりなのか……しまった。
「ンー、まいっちんぐ」
「……」
反応なし。つまらん。やっぱり相方は伊織ちゃんに限る。
と、まあ、冗談はおいておきまして……ンー、ほんとに困りましたねぇ。
4五桂、4七歩成、3三桂成、同桂、2八飛かなぁ……ハッ!
「いきなり起き上がって、どうしたの?」
「……4五桂」
「だ、大丈夫? ……4七歩成」
3三桂成、同桂。私は持ち駒の歩を手にした。
「飛車はあげるでがす、4・四・歩」
将棋の神は言っている……穴熊こそ最強である、と。




