第二十三話 : 屍の道の果てに
六年。
一言で言ってしまえるほど、短くはなかった。
わたしは変わった。あの頃みたいな頼りにならない存在なんかじゃない。立派な体格の男が五、六人掛かりでかかってきたって簡単に倒せるくらいに強くなった。そこらへんにいる学生や学者なんかよりも知識も記憶力も勝っている自信はある。
長くはなかったけれどけして短くなかったこの六年は、わたしを確実に変えてくれた。それと同時に、ナツ兄ぃを探し出すことがどんなに困難なのかを教えてくれた六年でもあった。
人探しに関して定評のある興信所に毎月のお小遣いのほとんどをつぎ込んでいたって言うのに、結局わかったのは「誰かに匿われている」ってことだけ。
ナツ兄ぃの口座から預金が引き出された形跡はなく、「日高ナツ」名義の新規の登録証もIDも以前から使っているもの以外には見つからず、ハッキングして拝借した警察の記録にもそれらしき人物は見当たらなかった。
一人の人間が生活していく上で、公的機関にも民間の企業にも一切の記録も残さないなんて信じられる? 『フライングマン』じゃあるまいし、そんなの探しようがないじゃない、……なんて諦めるわけがない。
――絶対にナツ兄ぃを探し出す。そのために変わったんだから。
この六年、わたしはそんな鉄みたいに固い意志を胸に秘めて動いてきたんだ。
……だから、思わず変な声が出るのはしょうがないでしょ?
目の前にいるおっさんがのほほんと放ったその一言は、わたしの六年を簡単にひっくり返してくれるくらいに、あまりにもあっけなかったんだから。
「ああ、その人か。知ってるよ」
「………………へぇあ?」
空中歩廊、別名エア・ホローを眺めることの出来る、通りを挟んでいろんなお店が複合施設として立ち並ぶその中央に憩いの場として設けられた広場の中、イスとテーブルが備え付けられているカフェテラスのような休憩所で、そのおっさんはそんなとんでもない言葉を、あっさりと口にした。
動揺を抑えるために、一つ深呼吸。
ナツ兄ぃの写真を差し出して、もう一度そのおっさんに尋ねてみた。
「……も、もう一回訊くね? おじさん、この人を見たことない? それっぽい人とかでもいいんだけど」
「だから知ってるよ。間違いない、この人だよ」
…………えーっと。
落ち着けサン。とにかく落ち着こう。深呼吸。なんか胸の中を喜びなのか怒りなのかわかんない意味不明なもやもやが飛び回って爆発しそうなんだけど、まだ爆発しちゃダメだ。落ち着け。
六年。ナツ兄ぃを探し続けて、六年。
長くはなかったよ。でも、けして短くはなかった。
それがたったの一日で、しかも聞き込み始めてたったの三人目で、ナツ兄ぃを知ってる人と遭遇するって?
「うがーーーッ! わたしの六年ってなんだったのーーッ!」
「い、いや知らないが」
おっさん困惑。わたし爆発。
もしこの場に事情を知っているミイちゃんが家に帰らずに残っていたら、きっと猛牛を抑える感じで「どうどう」とか言ってたんだろうな。
「――って、誰が猛牛だミイちゃ〜〜ん!」
「ミ、ミイちゃんって誰!?」
◇ ◇ ◇
「……落ち着いたかい、お嬢ちゃん?」
「はぁ……、はぁ……」
息を整える。だんだんと頭に血が昇っていくのがわかる。……あ、昇っちゃダメか。まだパニクってるなわたし。
問い詰めるべき対象であるおっさんになんとかなだめられ、爆発しまくったわたしの感情はようやく落ち着きを取り戻した。
息を整えつつ、おっさんに写真を見せる。
まだうまく声が出せないから口パクで質問。「教えて? この人のことを教えてって言ってる?」とやけに勘のいいおっさんのおかげで、ようやくナツ兄ぃの情報が聞きだすことができた。
「この辺じゃちょっと有名な人だよ。変わり者なんだ、この人」
「……?」
「お嬢ちゃんは『フライングマン』を知ってるかい? もしかしたら今の子は知らないかな、昔からあるおとぎ話なんだが」
「(知ってるよ)」
「知ってるよって言ってる? それなら話は早い。この人はね、そのフライングマンのことを真剣に調べてる人なんだよ。変人だろ?」
「…………」
「大昔は天使や人魚なんかの伝説の存在を追い求めることをロマンって言ったらしいがね、今の時代にそんなのを追っかけてるなんてただのバカだよ。現実逃避もいいところだ、そうだろお嬢ちゃん。人間は地道に現実を見て前に進み続けて、そしてここまで文明を発達させる程の存在になり得たんだ。それなのにあんないい年した大人が何を血迷ったことをしてるんだか、まるで理解できない。いいかいお嬢ちゃん、あんな大人にだけはなるんじゃな――、……? な、何してるんだいお嬢ちゃん? どうしてそんなに怒った顔を? その振り上げたイスをどうするつもりだ? ……え、おじさん、なにか言ったかな? お嬢ちゃんを怒らせるようなことを何か――、ひぎいいィィィ!」
広場におっさんの叫び声が響いた。
◇ ◇ ◇
「ああ、こいつな、知ってる知ってる! フライングマンに魅せられたっていう変人――ぐはぁッ!」
「プフ〜ッ、フライングマンのおじさんじゃん! 顔見ただけでウケ――ぶへらッ!」
「やっぱこの人って頭イカレて――んごほッ!」
「ああ、この人――あべしッ!」
……ムカつく。こんなにムカついたのはホントに久しぶりだ。
ナツ兄ぃはホントにこの近辺ではちょっとした有名人みたいで、ナツ兄ぃを知っている人はみな口を開けばナツ兄ぃを変人扱い。然るべき処置を次々と施していくと、わたしの通った後には屍の道が点々と出来上がっていた。
それにしても、わたしがブン殴っていった奴らが皆共通して証言していた『フライングマン』。あのおとぎ話がナツ兄ぃとどうつながってくるのかが全然わかんない。
――歴史を変えてはいけないよ。
――その禁忌を破ると神様が怒るぞ。バチがあたるぞ。
簡単に言えばそんな内容のおとぎ話だったかな。その神様のバチにあたった者の呼び名がフライングマン。『さまよえる者』と『記録されぬ者』って言う二つの別名がある。フライングマンにされた人は誰からも見えなくなって、誰にも声が届かない。他人との一切の干渉が不可能になってしまう。二つの別名は、その理由から名付けられているとかなんとか。
フライングマンについてわたしが知ってるのはそれくらい。ナツ兄ぃの目的がそれとどう関わってくるんだろう?
でも、わからなくてもいいんだ。全然問題なし。
だってそうでしょ? ナツ兄ぃの目的なんて今はどうでもいい。そんなのは、直接本人から訊けば済むことなんだから。
「あ、あそこです! あそこのアパートから出てくるとこ見ました! だから殴らないでぇッ! ひぃぃ!」
質問、及び尋問、もしくは拷問を繰り返し、わたしはやっとここまで辿りついた。フライングマンを追いかける変人、もとい、わたしが六年間捜し求めていた初恋の人が住んでいる場所に。
ポストで部屋の名義を確認する。四部屋分のポストに、たった一つだけ名前が未記入の部屋があった。
さっきの奴がウソを言ってなかったとしたら、この部屋で間違いないはずだ。
「……うわ、手が震えてる」
この扉の向こうにあの人がいる。
小さな頃から大好きだったあの人がいる。
六年間追い求めたあの人がいる。
心臓が高鳴る。今にも破裂しそう。破裂しちゃダメだよ、もったいない。せっかく今からナツ兄ぃに会えるんだから。
高鳴る鼓動を無理やり抑えて、わたしはその扉を叩いた。
「仙堂さんですか? 開いてますよ」
ずっと聴きたかったその声が、扉の向こうから聞こえる。
そしてわたしは、ゆっくりとその扉を開いた。