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第二十九話 : 運命の日

 夜の世界の創造者――月は全てを見ていた。


 おのれの成すべきことを見出せずに苦しむナツの姿を。

 絶対孤独の呪いからじきに解放されると喜ぶフゥの姿を。

 内なる怒りを胸に秘め決心を固めるサヤの姿を。


 月は全てを見ていた。白と黒の世界の中、必死にもがく彼らの姿を。

 天高くから見つめるだけ。この物語の始まりと、やがて訪れる結末までも。

 そして、その日は来る。――彼女らの言葉と共に。


 『わたしは、あなたを許せない……!』

 『眠り姫、知らない? 有名なおとぎ話なんだけど』

 『ナラバ、ナラバ……。ワタシハ、……ヒトヲ、ステル』


 そして、その日は来た。




  ◇



 

 ――スリープモード解除。起動プログラム、開始。


 ………………おや、もうスリープ解除ですか? やれやれ、よく眠りました。十分ほどは寝たでしょうか。少々眠りすぎましたね。

 時刻は午前五時。わたくしのいつもの活動休止時間です。この時間ならば日高家の皆さんの監視の必要もないとの理由からわたくしに与えられた唯一の自由時間です。……もっとも、活動休止してるのでまったく自由とは言いがたいのですが。

 さて、皆さんの様子を『視て』みましょうか。

 まずはパパさんママさん。……手をつないだままお互いに顔を見合った状態のまま寝てますね。うん、ムカつく、――ではなくて、異常なし。

 お次はミオさんですね。……布団のすそからのびた素足。ところどころ衣服がはだけた上半身。その豊満なお胸を強調するようなやけにピッタリの寝間着。いやぁ、やけにセクシーな寝姿です。……うおぉ、これはスゲェ……。




  ◇




 ――ハッ! つい見入ってしまいました! 間に◇が入ってしまうくらい見入ってしまいました!

 いやあの、これには理由があるんですよ? これはミオさんのお胸がやけに丸いからであってですね、丸いものはわたくしのストライクゾーンにド直球なのであってですね、フカちゃんまっしぐらは自然かつ必然な流れであってですねえぇェッ!

 ……取り乱しましたね。とにかく、異常なし。

 さて、お次はサヤ。……さすがに小柄なサヤだけあって頭まで布団にすっぽり収まってますね。布団乱れまくりのミオさんとは大違いです。丸みもないし。――ではなく、異常なし。

 さて、最後はナツですね。と言っても、様子を見る必要はあまりなさそうですが。


「……くか〜〜っ……」


 イビキをかきながら見事な眠りっぷりを披露するナツ。それもそのはず。ついさっきまで起きていたのですから。

 フゥからあんな衝撃の真実を聞かされたのがまだ昨日の今日です。眠れるはずがありません。今宵、皆が寝静まった後にまたあの林に出向くのではないかと思ってこっそりと様子をうかがっていましたが、先ほどようやく眠りについたところです。わたくしの貴重な自由時間がなくなってしまうかと思いましたよ。

 ……さて、ナツは答えを出せたのでしょうか。

 どちらを選んだとしてもナツには辛い選択です。フゥの望みを叶えるか否か――。それは、愛する者を自らの手で殺すのか、それとも見殺しにするのか――。それと同義の選択なのです。さらにはどちらの選択をしたとしても、ナツはそのことを忘れてしまうのです。フゥを好きになったことも、辛い選択をしたことも。


『イツカ必ズ、迎エニ行クカラ。君ノソノ願イニ応エル者ヲ連レテイクカラ』


 どうしてわたくしの同胞はそんな約束をしてしまったのでしょう。『俯瞰の眼』が自らの意志で何かしようとしたところで、そんなものは何の意味もないことなのに。わたくしたち『俯瞰の眼』ができることと言えば、ただそばで見ていることだけだというのに。


『フカンノ、メ……!』


 初めて会った時のフゥの驚愕の表情。あふれ出る期待と涙を抑えきれなかったのでしょう。だからこそフゥはあの時、まるで狂ったように叫んだのです。――『私を殺して!』と。

 わたくしにはどうすることもできません。ナツの苦しみを取り払うことも。フゥの望みを叶えることも。……ただそばで見ているだけです。

 ――これが、『歯がゆい』という感情なのでしょうね。 

 気持ちよさそうに眠るナツの姿をわたくしはただ見つめるだけでした。『俯瞰の眼』の本分を、ただ全うするだけなのでした。




  ◇




 『俯瞰の眼』は気付いていなかった。自らが警護する対象――日高家の一人がいないことに。

 『俯瞰の眼』は気付いていなかった。スリープモードに入ったその時、日高家の長女が静かに家を出たことに。


「フカちゃんが目覚めるまであと五分くらいかな。うまくごまかせればいいけど」


 気付かれてしまえば『俯瞰の眼』の監視から逃れることはできない。すぐに『視点移動』でこちらに来てしまう。それを案じてサヤは一手打っていた。


「あんな古典的な手でひっかかるかな? ……フカちゃん結構ヌケてるから大丈夫だと思うけど」


 毛布を丸め、腰の辺りを細くして布団をすっぽりとかぶせる。寝る時にいつも頭に巻いているバンダナを枕にかければ傍目には人が眠っているように見える。果たして『俯瞰の眼』にも通じるかは不安ではあったが、まだ『視点移動』してこないところをみると、案外うまくいったようだった。


「フカちゃんが気付く前に早くしないと」


 刻は午前五時。ようやく朝陽が昇り始める時間帯。

 サヤはいつも通っている学園への道をいつも通りに歩んでいた。違うのはその時間帯と目指す場所、そして目的。

 やがて見慣れた門にたどり着く。このひと月、ほぼ毎日通いつめた学園の門。そしてサヤはそのままいつも通り小等部へ――向かわなかった。


「…………」


 まだ閉じている門を横目で眺め、サヤは門の脇にある小道へと入ってゆく。以前の幽霊捕りの時に見つけた、雑木林に続く抜け道だった。


「許さない。……許さない」


 怒りを胸に秘め、その瞳でまっすぐ遠くを見据えるサヤ。その瞳の先にあるのは――あのまっしろな少女がいる、あの平原だった。

  

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