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第55話 獣人の花嫁と初めての夜



 食事会の片づけが終わった。


 サラは食器を洗い、俺は机と椅子を家の中へ運ぶ。


 リオナは庭に残った花飾りを集めていた。


 いつもなら三人で同じ仕事をする。


 だが今夜は、全員が妙によそよそしかった。


「ルナト。その椅子は居間へお願いします」


「ああ」


「リオナ。花は水へ挿しておいてください」


「分かった」


 会話はそれだけだ。


 誰もが、このあとのことを考えている。


「シロちゃんは、今夜もサラと寝るっピ」


「どうして私の部屋なんですか?」


「ルナトはリオナと寝るからだっピ」


「分かっています」


「なら決まりだっピ」


 シロちゃんは自分の籠を引きずり、サラの寝室へ運ぼうとしている。


「持ちましょうか?」


「一人でできるっピ!」


 小さな身体で籠を引っ張るが、ほとんど動いていない。


 サラは苦笑しながら籠を持ち上げた。


「今日は一緒に寝ましょう」


「サラが寂しくないようにしてあげるっピ」


「ありがとうございます」


 片づけが終わる。


 居間には、俺、サラ、リオナの三人だけが残った。


 リオナは左手の銀の指輪を見つめている。


「それでは、私は先に休みます」


 サラが口を開いた。


「もう寝るのか?」


「私がいつまでもいたら、リオナが困ります」


「困ってない」


 リオナがすぐに否定する。


 しかし、尻尾は落ち着きなく揺れていた。


「それに今日は、少し疲れました」


「料理も準備も任せてしまったからな」


「好きでやったことです」


 サラはリオナへ歩み寄る。


「リオナ」


「うん」


「おめでとうございます」


「ありがとう」


「今夜は、ルナトとゆっくり過ごしてください」


「サラは、本当にいいの?」


「はい」


「でも……」


「少し寂しいです」


 サラは正直に言った。


「ですが、昨日は私がルナトを独り占めしましたから」


「聞こえてた」


「忘れてください」


「無理」


「リオナ」


「ごめん」


 サラの頬が赤くなる。


「とにかく、今夜はリオナの番です」


「順番って決まってるんだ」


「決まっていません。言葉の表現です」


「交代制だっピ!」


 寝室からシロちゃんの声が飛んでくる。


「聞き耳を立てないでください!」


「聞こえただけだっピ!」


 サラは小さく息を吐く。


 そして俺の前まで歩いてきた。


「ルナト」


「うん?」


「リオナを大切にしてください」


「ああ」


「初めてですから、優しく」


「サラ!」


 リオナの耳が真っ赤になった。


「大事なことです」


「ルナトには分かってる」


「昨日のルナトは、途中から余裕がありませんでした」


「サラも同じだっただろ」


「知りません」


 サラは俺の頬へ口づけた。


「おやすみなさい」


「おやすみ」


 次に、リオナの頬にも軽く口づける。


「おやすみなさい、リオナ」


「サラも、おやすみ」


 サラは寝室へ向かう。


 扉が閉じる直前、もう一度だけ振り返った。


「結界は使わないでおきますね」


「何のための結界だっピ?」


「シロちゃんは静かにしてください!」


 扉が閉まる。


 居間には、俺とリオナだけが残された。


「……行くか?」


「うん」


 リオナが自分の部屋の扉を開ける。


 これまで何度も入った部屋だ。


 だが今日は、別の場所に感じられた。


     ◇


 リオナの部屋には、小さな寝台と衣装箱がある。


 壁には弓と矢筒。


 窓際には、獲物の革を手入れする道具が並んでいた。


 寝台の上には、白い寝間着が畳まれている。


「サラが用意したのか?」


「うん。少し前に作ってくれた」


「いつの間に」


「ルナトと結婚する前から」


「前から?」


「いつか必要になるかもしれないって」


 どうやらサラは、俺よりずっと前からリオナの気持ちに気づいていたらしい。


「着替えるから、後ろを向いて」


「分かった」


 俺は窓の方を向く。


 背後から、衣擦れの音が聞こえた。


 革帯が外され、上着が床へ置かれる。


 何度もリオナの裸を思い出した。


 振り返りたいという気持ちはある。


 だが、俺は窓の外を見続けた。


「ルナト」


「終わったか?」


「まだ」


「なら、どうした?」


「昨日は裸を見たのに、今日は振り返らないんだね」


「見るなと言っただろ」


「言ったけど」


「振り返ってほしいのか?」


「少しだけ」


 振り返るべきか迷う。


「もういいよ」


 声をかけられ、俺は後ろを向いた。


 リオナは白い寝間着を身につけていた。


 袖は短く、太腿の半ばまでしか丈がない。


 しなやかな腕と、鍛えられた脚が露わになっている。


 胸元は細い紐で留められていた。


 いつもの革装備より薄いため、丸い胸の形がはっきりと浮かんでいる。


「どう?」


「似合ってる」


「それだけ?」


「かわいい」


「子供みたい」


「きれいだ」


「昨日、サラにも言った?」


「言った」


 リオナが少しだけ頬を膨らませる。


「同じ言葉なんだ」


「違う言葉がいいのか?」


「私だけの言葉がほしい」


「難しいな」


「考えて」


 俺は改めて、リオナを見る。


 短い赤褐色の髪。


 同じ色の獣耳。


 金色の瞳。


 細く引き締まった腰と、鍛えられた脚。


 そして、隠しきれない女性らしい胸と尻の丸み。


「リオナらしいと思う」


「それ、褒めてる?」


「普段は強くて、身軽な狩人に見える」


「うん」


「でも今は、かわいくて、少し色っぽい」


 リオナの耳が真っ赤になる。


「それならいい」


「満足したか?」


「した」


 リオナが寝台の端へ腰を下ろす。


「ルナトも着替えて」


「ああ」


「今度は私が後ろを向く?」


「どちらでもいい」


「見る」


「それなら聞くな」


 俺が上着を脱ぐと、リオナは本当にじっと見ていた。


「採石場の傷、まだ残ってるね」


「古い傷だからな」


 胸や肩には、鉱山で働いていた頃の傷跡がいくつもある。


 監視役に殴られた傷。


 落石で切った傷。


 重い鉱石を運んでできた傷。


「痛かった?」


「昔のことだ」


「消えないんだね」


「治癒魔法でも古い傷跡までは消せないらしい」


 リオナが立ち上がり、俺の胸へ手を伸ばす。


 指先が、細い傷跡をなぞった。


「ルナトが生きてきた跡なんだ」


「きれいなものじゃない」


「でも、嫌いじゃない」


 リオナは傷跡へ唇を触れさせた。


「リオナ?」


「昔のルナトに、よく生きてくれたねって言いたかった」


「ありがとう」


「サラと逃げてきてくれて、ありがとう」


「ああ」


「私と出会ってくれて、ありがとう」


 リオナの声が震える。


 俺は彼女の頬へ手を添えた。


「リオナも、生きていてくれてありがとう」


「私は強いから」


「強くても、危険なことは何度もあっただろ」


「うん」


「これからは、一人で何でも背負わなくていい」


「ルナトとサラがいるから?」


「ああ。シロちゃんもな」


「うるさいけどね」


「聞こえているっピ!」


 隣の部屋から声がした。


「本当に耳がいいな」


「今夜は聞かない約束だっピ!」


「もう聞いているじゃないか」


「聞こえただけだっピ!」


 リオナが吹き出す。


「シロちゃん、もう寝て!」


「分かったっピ。お幸せにだっピ!」


 それきり声は聞こえなくなった。


「本当に寝たかな?」


「分からない」


「声、我慢した方がいい?」


「リオナ」


「冗談」


 そう言いながら、耳まで赤い。


 俺たちは並んで寝台へ座る。


 二人で座ると、やはり少し狭かった。


「この寝台で寝られるかな?」


「寄れば大丈夫だろ」


「落ちたら?」


「俺が下になる」


「どうして?」


「リオナを受け止められる」


「格好つけてる?」


「真面目に答えた」


「なら、落ちないように抱いて」


 リオナが身体を寄せてくる。


 寝間着越しに、柔らかな胸が腕へ触れた。


 俺は肩を抱く。


「緊張してる?」


「してる」


「昨日も裸で抱き合ったのに?」


「昨日は事故だった」


「今日は事故じゃない」


「ああ」


「私が望んで、ルナトと一緒にいる」


 リオナの手が、俺の手を取る。


 そのまま、自分の胸元へ導いた。


「触っていいよ」


「無理しなくていい」


「してない」


「怖くないか?」


「少し怖い」


 リオナは素直に認めた。


「でも、ルナトなら大丈夫」


「嫌なことがあれば言ってくれ」


「うん」


「途中でも止める」


「うん」


「それから――」


「ルナト」


 リオナが俺の唇へ人差し指を当てる。


「説明が長い」


「大事なことだろ」


「大事だけど、分かってる」


 リオナは俺の手を、自分の胸へ押し当てた。


「いまは、触ってほしい」


 薄い寝間着越しに、柔らかな膨らみを包む。


「ん……」


 リオナの耳がぴくりと動いた。


 サラの胸とは感触が違う。


 サラは大きく、どこまでも柔らかい。


 リオナの胸は張りがあり、鍛えられた身体の上で形を保っていた。


「どう?」


「柔らかい」


「サラより?」


「比べない」


「真面目」


「誰かと比べられたいのか?」


「嫌」


「なら聞くな」


「でも気になる」


 俺は寝間着の上から、もう一度ゆっくりと撫でた。


 リオナの唇から、短い吐息が漏れる。


「リオナの身体が好きだ」


「どこが?」


「全部」


「それじゃ分からない」


「腕も、脚も、腰も」


「胸は?」


「好きだ」


「お尻は?」


「好きだ」


「耳は?」


「好きだ」


「尻尾は?」


「もちろん」


 リオナの尻尾が嬉しそうに寝台を叩いた。


「尻尾に触っていい?」


「優しくなら」


 俺は尻尾の根元を避け、毛並みに沿って撫でる。


 赤褐色の毛は、思っていたより柔らかい。


「んっ……」


 リオナが身体を震わせる。


「嫌だったか?」


「違う。そこ、少し感じる」


「尻尾が?」


「獣人は耳と尻尾が敏感なの」


「知らなかった」


「ほかの獣人には、勝手に触っちゃ駄目だからね」


「触らない」


「私だけ?」


「ああ」


「なら、もう少し」


 尻尾を撫でるたび、リオナの身体から力が抜けていく。


 気持ちよさそうに目を細め、俺の肩へ頬を預けた。


「ルナトの手、温かい」


「リオナの尻尾も温かい」


「耳も触ってみる?」


「いいのか?」


「妻だから、特別」


 頭の上にある獣耳へ、そっと手を触れる。


 耳の外側から、指先で優しく撫でる。


「ひゃっ……」


 リオナの肩が大きく跳ねた。


「尻尾より敏感なのか?」


「耳の内側は、もっと駄目」


「触らない方がいいか?」


「……少しだけなら」


 耳の付け根へ指を滑らせる。


 リオナは俺の服を強く掴んだ。


「ルナト……」


「うん?」


「キスして」


 俺は耳から手を離し、唇を重ねた。


 一度目は短く。


 二度目は、ゆっくりと。


 リオナの腕が俺の背中へ回る。


 唇が離れても、顔は離れなかった。


「もう一回」


 求められるまま、再び口づける。


 リオナの身体を抱き、寝台へ横たえる。


 短い寝間着が腰までずれ、白い下着と褐色の太腿が露わになった。


 直そうと手を伸ばす。


「隠さなくていい」


「でも」


「昨日は全部見たでしょ」


「あれは事故だ」


「今日は、私が見せたい」


 リオナが自分で寝間着の裾を持ち上げる。


 白い下着に包まれた丸い腰。


 形のよい尻が、寝台へ柔らかく沈んでいる。


「見て」


「ああ」


「私、きれい?」


「きれいだ」


「女として?」


「俺の妻として。一人の女として」


 リオナが安心したように微笑む。


 胸元の紐へ手をかけた。


 一つずつ解かれ、白い布が左右へ開いていく。


 張りのある胸が現れる。


 その先には、少し濃い桃色があった。


 リオナは隠さなかった。


 恥ずかしそうにしながら、俺の目を見ている。


「昨日は、ちゃんと見られなかったでしょ」


「ああ」


「今日は見てもいいよ」


「ありがとう」


「でも、ほかの人には見せないからね」


「見せないでくれ」


「ルナトも、ほかの男に見せたら怒る?」


「怒る」


「嬉しい」


 俺は露わになった胸へ、そっと手を触れた。


「んっ……」


 柔らかな膨らみを撫でる。


 淡い先端へ指が触れると、リオナの腰がわずかに浮いた。


「そこ、弱いのか?」


「分からない。男の人に触られたの、初めてだから」


「痛くない?」


「大丈夫」


「怖かったら――」


「大丈夫だから」


 リオナが俺の首へ腕を回す。


「もっと近くに来て」


 肌と肌が触れ合う。


 柔らかな胸が、俺の身体へ押しつけられた。


 尻尾が俺の腰へ巻きつく。


「尻尾で捕まえられた」


「逃がさない」


「逃げないよ」


「本当に?」


「ああ」


「ずっと一緒?」


「ずっと一緒だ」


「サラとも?」


「三人で一緒だ」


「うん」


 リオナの目から、一筋の涙がこぼれた。


「どうした?」


「嬉しいだけ」


 涙を指で拭う。


「一人じゃないんだって、やっと信じられた」


「今日からは、俺の妻だ」


「うん」


「帰る場所も同じだ」


「うん」


「リオナ。好きだ」


「私も、ルナトが好き」


 俺たちは何度も唇を重ねた。


 掛け布が二人の身体を隠す。


 急がず、確かめるように触れ合った。


 耳を撫でるたび、リオナは甘い声で俺の名前を呼ぶ。


 尻尾が俺の脚へ絡みつき、離れようとしない。


「ルナト」


「どうした?」


「優しくして」


「ああ」


「でも、遠慮しすぎるのも嫌」


「難しいな」


「私を、ちゃんと妻にして」


 金色の瞳から、不安は消えていた。


 俺はその願いへ、言葉ではなく口づけで答えた。


     ◇


 夜が深くなった頃。


 俺とリオナは、狭い寝台で身体を寄せ合っていた。


 リオナの頭が、俺の胸に乗っている。


 裸の身体には、薄い掛け布が一枚だけかかっていた。


「痛くないか?」


「少しだけ」


「サラに治してもらうか?」


「絶対に嫌」


「どうして?」


「何をしたか分かるでしょ」


「もう分かってると思うぞ」


「それでも嫌」


 リオナが俺の胸へ顔を押しつける。


「ルナト」


「うん?」


「私、変じゃなかった?」


「何が?」


「声とか、動きとか」


「初めてなんだから、分からなくて当然だろ」


「ルナトは、分かってた」


「俺だってサラと結婚するまでは知らなかった」


「サラとは、どうだった?」


「それを聞くのか?」


「少しだけ」


「話さない」


「夫婦なのに秘密?」


「サラとのことを、勝手にリオナへ話せない」


 リオナは少し考えた。


「そっか」


「リオナとのことも、ほかの人には話さない」


「サラにも?」


「リオナが嫌なら話さない」


「でも、サラとは話したいかも」


「何を?」


「ルナトの好きな触り方とか」


「俺の前で相談するな」


「じゃあ、いないときにする」


「もっと困る」


 リオナが小さく笑う。


「サラの気持ち、分かった」


「何が?」


「幸せだけど、身体が少し疲れる」


「すまない」


「謝らなくていい」


 リオナが上体を起こす。


 掛け布が腰まで滑り、裸の胸が現れた。


 もう隠そうとはしない。


「私が望んだことだから」


 俺の頬へ口づける。


「でも、明日はお休みにしよう」


「依頼は受けない」


「歩けないかもしれない」


「そこまでか?」


「分からない。明日になったら決める」


「家でゆっくりしよう」


「サラも一緒に?」


「ああ」


「三人で、ご飯を食べたい」


「《家族の食卓》だな」


「うん」


 リオナが再び俺の胸へ横になる。


「ルナトの匂いがする」


「汗をかいたからな」


「嫌じゃない」


「明日の朝、風呂へ入ろう」


「一緒に?」


「それは狭いだろ」


「詰めれば入れる」


「サラに怒られるぞ」


「サラも入ればいい」


「三人では無理だ」


「今度、大きなお風呂を作ろう」


「家から作り直す必要があるな」


「いつか、妖精の泉へ行けたら作れるかも」


 蛍のような光が、いつか妖精へ成長する。


 その妖精が俺たちを、妖精の泉へ連れていく。


 まだ遠い未来の話だ。


「そのときは、三人で入れる風呂を作ろう」


「約束」


「ああ」


「シロちゃんは?」


「身体を洗うだけなら、一緒でもいいんじゃないか?」


「しっぽがないけど、濡れたら細くなりそう」


「聞こえているっピ!」


 壁の向こうから声がする。


「寝てなかったのか?」


「いま起きたっピ!」


「最初から聞いていたんじゃない?」


「何も聞いていないっピ!」


「本当?」


「シロちゃんは口が堅いっピ!」


 リオナが両手で顔を覆う。


「声、聞かれてた?」


「聞いてないと言ってる」


「絶対聞いてた」


「明日、忘れるように頼もう」


「忘れないっピ!」


「やっぱり聞いてる!」


 隣の部屋から、サラの声も聞こえた。


「シロちゃん。静かに寝てください」


「リオナが話しかけてきたっピ!」


「私のせいなの?」


「明日、結界魔法の練習を増やします」


 サラの宣言に、俺とリオナは顔を見合わせた。


「早く上達してもらおう」


「うん」


 リオナは掛け布を頭まで被る。


 その中から手だけを出し、俺を招いた。


「ルナトも入って」


「暑くないか?」


「いいから」


 俺も掛け布の中へ潜る。


 暗闇の中で、リオナが身体を密着させてきた。


「もう一回、キスして」


「寝るんじゃないのか?」


「キスしてから寝る」


 唇を探し、暗闇の中で重ねる。


「おやすみ、ルナト」


「おやすみ、リオナ」


「旦那様」


「その呼び方はやめてくれ」


「二人だけのときは呼ぶ」


 暗くて表情は見えない。


 それでも、リオナが笑っていることは分かった。


 尻尾が俺の腰へ巻きつく。


 今夜は最後まで、離してくれそうになかった。


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