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26.その男、芽を摘む

 

「オーウェン様、一言よろしいですか?」


 ジェシカの背中を見送った二人にほんの少しの沈黙が流れたが、先に口を開いたのはメイだった。


「少し前から薄々気づいていましたが、ジェシカ様への好意を隠すのはやめたのですか?」


 きゃっ、きゃっ、恋愛のお話! と言わんばかりのきゅるるんとした雰囲気をメイから感じられない。

 むしろ、真剣に答えやがれと言わんばかりに睨みつけられた。ジェシカを大切に思うメイはおそらく心底疑問だっただのだろう。


「隠すのをやめたというよりは、気付いたから言動に表しているだけだよ。ジェシカが君を救おうとしている時はまだ、俺は彼女に対して特別な感情は持っていないつもりだった」

「まさかの無意識であれ。ハァ〜〜怖いですねぇ」


 確かにオーウェンは、ジェシカを好きだと自覚する前から彼女をかなり特別視していた。

 いくら唯一無二の友だとしても、些か度を超えていたかもと今なら自分でも思う。


(我ながら、何故あれだけ好意を向けているのに自分の気持ちに気付かなかったのか。やっぱりクリフは昇給してやったほうがいいかな。けど、あいつはすぐに調子に乗るしな。悩みどころ──)


 考え込んでいたオーウェンだったが、背後から向けられた殺気のようなものを感じとったことで、背後に意識を集中させた。


(わりと近い場所から見られてるね。それも複数人からかな。……目的は俺か、それとも令嬢のメイか……いや、おそらく──)


 オーウェンは小さくふぅ、と息をつくと先程よりも僅かに低い声色でメイに問いかけた。


「そんな怖がっている女性を一人にするのはさすがに気が引けるが、少しこの場を離れても構わない?」

「……! ちなみに、理由を聞いても?」


 雰囲気で察したのか、メイの表情に影が指した。


「……厄介事になる前に、芽を摘んでおこうと思ってね」


 オーウェンが未確定な情報は告げずに、淡々とそう述べると、メイは少し考える素振りを見せた後、コクリと頷く。


「……なるほど? 詳しくは分かりませんが、それがジェシカ様のためになるのでしたらご勝手に」

「できるだけ早めに戻るよ」

「それはゆっくりで大丈夫です」

「ジェシカを頼んだよ」

「それは当然です!」


 オーウェンにとってメイはある意味ライバルのような存在だが、だからこそ信頼している。

 ジェシカのことはメイに任せておけば大丈夫だろうと、オーウェンは静かな足の運びで、先程視線を感じた裏道を覗いた。


(あれか)


 ジェシカが入っていった店を見ながらコソコソと話している男が三人。

 身なりは平民を装っているが、視線が暗殺者のそれだ。とはいえ、殺気を漏らし、オーウェンに見られていることに気付いていないことからして、大したことはないのだろう。


「オーウェン様、ご指示があれば私が処理いたしますが、いかがなさいますか?」


 どこからともなく背後に現れたクリフが、暗殺者たちには聞こえないような声で問いかけてくる。

 よっぽど目の前の暗殺者よりもクリフのほうが良い動きをするな、とオーウェンはおぼろげに思った。


「いや、良いよ。俺が相手するから。というか、ジェシカについてろって言わなかった?」

「確かにそのように命じられておりますが、私はあくまでもオーウェン様の護衛ですから。危険な場に向かおうとする主よりも大切なものはございません」


 にっこりとした笑みを浮かべているクリフだが、自分の役割には忠実らしい。

 オーウェンはクリフのそういうところが気に入っているが、今は話が別なのだ。


「……お前から見て、あの三人が俺にかすり傷一つでも負わせられると思う?」

「いいえ、全く」

「だったら早く行け。引き続きジェシカを護衛しろ」

「御意。ご自分よりもあのお方が大切だなんて、愛ですねぇ」

「…………そんなに減給してほしいの?」

「行ってきまぁす」


 シュンッと消えるようにクリフがこの場をあとにしたのを確認してから、オーウェンは敢えて気配を消すことなく三人の男たちに近付いた。


「お、お前がどうしてこんなところに……!」


 一人の男がオーウェンに気付いたのに続き、残りの二人が戦闘態勢をとった。

 どうやらオーウェンがメイの側を離れたことに、一人も気付かなかったらしい。


(二流……どころか三流だな)


 目的の相手がオーウェンか、直ぐ側にいたメイなら、さすがに気付いただろう。やはり、目的は……。


「俺の質問に答えろ。ジェシカに何の用? 誰に依頼されたの?」

「……っ」


 ギクリと肩を揺らすところから察するに、やはり狙いはジェシカらしい。

 ジェシカに暗殺者を仕向けた人物にも大方予想はついていたが、さすが彼らもプロ。ただで話すつもりはないようで、ジリジリと距離を詰めてくる。どうやら戦う気のようだ。


「依頼にはないが、こいつもやっちまうぞ!」

「「ああ!」」

「……ハァ。素直に教えてくれれば、あんまり手荒な真似をする気はなかったんだけど」


 オーウェンはそう呟くと、こちらに向かってくる暗殺者たちの方に向けて水魔法を発動させた。


「「「ぐわっ……!」」」


 水は綺麗な三つの円形に分かれ、男たちの全身をそれぞれ包み込んだ。

 男たちはその水の塊から逃れようと手足をばたつかせたり、水を殴ったり蹴ったりしているが、効果はない。更に、呼吸もままならなくなり、二人が意識を手放した。


 唯一意識のある男が、苦しげに口元を押さえる。

 死にたくない、助けてほしいと表情から感じ取ることはできたが、オーウェンは涼しい顔でその男の顔をジッと見つめた。


「俺の声は聞こえてるよね? まずは質問に答えてくれる?」


 従わなければ命はないと思ったのか、男はコクコクと頷いた。


「お前たちを雇ったのは、ラプツェ・フリントン?」


 男は躊躇うことなく、再びコクリと頷いた。


「そう。やっぱりね」


 オーウェンは納得した表情を見せると、水魔法を解く。

 パシャリッと水の囲いが破れ、三人の男たちは地面に倒れた。


 皆がゴホゴホッと酸素を求める中、オーウェンは先程問いかけた男の真ん前まで行くと、彼を見下ろした。


「……ラプツェ・フリントンに、ジェシカを殺すよう依頼されたの?」

「ゼェゼェ……ッ、ころ、す、まで、は、言われて、いない……っ、ただ、学園に来られないくらい、には……痛めつけてほしい、と……っ」

「……ふぅん」


 ラプツェが何かしらの理由でジェシカを嫌っていることは間違いないものの、この話が本当ならば、ジェシカを殺すつもりはなかったようだ。

 殺すほど恨んではいないのか、さすがに殺しを命じるほどの度胸はないのか。


(どちらにせよ、やりすぎだ。ラプツェ・フリントン)


 いくらジェシカの魔力が膨大とはいえ、いきなり男三人に襲われたら、どうなっていたか分からない。

 ふつふつと込み上げてくる怒りのせいで、オーウェンは力強く拳を握りしめる。


「おい、お前」

「は、はい……!」


 低い声で暗殺者の一人に話しかければ、男は顔をサアッと青ざめさせた。


「ラプツェ・フリントンには俺に関することは一切伝えず、任務が失敗したことのみ報告しろ。そして、お前たちは金輪際ジェシカに関わるな。……これを破れば、どうなるかくらい、言わずとも分かるだろう?」

「は、はいっ……! 必ず、言われたとおりに致します……!」



 その言葉を最後に、オーウェンはその場を離れ、元いた場所に戻った。

 既に買い物を終えのか、メイの隣にはジェシカの姿があり、オーウェンは自然と強張った表情が緩んだ。


「オーウェン、待たせてごめんね。オーウェンもどこかに買い物に行ってたの? ……というか、なんかあった? 雰囲気が……」

「いや、何にもないよ。ジェシカは欲しいもの買えた?」

「うん! これ、オーウェンに!」


 ジェシカに手渡されたのは、装飾に黒い石がついた羽ペンだった。

 メイは既にピンクの石がついた羽ペンを受け取っており、嬉しそうに眺めている。


「これを俺に?」

「この前のパーティーでのこともそうだけど、いつも助けてもらってるお礼! 大したものじゃないけど、羽ペンなら普段も使えるし、石を装飾したら、少しは特別感が出るかなって! 私も違う色の石をつけた羽ペンを買ったんだ! 三人でお揃い!」


 ささやかでも心のこもった贈り物。しかもお揃い。(メイもだが)


「ジェシカ……ありがとう。本当に嬉しいよ」

「ほんと!? 良かったぁ〜〜!」


 嬉しくないはずがない。しかも、贈った側のジェシカが溢れんばかりの笑みを浮かべているから、オーウェンは余計に喜びに心が弾んだ。

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