27. ラプツェの苛立ち
「は? あの者たちが失敗した……?」
女子寮内の一室。ソファに腰を下ろしていたラプツェは、侍女に言われた言葉を復唱した。
意味が分からないと目を丸くするラプツェに、怯えた表情の侍女は言葉を続けた。
「はい。手紙が届いておりました。それと、この件から完全に手を引きたいとも……。詳細について語られておらず、私には何が何だか……」
「……っ、良いわ。一人になりたいから、貴女は下がりなさい」
「か、かしこまりました」
バタンと扉が閉じる音が聞こえた直後、一人きりになった部屋で、ラプツェは皺になるのも厭わず私服のワンピースををグシャリと握り締めた。
「何でこんなに上手くいかないのよ……!」
ジェシカは例外として、貴族にしか魔力がないこの世界では、魔力を持つ者が強者だ。いくら暗殺者とはいえ魔力がない者たちが魔法を使える者たちに戦闘で劣ることは分かっていた。
しかし、いくらジェシカが魔法を使えても、暗殺者に不意を突かれれば怪我の一つでは済まないだろう。
ジェシカの魔法の技術は以前の実践授業で確認済みだった。だから、それを鑑みて暗殺者を複数人用意したというのに、結果は伴わなかった。
「このままじゃ、ジェシカを学園から追い出せないじゃない……っ」
ジェシカに悪口を言われた、嫌がらせをされたと嘘をついて、彼女の悪評を流した。
それなのに、ジェシカはしぶとく学園に通い、何故か少し前から人が変わったように明るくなった。オーウェンという友人を作り、取り巻きの一人だったメイだって味方につけて、楽しそうに学園生活を謳歌して……。
「この前のパーティーなんて、皆の視線を奪って……。どうしよう……このままじゃあ……」
ラプツェの顔が真っ青に染まる。
唇を小さく震わせていた彼女だったが、一瞬ハッとすると、ぽつりと呟いた。
「……そうだわ。あの方法を使えば──」
必ずジェシカを排除することができる。この方法なら間違いなく、自分の未来を守ることができる。
「絶対に成功させなくちゃ……。私の未来がかかってるんだもの……」
◇◇◇
ついに迎えた魔法検定試験当日の朝。
ジェシカは学科試験が行われる教室の前で、緊張を少しでも抑えるべく胸を押さえていた。
(どうしよ……! やれるだけのことはやったつもりだけど、めっっっちゃくちゃ緊張する……!)
今日の試験は学科から行われる。会場はいくつかのクラスに分けられ、ジェシカとオーウェン、メイの三人はそれぞれ別の教室だ。
そして昼食を挟んだ後、実技試験が待っている。
三人で街に買い物をしに行った次の日からも、ジェシカはオーウェンやメイとともに魔法の学科の勉強や実技の練習を必死に行ってきた。
実技に関しては二人から太鼓判を押され、学科についても落ち着いてやれば問題ないからと背中を押してもらった。
しかし、ジェシカの緊張はとどまることを知らず、全身は小刻みに震え、両手にべっとりと汗をかいていた。
(だって今日の結果で、今後の未来が決まるんだよ!? 緊張しないのはさすがに無理だよ……)
前世でも、こんなふうに緊張したことは何度もあった。
けれど、その時と今とは違う。
オーウェンとメイが一緒に夢を支えてくれたから、一人きりだった前世と違って、これまでにない重圧がジェシカに伸し掛かったのだ。
「ジェシカ」
「ジェシカ様!」
「オーウェン、メイ、来てくれたの?」
ジェシカのもとに歩いて来たオーウェンとメイは、緊張した様子の彼女を心配そうに見つめた。
試験会場が違うのに来てくれた二人にジェシカは心配させまいとできるだけ笑顔を装った。
けれど、二人に気付かれないはずもなかった。
「ジェシカ、無理に笑わなくて良いよ。これまであんなに頑張ってきたんだから、緊張するのは当然」
「オーウェン……」
「そうですわ、ジェシカ様! 努力をしてきたからこそ、頑張ってきたからこそ緊張するのです! この緊張は、ジェシカ様の味方です!」
「メイ……」
二人の言葉を聞いて、どうにかしなければと思っていたはずの緊張が、徐々に心地よいものへと変わり始めた。
(そっか。この緊張は、これまでの頑張りの証なんだ)
そう思うと、汗は自然と引いていった。肩の力も抜け、強張った表情も自然と緩んでいく。
オーウェンたちの協力があるからこそ、先程までは前世よりも重圧を感じていた。
けれど、考え方を変えてみると、自分には心強い味方が二人もいるということ。
(ううん、両親も含めれば、四人もいる。私って、なんて幸せ者なんだろう)
気が付けば、全身の震えは収まっていた。
いつもと同じ青空のような笑みを浮かべたジェシカは、オーウェンとメイの手をギュッと握り締める。
「オーウェン、メイ、ありがとう。私、頑張る。二人も、試験頑張ってね」
「うん。ジェシカなら絶対大丈夫だよ。あとメイもね」
「ジェシカ様なら好成績違いなしですわ! あと、オーウェン様も」
三人はそう話すと、リラックスした様子で笑い合った。
それから少しして、一番遠い会場を指定されているメイを見送ったジェシカとオーウェンは、改めて向き合った。
「オーウェン、私もそろそろ教室に入るね。また後でね」
小さく手を振り、オーウェンに背中を向ける。
すると、ジェシカの背中が、ポンと優しく叩かれた。
「ジェシカ、また後で」
「……うん!」
何気ない言葉なのに、どうしてオーウェンに言われると胸が温かくなるのだろう。直接触れているわけでもないのに、彼の手のひらから優しさが伝わり、心が落ち着くのはどうしてなのだろう。
(オーウェンの前世って、やっぱりマイナスイオン? ……ふふ、なんてね)
ジェシカはふふっと口元を綻ばせてから、教室に足を踏み入れる。
不思議なことに、もう何一つ不安はなかった。




