第18話 入試:実技試験-2
次の試験科目は武術だ。
教師が起こした木人形のゴーレム相手に素手、または用意されている武器で倒しに行くというもの。
広場で数十体のゴーレムがまるで生きている人間のように動きだし、地面に書かれた円内で木剣を使って攻撃を仕掛けてくる。それに対して受験者がどう対処、攻撃していくかというものだ。
魔法の使用が可能なのも一つのポイントとなってくる。
当初はこっちで点を稼ぐはずだったのだが、先程少しばかりでも魔法の実技で点を取ってしまったし、さっきの親切な人の言葉同じく気楽にできるだろう。
僕の番がまだかなり先なので他の受験者の技量がどのくらいか観察することにした僕は、それぞれのフロア内で一番視線が集まっている場所の近くへと来た。
一際輝く同い年くらいの男性が舞うような剣戟を披露しているのが目に留まった。
黄金のように光り輝く金髪や小さな輪郭に整った顔のパーツは元の世界でいうところのアイドルのよう。
それでいて洗練された舞いのようなしなやかで大胆な動きは、機械的にしか動いていない木人形を翻弄し、瞬く間に重心を崩して倒れさせる。
試験官が「終了」のゴングを鳴らし、彼は姿勢がいい歩みでフロアから出ていく。
清楚らしい白い衣装の上からでも分かる鍛えられた筋肉も相まって、ダンサーという言葉が頭をよぎった。
集まった視線の中には圧巻する男性のものも含まれていたが、それとは比べ物にならない程の人数の女性を魅了している。
おそらく、ああいうのを主人公というのだろう。
あれほど大胆な剣戟の後には思えないほど汗を搔いていなく、涼やかな顔で虚ろな目をする女性達に笑顔で振るまっているあたりは、この状況に慣れているようだった。
僕からすれば「見ないで」と拒否するところなのに、彼はすごい。
光の中を歩いている人には、やはり敵わないのかもしれないと改めて思わされる。
「うがー!!」
急に発狂が聞こえて声のした方を振り返った。
その声の主は、端の方で体術の試験を受けていたらしいさっき自慢ぶっていなされていた冒険者の出のグーフィだった。
木人形の持つ木剣の剣先が地に手を付いて倒れる彼の眉間の寸前で止められており、だいたい何が起きたのかは検討が付いた。
木人形を甘く見て不覚を取ったというところだろうが、
それでさっきのような悲鳴めいた声を挙げるのだから、あまり強そうとも思えないな。
「ちが、これは……違うんだ!」
何が違うのか。
まだ僕が言えることでもないのだろうけど、試験用の木人形相手に攻撃を受けることになっているのなら言い返す言葉なんて無いはずだ。
今さっき見た金髪ダンサー君とは雲泥の差だね。
「待ってくれ、試験官! もう一度、もう一度チャンスをくれ!」
焦って近くの試験官に再考を願い出る始末。
僕なら落ち込んで立ち直れないと思うけど、そういう意味ではまだ捨てたものでもないのかも。
「ダメです。他の受験者もいますので、進行の妨げになります」
しかし、試験管からは冷たい対応が返って来た。
膨大な量の人数の試験を今日一日だけで済まさなくてはならないのに、やり直しを許可できるわけがない。ここは引き下がる以外にないだろう。
実技だけでも他に魔法の試験もあるし、明日は筆記試験がある。
そっちで点を稼げばまだ可能性はあるかもしれないから、次を頑張るしかない。
と緊張が解けて来た僕なりのフォローを心の中で言ってあげるものの、
グーフィは折れず、キレてしまった。
「俺は、『荒原のグーフィ』だぞ! こんな茶番は無しだっ!!
こんな採点方法は、現実的じゃない! 俺は、合格以外は有り得ない!!」
手に持った木剣で試験官へ襲いかかろうとする。
試験官も不意の事で驚いて対応しかねるようだった。
だが、それを予想していた僕の体が反応する。
【摩擦零】
バレないように心の中で叫び、右手を払うように左から右下へと動かす。
それっぽく異能を発動させてグーフィの下の地面の摩擦係数を一瞬だけゼロにする。
すると――グーフィの体は横へと流れ、まるでスケートリンクで滑る初心者のように横転した。
「ぼへっ!!?」
暴力はダメだよ。
僕の前では、そういうのは無しにしてもらわないとね。
ただの試験だ。気楽にいこう。
「な、何が起きた!? どういう事だ!!?」
彼がキョロキョロ周りの受験者達の顔を窺いだす中で、僕と目が合ってしまった。
僕は咄嗟に明後日の方を向いて口笛を吹くが、何か気付いたように男は怒りだす。
「おい、お前っ!!」
それも束の間、試験官に襲い掛かろうとする者がそのまま試験を続行できるはずもなく、
「君! 今の愚行、流石に見過ごすわけにはいけませんよ!!」
グーフィを断罪する教師によって腕を掴まれ、すぐに広場に入って来た警備2人に広場から退場されられていく。
「待て! 放せ! 放しやがれ!! まだ俺は、俺は――――っ!!!」
こういうのが毎回あるとなると、試験も面倒そうだな。
試験官が受験者の数に対してこれしか出てこない理由を理解できた気がする。
しかし、僕も余計な事をしてしまった。
あの試験官、僕が何もしなくても何か魔法を用意していた。
いつの間にか手に持っている杖、あれは魔法補助具に見せて実はそうじゃないな。
おそらく、最近この国で生産されはじめた魔法をあらかじめストックできる代物だ。
一度に一つしかストックできないが、魔力を流し込むだけで発動できる。いわば、無詠唱魔法を疑似的に再現している道具だ。
驚いているように見えたのもただのハッタリだったのかもしれない。
割と面白そうだな、魔法学院。
僕は少し疲れてしまったので、広場の端の方の壁に背中を預けて自分の番に近くなるまで待つことにする。
試験では使わないと決めていた異能をこうも簡単に2度も行使している状況には情けなくなるな。
もっと気を遣わないとぽんぽん異能を使ってしまうかもしれない。
気を付けよう。
それにしても、有名な学院の入試なだけあって他の受験者も強そうな人が多いな。
魔法試験の方でも珍しい魔法を使う人とかいたし、種族が違う人も偶に見かける。
武術では、金髪ダンサー君みたいに既にギルドで高ランクに位置付けされていてもおかしくない程だった。
僕はあまり自信がないし、やっぱり筆記試験で点を取らないと厳しいんだろうな。
元の世界の時みたいにうる覚えで来ている訳じゃないから念仏を唱えるとかしなくていいんだけど。
高校入試の試験前とかには、独りでブツブツ暗記してた事を念仏みたいに吐き出してたっけ。
「あなた、無属性魔法が使えるの?」
考え事をしながら遠くを見ていると、いつの間にか隣に座っている女性がいて猫みたいに飛んで離れる。
「うわぁっ!!?」
「何っ!?」
僕の驚き様に驚く彼女は、フードを深く被っているが、そこからペンキで塗り潰したような金髪の前髪がチラリと見える。
僕を見つめる右の瞳は、どこかで見たような薄緑色をしているが、左目はオレンジ色でどうやらオッドアイなようだ。
身なりが盗賊のような軽装で動きやすく、男っぽい感じで少し落ち着きはする。
「な……何!?」
戸惑い気味に返答すると、同じことを繰り返し聞いてくる。
「だから、あなたは無属性魔法が使えるのかって聞いてるの」
「…………ベツニ……ツカエルワケナイジャン」
勘違いに思わせるように視線を逸らして適当に片言で返す。
「そんな訳ない。
さっき魔法の試験で使ったのは、斬撃系統の魔法。そんなものは無属性魔法か、かなりレードの高い武器だけ。だけど、その腰にある剣は鉄製で武器屋あたり買える量産物。
つまり、無属性魔法しかないってことよ」
分かってて聞いてきたのか。どうやら隠し通すのは無理みたいだ。
「あれは間違っただけだよ。使うつもりじゃなかった」
「使えるのね!?
じゃあ、やっぱりさっきの男を転ばしたのも、あなただったのね!」
「べ、ベツニ? ソレハチガウヨ……」
「やっぱり…………」
もう僕の言葉が嘘だって判るようだ。自分の世界に入るように考えに耽りだした。
今の内にここから離れようか。どうせ気付きそうにない。
立ち上がろうとすると、服の袖を手を伸ばす彼女に掴まれる。
「何!? てか、君だれ!?」
「あたしは、プニー。
プニー・エリエル・グレンジャー。あなたは?」
「……ゼクト」
「フルネーム!」
催促してくる彼女の強い声には逆らえなかった。
「ゼクト・ディア・ヴァルヴレイヴ・Jr…………」
「へぇ? 七光りってところ?
でも、ここへ来て良かった。無属性魔法を行使できる人物に会えるなんて」
「誰にも言わないでよ? 僕、隠しているんだから」
「え? どうして? 無属性魔法を使うことができる人なんて珍しすぎるくらいなのに」
「だからだよ。僕は目立ちたくないんだ。
あと、もういい加減、その手を離してくれないかな?」
「ああ……」
やっと服の袖から手を離してくれたので立ち上がり直す。
「あなた、魔眼も持っているのね」
「魔眼?」
プニーが僕の目を見て興味深い事を言うので立ち去る足を止める。
何それ? 中二病がよくやりそうなアレの事?
僕がそんなのを持つわけないじゃん。
「あたしも同じ。種類は違うけど、魔眼に属する目を持ってる」
へぇ? それでオッドアイみたくなっているんだ?
「あなたはどんな魔眼なの?」
「……別に僕は、魔眼なんて持っていないと思うけど?
そんな事を言われたことがないし」
「自覚が無いってことは大したことがないのね」
なんか勝手にあるとか言って、勝手にしょうもないことにされた……。
それより、この子は何なんだ?
知らない男に話しかけてきて…………コミュ力最強格か!?