第19話 入試:実技試験-3
昼休憩があった後に実技試験が再開され、遂に僕の番になった。
プニーもあれから僕の後を付いて来ており、「実力を見せてもらおう」とでも言いたそうな目で一人だけガン見してくる。
やれやれと呆れながら無視する僕は、木人形が静止している円形に引かれた白線の外にある箱から木剣を一本右手で抜き取って数回振り、感じを確かめる。
いつも使っている木剣とは振った感じは違う。
少し太いし、軽い。使っている木の素材が違うのだろう。
けど、それは問題にならない。
相手は一体だし、すぐに終わりそうだ。
プニーも見ているし、とりあえず身体強化無しでいこう。
テナンさんの前では身体強化を使っていないから大体いつも通りだ。
「それでは、円内へ入って下さい」
武術の実技試験を監督する試験官の合図で僕を含めた試験を受ける者達が木人形の攻撃範囲へと侵入する。
さっきの魔法試験の時ほどの緊張感はなかった。
あの言葉がまだ残っているからか、どちらかというと挑戦心が強い。
テナンさんが言うには、そういう精神状態の方が感覚が研ぎ澄まされるんだそうだ。
そんな精神論に頼るつもりはないけれど、今は何となく解る気がする。
木剣を木人形へ向け、重心を少し沈ませて構える。
半身で足をレの字の向きに構える基本姿勢の一つを取った。
「……構えは、ほとんどの流派にある基本姿勢?
ここからどんな技を繰り出すというの?
まさか少しかじった程度で剣術の腕はそうでもない?
魔法が得意なだけ…………?」
プニーが僕の構えを見てブツブツと分析を始めた。
が、外野がうるさい…………。
僕を見に来てるのなんて君だけだよ!?
「それでは、始めてください」
再び聞こえた試験官の合図で木人形に命が宿ったように目に赤い光が宿る。
僕は心を落ち着かせ、戦闘だけに集中した。
木人形は複雑な動きはしてこないようだ。
正面から向かってきており、右手に木剣を構えて横に振り払おうとしている。
相手が複雑な動きをしてこないということは、受験者にそれに対してどれだけの技を見せられるかをテストしているのだと考えられる。
それなら決まりだ。
向かってくる木人形に対して同じく間合いを詰める。
相手が腕を開き、木剣を当てにくると同時に僕は剣を持つ手を入れ替え、そのまま相手の木剣を左手に持った木剣で受け流し、体を回転させながらに背後を取りにいく。
回転途中で再度木剣を持つ手を入れ替え、きき手である右手で木剣を振るう。
一撃目を右後頭部に、
二撃目を右肩に、
三撃目を右腰に、
それぞれを右腕の猛作業で連続して繰り出していく。
木人形は体勢を崩して前のめりに倒れていった。
「〈スリー・アセンシオ〉」
これが剣豪から学んだ剣戟の一つだ。
一撃目から回転力を含んだ勢いで技を成せるので、かなり使い勝手がよくて僕の得意技になっている。
運動が苦手な僕がここまでできるようになったのは、長い修行の日々のおかげだろう。
まだ序の口と言いたいが、身体強化無しではこの程度の技が複数あるくらいだ。
安堵していると、妙な魔法の気配を感じて後ろを振り返る。
僕が倒したはずの木人形が奇怪な動きで立ち上がり、歩きだしていた。
元の位置に戻るかに思われた人形は、戻る方向であるこちらではなく、僕をずっと観察していたプニーの方へと足を進める。
何をするつもりだ!!?
プニーは今の僕の剣戟を見てまたブツブツ言いながら考え込んでいるようで気付いていない。
瞬時に無力化しようと駆けだした僕は木剣に異能を使う。
「【硬化】!」
左腰に構えた剣は黒いオーラを纏い、黒剣に姿を変える。
もうこれは、木製でできたものには見えず、禍々しい妖刀のようにオーラを放っていた。
木人形の左へ移動し、腰に構えた剣を抜くように振り上げ、人形の胴体と下半身を分けるように両断する。
その切れ味は、真剣のように綺麗で音も無く、入りが出までを完結させた。
切断された胴体は宙を舞い、他の受験生の前に転がって驚かせる。
「わっ! 何コレ……!?」
「えっ!? これやったの誰…………?」
「すごい……」
周囲の視線を浴びるが、それより僕にとってはこれを何者がやったのかという方が先決だった。
もし僕を狙う者がいるとしたら、早々に警戒して何らかの対策を講じなければならないと考えた。
【気配探知】
気配探知を使用し、脳内に僕を中心とした立体図が浮かびあがって殺気を僕へ向かわせている者がいないかを探った。
しかし、僕なんかに殺気を向ける者はいない。
木人形や他の受験者、または試験官に殺気を向ける者はいるものの、僕にという人は誰一人としていなかった。
もちろんプニーへ殺気を向けている可能性もあったが、僕同様に狙われている感じはしない。
だが、すぐに犯人は分かった。
殺すつもりも大事にするつもりもなかったのだろう。
ただ僕に咄嗟の状態を作っただけだったのだ。
一人、特師校舎で僕へ向けて拍手をするミラ姉さんの気配を見逃すわけはなかった。
あの人は、僕にもっと本気を出して欲しいようだ。僕がどれだけ気を遣っているかも知らないで。
おかげでまた異能を使ってしまい、ミラ姉さんの思い通りになっている……。
「ん? 何かあったの?」
プニーは今の一連の出来事を見ていなかったようでポカンとしている。
こちらに視線が集まっていて不思議に思ったのだろう。
すぐに木人形の下半身が倒れているのを発見すると、僕を二度見して声にならないのか口をパクパクしていた。
「……ベツニ、ボクジャナイヨ」
僕は明後日の方を向いて口笛を吹きながら誤魔化そうとする。
「噓つけ――!!」
それも意味が無かったようだ。
姉というのは、弟に言う事を聞かせる為には何をやってもいいと思っている。
これまで何度もあったけど、ここ一年近くにいなかったから忘れていた……。
今一度覚え直しておくことにしよう。
◇
特師校舎3階にある観覧室。
ここは北側の壁が全面ガラス張りになっており、中広場の様子が一望できる。
そこで試験の様子を腕を組みながら立ち見するミラがいた。
まったく……あの子は放っておくと、すぐに手を抜こうとするから手が焼けるのよね。
まだまだわたしが近くにいてあげないといけないのかしら。
「やっぱり、ゼクト様は一際輝いていますね」
「そうね」
ミラの隣にはルーナもおり、ゼクトの試験の様子を初めから二人で見物していた。
ルーナも11年の月日を得て成長している。
黄金色の髪は肩まであるくらいのゆるふわなボブディ。6つの花びらがある白い花型のヘアピンで左側の髪を留めている。
すらっとした細い手足で容姿も整っており、ここ観覧室の中でもミラとルーナの二人は他の生徒の目を引き付けていた。
「ミラ様は今日もお美しい」
「ルーナさんだって負けていないぞ」
「……和むな」
「ああ、目が潤う」
「同意だ」
白を基調とした制服を着こなす学生達がこの場に集まっており、入試を受ける者達を見に来ていた。
人それぞれに魔法適正があり、他人の魔法を見ると偶に珍しい魔法に出会う事もある。
観覧室で入試を拝見するのは学院からも推奨されているものだった。
「ウフフ、嬉しそうですね」
ルーナが口元を抑えて微笑み、ミラの表情を窺う。
「……そう?
でも、少しは学生生活も楽しくなるかしら」
「はい、ゼクト様も特待生になるでしょうしね」
ルーナが嬉しそうに微笑むのをミラは疑うような細い目で見始める。
「あなたもそろそろあの子を様付けするのは止めなさい。身分的にも上下が無いんだから。
むしろ歳が上な分、あなたが様を付けられる方でしょうに」
「そうでしょうか……?
ですが、ゼクト様は昔から少し大人びているように思うのです」
「それは…………否定はしないけど」
「ですよね」
気持ちを共有できたことが嬉しいように煌びやかな笑顔を振舞うルーナ。
「っ…………」
その彼女を呆れるように一瞥してからまた試験会場の方へ視線を移す。
はぁ……あの子のどこがいいんだが。
姉弟じゃなかったら、見向きもしないくらい弱そうな子なのに……。
放っておけなさそうで可愛いところがあるってのいうのは分かるけどね。
◇
試験が終わったので早々に会場を出る。
明日は筆記試験があるし、今日はもう休もうかと宿への帰路へ就いていた。
プニーも僕を追いかけたかったようだが、試験がまだ残っているので葛藤し、結果的に一人になることができた。
中広場から出れば静かなもので、それまで周りがうるさかったのが嘘のように僕の足の音しか聞こえない。
朝にはギルドの受付嬢達がいた校門も引き上げられており、誰もいなくてガランとしている。
校門の外は学生街になっており、少し人通りはあるもののさっきとは比べものにはならない。
体に疲れはないが気疲れが少々。
緊張やミラ姉さん、人が多いところにずっと居続けさせられたことが理由に挙げられる。
早く帰りたいと、どこかで宿の近くに瞬間移動しようかなと悩んでいた頃。
僕に近づく気配が一つ、背後を狙っていた。
【思考超過】
それに気付いて異能を発動させる。
思考超過は、自身の思考速度を一時的に底上げし、数ミリ秒単位で考えるのに必要な処理を済ませることができる。更には分析力も向上するといった便利な異能だ。
僕は、直ぐに背後に忍び寄る人影の分析を始めた。
大柄で大股に、何かしらの武器を両手で持っている。
まぁまぁ重そうな武器だろう。予想では斧。
そこら辺の武器屋で買える重い武器となれば斧くらいのはず。
怒りを含んでいるようだ。
鼻息が荒く、殺気がだだ漏れである。
自信家で負けず嫌い。何か嫌な事があればすぐにでも鬱憤を晴らそうとする者。
顔を見ずとも誰かは分かる。
さっき下手をうって会場から退場させられた――グーフィ。
「うぉおおおおおっ!!!」
右斜め上から大振りで斧を振り下ろしてくる。
狙いは右肩だが、力が入り、ややジャスト位置が下へずれている。
これなら身体強化を使えば直撃前に止める事が可能だ。
後は、戦意を奪って終わり。
大したことのない勝利への道筋だった。
「【身体強化】×2」
歩く足を止めて白色のオーラ剥きだしの身体強化状態になると、瞬時に右肩へ向かってくる刃を右の指三本で止める。
止める力が強すぎて指で刃を砕いてしまった。
グーフィの振るった武器は確かに斧だったが、武器屋で買うような戦闘用ではなく、薪割りで使うような自家用の物だった。
おそらく、学生街のどこからか持ち出してきたんだろう。
壊してしまったのは申し訳ないと思うけども、今回の犯人はこの人だから大目に見て欲しいね。
「な……どうやって!?」
グーフィは後ろで面食らって尻もちをついていた。よほど目の前で起きた事が信じられなかったのだろう。
圧倒的に自分より下だと思っていたのに、実はそうではなかった時のこの反応は、お笑い番組でなら満点かもしれないけど、
人に刃を向けたり、盗みをするのは頂けない。
【威圧】
僕には殺気といった危ない雰囲気を出すことはできない。
人を殺したい気持ちなんて分からないし、脅迫めいた事もできない。
しかし、この威圧という力は相手に恐怖を感じさせ、まるで僕が脅しているかのように錯覚する。
グーフィは、威圧を受けて震え始め、口が回らなくなったのか寒い時のようにカタカタ歯を鳴らして喋ることができていない。
恐怖を感じて委縮している。
「僕には、手を出さない方がいいですよ?
僕も自分が殺すつもりはないのに、殺してしまわないか心配になってしまうので」
いつも通り親切な人物ぶった笑顔を振舞いながら話すが、グーフィは僕が別人にでも見えているのか言葉が終わるのを皮切りに「はぁ」と鳥の鳴き声のような声を挙げて気を絶ってしまった。
少しやりすぎてしまっただろうか。
だけど、これくらいはしないと反省もしないだろう。
自信家なのはいい事なんだろうけど、それが変な方向へ向かうのは良くない。
少しは周りの人の事も考えて行動できる人になって欲しいね。
彼を置いて再び帰路に就こうとするが、今度は馴染みの気配が近くに来ていて振り返った。
魔力量の多さから周囲を凍り付かせるような空気の変化を感じ取った。




