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そういえば、私は人の死というものに直面したことがありません。
病は流行るも薬師はおらず、神仏に見捨てられた乱れたこの世では、寺や神社が武装する始末。小汚い服を着なければ襲われ剝ぎ取られるのが当然のことで、強盗せねば通常は生きていけないようなことなのです。
ですが私は両親とも健在ですし、祖父も祖母も生まれる前に亡くなっているので、殺したことどころか死さえも知らないのです。
そんな小娘が、多くの人の人生を奪う戦争を導いているというのですから、笑える話です。
上に立つ者は当事者たちの苦しみも知らず、冷酷な効率で判断するのだということは、おかしなことにいつだってそうでした。
また、現場で全てを見ている経験者たちの意見を聞き入れないということも、いつだってそうなのでした。
私は彼の言葉しか聞きませんから、私もその一人でしょう。
実際の戦地を知らない私は、平気で惨いことも言えました。
「ここの部隊は全滅も仕方がないのではありませんかね。全体の被害を最小化するためには、やむをえない犠牲だと私は考えます」
そのときに提案をしたのは、兵法書からの引用ではなく、歴史書からの引用となる策でした。
少し知識のある人物ならばすぐに気が付けるでしょうし、それがどんな結果を招いたかということも、すぐに気が付けるはずでした。歴史に学ぶということをするために、きっとその書物は記されたのでしょうに、それを反対の方向で利用されてしまったのですから、皮肉であり憐れなことです。
反感を抱かせ、反乱を生み、信用を失う”犠牲”という考え方は、苦労も知らない人物によって使われることを最も嫌います。
死に逝く人があることに、心を痛めることもしない私でしたが、死が遠く感じられているわけではありませんでした。
境遇に恵まれている私ですけれど、天にまで好かれているというわけではありません。
幼い頃からの病で、最初から長生きはできそうにありませんでしたし、死というのはわりと近しく感じているくらいですらあるのです。
薬だって頂いておりますし、お祓いだってしてもらっております。手は尽くしているつもりですので、天に嫌われているとしか言いようがありません。
人の力では、ままにできないことなのです。
苦しさはありますが、私は不幸な人だとはとても思えません。
健康に生まれているのに、尽くすどころか施す手がないために、今の私の年齢までも生きられずに死んでいく人が数多くいるのですから。
親族もなく、金もなく、衣食住さえ手に入らないで、危険と隣り合わせに自らを強く鍛え生きる人が数多くいるのですから。
ですから私が不幸だなんて言えようはずがありませんでした。
それにこれで案外悲観的な人間ではないのですよ?
短いとしても、その生を精一杯に楽しめればいいと思うのです。
どうせ長生きができないのなら、少ない時間を無駄にしてしまいたくはありませんから。
その上、大切な人にも出会ったのです。
一人で生きていても楽しく幸せで有意義な時間でしたのに、迷わず一生を捧げられるような大切な人に出会えたのです。
生きていられることが私には楽しいのです。
「ボーっとしているようだけど、どうしたんだ?」
いつの間にか時間は随分と過ぎていたようで、この場に残っているのは私と彼だけなのでした。
心配そうに私の顔を覗き込む彼を見つめ返して、私は笑いました。
理由は私にもわかりませんでしたけれど、自然に笑ってしまっておりました。
「すみません。何も考えずに、少し、ただ一緒にいられるこの空間を楽しみたかったのです。お忙しいでしょうに、私の我が儘のためにご迷惑をお掛けしました」
何も考えずにというのは、とんでもない嘘でした。
けれどただ一緒にいられる空間を楽しめたらというのは、ここで口から勝手に出たことにしては、口から出任せではなく本心に近いものでした。
その漏れ出た理由というのは、私にとって重要なことでありました。
ですがまさかこんな時間になっているだとは思いませんでした。
「どれくらいこうしておりましたかね?」
外は暗くなっているようでしたから、戸惑いの中で尋ねてみれば、平然と彼は答えるのでした。
「大体、二刻ってところかな」
彼はそういう人でした。
その間ずっとボーっとしていた私も私ですが、その間ずっと見ていた彼も彼です。
どっちもどっちというわけですかね。ですから、お互いに注意をできないというのでもありますし、注意をしないというわけなのでしょう。
迷惑を掛けられていると本人が思わないのですから、迷惑を掛けていると思いはしても、同じことを何度も繰り返してしまうというのでしょう。ええ、お互いに。お互いにそうだからこそ、直らないというのもあるのでしょうね。
硬く真面目なみなさんには、本当に悪いと思うのですけれどね。
こんな私とこんな彼ですから合うというのもあるのでしょう。
本当に幸せですよ。本当に、本当に……
この時代に生まれられてよかったと、そう思う私もいるのです。
私に苦しめられている人々には、とても言えない私の気持ちですね。




