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 今、私が生きているこの場所が、どのような場所であるのか私はわかりません。

 平和の世に生きていただれかがその世界を書にして残してくれたように、乱れた世に生きている私はこの世界を書にして残そうかと思いますのに、どうしたって情報を得られようはずもないのです。

 一人で街を歩けば賊に襲われ、戦争は絶えず各地で行われ、働く法がないので一切何として犯罪にはならない。こんな世が乱れたものであるのだとはいくら渦中の私だってわかります。

 ですが平常というものがどうあるべきものであったのか、その常識を掴めていないからには、相対的な記録は得られそうにもありませんでした。


 数えきれないほどに、無数の国々がいくつも並んでいます。

 元は統一されており、我が島全土が一つの国だったとは、到底考えられもしないほどにバラバラになっているのでした。

 起こっては滅び、興っては滅ぶ、ですからどれほどの国があるかなどきっとだれにもわかっていないでしょう。

 商人や使者ですら、越えることが許されない国境が存在するくらいなのですから。


 私が仕える彼の国は、法律がありました。それはたった一項目、「殿の命令にない行動をしないこと」というだけでした。

 殿とは彼のことでして、この法を作ったのは他ならぬ私です。

 我ながら素晴らしい法であると私には思われました。国を統治するにおいて、これほど適した法はないのではないでしょうか。

 犯罪も反乱も抑止します。なぜなら罪の天秤は彼の手の内で、どうなるのかわかったものではないからです。


 軍事力はある方の国でした。

 経済力もある方の国でした。

 この二つは繋がるところでもあり、軍事力があるから経済力があり、経済力があるから軍事力があるというような形でした。

 軍事力があるということは戦が多いということでもあり、必然的に人口も多くはないこともあってでしょうが、今のところ食糧にも困ってはおりません。

 飛びぬけて優秀な人材こそいないものの、無数の国々の中で抜きんでた国であるとは私には思えます。自画自賛ではなくて、そうなのです。

 彼が天下を本気で謳っていることも、夢ではないような国なのです。


 しかし小国でした。

 戦いでは何度も勝っているのですけれど、戦後の交渉が下手だとでも言うのでしょうか。見合ったものが得られることはほとんどなく、肝心なところはいつだって奪われてしまうのでした。

 私がお仕えするようになってからは、交渉も人事も私が行っておりました。

 顔の広い私ではありませんし、人付き合いが得意な私でもありません。彼が来てくれるまで一人で籠もりきりだった私ですから、それは当然のことと言えましょう。

 けれどそんな私に交渉どころか人事までもが務まったのは、口先だけの言葉が私には上手く操れたからなのです。

 その程度なほどに、教養のない人が蔓延り上に立つようなのでした。


 国王たるものはさすがに読み書きそろばんを少しはみなできましたが、位の高い人たちを除きますと、文字などを使える人はほとんどおりませんでした。

 それですから、私の持っている書物の知識はとても役立ちます。

 古い時代の受け売りのような言葉を並べ立てて、古い時代の作戦を応用して用いては、容易に策が成されるようなほどです。

 それほど世を馬鹿にしながらも、私だって何もかもがわかるではありませんから、それなり(、、、、)の軍師として国を導けているかと思います。


 こうして私が語っているのは、自慢がしたいからではなく、先程も書きました最近の恐怖のせいなのです。

 現状やら気持ちやらをつらつらと並べましたら、何か見えるものがあるようでもありました。

 それが恐怖を和らげ、もしくはなくしてくれるとすら思えたものですから、せっかく文字が書けることを無駄にしない意もあり私は書き連ねます。

 こうしていないと、自己を保っていられないのだとも感じます。

 自らが徐々に悪へと変わっていくものですから、それもまた恐怖に添えられることが、私には恐ろしいのでしょう。


 花が咲いては散るのではなくて、ふと咲きもしない花が散り出して、巻き戻るように花が咲くような恐怖さえあります。

 正体もわからない恐怖ですが、それくらい私の精神はそいつに蝕まれているというわけですよ。

 日の過ぎていくことさえ、私にとっては恐怖の対象なのです。



 しかし何より怖いのは彼でした。恐怖している私に気が付いてしまっている、彼なのでした。

 褒めるに値するところなんて、そのお人柄と度胸、そして人のよさくらいのものですよ。

 本当に、本当に恐ろしい、馬鹿みたいな彼です。



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