空の闇
わたしは窓辺に座り、両手で頬杖をつき、夜空を見上げていた。
結局、青人には会えなかった。紅さんのアトリエを出た後、青人を待ったが、夕方になっても帰って来なかったのだ。
朝は桃枝に茶化されたくなくて、アトリエにいないのがほっとしたけど。
今日1日、本当に会えないと、空を掴むようで。
もちろん、山吹と紅さんと出会い、パソコンデータと染めで原画が創れることを目の当たりにして、十分、面白かった。
けど…。
「苦労するわよ」
紅さんの最後の言葉が不意に蘇る。
紅さんと山吹さんと青人は幼馴染みで、自然、青人の話にもなった。
「青人って描くのに夢中になって約束とか忘れちゃうのよ。青人が一番好きなのは空だから」
そう言う紅さんは、とっても楽しそうだった。
無意識に溜め息をついた。
「なあに悩んでるの?悩める乙女のみどりちゃん」
目の前に現れたのは、言うまでもなく、桃枝だった。
「何よ。冷やかし乙女の桃枝さん」
「まあ!冷やかしだなんて」
どこぞのマダム風に、おほほ、と反対側の頬に手を添えて笑う。
「そんなに青人さんに会いたかったのね。それとも美人な幼馴染みがいて気落ちしちゃったのかしら?」
「モモ!」
「おほほ」
冷やかしマダムはまだ続く。
「良いわねえ、青春。若いわあ」
いつの間に老けたのよ。
そう。それがやって来たのは、そんな他愛もない時だった。
笑っていた桃枝の顔が、不思議そうな顔になった。
「空のあの辺、何か黒い?」
「え?」
振り返ると、空の一辺が、確かに黒い。しかも、じわじわとその範囲を広げている。
と、窓からこぼれていた柔らかい光が消えた。
部屋の明かりはそのままに、外に見えていた木々が一気に陰った。
「何、これ…」
研究層で起こる現象なのだろうか。
外はまるごと、闇に包まれてしまった。これまで夜に光が射していたことを、今になって思い知った。
「空、黒いね」
桃枝とわたしは窓辺で固まって、空を見上げていた。
まるで、空が無くなったみたいだった。外の世界の完全な闇に、ただただ、不安が募っていった。




