バーコードの消えた街と、僕らの無価値な余生 —王舎城の喜劇⑦ (25年の先送りと2倍速の終焉)
✦バーコードの消えた街と、
僕らの無価値な余生
—王舎城の喜劇⑦
(25年の先送りと2倍速の終焉)
………
「なあ、知っとるか?
25年かけてゆっくり
腐らせてきたこの国は、
ダメになる時だけは
『2倍速』で
駆け抜けていくんじゃ。
……準備?
もう遅いわ。
僕らは昨日、
その最後のチャンスまで
『先送り』したんじゃから」
………
★目次
■第一章 レジから
「ピッ」が消えた日
■第二章 最後まで読まない国
■第三章 王舎城は、
飛ばし読みする家じゃった
■第四章 脳は危機の日に
賢うならん
■第五章 72時間の病院と、
四日目の地獄
■第六章 針が二割上がる時、
もう医療は揺れとる
■第七章 ティッシュはある、
けど売れない
■第八章 アリの穴を笑う国
■第九章 2,000万バレルの海が、
台所へ来る
■第十章 「まだ大丈夫」を
作る数字
■第十一章 三本の矢は、浅はかさを
束ねただけじゃった
■第十二章 好きなホテルしか
選べん老い
■第十三章 この家は、
わしらの縮図じゃ
■第十四章 生き残る者は、
全文を読む
■あとがき
………
■第一章
レジから「ピッ」が消えた日
始まりは、
近所のスーパーのレジから
「ピッ」という音が
消えたことじゃった。
その日は、
なんでもない昼下がりじゃった。
空は妙に明るうて、
冷凍食品の棚は
ちょっとスカスカで、
みんなそれでも
平気な顔をしとった。
前の客がティッシュを出した。
店員が
バーコードへ機械を向けた。
けど鳴らん。
もう一回。
鳴らん。
三回目で、
店員は笑うた。
困った時の、
あの人間の笑い方じゃ。
「すみません、
このティッシュ、
バーコードが
印字されとらんのです。
包装資材も印刷も不安定で、
手入力せんと売れんのですわ」
後ろに並んどったおばさんが、
「えー、そんなことある?」
言うて笑うた。
若い兄ちゃんはスマホを向けて、
「やば、ネタじゃん」
言うて撮影し始めた。
誰もまだ
気づいとらんかった。
あの「ピッ」が
消えたいうことは、
モノがなくなった
いうことやない。
モノをモノとして認識する仕組みが、
先に死に始めたいうことじゃった。
わしは寒うなった。
ティッシュはある。
箱もある。
中身もある。
けど、売れん。
それだけで、日本いう国は、
急に頼りのない紙細工に見えた。
■第二章
最後まで読まない国
最近の子どもは、
問題文を最後まで読まんことがある。
大人も同じじゃ。
見出しだけ。
要点だけ。
短い動画。
倍速再生。
長い説明は飛ばす。
面倒な話はあとで。
眠いのに寝ん。
「時間がない」言いながら、
スクロールだけは延々と続ける。
速う。
短う。
分かりやすう。
気持ちよく。
傷つかんように。
考え込まんように。
その方が賢いように見える。
その方が
コスパがええように見える。
その方が、しんどい現実を
ちょっとだけ見んで済む。
けど、
飛ばし読みいうんは、
情報の節約やない。
理解の貧乏なんよな。
最後まで読まん脳は、
最後まで考えん。
最後まで考えん脳は、
最後まで責任を持たん。
最後まで責任を持たん脳は、
危機が来た時、
「誰のせいか」だけ探し始める。
この国は長いこと、
そんな脳を育ててきた。
小さい違和感を飛ばす。
小さい怒りを飛ばす。
小さい不安を飛ばす。
親の老いを飛ばす。
子どもの変化を飛ばす。
生活の土台を支える
つまらん仕事を飛ばす。
印刷。包装。バーコード。
トラック。軽油。町工場。
中小企業。
みんな、
「そんなもん自分に関係ない」
言うて飛ばしてきた。
けど本当は、そういう
つまらん小さいもんだけで
生活はできとるんよな。
■第三章
王舎城は、
飛ばし読みする家じゃった
阿闍世は、
相手の事情を最後まで読まん。
怒りたいところだけ拾う。
韋提希は、
未来を最後まで読まん。
「今日だけ」で切る。
頻婆娑羅は、
事実を最後まで読まん。
読む前に、もう喉が縮む。
何を言うても怒られる。
阿闍世に頼まれても
件数が少ない。
やり方が悪い。
もっと早う動け。
空気を読め。
ポカリ ポカリと殴られ続ける。
そんな日を二十五年も続けたら、
人は事実より先に
相手の機嫌を読むようになる。
怒る役。
なだめる役。
黙る役。
最初は役割じゃった。
次は性格に見えた。
最後には、
それ以外の反応が出せんなった。
王舎城の怖さは、
三人とも悪人やないことじゃ。
阿闍世は苦しい。
韋提希も苦しい。
頻婆娑羅も苦しい。
みんなそれぞれ、
真面目に今日を回そうとしてきた。
それなのに、三人そろうと
地獄が完成する。
そこが笑えん。
家族いうんは、
愛で壊れることもある。
優しさで腐ることもある。
我慢で崩れることもある。
王舎城は、
その実物見本じゃった。
■第四章
脳は危機の日に賢うならん
人はよう言う。
「ほんまに危なくなったら
目が覚める」
「いざとなったら
人間は変わる」
違う。
脳は危機の日に
賢うならん。
危機の日、
脳は一番慣れた反応へ落ちる。
阿闍世は、もっと怒る。
韋提希は、もっと延ばす。
頻婆娑羅は、もっと黙る。
これが怖いんよな。
だって読者も同じじゃろ。
ほんまは寝た方がええのに、
スマホを見る。
ほんまは話した方がええのに、
あとでにする。
ほんまは危ないと分かっとるのに、
「まだ大丈夫」で切る。
小さい先送り。
小さい逃げ。
小さいごまかし。
それを毎日やっとる。
それが危機の日には、
そのまま自分を刺す刃になる。
人間の悲しい性いうんは、
分かっとるのに
やめられんことやない。
危機の瞬間ほど、
分かっとるつもりで
いつもの失敗を
繰り返すことなんじゃ。
■第五章
72時間の病院と、四日目の地獄
病院におる人は思う。
「ここは病院じゃけえ守られる」
「非常電源があるけえ大丈夫」
けど数字は冷たい。
72時間。それが、
一つの節目になる。
三日。
人はこの数字を聞くと、
「三日も持つんなら大丈夫」
と思う。
違う。
三日いうんは、
四日目があるいうことじゃ。
四日目には、補充が要る。
運ぶ車が要る。軽油が要る。
冷蔵が要る。点滴が要る。
針が要る。透析の材料が要る。
働く人の体力が要る。
病院は、
建物だけでは病院やない。
物が届き、電気があり、
温度が保たれ、人が動き、
あの「いつも通り」が続いて
初めて病院なんじゃ。
王舎城の三人は、
そこを最後まで読まん。
阿闍世は怒鳴る。
「病院なんじゃけえ
何とかするじゃろ!」
韋提希は、
「今日はまだ様子見でええ」
と言う。
頻婆娑羅は、
そんな話を出したら
余計に不安になる思うて黙る。
四日目の地獄は、
三日目の安心の中で育つ。
人間の悲しい性いうんは、
その育ち方が
見えんことなんよな。
■第六章
針が二割上がる時、
もう医療は揺れとる
針が15%上がる。
20%上がる。
たったそれだけ、
そう思う人もおるじゃろう。
でもその「たった」が、
怖いんよ。
針いうんは、針だけでは存在せん。
原料。加工。樹脂。プラスチック。
包装。輸送。在庫。冷蔵。
病院の棚。現場の順番。
そのどこかが揺れた時、
まず最初に動くんは
「死者数」みたいな
派手な数字やない。
針の二割みたいな、
誰も真剣に読まん
小さい数字なんよな。
王舎城の三人も同じじゃ。
阿闍世は、
まだ病院へ行けるか
どうかだけ見る。
韋提希は、
今日は困ってないから
ええと言う。
頻婆娑羅は、
不安になる話は
出さん方がええと思う。
つまり三人とも、
全文やなくて
気持ちが楽になる
一行だけを拾う。
それが25年続くと、
数字は警報やなくて、
睡眠薬になる。
■第七章
ティッシュはある、
けど売れない
今回の怖さは、
前のオイルショックみたいな
「ないからパニック」やない。
あるのに止まるんじゃ。
トイレットペーパーはある。
ティッシュもある。
冷凍餃子の中身もある。
レトルトの中身もある。
でも売れん。袋がない。
印刷ができん。
バーコードがない。
箱がない。軽油が足りん。
サーバーが重い。
在庫管理が死ぬ。
手入力じゃ回らん。
生活いうもんは、
中身だけで
流通しとるわけやない。
外側。印刷。バーコード。
段ボール。トラック。軽油。
レジの「ピッ」。
そういう、
見えん小さいものの総和が
毎日の平和なんじゃ。
けど今の日本人は、
そこを一番笑う。
「そんな小さいことで」
「印刷ぐらいで」
「袋ぐらいで」
そう言うてるうちに、
店の棚から色が消えていく。
白い箱。無地の袋。
注意書きのない商品。
棚の奥だけ残った冷凍食品。
色が消えるいうんは、
文明が薄うなる音なんよな。
■第八章 アリの穴を笑う国
土手の穴は、
最初はストローぐらいじゃ。
そこから水が
ちょろちょろ出ても、
人は笑う。
「まだ大丈夫」
「すぐ直る」
「大げさじゃ」
「自分には関係ない」
一週間後、
穴は指の太さになる。
二週間後、
拳が入る。
三週間後、
表から見たらまだ
立っとる土手が、
内側から崩れ始める。
王舎城の三人も同じじゃった。
最初は小さい怒り。
小さい先送り。
小さい沈黙。
それを25年、
一日も修理せんかった。
その結果、
家は「まだ立っとる」ように
見えながら、
中はもう空洞になっとった。
ホルムズ海峡ショックが
怖いんやない。
ほんまに怖いんは、もう
崩れるところまで来とる脳へ
外から最後の一押しが
入ることなんじゃ。
■第九章
2,000万バレルの海が、
台所へ来る
ホルムズ海峡を通る石油は、
一日2,000万バレル。
そんな数字は、
台所と関係ないように見える。
けど違う。
遠い海の数字は、軽油へ落ちる。
ナフサへ落ちる。包装へ落ちる。
医療へ落ちる。印刷へ落ちる。
最後には台所へ落ちる。
ガスの火が弱うなる。
冷蔵庫の音が細うなる。
レジのピッが消える。
スーパーの棚の色が減る。
冷凍食品がスカスカになる。
「売ってるけど前ほどない」
そんな状態が続く。
その時になって初めて、
人は遠い海が
自分の晩飯に
来とったことに気づく。
でも、その時には遅い。
王舎城の三人は、
そこでもまだ
「今日は何とかなる」
をやっとる。
人間は、
世界が崩れる時でも
まず今日の飯を見ようとする。
それが生き物としては正しい。
でも今みたいな複雑な時代には、
その正しさが
そのまま破滅の入り口になる。
■第十章
「まだ大丈夫」を作る数字
254日分の備蓄。
4億バレルの放出。
こういう数字を見ると、
多くの人は安心する。
「そんなにあるなら平気じゃ」
「政府が動いとるなら大丈夫じゃ」
でも違う。
ほんまに平気な時、
そんな数字はわざわざ並ばん。
254日あるいうことは、
254日使うことを
真顔で考え始めたいうことでもある。
4億バレル放出いうんは、
余裕の証明やない。
余裕だけでは持たんと、
世界が認めた数字なんじゃ。
けど人間の脳は、
都合のええ方へ読む。
怖い数字を見ると、
そこから安心だけを
抽出して飲み込む。
それは数字を読んどるんやない。
数字で眠りたいだけなんよな。
王舎城の三人も、
まさにそうじゃった。
数字でも。怒りでも。
家族でも。老いでも。
全部、
自分が眠れる一行だけ拾う。
■第十一章
三本の矢は、浅はかさを
束ねただけじゃった
毛利の三本の矢は、
束ねれば強いいう話じゃ。
けど王舎城の三本の矢は違う。
阿闍世。
韋提希。
頻婆娑羅。
これを束ねたら、
強うなるんやない。
浅はかさが束になる。
阿闍世は、
結論だけ欲しがる浅はかさ。
韋提希は、
今日だけで切る浅はかさ。
頻婆娑羅は、
現場の悲鳴より
空気を読む浅はかさ。
それが25年束になったら、
一家の脳そのものになる。
そして危機の日、
この三本の矢は同時に暴発する。
怒る。
延ばす。
黙る。
それで家は、内側から沈む。
読者が笑えんのは、
自分の中にも
同じ矢が一本ずつあるからじゃ。
■第十二章
好きなホテルしか選べん老い
九十二歳のおばあさんは、
プールで、
まだ足を上げて笑う。
まだ「自分は元気じゃ」
と言う。
けど、
好きなジムのことしか
考えられん。
条件が変わると黙る。
面倒な段取りは読まん。
都合の悪い選択肢は見ん。
老いいうんは、
足が上がらんなることやない。
変化した条件を、最後まで
読めんなることなんかもしれん。
そしてそれは、
年寄りだけの話やない。
阿闍世も、
韋提希も、
頻婆娑羅も、
もう別の意味で老いとる。
日本そのものもそうじゃ。
好きな安心だけを選ぶ。
読みたくない未来は切る。
面倒な条件は見ん。
そのくせ、
「わしはまだ大丈夫」
と言う。
老いいうんは、年齢やない。
全文を読む力が
痩せることなんじゃ。
■第十三章
この家は、わしらの縮図じゃ
この小説を読んで
「ひどい家じゃ」
で終わったら意味がない。
ほんまは、
読者にこう思うてほしい。
これ、自分じゃん。
最後まで読まずに返事する。
長い話を切る。
眠いのにスマホを見る。
小さい違和感を
「そんなもん」で切る。
数字で安心する。
人の「大丈夫」に
寄りかかる。
あとで、あとで、あとで。
王舎城は、
特殊な家やない。
それを濃縮しただけの、
わしらの縮図なんじゃ。
家でもある。
学校でもある。
会社でもある。
この国でもある。
最後まで読まない脳。
最後まで考えない脳。
最後まで味わわない脳。
それが今、
日本中にようけある。
■第十四章
生き残る者は、全文を読む
じゃあどうするんか。
戦わんでもええ。
騒がんでもええ。
陰謀論みたいに
吠えんでもええ。
ただ、全文を読む。
小さい違和感を読む。
親の老いを読む。
自分の怒りを読む。
店の棚を読む。
病院の72時間を読む。
針15〜20%を読む。
2,000万バレルの海と
自分の台所のつながりを読む。
そして、
淡々と自分で備える。
王舎城が助からんかったんは、
知識がなかったからでも、
金がなかったからでもない。
全文を読む勇気が
なかったからじゃ。
■あとがき
――ホームズとワトソンの
掛け合い漫才――
(暗い舞台。
奥にはバーコードの消えた
真っ白な箱が山積み。
スポットライトが
ボンッと点く)
✲ワトソン
いやあ、ホームズ君!
なんちゅう話やったんや!
読んどるうちにわし、
トイレットペーパー買いに
走り出そうか思うたで!
もう尻がピンチや!
✲ホームズ
君は相変わらず
尻しか考えてへんのか。
話の結論がいつも
お尻に行くんやからな。
✲ワトソン
そら大事やろ!
お尻守れん国に
未来なんかあらへんわ!
(お尻を両手で押さえながら)
ほら、こうやって守っとるやろ!
✲ホームズ
それはその通りや。
けど君、
そこだけ拾うたらアカン。
この話の怖さは、
紙がなくなることちゃうねん。
紙はあるのに、
紙として生きられんくなることや。
✲ワトソン
ああー、出た出た!
ホームズ君の
「賢そうで腹立つ哲学漫才」!
「紙として生きられん」
てなんやそれ!
紙は紙やろ!
演歌の歌詞か!
「紙よ~お前は~」
みたいな!
✲ホームズ
君はほんまに浅いわ。
ティッシュはある。
けど袋がない。
袋はある。
けど印刷できん。
印刷できてもバーコードがない。
バーコードがあっても軽油がない。
軽油があっても人が足りん。
つまりこの国は、
中身だけでは一歩も動けんねん!
✲ワトソン
なんや、わしみたいやな!
中身はあるけど袋も印刷も
バーコードもない、
ただの情けないオッサンや!
✲ホームズ
君は中身も怪しいで。
レジで言うたら
「ピッ」ちゃうて
「ぴえっ」ぐらいや。
✲ワトソン
誰が情けない効果音や!
(胸を張って)
わしはまだ
「ピッピッピッ」いけるわ!
……って、もうピッピッて
自分で言うてる時点で
終わってるやんか!
✲ホームズ
(ため息)
ほんまに怖いんは、
みんな「そんな小さいこと」
で笑うことや。
「印刷ぐらいで」
「袋ぐらいで」
「針が二割上がったぐらいで」
「病院は72時間持つんじゃろ~」
って、
すぐ安心したがるやろ?
✲ワトソン
せや!
みんなすぐ
「まだ大丈夫~」言うて、
スマホで2倍速動画見ながら
「ふーん」で流すんや!
✲ホームズ
そこや!
人間は大きい数字では
なかなか震えへん。
震えるんは、
小さい数字がつながって、
自分の台所へ
ドカーンと落ちてきた時や。
✲ワトソン
ほなあれか!
ホルムズ海峡2,000万バレル
とか言われても
「へー、遠い海やな~」
で終わる。
けどスーパーで
「この餃子、
袋ないんで売れません」
って言われた瞬間、
顔が真っ青になって
「うわあああ!
政府は何しとったんやー!」
って
パニックになるわけか!
✲ホームズ
その通り。
しかもその時になって
初めて言うんや。
「聞いとらん」
「急すぎる」
「誰のせいや」って。
✲ワトソン
いや、聞いとったんやろ!
ただ最後まで
読まんかっただけやろ!
(突然真顔で)
……あれ、
わしも今までそうやったわ。
✲ホームズ
(静かに)
最後まで読まんかった。
最後まで考えんかった。
最後まで味わわんかった。
最後まで怖がらんかった。
そして最後には、
最後まで生きる準備をせんかった。
✲ワトソン
(笑いが止まらなくなって)
うわああ
……急に重たいこと言うなよ!
いまボケてツッコんで
笑うとこやったのに、
胸の真ん中がキュッてなって……
目が熱うなってきたわ!
ホームズ君、ずるいわ!
めっちゃ笑わせといて、
泣かすんかい!
✲ホームズ
喜劇いうんはそういうもんや。
笑うたあとで、
「あれ、笑うたけど、
これ自分やん……」
って気づいた時が、
一番よう刺さる。
✲ワトソン
せやけどなあ、ホームズ君。
王舎城の三人も、
そこまで悪い奴ら
ちゃうんやろ?
阿闍世は怒る、
韋提希は延ばす、
頻婆娑羅は黙る……
みんな苦しいだけに見えるで。
✲ホームズ
そこが悲劇なんや。
誰か一人が悪魔やったら
話は簡単や。
けど実際は、
怒るのも苦しい。
延ばすのも苦しい。
黙るのも苦しい。
三人とも
「真面目に今日を回そう」
として、
その真面目さで
家を沈めてる。
✲ワトソン
(涙目で)
うわ、救いがないやないか……
(急に元気よく)
あるやろ!
一つだけあるやろ!
早う言え!
お前まで頻婆娑羅になるな!
✲ホームズ
全文を読むことや。
✲ワトソン
……は?
✲ホームズ
小さい違和感を飛ばさんこと。
親の老いを飛ばさんこと。
自分の怒りを飛ばさんこと。
「まだ大丈夫」を
そのまま飲み込まんこと。
袋、印刷、バーコード、軽油……
そういうつまらん小さいもんを、
最後まで読むことや。
✲ワトソン
ほな何か。
この国を救うんは、
ヒーローでも総理でもAIでものうて、
「最後まで読むやつ」か!
しかもたいてい地味や!
✲ホームズ
そうや。
騒がん。
偉そうにせん。
人の言う「大丈夫」に酔わん。
戦わんでも、淡々と備える。
ほんまの主役いうんは、
たいてい地味や。
レジの「ピッ」みたいなもんや。
鳴っとるうちは誰も感謝せん。
消えて初めて
「あれが文明やったんか」
って分かる。
✲ワトソン
(涙を拭きながら)
……うまいこと言うなあ。
悔しいけど、めっちゃうまいわ。
(観客に向かって)
ほな読者のみんな、頼むで。
動画も本も人生も、
たまには1倍速で生きてくれ。
でないと最後、2倍速で
泣くことになるで。
✲ホームズ
しかもその時は、
ティッシュがあっても
売ってもらえんかもしれん。
✲ワトソン
そこへ戻すなや!
結局尻が大事なんかい!
✲ホームズ
文明いうんは、
最後はそこへ戻る。
✲ワトソン
いや、なんで最後に
妙に納得させるんや!
……もうええわ。
(二人で深々とお辞儀)
✲二人
どうも、
ありがとうございました!
(笑いと拍手の中、
舞台袖へ引っ込む。
スポットライトが、
バーコードのない
白い箱だけを照らす)
(終)




