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砂時計を動かすのは「ありがとう」じゃなくて「ただいま」だった…王舎城の喜劇?2026年版②(ユーモアで人は浮く)

✦ 砂時計を動かすのは 

 「ありがとう」じゃなくて

 「ただいま」だった


 王舎城の喜劇?2026年版②

 ― ユーモアで人は浮く 


………


■はじめに 慣れてしまえば、

      地獄も景色になる


人間は、

恐ろしいほど適応する生き物だ。


冷たいシャワーを浴びせられ、

裸のまま晩秋の夜風に

何時間も晒されても、

風邪ひとつ引かない。


歯を一度も磨かず、

ビタミンなど欠片も

摂れていないのに、

歯茎は逆に引き締まり、

以前より丈夫になる。


土と血でぐちゃぐちゃになった手に

傷がいくつもできても、

水すら使えず、

半年同じシャツを着続けても、

傷口は化膿しない。


これは、

ナチス強制収容所で

実際に起きたことだ。


人間は番号で呼ばれ、

寒さの中に立たされ、

飢えながら働かされていた。


医学者だったフランクルは、

自分の目でそれを見て、

震える手でこう書いた。


「人間は、

 なにごとにもなれる存在だ」


——その一文を読んだ瞬間、

僕は背筋が凍った。


体が極限に慣れるなら、

心も、暮らしも、同じように

慣れてしまうのではないか。


例えば僕は毎朝、

コーヒーを淹れる。


それだけのことが、

一日の始まりを支えている。


ある朝、

嫁さんがカップを覗き込んで

絶句した。


「これ……

 カビじゃなくて苔じゃん!」


僕は目を凝らした。

見慣れた茶色だった。

毎日少しずつ増えていたのだろう。


だが毎日見ていると、

それは変化ではなくなる。

ただの「マイカップ」になる。


慣れとは、

毒を毎日少しずつ飲むことだ。


気づかないうちに、

体も心も毒を受け入れてしまう。


この話は

「王舎城の喜劇②」という

名前がついているが、

前の話を読んでいなくても大丈夫だ。


これはどこにでもある家の、

どこにでもある朝の話だからだ。


王舎城の朝も、同じだった。


三十八歳になる阿闍世は、

いまだに母・韋提希に

起こされる。


自分から目覚ましはかけない。


「気になって眠れない」


と言う。


韋提希が何度も声をかけると、

ようやく起きる。

そして起きた瞬間に怒鳴る。


「うるせえ! 死ね!」


それでも母は起こし続ける。


頻婆娑羅(父)は黙って車を出す。

後部座席から阿闍世の拳が、

父の頭をポカリ、ポカリと叩く。

頻婆娑羅は何も言わない。


二十五年間、

毎日繰り返されてきた朝の光景だ。


誰も驚かない。

韋提希も慣れている。

頻婆娑羅も慣れている。

阿闍世も慣れている。


それが一番恐ろしい。


最近、阿闍世は

職業訓練校に通い始めた。


二十五年ぶりに、

自分の足で外へ出始めた。


韋提希は毎朝、震えながら思う。


「今日起こさなかったら、

 この子はもう

 外へ出なくなるかもしれない」


「この子が自立する

 最後の機会かもしれない」


「私がこの役を降りたら、

 この家は終わるかもしれない」


だから今日も、

罵声を浴びながら

息子を起こしに行く。


これが王舎城の朝だ。


収容所ではない。

ただの、

どこにでもある日本の朝だ。


しかし——

慣れすぎた家というものは、

少しずつ、確実に、

収容所に似てくる。


人間は、なにごとにもなれる。


地獄さえ、いつしか

普通の景色に変えてしまう。


それが、一番恐ろしい。


………


■第一章 僕の父はスパルタ教育


僕は昭和の家で育った。

父は高校教師だった。

元・師範学校の生徒会長。  


頭のキレがヤバすぎた人。


今で言うなら、

偏差値70超えの

教育大学首席+生徒会長コンボ。


先生が

「こいつしかおらん」

と指名で即決。  


選挙など関係なし。 


頭の良さだけではない。

規律を身体に染み込ませた男だった。 


全寮制。

朝ラッパから夜消灯まで軍隊生活。


室長・寮長を務め、

下級生をビシビシ指導。


教練もバッチリ。

体力と統率力も神レベル。


朝は六時。

音もなく起きる。

新聞は折り目が揃い、

靴は必ず磨かれていた。


僕の家の空気も同じだった。 


整列している。

師範学校の三大美徳。


順良。

信愛。

威重。


父はそれを家庭にも持ち込んだ。

食卓は沈黙。

会話は必要最小限。


笑い声はない。

箸の音だけが響く。

テレビはついていても、誰も笑わない。


笑い声?

存在すら知らんかった。 


父は言った。


「子どもの教育は

 スパルタが一番じゃ」


失敗すれば、叩かれた。

目の前が真っ白になるくらい、


父にパー(!)でぶっ飛ばされた。

グーではない。

パー。


そこだけが、教育者としての

プライドだったのかもしれない。


今思い出せば、

「優しさの形が昭和すぎて草」

と言えなくもない。


だが当時は笑えない。


目の前が白くなる。

耳が鳴る。

喉が閉じる。


泣けば、さらに叱られる。


「お前男だろ、

 泣くな!」 


僕は弱虫だった。

弱虫だから泣き続けた。

そうすると、ますます叩かれた。


だから僕は学んだ。


嘘をつく技術。

怒られない位置に立つ技術。

空気を読む技術。

感情を見せない技術。


それは、生存技術だった。


父は理不尽ではなかった。

常に一貫していた。


成績は努力の結果。

礼儀は人格の証明。

弱音は甘え。


父は弱さを嫌った。

戦後を生き抜いた世代。

強くなければ家族は守れない。


それを本気で信じていた。


だから家の中も戦場だった。


味噌汁の湯気さえ、

まっすぐ立っているように見えた。 


子どもの僕には、

父はヒットラーのような

独裁者に見えた。


家という小さな国家で、

命令は絶対だったからだ。


父は家族を養い、

責任を背負い、

弱音を吐くことはなかった。


だから、尊厳と恐怖は、

いつも同じ場所にあった。


僕は、父に守られていた。

同時に、縮んでいた。


父は正しかったのか?


その問いは、

当時は存在しなかった。


ただ一つ残ったのは、

身体の奥に沈んだ緊張だけだ。


叩かれた瞬間よりも、

叩かれる前の沈黙のほうが怖かった。


叩かれる予感。

怒りの気配。

父の足音。


昭和の家は静かだった。

その静けさの中で、

僕はいつも息を浅くしていた。


そして心のどこかで思っていた。


もし自分が父になったら、

この手の向きを変えられるだろうか。


叩く手か。

守る手か。


その問いだけが、

消えずに残った。


それが、僕の最初の砂だった。


■第二章 俺たちひょうきん族 


僕は決めた。

結婚して、子どもができた

その瞬間に決めた。


この新しい家は、

絶対に静かにせん。


テレビは消す。

ニュースより、顔芸。

正論より、ダジャレ。 


「ワシの家はテレビを消す!  

 会話爆盛り! 」


「とにかくみんなで

 笑おうぜ!」


昭和の沈黙を、ここで終わらせる。

そういう、僕なりの

家庭のクーデターやった。


ある朝の食卓。


娘たちがトーストをかじっとる。

嫁さんがコーヒーを置く。


その瞬間。

わし、いきなり白目むいて

鼻の穴全開。


「ブヒョヒョヒョーー!!」


娘たち、一瞬フリーズ。


「……え?」


次の瞬間。


「わぁーーー!!

 お父さん変な顔キター!!」


さらに畳みかける。

口をへの字に曲げ、

眉毛をぐにゃぐにゃ動かし、

顎を外しそうな勢いで二段変形。


「第二変態やーー!!」


娘たち、椅子から落ちる。


「やめてーー!キモいーー!

 お父さんパー?」


そう。

パー。 


父のパーは、僕を叩く手だった。

わしのパーは、笑いを広げる手。 


グーは支配する。

パーは空気を柔らかくする。


わしは本気で

「笑いの提供者」

を目指しとった。


出世?まあまあ。

ゴルフ?全く知らん。


でも家の中では、

わしはエース芸人だった。


仕事で怒鳴られて帰ってきた日も、

まず変顔。 


失敗して落ち込んだ日も、

まず変顔。


「今日の父さん、

 ちょっと本気出すで」


そう言って、

わざと転ぶ。

わざと噛む。

わざとスベる。 


スベってもええ。

笑ってくれたら勝ちだ。


娘たちが笑うたび、

僕の中の昭和が、少しずつ溶けた。


あの静まり返った食卓。

あの張りつめた空気。

あれを、毎日ひっくり返す。


それが僕の復讐であり、

僕の革命だった。


で、結局。

娘たちは何を学んだか?


天才にもならん。

カリスマにもならん。


「ごく普通の大人になったよ」


それだけ。

でもな。

普通って、奇跡やで。


怒鳴らん。

人を殴らん。

失敗しても、

まあええわと言う。


それで

普通の大人になれたのなら

十分やろ。


最近、長女が言うた。


「これ、おじいちゃんの伝説の変顔」


孫が、僕と同じ顔をしとるらしい。


三世代パー。

恐怖は遺伝せんかった。

笑いだけ残った。 


僕は胸を張って言える。

家の中だけは、

絶対に収容所にせんかった。


テレビを消し、変顔をつけた。

パーな男の、一番真面目な闘いじゃ。


それだけ(笑)。


■第三章 ユーモアの浮力


僕は父に守られながら、縮んで育った。


家には秩序があった。

生活はきちんとしていた。

でも、笑いはほとんどなかった。


昭和の食卓は静かだった。

箸の音だけが響いていた。

誰も余計なことは言わなかった。

息をひそめて食べていた。


子どもが生まれたとき、

僕は無意識に決めていたことがある。


「この家に、浮力を入れよう」


父の家に足りなかったものを、

反射的に埋めようとしていたのだと思う。


父の食卓は静かだった。

僕の食卓は笑い声で揺れた。


変顔。ダジャレ。


「ブヒョヒョー」


娘たちは椅子から

転げ落ちるほど笑った。

そのとき誰も縮こまっていなかった。

誰も息を殺していなかった。


長いあいだ僕は、

それが正解だと思っていた。


だが五十歳を過ぎた頃、

ヴィクトール・E・フランクルの

『夜と霧』を読んだ。


そこに書かれていたのは、

想像もできない本物の地獄だった。


零下十数度の夜。

裸でシャワーを浴びせられ、

濡れたまま屋外に立たされる。


朝になると、隣にいた人間が

凍死して固まっている。


食事は、薄いスープ一杯と

パン一切れ。

栄養失調で足が腫れ、

歩くだけで激痛が走る。


看守の鞭が

いつ飛んでくるか分からない。


突然の「選別」。


左へ行け。

それはガス室行き。


右へ行け。

それはもう少しだけ生き延びる。


名前は奪われ、番号だけになる。


朝起きると、

昨夜一緒に寝ていた

仲間が死んでいる。


死体は山積みにされ、

やがてそれも普通の景色になる。


そんな場所でフランクルは気づいた。


「人間から、この収容所は

 ほとんどすべてを奪うことはできる」


服も、髪も、名前も、家族も、

明日生きている保証も。


だけど、たった一つだけ

奪えないものがある。


どんな状況でも、

態度を選ぶ自由だけは残る。


ある日、看守が理不尽に

怒鳴り散らしていた。


人格を踏みにじる声。

人間をただの番号に戻す声。

そのときフランクルは、

心の中でこうつぶやいたという。


「この男は、

 歴史の一行になる存在だ」


現実は何も変わらない。

怒鳴り声は止まらない。

地獄は地獄のままだ。


だけど、その瞬間、

心がほんの少し浮いた。

地獄の底から、数センチだけ。


それがユーモアだった。


フランクルは書いている。


「ユーモアもまた、

 自己保存のための

 魂の武器である」


「ユーモアほど、人間を一瞬でも

 状況の上に浮かび上がらせて

 くれるものはない」


彼は仲間と約束した。


毎日ひとつ、

愉快な話を探そうと。


アウシュヴィッツから

ダッハウ支所への輸送の途中でも、

彼らは冗談を言い合い、笑った。


これからどうなるか分からない。


それでも、

今この瞬間だけは笑おうとした。


絶望に飲み込まれた人間は、

体が動いていても心が先に死ぬ。


意味を失った人間は、

一晩で衰弱していく。


ユーモアは、その最後の意味を守る。

ほんの数秒でも自分を取り戻す。

地獄を少しだけ外から見る。


それが生きる力を繋ぎ止める。


父は強さで立ち続けた。

秩序と威厳で家族を守ろうとした。

フランクルは軽さで浮いた。

ユーモアで心を守った。


そして僕は——

その軽さを自分の家に持ち込んだ。


変顔。ダジャレ。


「ブヒョヒョー」


娘たちが笑ったとき、

誰も縮こまっていなかった。


あれはただの娯楽ではなかった。

あれは浮力だった。


だが現実は少し滑稽だ。

娘たちが言う。


「お父さん優しいよね」


少し間を置いて言う。


「でもさ、お父さんは

 パーだから尊厳ないよ」(笑)


痛い。

正直かなり痛い。


父には威厳があった。

僕には浮力がある。


父の家には笑いがなかった。

僕の家には威厳がない。


どちらも足りない。


だが娘たちは僕を怖がらない。

三人の孫娘は、「嫌」と言える。


息を止めない。

それは、父の家では

難しかったことだ。


夜、湯船に浸かりながら思う。


父の背中は重かった。

僕の頭はパーだ。


どちらも不完全で、どちらも人間だ。


強さだけでは足りない。

軽さだけでも足りない。


尊厳と浮力のあいだで、

人は揺れながら生きていく。


人生に正解はない。

あるのは選択だけだ。


僕は尊厳を継げなかった。

だが恐怖の連鎖は、

止められたかもしれない。


今も娘たちは孫に言う。


「うちのおじいちゃん?

 やっぱりパーだよ」


それでいい。

沈黙より、ずっといい。


■第四章 「ちばける」という才能


心理学には、こんな研究がある。


アメリカの大学で、

700人以上を対象にした調査だ。


「ユーモアをよく使う親の子どもは、

親との関係が良好」


63%が、

「親が笑わせてくれた記憶が、

今も信頼につながっている」

と答えている。


発達心理学ではさらにこう言う。


ユーモアは、

ストレスホルモン

(コルチゾール)を下げ、


安心のホルモン

(オキシトシン)を増やす。


つまり笑いは、

感情の暴走を物理的にゆるめる。


厳格さだけで育てられた子は、

従順にはなる。


でも、長い目で見ると、


・失敗を過度に恐れる

・自己肯定感が低くなる

・緊張が抜けにくくなる


そんな傾向が出やすいという 

報告もある。


僕はこの研究を読んだとき、

妙に納得した。


なぜなら僕は、

意識してユーモアを

使ったわけじゃない。


ただ岡山弁で言うところの

「ちばける」ことが 

好きだっただけだ。


ふざける。

くだらないことを言う。

変顔をする。


それだけのことだ。

でも今になって思う。


あれは遊びじゃなかった。

あれは、

家の空気を守る父親としての

仕事だったのかもしれない。


ある夜、娘が泣いて帰ってきた。


目が真っ赤だった。

肩が固くなっていた。

呼吸が浅かった。


僕の父親なら、

「泣くな」

で終わった場面だろう。


やっぱり、

僕も一瞬そう言いかけた。


だけど、次の瞬間、

全力で変顔をした。

本気のアホ面だった。


娘は怒った。


「何それ!」


そして次の瞬間、涙と一緒に笑った。

そのあと、全部話してくれた。


怒ったことも。

悔しかったことも。

怖かったことも。


あとから僕は思った。


あの変顔の瞬間、

娘は助かったのかもしれない。


問題が解決したわけじゃない。

でも沈みきらなかった。

それがユーモアだった。


ヴィクトール・E・フランクルは、

強制収容所の中でこう書いた。


「ユーモアもまた、

 魂の自己防衛のための

 武器である」


ユーモアとは、ほんの数秒でも、

環境から距離を取ること。

自分を状況の上に置くこと。


それができるのは、

人間だけだと彼は言った。


アウシュヴィッツでは、

ユーモアは命綱だった。


仲間たちは約束したという。


「毎日ひとつ、

 愉快な話を見つけよう」


地獄の中で、

無理やり笑いを作った。


なぜか?


絶望に飲み込まれた人間は、

体より先に心が死ぬからだ。


心が死ねば、

人は急速に衰弱する。


だから彼らは、笑った。

生きるために。


今の日本には、

強制収容所はない。


飢えもない。

風呂は沸く。

布団は暖かい。

家族もいる。


それでも人は、

沈んでいくことがある。


王舎城の家がそうだ。


三十八歳の阿闍世は、

母・韋提希に毎朝起こされる。

自分で目覚ましはかけない。


「気になって眠れない」


と言う。


何度も起こされ、ようやく起きる。

そして怒鳴る。


「うるせえ!」


父・頻婆娑羅が車を出す。

後部座席から拳が飛ぶ。

ポカリ。

ポカリ。

二十五年続いた朝の風景だ。


誰も驚かない。

誰も笑わない。

誰も止めない。

ただ繰り返す。


僕は思う。

アウシュヴィッツでは、

ユーモアは必死に

探したものだった。


だけど、この王舎城では、

誰も探そうとしない。


フランクルがもしここに来たら、

きっと静かに言うだろう。


「自由のある場所ほど、

 人は態度を選ばなくなる」


彼らは囚人ではない。

だが心だけは、

長いあいだ囚われたままだ。


僕の家には、威厳がない。

変顔ばかりだ。

娘たちは言う。


「お父さんパーだよ」


その通りだと思う。


でもね、

もしフランクルが聞いたら、

きっと微笑むだろう。

そしてこう言うはずだ。


「そのパーが、人間らしさを

 守ったのだよ」


尊厳だけでは足りない。

強さだけでも足りない。


人間が人間でい続けるためには、

少しだけ、ちばける力がいる。


それがなければ、

どんな家でも静かに凍っていく。


そして誰も気づかないうちに、

普通の生活が、

ただの景色になってしまう。


それがいちばん恐ろしい。


■第五章 暗闇の中で光るもの


僕が入った証券会社は、

静かな戦場だった。


「ゴルフやらんと支店長なれへんで?」

「ほうですか~」


やらなかった。


アフター5に誘われても、


「今日は用事あるんで~」


本当は家で娘たちと風呂に入る。


泡風呂で変顔大会。


「嫁さんの尻に敷かれてるな!」


と笑われたけれど、

それでよかった。


出世なんてどうでもええと思っていたら、

気がついたら支店長になっていた。

人生って、だいたいそんなものだ。


けれど職場の朝は、

営業マンには甘くはない。


数字が読み上げられる。

未達成者は立つ。


机の上の電卓より、

人の方が先に減っていった。

三年で半分が消えた。


馬の合った同期がいた。

昼休みに二人でサボった喫茶店で、

彼は泣いた。


コーヒーは冷めていた。


「もう無理だ」

「これは地獄や」


その声は小さかった。

でも本気だった。 

数週間後、彼の机はなくなっていた。


僕も毎月削られていた。

内側が少しずつ薄くなる感じ。

でも、完全には削れなかった。


なぜだろう?

 

ある日、支店長に怒鳴られた。


「お前、本気でやっとんのか!」


その瞬間、時間が止まる。


怒鳴り声は、

人を子どもに戻す力がある。

僕は内心で思った。


(本気ちゃう人、おるんかい?)


でも口から出たのは、


「進む方向が、

 少しだけズレてました」


支店長は一瞬止まった。

怒りが迷子になった。


そのわずかな隙間で、

僕は自分を取り戻した。


あとから思えば、

それは冗談ではなかった。


舞台のど真ん中から、

ほんの一歩だけ横にずれること。


自分の中に、

小さな観客席を作ること。


(今日も必死やな、このおっさん…)


そうやって自分を見る。

それだけで、人は壊れきらずに済む。


同期は会社を辞めた。

宮崎で医療事務をしていると聞いた。

定年後、何度か会いに行った。


相変わらず素朴な顔。

競争心ゼロ。

正直、モテるタイプには見えない。


でも彼は言った。


「僕ね、今モテモテなんだよね」 

 

一緒に飲み歩いたこともない男が、 

急に色男を名乗る。

たぶん半分は冗談だ。


でもそこが大事だった。


会社にいた頃の彼は、

人生を冗談で語れなかった。


宮崎の古いビルの下で、

缶コーヒーを飲みながら、

彼は少しだけ笑っていた。


場所を変えると、

人は余白を取り戻すことがある。


僕も三年ごとに転勤した。

街が変わるたび、

少しだけ自分をリセットできた。


もし地元に残っていたら、

父の影の中で

「従順な子ども」のまま

固まっていたかもしれない。


居場所を変えることは、

一種の救命ボートだ。


でも、フランクルは違う。


彼はアウシュビッツにいた。

逃げ場はない。

環境も変えられない。

家族も奪われた。


それでも彼は、

ある夜こう言ったという。


「今夜、この体験を講演するとしたら

 君は何を話す?」


地獄の中で未来を仮定する。

囚人ではなく、語る者になる。


それは軽い冗談じゃない。

自分の立ち位置を、

数センチだけずらす作業だ。


舞台の中央から、客席の端へ。

ユーモアは明るさではない。

位置の変更だ。


営業でも同じだった。

お客様は「売りたい顔」を 

すぐ見抜く。


だから僕は先に

自分をネタにした。


「私、パーですから」

「いつも、げんこつに負けて

 泣くんです」


笑いが起きる。

肩が少し下がる。


「売る人」と「買う人」から、

「人」と「人」に戻る。


心理学では、自己距離化というらしい。


感情を一歩引いて見る力。

フランクルは極限でそれを見つけた。


僕は営業で覚えた。

同期は場所を変えて取り戻した。


では父はどうだったのか?


父は強かった。

高等師範学校首席。

規律と威重。

家の空気まで整列させた。


けれど、父に観客席はあっただろうか?


戦後を生きる男に、

自分を横から見る余裕は

なかったのかもしれない。


正面から受け止めるしかない時代。


笑いは、甘えに見えた。


だから父は真正面に立った。

尊厳はあった。

しかし、逃げ場はなかった。


観客席のない舞台は、

まぶしすぎる。


宮崎の喫茶店で、彼は言った。


「君も髪染めりゃ、

 まだいけるよ(笑)」 


「やってみたら」


僕は笑った。

あの暗黒を知っている者同士の

笑いだった。


居場所を変える者。

視点を変える者。

真正面で立ち続ける者。


方法は違う。

でも共通しているのは、

沈みきらなかったことだ。


ユーモアとは何か?


たぶんそれは、

世界を明るくする力ではない。

自分を地獄に飲み込ませない力だ。


その夜。


ホテルの窓から見える街の灯りは、

小さくて頼りない。

それでも消えない。


暗闇の中で光るものは、案外しぶとい。

僕はそれを、信じている。


■第六章 家族風呂の効用


結婚すれば当然子供ができる。

今そんなこと言うと

ハラスメントになるのかな?(笑)


ある日、

嫁さんが真顔で言ったんや。


「あんたね、

 娘とずっと風呂入れる

 父親でいなさい」


冗談みたいな言葉やったけど、

なぜか僕は抵抗せんかった。


毎日、娘と風呂に入った。

小学生でも。

中学生でも。

高校生でも。


読者に

「お前には常識ないの?」

って言われそうやけど、

わしゃ知らん。


湯気は僕の常識を

溶かしてくれた。


やがて娘は三十代。

気がつくと

三人の孫娘ができた。


僕の家族風呂の伝統は

今日も続いてる。


特に、小五の三女は今でも大喜びで

「じいちゃーん!」

って風呂に飛び込んでくる。


中一は微妙な顔。

中三はちょっと距離を取る。

でも三人共通で言うんや。


「パパとは絶対入らない」

「パパの目はいやらしい」


おやおや、

義理の息子が

やきもち焼くようなDNAが、

ちゃんと流れてるらしい(笑)。


……で、ここで


「え、親子で風呂って

 本当に大丈夫なの?」


って思うZ世代の君に、

ちょっとだけ

科学の話をさせてくれ。


最近読んだ研究が

めっちゃエモくてさ。


まず、

University of Notre Dame

(2015年)の研究。


600人以上の大人に


「子どもの頃、

 親からどれだけ

 タッチやハグもらったの?」


って聞いて

追跡調査したんや。


結果、

身体的な愛情スキンシップ

たくさんもらった人は、


大人になってから

うつや不安が

明らかに少ないらしい。


他人への共感力が高くて、

人生の満足度も

めっちゃ高い。


「タッチって、脳に

 『あなたは愛されてる』

 って刷り込む

 最強のホルモン」


って結論やった。


特に、

父親のタッチが効くんやって。


そして、Penn State大学の研究

(2021年)では、


父親との親密さ

(一緒に過ごす時間

 +身体的 closeness) 


が、思春期の娘・息子両方の 

自尊心をブーストする。


例えば、

体重の悩みやうつ症状を

ガクッと減らすって

データが出てる。


母親の愛情も大事やけど、

父親のそれが

「特別に効く」って

指摘されてるんよ。


もっと生物学的に言うと、 


**skin-to-skin contact

(素肌タッチ)の研究がヤバい。


Nature誌とか複数の大学の実験で、

父親が新生児と

頻繁に素肌で触れ合うと、


父親の脳から

オキシトシン(愛情ホルモン)**

がドバドバ出るらしい


そして、子どもの

ストレスホルモン(コルチゾール)

が下がる…


わかりやすく言えば

父親のハグで絆が強くなるって

証明されてる。


風呂って、まさに毎日できる

「自然なskin-to-skin実験室」

やんけ。


進化心理学的に見ても、


人間の父親は他の動物と違って

めっちゃ子育てに 

投資するようにできてる

種なんやって。


ただ 昭和の頃までは

育児は母の仕事とされていただけ。


Harvardの研究とかでも、


「人間のオスは赤ちゃんの

 泣き声や匂いに弱いように

 脳が設計されてる」


って書いてあった。


つまり、

俺が「毎日風呂入ろ」

って続けたんは、


常識じゃなくて、

種の法則に沿った

本能やったのかもしれん(笑)。


嫁さんの


「あんたね、

 娘とずっと風呂入れる

 父親でいなさい」


って言葉は、

実はめっちゃ

科学的に正しかったんや。


俺の変顔+湯気の中の

スキンシップは、


ただのバカ親のノリじゃなくて、

娘たちの脳に

「愛されてる」

って回路をしっかり

刻み込んでたらしい。


だから今、孫娘たちが

「じいちゃーん!」

って飛び込んでくる。


中学生の微妙な顔も、

きっと「じいちゃんは特別」

って記憶の裏側に残ってるはず。


家族風呂という実験。

結果は大成功。


父親の常識? 

溶かしたったわ。


湯気の中で、ちゃんと

DNAと愛情とオキシトシンが、

三世代にわたって

受け継がれてるんやから。


パーな僕の、

一番温かい実験やったで。


■第七章 自然界は容赦がない


自然界でも、

父性が強い生き物はいるんだよ。


中南米に住むヤドクガエルは、

体長3センチくらいの、

ちっちゃい生き物だ。


でも背中は猛毒で、

「近づくな!」って

看板を出してる。


それなのにオスは、自分の背中に

オタマジャクシを何匹も乗せて、

危険な森の中を、

安全な水たまりまで運ぶ。


敵には毒。

子にはタクシー。


めっちゃ明確な

「外強く、内優しく」。


そしてタツノオトシゴ。


なんとオスが妊娠する。


メスが卵をポーチに入れたら、

オスが全部引き受けて、

出産まで面倒を見る。


世界で一番「男の妊娠」

やってる生き物。


すごいだろう、お父さん?


さらにエンペラーペンギン。


オスが南極のマイナス40度の中で、

2ヶ月間何も食べずに、

卵を足の上で温め続ける。


プロラクチン

(育児ホルモン)が爆上がりして、

「絶対守る」モード全開。


メスが海でご飯を食べて

戻ってくるまで、

父親ひとりで耐え抜く。


それから

オオカミのオスもヤバい。


子が生まれたら、

自分が狩ってきた肉を、

胃で溶かして吐き戻して、

子どもの口に直接あげる。


「パパの胃液スープ」って感じ(笑)。


自然界は容赦ないけど、

はっきり言っている。


「外には強く、内には優しく」


これが種が生き残るための

黄金ルール。


最近読んだ

動物行動学の論文とか、

脳科学の研究でも、

めっちゃ面白いことがわかった。


たとえばプリンストン大学や 

ハーバードの長期研究では、


父性が強いオスが多い種ほど、

子どもの生存率が明らかに高い、

ってデータが出てる。


テストステロン

(男らしさホルモン)は、

外で戦うときは上がる。


でも子育てモードに入ると

一時的に下がって、


代わりにオキシトシン

(愛情ホルモン)と

プロラクチンがドバドバ出て、


脳が「優しいお父さん回路」に

切り替わるんだって。


人間の父親のfMRI実験…


(イスラエル・

 Ruth Feldman研究チーム)


でも同じこと。


初めて父親になった男性の

脳をスキャンしたら、 


子どもの泣き声を聞いただけで、

報酬系(幸せを感じる部分)と

共感系がめっちゃ光る。


しかもテストステロンが下がって

オキシトシンが上がるから、


「守りたい」「優しくしたい」

スイッチが入る。


つまり人間のオスも、

自然界のルールにちゃんと

従ってるわけ。


……と、ここまで書いて、

僕はふと思う。


もしヴィクトール・E・フランクルが、

この文章を読んだら、

何を言うだろう?


彼は収容所を生き残った。


だけど外に出たとき、

「守りたい人」がもういなかった。


妻も、両親も、弟も、奪われていた。


もし子どもがいたとしても、

抱きしめる前に

消されていただろう。


自然界の掟を知るほど、

フランクルには痛いはずだ。


父性とは、

守る相手がいて初めて発動する。


オキシトシンも、プロラクチンも、

「守りたい存在」が

目の前にいるときに働く。


だけどフランクルの目の前には、

もう誰もいない。


父の本領を発揮しようにも、

発揮する相手がいない。


それは、

生き延びた者にしか分からない

地獄なんだよ。


だからこそフランクルは、

あの言葉を書いたんだと思う。


「人間からすべてを奪うことはできる。

 だが態度を選ぶ自由だけは、

 奪えない」


——守る人を奪われても、

自分が人間である態度だけは残る。


その目線で、

彼が王舎城の家を見たらどうなるだろう。


王舎城には、家族がいる。

生きている。

今日も同じ屋根の下にいる。

守れるはずの人がいる。

抱きしめられる距離にいる。


それなのに。頻婆娑羅(父)は、

父親の本領を発揮しない。


韋提希(母)が

阿闍世に怒鳴られて泣いていても、

見て見ぬふりをする。


暇があれば、隙があれば、畑へ行く。

畑を耕す。


家に帰りたくないから、

食事ギリギリに帰ってくる。


そして

「父親として家族に

 料理を振る舞うのは週1回」


と決めたら、

それだけは絶対に守る。


韋提希が 

食事を作れない日があっても、

2回作ることは拒絶する。


「決めたことは守る」


——そこだけは、妙に正確だ。


自分の病気の治療で 

病院に行く日は、

日付も忘れず、時間も守り、

ちゃんと出かける。


だが母と子のことになると、

日付も、段取りも、何をするかも、

全部忘れる。


韋提希が倒れそうになっても、

面倒は見ない。

抱きしめもしない。

言葉もかけない。


阿闍世がどんなに暴れても、

「なぜ暴れているか」

には気がつかない。


その結果、

阿闍世は今日も暴れる。 


暴れて、叩いて、怒鳴って、

「俺はここにいる」と叫ぶ。


後部座席から、

頻婆娑羅の頭をポカリ、ポカリ。


それは暴力というより、

信号みたいなものだ。


「父さん、こっちを見ろ」

「母さん、俺の料理を作れ」

「俺はまだ子どもだ」

「俺を守れ、

 それがお前らの償いだ」


自然界の父親なら、

この信号を見逃さない。


ヤドクガエルは背中に乗せる。

ペンギンは2ヶ月絶食する。

オオカミは胃液スープを吐く。


「外強く、内優しく」をやる。


だが頻婆娑羅は、

信号の意味が読めない。 


読めないというより、

読もうとしない。


その姿を見て、

もしフランクルがそこに立っていたら。


彼はきっと、怒鳴らない。

怒鳴る代わりに、

静かにこう思うはずだ。


——愛する人を奪われた者は、

 守る相手がいない。 


——しかし、この男は、

 守る相手がいるのに、

  守らない。


——私たちは収容所で、

 外が地獄だったから、

 内側でユーモアを選ぶしかなかった。


——だがここは、

 食事も風呂も家族もある。


——それでも心だけを囚人にして、

 地獄を「普通の景色」に

 してしまっている。


フランクルは、たぶん最後にこう言う。


「父性とは、腕力ではない。

 “ここにいる”と向き合う態度だ」


頻婆娑羅が欠けているのは、

お金でも体力でもない。


それは、向き合う態度だ。


そしてその欠如を、韋提希が 

一人で埋め続けている。


韋提希が主役になりすぎた家は、

阿闍世を子どものまま固定する。


阿闍世が暴れるほど、

韋提希はさらに前へ出る。

頻婆娑羅はさらに畑へ逃げる。


王舎城は、

そうやって二十五年回ってきた。


自然界は容赦がない。


父が内に優しくできなければ、

子は安心できない。

安心できなければ、子は暴れる。

暴れる子を見て、父がさらに逃げれば、

子はもっと暴れる。 


それは悲劇じゃない。

構造だ。


そしてその構造は、変えられる。


フランクルが収容所で見つけた

最後の自由——


態度を選ぶ自由が、

まだここには残っている。


■第八章 朝、起きるって何だ?


僕から、引きこもってる君へ。


想像してみろよ。


「起きて! もう遅いよ!」

「あんた、学校行くんでしょ?」


母の声が廊下から響く。

君はベッドから動かない。


スマホを握ったまま、

布団を頭まで被って

心の中で吐き捨てる。


「うるせえ……死ね」


確かに君には、

起きない自由がある。


父親から王様の位を奪い取って、

この部屋を王国にした。


文句を言えば母が飛んでくる。

ご飯も出てくる。


これが「親の償い」だと思ってる。

これが「当たり前」だと思ってる。


——もし、

 ヴィクトール・フランクルが今、

 君の部屋の隅に立っていたら。


彼は静かに、でも鋭く、

こう言うだろう。


「君は自由の中にいる。

 起きない自由がある。

 王様の位を奪った自由がある。

 母親を召使い扱いできる自由がある」


「だけど、毎日、

 自分で地獄を作っているね」


………


1942年、私がいた朝は、違う。


アウシュヴィッツのバラック。

夜明け前、真っ暗な

凍てつく空気の中で、

看守の咆哮が炸裂する。


「Raus! Raus!

 起きろ!外へ!」


殴る。蹴る。棍棒が頭に飛ぶ。

起きない選択肢なんて、

最初からゼロ。


起きなければその場で殺されるか、

次の点呼で「左へ」——ガス室確定。


私は毎朝、震える体を無理やり

引きずり起こしながら

心の中で叫んでいた。


「また朝が来た……

 今日も生きる意味なんて、

 どこにもない」


雪の上に何百人、直立不動。

薄い服一枚で零下の風に晒され、

足がパンパンに腫れて

立っていられなくなる。


倒れたら死体扱い。

踏みつけられる。


家族はもういない。

明日も同じ地獄。


起きない=即死

起きる=もう一日、地獄を味わう


………


君は自由の中にいる。


だけど トランクルは、その自由すら

全部奪われた

地獄で生きていたんだよ。


■第九章 今日の「ちばける」を探せ!


それでもフランクルは、

武器を手に入れた。


地獄の朝に、仲間と約束した。


「今日も絶対一つ、

 愉快な話を探そう」


これが、彼の「魂の秘密の武器」

——ユーモアだった。


………


❥たとえばこんな話(全部本物のエピソード)


①凍え死にしそうな朝、

 仲間の一人がボソッと

 「明日もっと寒くなるよな~」

 みんなクスクス笑う。

 エグい状況でわざと

 「もっと悪くなる」

 ブラックジョーク。

 今で言うTikTokの闇落ちネタなんか

 目じゃないレベル。


②衛兵にぶつかって

 「Schwein!(豚!)」と

 怒鳴られた囚人が、

 にこっとお辞儀して

 「Cohenです。はじめまして!」

 侮辱を「名前ですか?」に

 変換して一瞬で立場逆転。

 Z世代で言うと「クソガキ!」に

 「いや俺太郎ですけど?よろしく~」

 ってニコニコ返す感じ。

 草生える天才。


③毎日義務化した「愉快な話探し」。

 監視官の変な癖をネタにしたり、

「解放されたらステーキやで~」

 って妄想ディナーで大笑い。


④スープの底に具が沈んでることを

 知ってる 囚人たちが、

 未来のレストランで

 「下の方からお玉で!」って

 練習して爆笑。 


自分たちの惨めさを、笑いのネタに変える。

私は生還した後、こう書いた。


「ユーモアは魂の秘密の武器」


「どんなにひどい状況でも、

 ほんの数秒だけ浮かんで

 『まだ俺は自分を失ってない』

 って宣言できるコツなんだ」


………


君は今、自由の中にいる。

起きない自由がある。

文句を言う自由がある。

王様の位を奪った自由がある。


でも毎日、布団の中で

「うるせえ死ね」を繰り返して、

自分で収容所を作ってる。


母親を看守扱い。

朝を強制労働扱い。


自分の心をガス室に放り込んで

「もう意味ねえ」

って殺してる。


フランクルは

本物の地獄で笑って浮いた。


君は平和の中で沈んでいる。


どっちが本物の地獄か、

もうわかっただろ?


さあ、

今日も「ちばける」を探せ。


布団から出て、

鏡の前でアホ面作ってみろ。


母に「ブヒョヒョー」って

言ってみろ。


一瞬でいい。

数センチ浮いてみろ。


それが、君がまだ

人間である証明だ。


王様をやめて、人間に戻れ。


地獄は自分で作るものだ。

浮力も、自分で作るものだ。


0か、1か。

今、決めてくれ。


「おじいちゃんの変顔!」

って遺伝するんだぞ。(笑)


もし今、地獄から帰ってきた

あの心理学者が

君の部屋に来たなら、

きっとこう言うだろう。


「いいなあ、君は…」

「まだ浮かべる…」

「まだ帰れる家がある…」

「まだ声が届く親がいる…」


少し黙ってから言うだろう。


「私はな……」

「ありがとうって言う前に、  

 みんな消えたんだよ…」


そして 君のために

机にノートを置く。


「一行でいい…」

「どうせ最後は、

 この一行に戻る…」


──ありがとう。


「この一行を書ける人間はな…」

「途中から、人生が軽くなる…」


彼は帰っていく。

鉛筆とノートだけが残った。


まだ書ける。

まだ間に合う。

親が息をしているあいだは。


■第十章 道化師は地獄の上で踊る


67歳の朝だった。


僕はコーヒーカップを

両手で包みながら、

テレビの向こうで

静かに流れる数字を眺めていた。


・世界の紛争死 約23万人

・日本の死亡者 約157万人

・日本の出生数 70万人台

・日本の虐待相談 20万件

・日本のひきこもり 100万人規模……


数字は怒らない。

慰めもしない。

ただ静かに積もっていく。


一人の死に、

十人の沈黙がついてくるとしたら——

233万人。


だいたい広島県の人口くらいだ。


毎年、世界のどこかで

それだけの沈黙が生まれている。


「ありがとうを言いたかった…」


その沈黙の端っこに、

二人の道化師が立っている。


一人はナイジェリアの青年だ。


札束を花束みたいに束ねて、

赤いリボンを巻き、

スマホに向かって笑う。


「これ 君へのプレゼント」

「世界でひとつのマネー ブーケット」

「僕と結婚して…」


動画数は、

めちゃくちゃ伸びる。


「やった、成功したぜ!」


でも夜、電気を消したあと、

彼は天井を見つめて呟く。


「父さんが失業した夜、

 俺は10歳だった」


「その時、

 金がない男は消えると思った」


だから彼は札束を花束に変える。


愛を金に変えたんじゃない。

金をユーモアに変えたんだ。


拝金主義という地獄の中で、

必死に浮かぼうとしている。


間違ったユーモアかもしれない。

でも分かりやすい。

彼は叫んでいる。


——俺は消えない。


もう一人は、

日本の片田舎に住む38歳の男だ。


王様の位を父から奪い取り、

小さな王舎城の国王として

君臨している。


だけど自分で

目覚ましもかけられない。


布団の中で

母親に怒鳴る。


「うるさい!」


平和な日本では、

みんなが浮いて見える。


仕事に行く人。

結婚する人。

子どもを育てる人。

自分だけが蚊帳の外にいる。


だから彼は思う。


——こうなったのは親のせいだ

——沈むなら一緒に沈め


怒鳴り声は復讐だ。


両親の欠点を笑いに変えた、

彼なりのブラックジョークだ。

これもまたユーモアだ。


間違ったユーモアだけど、

必死のユーモアだ。

彼もまた叫んでいる。


——俺はここにいる。


欧米の物語では、

道化師は悪魔の手先として

描かれることがある。


笑いながら人を狂わせる存在。

血のついた白い顔。


だが僕は思う。

あの二人は違う。


彼らは悪魔の手先じゃない。

悪魔に飲み込まれないために、

必死に踊っているだけの道化師だ。


戦争の世代のあとに生まれた

第三の世代の道化師たちだ。


彼らは知っている。

泣くだけでは沈む。

怒るだけでも沈む。


だから笑う。

不器用に笑う。

間違えて笑う。

それでも笑う。


地獄の底で、

数センチ浮くために。


収容所の中でも、

人はなぜか笑ったという。


その瞬間だけ、

人は囚人ではなくなった。


ほんの数秒、

地獄の上に浮いた。


ユーモアは魂の武器だった。


僕はこの小説を書いて、

改めて思った。


最近、歳をとったせいか、

ユーモアを口にしなくなっていた。

だけど思い出した。


自分はユーモアで

地獄から脱出してきたんだった。


変顔。

ダジャレ。

ブヒョヒョー。


あれは馬鹿な遊びじゃなかった。

浮力だった。

だから思った。


よし。

今日からまたやってみるか。


自分からユーモアを探しに行こう。

自分から笑いを探しに行こう。


ちばけよう。

おどけよう。

思いっきり笑ってみよう。

思いっきり泣いてみよう。


数字は静かに笑わない。


でも——

今日、道化師になろうと

決めた人間だけが、

地獄の上で笑える。


そして笑ったその瞬間、

人生はほんの少しだけ浮き上がる。


           ——完——


………


❥追補短編

「砂時計を少しだけ動かす方法」


―― 8050編・

 やすきよ漫才風ブラック推理 ――


ドアがバンッと開く。

ワトソンが血相変えて

飛び込んでくる。


「先生!先生!大ピンチや!」


ホームズは葉巻を

くゆらせたまま、

のんびり。


「何やワトソン。世界終戦か?」


「それよりヤバい! 

 Z世代が

 “人生詰んだ”言うてます!」


ホームズ、ゆっくり顔上げる。


「詰み? まだ序盤やがな」


ワトソン、机ドンッ。


「聞いてくださいよ!」


「『起きれへん!』

『外出れへん!』

『親と喋りたくない!』

『8050で親の死体と同棲確定や…』」


ホームズ、無言で

机にでっかい砂時計を

ドンッと置く。


ワトソン絶叫。


「出たーーー!! 

 先生の死の予告道具!!」


ホームズ、にこにこしながら

砂時計をひっくり返す。


さらさらさら……


「これは時計ちゃうで。

 言えへんかった

 “ありがとう”の砂や」


ワトソン、真顔で震える。


「……25年分溜まったら、

 石になるんですか?」


ホームズ、うなずく。


「石になる」


「8050で親が死んだら、

 お前もその石と一緒に

 布団の中でミイラ化や」


ワトソン、頭抱えて。


「先生、それ王舎城の

 最終回やないですか!」


ホームズ、笑う。


「でもな、

 ちょっと動く方法がある」


ワトソン、身を乗り出す。


「教えてください!今すぐ!」


ホームズ、指一本立てて。


「浮くんや」


ワトソン、大声。


「浮くって!

 気球になるんですか!?

 布団から出れへんねん!」


ホームズ、平然。


「ほな次。鏡の前に立て」


ワトソン、警戒MAX。


「……嫌な予感しかしませんわ」


ホームズ、ドヤ顔全開。


「ブヒョヒョーや」


ワトソン、絶叫。


「英国崩壊しましたぁぁぁ!」


「8050の親が聞いたら

 ショック死やろ!」


ホームズ、笑いながら。


「笑えんでもええ。

 顔だけでもええ。

 アホ面作るだけで、

 数センチ浮くねん」


ワトソン、半泣き半笑い。


「そんなんで  

 8050回避できます!?」


ホームズ、静かに。


「回避はせえへん。

 でも止まらんかったら勝ちや」


「フランクルは冷たい

 ガス室で笑って浮いた」


「お前は暖かい布団で

 沈んでるだけや」


ワトソン、ポカン。


「先生……それ名言ですわ」


ホームズ、砂時計を指さす。


「第3の部屋の男はな、

 殴りたいんちゃう。

 息がしたいだけや」


少し沈黙。


さらさらさら……ワトソン、小声。


「先生……ありがとうは?」


ホームズ、優しく。


「最後に出るねん」


「先に出そうとしたら出えへん。

 でも浮いたら、

 勝手に漏れてくる」


ワトソン、苦笑い。 


「意味がストーカーですやん……」


ホームズ、うなずく。


「追うと逃げる。

 生きたら、向こうから来る」


砂の音だけ。


さらさらさら……ワトソン、震える声で。


「先生……まだ間に合いますか?

 親が80超えたら、もう……」


ホームズ、即答。


「間に合う。

 親が生きてるうちはな」


ワトソン、不安げ。


「言えへんかったら?」


ホームズ、やさしく笑う。


「言えんでもええ。

 今日は言えんでもええ。

 ただな……声、出してみ」


ワトソン、きょとん。


「声?」


ホームズ、にっこり。


「何でもええ」


「『ただいま』でも

 『うるさい』でも

 『腹減った』でも」


「会話が起これば、砂は動くねん」


ワトソン、吹き出す。 


「クレームから始まる

 感謝やないですか!」


「8050の親、

 びっくり死にしますわ!」 


ホームズ、笑う。


「人間らしい順番やろ。

 道化師が悪魔の子守歌歌うんは、

 もうええ」 


「素顔で一回、声出してみ。

 それが本物のユーモアや」


ワトソンが砂時計を見つめる。

さらさらさら……


「先生……まだ落ちてます」


ホームズ、最後に静かに、でも力強く。


「落ちてるうちは、終わらへん。

 詰みちゃう。途中や」


「8050は、まだ書かれてへん。

 お前が書くんや」


ワトソン、最後に聞く。


「先生……今日の最初の一手は?」


ホームズ、窓をガバッと開ける。

朝の冷たい空気が入る。


「外へ出ろ。

 深呼吸せえ。

 帰ってきたら、一言言うんや」


ワトソン、期待の目。


「ありがとうですか?」


ホームズ、クスクス笑って。


「まだ早い。まずはこれや」


ワトソン、待つ。


ホームズ、満面の笑みで、

でも少しだけ優しく。


「ただいま」 


静かな部屋に、二人の笑い声が響く。

ホームズが締めくくる。


「今日、声が出たなら——

 君の人生は、もう動いとる」


「道師よ。お前はもう、

 悪魔の手先じゃない」


「ただの、人間や」


さらさらさら……


砂時計は、今日も静かに、

でも確かに、落ち続けている。


         ——追補・完——

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