親のせいにして生きてたら人生が積んだ話…王舎城の喜劇?2026年版 ①
✦親のせいにして生きてたら
人生が詰んだ話
――王舎城の喜劇? 2026年版 ①――
………
もし今、
「なんか息しづらい」
「人生、ロード画面長すぎ」
って思っとる人がおったら、
ちょっとだけ聞いて。
正解はいらん。
意味も今は探さんでええ。
まずは呼吸。
ログアウトせずに、ここに居ろ。
……と、
ここでワトソンが口を挟む。
「先生、“第二の部屋”って何です?
メンタル回復ポイントですか?
課金要素あります?」
ホームズ、即答。
「無料だ。ただし
条件が一つある」
「親が、まだ生きていること」
第二の部屋ってのはな、
人生うまくいかんまま
走り続けた人間が、
ある日ふらっと実家に戻って、
まだ温かい親の前で、
気の利いた
言葉じゃなくていいから、
たった一言――
「ありがとう」
を、言えた人生のことや。
その瞬間、
ずっと追いかけても
捕まらんかった“意味”が、
後ろから追いついてくる。
――あ、ここだったんだ。
って。
ワトソンが首を傾げる。
「え、それだけで人生、
やり直せるんです?」
ホームズ、ちょっと笑う。
「やり直すんじゃない。
生きてる意味を
回収するんだ」
親の死に目に間に合って、
「ありがとう」が
言えた人間は、
それまでの迷走ルートを
全部まとめて、
一つの物語にできる。
逆に言えんかったら、
“なぜあの時…”って問いが
一生アンインストールできん。
だからZ世代よ…。
引きこもっててもいい。
親にムカついててもいい。
拳握っててもいい。
でも、
親がまだ息しとるなら、
第二の部屋の入口は、
まだ消えてない。
立派な言葉はいらん。
許せなくてもいい。
声が届く距離で、
何か一言、
投げられるかどうか。
それだけで、
人生は「詰み」から
「途中」に戻れる。
まだ途中だ。
セーブポイントは、
消えてない。
………
★目次
第一話 王舎城は、燃えていない
(ように見える)
第二話 赤ん坊の四か月(刃の洞穴)
第三話 提婆達多は、なぜ消えないのか
第四話 秤が砕けた夜、
お釈迦様は現れた
第五話 四つの部屋
(ありがとうが言える/言えない)
第六話 二人の67歳と、砂の話
(ワトソン、人生を測ろうとして
失敗する)
最終話 旅人67歳、砂をかき回す
(意味は後ろから来る)
❥追補短編
「砂時計を、まだ持っている君へ」
(第3の部屋の男のための会話)
………
■第1話 王舎城は、燃えていない
――ように見える
王舎城は、燃えていなかった。
少なくとも、外から見れば。
昼は洗濯物が無気力に揺れ、
夜はテレビの無意味な
笑い声が漏れる。
カレンダーはただ、
絶望的にページをめくる。
(Z世代のタイムラインみたい)
(指だけは忙しいのに、
人生はずっと
「読み込み中」のままなのだ)
家とは、
疲れ果てた役者が
「普通」という仮面を被り、
倒れないように
舞台の上で踏ん張り続ける場所だ。
スポットライトは優しい。
観客――近所やSNSの視線も
なぜか好意的だ。
「いいご家庭ですね」
「普通で素敵ですね」
だけど幕の裏では、
心の衣装が
汗と涙で重く濡れ、
誰にも気づかれぬまま、
小さな火花がじゅう、
と肉を焦がしている。
「普通」という言葉は…、
世界で最も多くの火事を、
笑顔のまま見逃してきた
超・有能な共犯者だ。
(SNSに流す「普通の日常」)
(その風景の裏側で、
――燃えているのに、
なぜかフィルターをかけて
投稿してしまう自分)
王舎城は、
そこに住む者にだけ
そっと問いを投げる。
なぜ燃えたか、ではない。
この火の中で、どう立つのか?
この城の中では、二十五年、
じりじりと肉を焦がすような煙が
消えずにくすぶっている。
(8050の最前線は
――親の年金という
極細の命綱で繋がれている)
(その家族は煙の中で
「どう応答するか」を
まだ選べずにいる)
父の名は頻婆娑羅。
七十五歳。
元・市役所職員の幽霊だ。
三十七年、
同じ庁舎、同じ机、同じ印鑑。
ハンコ界のベテラン職人。
定年後も、
人生の更新を忘れた
アプリみたいに
同じルーチンを繰り返す。
新聞を読んでも、
目は文字を滑るだけで、
魂はログアウトしたまま。
(Z世代は
「また同じステージ?」
と笑う)
(引きこもりの息子は
「これが俺の未来?」と
背筋が凍る)
言葉は筋肉だ。
使わなきゃ、見事に腐る。
頻婆娑羅は
「知らなかった」のではない。
彼が気づいた時には、
人生がもう灰色だっただけだ。
息子に植えた沈黙の種は…、
因果のブーメランとなって
静かに、しかし正確に
自分へ戻ってきた。
(誰のせいかを問うた瞬間、
王舎城は即レスで返す)
(――じゃあ、君はどうする?)
息子とは、
いつも殴り合いの寸前。
だが、
正確には殴れなかった。
心の拳が喉で凍りつき、
沈黙だけが
せっせと墓穴を掘る。
しかも頻婆娑羅は、
一度も息子を
ハグしたことがない。
その空白が、家族のど真ん中に
ブラックホールみたいな穴を
広げ続けている。
(抱かれなかった記憶は、
呪いじゃない)
(それは
「ここで止まるか」
「ここから変えるか」を
選ばせに来る入口だ。)
さて、母の名は韋提希。
七十歳。
四十年、専業主婦という名の
無休・無給・無逃亡の職業。
人生の奈落に落ちながら、
「なんとかなる」を
何度も再生して自分を騙す。
(笑顔はフィルター、
本音は下書き保存。)
台所はピカピカすぎて不気味だ。
床に落ちるのは、ため息だけ。
頭の中の天秤は、
「ちゃんと」と「ダメ」の間で
年中無休の揺れっぱなし。
「どうせ私が悪いんでしょ!」
その叫びが家中に反響する。
でも、涙でスマホの画面が
ぼやけたその瞬間、
韋提希はふと気づく。
――あれ?私だけじゃないわ。
みんな地獄にいるわけ。
(画面が滲むその瞬間、
人生はまだ止まっていない。)
そして、
息子の名は阿闍世。
三十八歳。
引きこもり界の王様。
父を二十五年殴り続け、
実家を立派な牢獄に改装した。
(部屋では王様、外では
まだチュートリアル中。)
最近、ポリテクセンターに
通い始めた。
だけど、生活は
部屋→台所→車→学校
のループ仕様。
心は中二でフリーズしたまま。
ゲーム画面だけが
血走って動き、
現実の自分は…
「何もしていないのに
とにかく疲れている」。
(遊びのはずが、
いつの間にか
日常になっていた)
殴ることで、
「まだ生きている」という
輪郭を確かめる。
口から漏れる悪臭は、
笑えるほどの腐敗。
だけどそれは、
人生がまだ「限界アラート」を
出してくれている証拠だ。
しかも阿闍世の影には、
いつも声がある。
中学のバスケ部の先輩の嘲笑。
「向いてない」という
事実顔のナイフ。
バイト先の年上女の冷たい声。
「それくらいも出来ないの?」
という逃げ場のない圧。
そして、
信じた恋人の裏切り。
理由を説明できない沈黙。
それらは混ざり合い、
一つの声になる。
――提婆達多。
嫉妬の化身。
破壊の神。
史上最悪の煽り屋。
ブラックユーモアの皮を被り、
友情の仮面で囁く。
「お前は悪くない」
「悪いのは親父だ」
「このままだと潰れるぞ」
「先にやっちゃえよ」
その声は…、
一瞬だけ楽にする。
――そして、永遠に鎖で繋ぐ。
王舎城の影が、
家族団欒のBGMの裏で
静かに語り始める。
(王舎城は、苦しみの理由を
説明するためにあるんじゃない)
(王舎城は、苦しみの只中で、
お前がどんな姿勢で
立つかを見ている)
この家は、まだ燃えている。
だが、そこにはまだ息がある。
仏教の古典は、この地獄の只中にも
光が差す可能性をしつこいほど語る。
答えは、まだ出ない。
でも問いは、
はっきりしている。
――この地獄の王舎城で、
お前はらはどう立つんだ?
まだ、この家族は途中だ。
詰んでなんか、いない。
■第二話 赤ん坊の四か月
――刃の洞穴
阿闍世が生まれてから、
最初の四か月。
赤ん坊が
「この世界は安全か、危険か」を
頭や言葉じゃなく、
身体ごとインストールする時期だ。
抱かれるか、スルーされるか。
声は届くか、既読スルーか。
体温は来るか、ゼロか。
この四か月で、
世界観のOSが初期設定される。
頻婆娑羅は、その黄金タイムを
仕事に預けた。
「家族を守るため」
――便利な言葉だ。
大義名分は、痛みを隠す
高性能な包帯になる。
包帯の下で、傷は音もなく
腐っていく。
(Z世代のパパたちよ…
仕事優先で子守り全スキップ)
(火ネタとしては笑える。
でも十年後、ふと思うだろう)
(……これ、俺の
トラウマ製造ラインやった?)
(王舎城は責めちゃいないよ。
ただニヤっとして、
今どう応答する?って
見とるだけや)
自然界を見れば、
父性が「気持ち」やなく
生存装置やと分かる。
フクロウザルは子を背負い、
ヤドクガエルの父は
子を水辺に運ぶ。
理由?
そんなもんない。
子供に触れな死ぬからや。
父性=接触。
生存率アップの装置。
裏を返せば、
父親が触れることがない
わずか四か月は、
初期不良のリスクになる。
(動物界の父ちゃんは
本能フル装備)
(人間界の父ちゃんは
仕様書未読)
(ブラックジョークやろ?
でも人生は聞いてくる)
(――そのバグ、放置?
それともアップデート?)
仏典は、さらに露骨だ。
王は跡継ぎが欲しくて仙人を殺し、
罪の恐怖にビビって、
生まれた子を刃の洞穴に落とす。
「生き残ったら神の意志。
死んだら、それまで」
――冷静に考えてみ?
「ほな、
なんで子ども欲しかったん?」
って、誰でもツッコむ。
笑えるほど残酷。
でも笑ったあと、背中が冷える。
(昔は洞穴。今はスマホ。
刃は見えんけど、
スクリーンタイムが刺しとる)
(人間だけが「正当化」しながら
わが子を抱かん。
ブラックジョークの王者や)
(王舎城は画面の向こうで、
無言で聞いとる)
(――さあ今、
あなたは何を選ぶ?)
現代の洞穴に刃はない。
でも落下はガチや。
「抱かれなかった」という落下。
「触れられなかった」という落下。
「味方が分からん」という落下。
阿闍世は生き残った
ただし、疑いを標準装備したまま。
――この世界、わしの味方なんか?
――それとも、油断したら
即・落とし穴か?
三十八歳になった今、
阿闍世は父を殴る。
怒りやない。
測量や。
落ちた穴の深さを、拳で測っとる。
(拳で穴を掘り続ける人生)
(王舎城はそれを
「穴掘り名人」と呼んで笑う)
でも王舎城の影は囁く。
――気づいとるか?
今も掘っとるのは、
お前自身の墓やで。
王舎城は、
「なぜ落ちた?」とは聞かん。
王舎城は、
この穴でどう立つんだ?
とだけ聞いとる。
まだ息はある。
まだ笑えてもいる。
詰んでなんか、あるわけない。
――まだ、途中じゃ。
■第三話 提婆達多は、
なぜ消えないのか
提婆達多は嘘をつかん。
それが一番厄介だ。
中二の冬。体育館の裏。
先輩が笑いながら言った。
「お前、下手くそじゃな」
事実だ。
提婆達多が囁く。
──ほらな。お前はダメじゃ。
解釈だ。
さらに先輩は、
妹のことまで言う。
「障害があるんじゃろ。
あれが血じゃ」
汚い言葉だ。
だが阿闍世の胸に刺さる。
提婆達多は、
救急箱みたいな声で続ける。
──お前は悪くない。
悪いのは父親だ。
この瞬間、阿闍世の恐怖は軽くなる。
代わりに、怒りが入ってくる。
怒りは動ける。
不安は止まる。
提婆達多は、不安を怒りに変える。
(Z世代の嫉妬、
SNSの煽りみたい)
(笑えるけど
「俺のタイムライン?」って
目覚めだろ…)
アルバイト先では、
年上の女の声になる。
「そんなこともできないの?」
「だから学校も中途半端なのよ」
会社では、
恋人の声になる。
「公務員になりなよ」
「今のままじゃ抜け出せない」
阿闍世は会社を辞める。
そして気づく。
三十路を超え、資格もなく、
行き場がない。
しかも、恋人は二股だった。
世界が笑っとるように見えた。
(二股のブラックジョーク、
「人生も二股で詰む」
って笑うしかない)
怒りは、帰る。
いちばん近い場所へ。
反論せん父へ。
止めきれん母へ。
──殴る。突き飛ばす。
刃物を出す。
そして、豚箱。
出ても提婆達多は消えん。
今度は、
「友達」みたいな顔で言う。
「チクったのは父だ。許すな」
提婆達多が消えない理由は、
簡単だ。
阿闍世が
「別の呼吸」を
知らないからだ。
そして母・韋提希が言う。
「阿闍世は悪くない。
父さんが悪い」
「息子の願いを叶えるのは
親の責務」
提婆達多の台詞と一致する。
母は追い払うどころか、
彼を養っている。
(8050の共依存)
(ユーモアで
「提婆達多のサポータークラブ」
って笑えるけど、
目覚めポイントだろ?)
──生きる意味なんか考えるな。
生き残る技を磨け。
──心配するな!
生きる意味は
後からついてくる。
もし誰かが、
そう言ってくれていたら、
提婆達多の声は、
少しだけ弱まったかもしれない。
でも、この家では…
「意味」はいつも
「正解」に変換され、
「技」はいつも
「怠け」に見えた。
だから提婆達多は、今日も元気だ。
応急処置は、長く使うほど
外せなくなる。
(引きこもりの声…)
(Z世代の「内なる煽り屋」…)
(笑って「俺の提婆達多、誰」
って目覚めようぜ?)
■第四話 秤が砕けた夜、
お釈迦様は現れた
その夜、王舎城は静かだった。
いつも通りの時計。
いつも通りのテレビ。
いつも通り
──のはずだった。
韋提希の秤が、急に重くなった。
善の皿が沈み、悪の皿が浮く。
何度調整しても水平にならん。
韋提希は、初めて想像してしまう。
父は七十五歳。
数年後、殴る対象は消える。
その瞬間、
阿闍世はどうなる?
未来を見た途端、胸が裂けた。
「同じ明日」を祈ってきたのは、
「最後の日」から目をそらすため
だったと気づいたから。
(8050の未来想像)
(「親消えたら俺のターゲットは鏡?」
ってブラック笑い)
韋提希は首飾りを外し、床に叩きつけた。
宝石が散る。
秤が砕ける音がした。
──砕けたのは秤じゃない。
「正しさの鎧」だった。
その瞬間、
お釈迦様(七十五歳ほど)が現れる。
老いと悟りが、
同じ顔で座っている。
(お釈迦様がやっと登場)
(Z世代風には
「悟りアプリダウンロード中」
って笑えるよね…)
韋提希は叫ぶ。
「私は正しく生きたのよ!」
「どうせ私が悪いんでしょ!」
お釈迦様は答えない。
ただ一つ言う。
「見せましょう…」
四つの扉が、静かに開いた。
■第五話 四つの部屋
(ありがとうが言える/言えない)
★第一の部屋:突然死の部屋
(意味が酸素になる)
そこは戦争の匂いがする。
鉄と雪と、人の終わりの匂い。
愛する人が今日、突然消える。
「ありがとう」を言う時間がない。
理由も説明もない。
突然、消える。
生き残った者は、
意味を作らんと息が止まる。
意味は最後の酸素だ。
意味を作ることでしか、
涙の形が保てない。
(突然死のブラックユーモア)
(みんな「サプライズエンド」
って笑うよね)
(だけど、早う目覚めや!)
(なんで今、
親に「ありがとう」って
言わんのや!)
★第二の部屋:死に目に間に合う部屋
(意味が背後から追いつく)
日差しが柔らかい。
正解がない。
あるのは、
あみだくじみたいな道だけ。
逃げて、迷って、
この部屋に
鉛筆を転がして生きた男がいる。
うまく説明できん人生。
でも、ある日、故郷へ戻る。
父がまだ温かい。
そこでやっと言える。
「お父さん
わしのこと覚えてる?」
意味は、この部屋では
後から追いかけて来る。
探さんでも、背後から肩を叩く。
(Z世代の人生、あみだくじみたい)
(笑えて「俺のルート、どこ?」
って目覚めあるでしょ…)
(「ありがとう」は有難い…)
★第三の部屋:死に目まで殴る部屋
(意味が拳になる)
平和だ。飯も布団も屋根もある。
なのに「ありがとう」がない。
いつでも気づけるように…
いつでも見れるように…
何十年も前から
柱に貼っているのに…
「ありがとう」の一言が言えない。
言う前に拳が出る。
父が弱るほど、殴る。
殴ると不思議と落ち着く。
殴ることでしか呼吸できんから。
そして数年後、父が消える。
殴る対象が消える。
その瞬間、世界の輪郭が飛ぶ。
発狂というより、無呼吸に近い。
(8050の拳部屋)
(あんた、ユーモアで
「ボクシングジム家族」
って笑うよね)
(だけど、笑ってていいの?
早う目覚めて
「ストップ!」言わんかい)
★第四の部屋:阿弥陀さんの部屋
(判断が休憩する)
音がない。
善も悪もない。
勝ち負けもない。
「正しい」も「間違い」も、
休憩中。
苦しむ者のそばに、
黙って座るだけ。
説明がないのに、息が戻る。
(浄土の部屋、
Z世代風に「チルアウトゾーン」
って笑えるかも)
(目覚めの安堵感
ないでしょ?)
………
お釈迦様は韋提希にこう尋ねる。
「あなたは、どこの部屋なら、
息ができますか」
韋提希は答える。
「ここ…この浄土の部屋がええ」
そして最後に問う。
「あの子は……
阿闍世は、どうしたら……」
お釈迦様は微笑んで、答えない。
答えた瞬間、
それはまた正解になって、
秤に戻るから。
■第六話 二人の67歳と、砂の話
――ワトソン、
人生を測ろうとして失敗する
居間のテーブルに、ホームズは黙って
砂時計を置いた。
ワトソン、即ツッコミ。
「先生、また始まりましたな。
今日は何です?」
「砂占い?人生ガチャ?」
「違う」
「人生だ」
「ほぼ一緒ですやん」
ホームズは砂時計をひっくり返す。
「見たまえ。
砂は上から下へ落ちる」
「未来から今を通って、
過去に溜まる」
ワトソン。
「はいはい、人生は後戻り不可、
セーブポイントなし、
オートセーブ失敗したら終わり」
「よく分かっとる」
「普通はな」
ホームズは続ける。
「第一の部屋の男を見たことがある」
ワトソン、神妙。
「どんな人です?」
「67歳のユダヤ人。
若い頃、戦争に巻き込まれ、
生き延びただけで精一杯だった
心理学者だ…」
「家族も、愛する人も、
“ありがとう”を言う前に消えた」
ワトソン。
「……随分と重いですな」
「彼は生き残った」
「だが、意味を“作り続ける”しか
呼吸できなかった」
「底に溜まった砂は、もう混ざらない」
「だから彼は、意味で固めて
生きるしかなかった」
ワトソン、ぽつり。
「それ、めちゃくちゃ立派やけど
……しんどい人生ですな」
「そうだ」
ホームズは視線を変える。
「だが――
第二の部屋の男は違う」
■最終話 旅人67歳、砂をかき回す
――意味は後ろから来る
「第二の部屋の男も、67歳だ」
「戦争はない。収容所もない」
「全国を走り回り、
安行から
ふるさとへ戻ってきた旅人だ」
ワトソン。
「えらい平和ですな」
「Wi-Fi完備、コンビニ近所、
戦争はニュースで見るだけ」
「贅沢すぎて
逆に迷子になっとる世代や」
ホームズ。
「そう」
「彼も長いこと人生が分からなかった」
「意味を探して、あみだくじみたいに
進んでは戻り、進んでは迷った」
ワトソン。
「Z世代と同じですやん」
「“このルートで合っとる?”
って常に不安」
「だがな――」
ホームズ、声を少し落とす。
「この男は、親の死に目に
間に合ってしまった」
ワトソン。
「……しまった、
って言うんですか?」
「言う」
「なぜなら、
そこで“言ってしまった”からだ」
「ありがとう、と」
沈黙。
砂時計の音だけが聞こえる。
ワトソン、恐る恐る。
「先生……それ、そんなに違います?」
ホームズ、砂時計を指す。
「普通なら、底に溜まった砂は
固まって終わりだ」
「だがこの男は――」
ホームズ、指で砂時計を軽く叩く。
「ありがとうで、
底の砂をかき回してしまった」
ワトソン、爆笑。
「先生!それ物理法則アウトです!」
「人生バグっとる!」
「砂、再混合禁止ちゃいますの!」
ホームズ、微笑む。
「禁止だ」
「だが起きた」
「その瞬間、意味は“作られなかった”」
「意味は――
後ろから追いついてきた」
ワトソン。
「うわ……意味、ストーカーや」
「追いかけたら逃げるくせに、
無視したら来る」
「人生、めんどくさ!」
ホームズ。
「だがな、この男はもう
意味を探さなくていい」
「“ありがとう”を回収したからだ」
ワトソン、しみじみ。
「つまり……」
「人生のセーブデータ、一回だけ
上書きできたってことですな」
「その通り」
ホームズは立ち上がる。
「第一の部屋の男は、
意味で生き延びた」
「第二の部屋の男は、
感謝で人生を混ぜ直した」
ワトソン、最後に一発。
「ほな先生、
わしらZ世代と中年は
どうしたらええんです?」
ホームズ。
「簡単だ」
「親がまだ生きているなら、
第二の部屋の入口は
まだ開いている」
「立派な言葉はいらん」
「許せなくてもいい」
「ただ一言、声が届く距離で
投げられるかどうか」
ワトソン、笑いながら。
「ありがとう投げたら、
幸せが後から当たるんですな」
「危険球ですやん」
ホームズ。
「だが、当たっても痛くない」
王舎城は、まだ立っている。
人生も、まだ途中だ。
詰みじゃない。
ありがとうは、
砂を混ぜる唯一の裏技だからだ。
(完)
………
❥追補短編 砂時計を、
まだ持っている君へ
――第3の部屋の男のための会話――
ワトソンが言った。
「先生、第3の部屋の男って、
結局どうしたらええんです?」
「我慢ですか?気合ですか?
10秒耐えろ、みたいな?」
ホームズは、
はっきり首を振った。
「それは昔の話だ」
「10秒我慢で救われるなら、
この世に地獄は残っていない」
ワトソン、ちょっとホッとする。
「ですよねぇ。
我慢大会はもう流行らん」
ホームズは、
机の上の砂時計を指で回す。
「第3の部屋の男はな、
悪い人間じゃない」
「むしろ、場所が悪い」
ワトソン
「場所?」
「性格じゃなく?」
「根性でもなく?」
ホームズ
「そう。場所だ」
「ずっと同じ空気、
同じ視線、
同じ役割の中におる」
「その状態で
『感謝しろ』
『反省しろ』
と言われても、
それは無理ゲーだ」
ワトソン、笑う。
「確かに。ボス戦の前に
回復アイテムなしですな」
ホームズ
「第3の部屋の男に
今すぐ必要なのは、
“ありがとう”じゃない」
「移動だ」
ワトソン
「引っ越し?」
「独立?」
「それ、できんから
苦しんどる人も多いですよ」
ホームズ、少しだけ声を落とす。
「だから
“完全な移動”でなくていい」
「空気が変わる距離でいい」
「一日でもいい
一時間でもいい」
「“ここ以外”を
身体に教える」
ワトソン
「身体に?」
ホームズ
「頭は嘘をつくが、身体は正直だ」
「空気が変わると、呼吸が変わる」
「呼吸が変わると、拳が下りる」
ワトソン、はっとする。
「……拳、ですね」
ホームズ
「第3の部屋の男は、
殴りたいんじゃない」
「息がしたいだけだ」
ワトソン、ぽつり。
「じゃあ先生、“ありがとう”は
いつ出てくるんです?」
ホームズ、
砂時計をひっくり返す。
「位置が変わったあとだ」
「自分の足で立てる場所に
一度でも立てた人間はな」
「親を“敵”でも
“支配者”でもなく」
「同じ時間を生きた人間
として見られる瞬間が来る」
ワトソン
「……そのとき?」
ホームズ
「そのとき、勝手に出てくる」
「立派じゃなくていい」
「震えててもいい」
「声が裏返ってもいい」
「『ありがとう』は、
結果として漏れる」
ワトソン、笑って言う。
「意味って、
ほんまストーカーですね」
ホームズ
「そうだ」
「追いかけたら逃げる」
「だが、生きている場所を
変えた人間には、
後ろから追いついてくる」
少し沈黙。
ホームズは、
“読者の方”を見ている。
「今、第3の部屋にいる君へ」
「今日、親に感謝できなくてもいい」
「優しくなれなくてもいい」
「でも一つだけ、覚えておいてほしい」
「砂時計は、まだ君の手の中にある」
「壊れていない」
「固まってもいない」
「持ち上げられる位置に、
まだ君は立てる」
ワトソンが最後に、軽く言う。
「人生って、
リセットボタンはないけど」
「“立ち位置変更ボタン”は
意外と標準装備らしいですわ」
ホームズ、微笑む。
「その通り」
「途中であるうちは、
人生は詰んでいない」
砂時計の中で、
砂が、また少し動いた。
――まだ、再生可能だ。




