第22話『俺は――』
「「……ただいま」」
俺とエマは一緒に部屋に入り、そう呟く。この帰り道、一言も喋れなかった。
『れーくんはアタシの……アタシの……geliebterだから……』
「――ッ」
さっきのエマの言葉が、脳内で何度も繰り返される。
帰ってるときも、エマは頬を赤くして話しかけてこないし、俺も脳内で何度もリピートされてたから、話しかけられなかった。
「――れーくん、ハンガー」
「あ、ああ。ありがとう」
ハンガーを受け取ると、ブレザーをかけて、リビングに歩いていく。
「あの……今日なに食べたい?」
「オムライスが良いな」
「うん。わかった。作るね」
――なんかよそよそしいな。俺も上手く話せてないが、いつもよりエマの声のトーンが低い。
このままじゃまずいな。どうにか、普段のように持ち直さないと。
「アタシはご飯作ってるから、お風呂入ってきていいよ」
「ああ、わかった」
◆◇◆◇
「――はぁ、このままじゃまずいよな」
身体と頭を洗ってから湯船に入り、俺はだらーっとして考え始める。
いつも明るくて、騒がしいエマが静かなんだ。絶対に、
『れーくんはアタシの……アタシの……geliebterだから……』
と言ったことが原因だろう。しつこいナンパを避けるためにはよく考えたものだ。――でもそれなら、わざわざドイツ語で言う必要はない。
あの男子も、意味がわからなくて困ってたし。
わざわざドイツ語で言ったのは、ドイツ語がわかる俺だけに聞いて欲しかったとか?
「――あーやば、変な考え方してるぞ」
まさかな。俺の考えすぎだ。自意識過剰みたいな考え方しか出てこなくなってしまった。
あいつが俺に懐いてるのは、幼稚園のころからずっと一緒にいたからだ。
俺のことを『最愛の人』なんて、思ってるわけないだろ。
「はぁ……なんでこんな考えばっかしちゃうかな……」
全く、俺らしくない。なんで恋愛についてこんな考えてんだ。
「もし……」
もし、エマが仲良くなった男子と恋人になったら、どうなる? ここに住み続けるってのを、やめるかもしれない。
――そしたら、俺はまた一人だ。もともと寂しがり屋ではないが、騒がしいとはいえ、エマが来てからの生活が楽しい。
――もう、一人にはなりたくない。
というかそもそも、
「そんなもしもを、考えたくないな」
――。今日は、俺もおかしい。こんなことばっか考えるようになって。
あのときからだ。
俺は、さっきの体育館での出来事を頭の中で思い出す。
あの男子に、エマがカフェに誘われたとき、行くか行かないのか気になっていた。
――それよりも、そんなことよりも、俺は思ってしまった。
エマは、俺の――。
「――うん、頭回らん。もう出よう」
身体がめっちゃ熱い気がするが、俺は風呂から出て行った。
◆◇◆◇
――結局、ご飯でも上手く話せないまま、寝る時間になってしまった。
寝室の電気を消して、俺とエマは一つのベッドに座る。
「――ぎゅーして寝よ?」
「ああ、わかってる」
両手を広げるエマを抱きしめて、そのまま横に倒れて毛布をかぶる。
「……もうちょっと近く」
「これくらいか?」
「うん。これくらいが良い」
もうちょっとぎゅっと抱きしめると、エマは俺の胸に顔を埋めた。
今日はいつもより話す時間が少なかったが、この時間は変わらないみたいで安心する。
「じゃあ、また明日。おやすみ、れーくん」
「おやすみ、エマ」
そう言ったら、段々とエマの寝息が聞こえてきた。寝ちゃったのかな。
――はぁ。今日は失敗だな。エマのいつも通りのテンションを取り戻そうとしたけど、上手くいかなかった。明日には、絶対に取り戻さないと。
俺も、寝るか。
「ん……」
俺も目を閉じるのだが、――おかしい。全然眠れん。規則正しい生活を送ってるはずなのに。それどころか、全身がめっちゃ熱い。
――まさか、風邪にでもかかったか? それなら、このまま一緒に寝たら、うつしてしまうかもしれない。
離れるしか、ないのか?
「あ、あれ……?」
身体を離そうとするが、動かん。――そうだ、エマは結構力が強いんだ。エマを起こさないように、腕を外そうとすることが全くできない。
「はぁ、はぁ……ど、どうしたら……?」
こうしてる間にも、身体はどんどん暑くなってくる。37度5分くらいありそうだ。
「はぁ、はぁ……」
息も辛くなっていた。――いや、というよりは、心臓がうるさい。かなりハイペースにドックンドックン鳴り始めた。
「や、やばい病気じゃねーだろうな……?」
そんな心配をしていたら、エマの声が聞こえてきた。
「……れーくん?」
「え、エマ? わ、悪い、起こしちゃったか?」
「ううん。アタシ全然眠れなくてさ。それより――」
へぇ、エマも寝れなかったのか。俺の胸から顔だけ外し、見上げてくるエマを見つめる。暗いからよくわからんが、頬がちょっと赤い気がする。
――まずい、うつしちまったか……?
そう思って、俺は心配そうにエマを見つめる。すると、ちょっとだけニヤリとした気がした。
「れーくん、心臓がバクバクしてるよ?」
「え? あ、ああ。なんか身体が暑くて……風邪かもしれんから、今日は離れようぜ」
そりゃ、胸に顔を埋めてたエマにはわかるか。なら、こっちの事情を言って退いてもらおう。そう、思ったのだが、
「これさ、病気じゃなくて、ドキドキしてるだけじゃない?」
「……は? ドキドキだって? 俺が?」
「うん。――アタシにgeliebterって言われたのが、そんなに嬉しかったの?」
深夜テンションなのか、復活したのかわからない。
――だがとりあえずは、あの憎たらしい、からかうような笑顔がエマに戻ったようだ。




