第十話:美しさは自由への翼
あなたにとって、本当の美しさとは何ですか?
前世でも、そしてこの世界に来てからも。
私はずっとその答えを探し続けてきました。
帝国の離宮にある、朝露に濡れたバラ園。
私はカイザルと二人で、穏やかな朝の光を浴びていました。
「……イリス、顔をこちらへ」
カイザルの温かい指先が、私の頬をそっとなぞります。
かつて乾燥に悲鳴を上げていた彼の指先は、今やしっとりと整えられ、私を傷つけることはありません。
彼の右頬にある傷跡は、もう痛むことも、彼を苦しめることもありません。
それは彼が歩んできた誇り高い歴史として、健康的な肌の上に静かに刻まれていました。
「お前がこの国に来てから、すべてが変わった。民の顔には笑顔が増え、俺自身も……自分を愛せるようになった」
カイザルが私の手を握り、真剣な眼差しで見つめてきます。
「ソルスティアの王太子が復縁を迫っていると聞いたが、俺はお前を離すつもりはない。イリス、俺の隣で、この帝国の未来を共に輝かせてくれないか」
それは、最高に贅沢なプロポーズでした。
かつて「悪役令嬢」と呼ばれ、婚約を破棄された私。
けれど今の私には、王子の慈悲など必要ありません。
私は微笑んで、彼の手に自分の手を重ねました。
「喜んでお受けしますわ、陛下。……ただし、条件があります」
「条件?」
「私は皇后になっても、美容顧問の仕事は辞めません。帝国の全土に、そしていつかは世界中に、正しいスキンケアを広める。それが私の野望ですから」
カイザルは一瞬驚いたように目を見開きましたが、すぐに声を上げて笑いました。
その笑顔は、かつての冷徹な仮面の男とは思えないほど、眩しく、瑞々しいものでした。
「ああ、お前らしい。俺の妻は、世界一忙しい皇后になりそうだな」
私は彼に抱き寄せられながら、遠くの空を見上げました。
王都では今、私の開発した「ロゼリア・ブランド」が飛ぶように売れているそうです。
リアナもセドリックも、今頃は自分たちの肌と、そして人生と向き合っていることでしょう。
美しさは、誰かに誇るためのものではありません。
鏡を見た時、自分を「今日もいいわね」と思える心の余裕。
それこそが、困難な人生を切り拓くための、最強の武器になるのです。
「さて、陛下。お話はここまでですわ」
私は彼の腕の中から抜け出し、鞄から新しい日焼け止めを取り出しました。
「今日は日差しが強いですから。しっかり塗らないと、数年後のシミに繋がりますわよ。さあ、こちらへ!」
「……ああ、分かった。お手柔らかに頼む」
苦笑いしながらも嬉しそうな皇帝陛下を連れて、私は今日もラボへと向かいます。
私の二度目の人生は、まだ始まったばかり。
世界中をツヤツヤの笑顔でいっぱいにするまで。
美容オタクな悪役令嬢の進撃は、止まることを知りません。
銀髪を風になびかせ、私は輝く未来へと、力強く一歩を踏み出しました。
(完)
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