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(中身アラフィフ、外見アラフィフ)
目がくらむほどのまぶしさに包まれた私が、気がつくと、ベッドの上にいた。
だが、いつものセレナの部屋とは明らかに違う。
白い天井、消毒液の匂い、点滴の音、機械の振動音。
どうやら、ここは病院のようだ。
そして、窓にうっすら映った自分の顔
――典子、50歳。
これまでのことが夢だったのか、現実だったのか?
頭が、ぼんやりしていて、境界線が曖昧だった。
焦点が合ってくると、ベッドのそばには兄と姉がいた。
私と目が合った兄と姉からは、入院の保証人を頼んだ電話のときのように、私を責める言葉はなく、姉はひどく泣いていた。
姉は泣きながら言った――
「よかった……目を覚ましてくれて。 本当に生きていてくれて。ごめんね……ごめん」
兄は泣きはしなかったが、目が赤くなっていた。
涙をこらえているのだろう。
「悪かった。お前にばかり全部押しつけて、倒れるまで我慢させて。今は何も心配せず、ゆっくり休め」
どうやら、二人の話によると、私は一か月近く眠ったままだったらしい。
目を覚まさない私を心配し、時間が許す限り兄と姉は、この一月の間、見舞いに来てくれていたようだ。
二人がそんなに心配してくれていたのか……?と思いながら、ふと父のことを思い出した。
兄と姉が二人で見舞いに来たということは、父の介護は今、誰がしているのか?と尋ねると、兄と姉は言った。
「典子が倒れてから、私たちではお父さんの介護は無理だった。典子一人にどれだけ押しつけていたか……。少し前に、お父さんを施設に入れたのよ」
「お前がどれだけ毎日大変な思いをしていたのか、やっと俺たちもわかった。本当に悪かった」
父は施設に入ってから、自分のわがままが通らなくなり、「家に帰りたい」とわめくことが増え、少し認知症が始まっているらしい。
そして、私の作った食事が食べたいと、毎日のように言っていると姉から聞いた。
ただ、私がまだ目を覚まさないことを伝えると、声には出さないが、涙を流しているという。
兄と姉は、私に父の介護を押しつけていたことを、心から再度詫びてくれた。
兄から聞いた話では、会社は私を休職扱いにしてくれているようで、クビにはなっていないそうだ。
そして、そのおかげで、休職中でも、少しだけお金が入ると聞いて、私はホッと胸をなで下ろした。
「これからは、何かあったら、力になるから」
「何も心配せずに、休みなさい。また来るわ」
そう言って、兄と姉はその日、病室を後にした。
私は一人になり、ふと、あの“転生した世界”のことを思い出していた。
セレナとして生きた日々……。
あれは、夢だったのだろうか?
――そう思った瞬間、布団の中に何か固いものがあることに気がついた。
そっと布団をめくると、そこには見覚えのある一冊のノートがあった。
転生先で、リュシアンと共に作った最後の記録ノート。
私の、あちらの世界での最後の記録が詰まったノートだった。
(夢じゃなかった。ノートは、ここにある。私は、あの世界で確かに生きていた)
祖父が、あの世に行こうとした私を必死に追い返した理由も、今ならわかる。
典子だった私は、何も言い返せず、立証も証明もできず、戦うことも諦めていた。
人から搾取されて疲れているのに、人に頼ることもできず、心の中で泣いてばかりだった。
でも、セレナになってからは違った。
両親からの愛情、家族への信頼。
人と支え合う喜び、仲間と築いた友情。
祖父が生きていたころのような、愛情あふれる温かい世界だった。
ふと、私がこちらに戻ってきた後の“向こうの世界”はどうなったのか?
それが気になり始めると、心配で心が重く沈んでいく。
セレナの時の両親は、私が突然いなくなって、きっと心配しているだろう。
弟は、ちゃんとご飯を食べているだろうか?
リュシアンとは、あの「バイバイ」が本当の別れになってしまった。
あれから、彼に会いに行かなくなった私に対して、リュシアンは嫌な気持ちになっていないかな?
イザベラとまた学園で過ごす時間が増えたのに……。
学園に来なくなった私を、心配しているよね?
そしてレオン、カイル、グレイ……考えるともどかしくて、苦しくて、苦しくて仕方がない。
しばらく、彼らのことを思いながら、夜も眠れぬ日々が続いた。
◇◇◇
この世界に戻った私に対して、兄と姉は交代で、毎日のようにお見舞いに来てくれた。
目を覚ましたはずなのに、食欲もなく、日々やつれていく私を心配して、いろいろと世話を焼いてくれる。
そして、今、この世界の家族が、私の回復を心から祈り、心配し、支えてくれていることが、ひしひしと伝わってくる。
セレナとして生きていた、向こうの世界のことがすごく心配だ。
でも今は――この世界の典子の体を動かし、退院することが第一優先事項だ。
この世界の兄と姉、そして父も、今は私を大切にしてくれて、回復を祈ってくれている。
彼らの恩に報いるためにも、私自身が努力しなくてはいけない。そう、気持ちを切り替えた。
リハビリは、正直きつかった。
筋肉は落ちていて、関節はこわばっていた。
それでも、セレナとして頑張った日々が、私の背中を押してくれた。
(私は、もう泣いてばかり、あきらめてばかりの典子じゃない)
◇◇◇
1か月かけて、ようやく補助なしで、ゆっくりではあるが自力で動けるようになった。
そしてさらに2週間後には、退院して自宅に戻った。
誰もいない部屋の空気は、少し冷たかった。
だが、兄と姉が私の帰宅のために掃除をし、食料を買い込んで……と、いろいろ準備をしてくれていた。
自分が動かなくても、きちんと整えられていて、人が私を心配してくれていることが心からうれしく、温かい気持ちにさせてくれた。
私は、もっと典子として、兄や姉に甘えてよかったんだ。
一人で抱え込まず、話せばよかったんだ。
『できない。助けて』――その言葉が、どうしても出せなかった。
そんなことをぼんやり考えていたとき、窓から差し込む夕日の光が、手元のノートを照らしていた。
ノートの雷の紋章が、夕日に反射して、輝いていた。
その光を見て、私はふと思った。
(そういえば今さらだけど、雷の紋章なんて……このノートについてたっけ?)
記録として使っていた“向こうの世界”のノートには、確かにそんな装飾はなかったはず。
でも、今そこにあるのは、確かに雷の紋章。 病院で見つけたときにはなかったような気がする……。
ただ、あの頃は記憶が曖昧で、ノートを見ると“向こうの世界”のことが気になり、苦しく辛い気持ちになるため、入院中はあえてノートを見返さなかった。
そんなことを思い出し、久しぶりに“向こうの世界”のことを読もうと思い、机の上にノートを置いた。
すると、ノートの雷の紋章が、なぜかじわじわと発光し始め、光がどんどん強くなっていく――。
そして
――ノートが、勝手に開いた。
ページの中央に、ゆっくりと文字が浮かび上がる。
『セ…………レ……………ナ』
『元……気……?』
『リ…ュシ…アンだ』
次々と、文字が少しずつ浮かび上がる。
そして、一気にノートに言葉が綴られた。
『やっと』
『そちらの世界の』
『君につながる通信魔法を開発したよ』
私は、息を呑んだ。
ページの文字は、まるで生きているかのように、スラスラと滑らかに綴られ、淡く輝いていた。
確かに、私の中に存在していたあの世界。
夢じゃなかったことは、もうわかっている。
でも、二度とつながることはできないと思っていた。
そして、リュシアンは
――今も、向こうで生きている。
(記録は、時を、世界を越えて繋がる)
――完――
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