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ある公爵の若き日の思い出   作者: 桂木
悪役令嬢と噂話
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【番外編】〜身分と仲間〜

長い間(短い間かな?)私の妄想を書き起こした拙い文章をお読みくださりありがとうございました。誤字や言葉の使い方の間違いの指摘など、ありがとうございます。

この番外編で最後です。

 王都ではグロリアの悪い噂が流行っている。下町にいる行商人が流しているようだが、下町の人間は王宮騎士はもちろんのこと、警邏の騎士さえも警戒して調査ができない。無理にしようとすれば、本当のことなので取り締まろうとしているのだとなりかねない。


 放課後、友人の家に行くグロリアと別れてから、王宮に行くために馬車に乗ろうとすると、ギルベルトがベイカーに話があると呼び止められた。俺やウィリアムも一緒に行っても構わないという。

 人気のない庭に連れて行かれる。

「話ってなんだ?」

ギルベルトが聞く。

「今から俺は紙を落とす。うん、と、そうだな、タイラーがいいか?タイラー、それを拾え。」

「え?」

「おい、ベイカー、いくらウィルが法服貴族だからって、何をさせる気だ!」

俺はベイカーに詰め寄った。ベイカーは怯まずに「いいから、いう通りにしろ」と言った。

 なんでベイカーは突然、わからないことを言い出したんだ?ベイカーはワザと落としたものを人に拾わせるような、そんな失礼なことをする人間ではない。ウィリアムがいくらクラスの貴族の中で一番身分が低いとしても、だ。彼は貴族が嫌いだったから、俺達はそうさせるような何かをしてしまったのだろうか?

 ベイカーは続ける。

「タイラー、お前は殿下やローズと歩いていると、庭に紙が落ちているのを見つける。紙には文字が書いてある。どうやらメモのようだ。誰のものかわからないが落とし主は困っているに違いない。親切なお前は事務室に届けようとそれを拾う。見るつもりはないが、文字が目に入ってしまう。」

何を言っているのだ?

「そこへ俺が独り言を言いながらやって来る。落とし主は俺だとわかり、俺に返す。わかったな?」

そう言うとベイカーは、何やら字が書いてあるメモを地面に置いた。風に飛ばされないよう、上に石まで置いて。

 ベイカーはじっとこちらを見ている。ウィリアムはどうしたら良いか戸惑っているようで、俺の方を見た。よくわからないが、紙を拾うしかなさそうだ。

「俺が拾うよ。」

ギルベルトがそう言って、屈んで紙を拾い上げた。たしかに紙には文字が書いてある。先程のベイカーの話では、多分、俺やウィリアムも見たほうがいいのだろう。ギルベルトはそれを俺とウィリアムに見せた。どうやら人と宿の名前のようだ。

 俺達が文字を読んだのを見てからベイカーはこう言った。

「どこに落としちまったかな?アレにはお姫さんの噂を流している行商人と泊まってる宿の名前が書いあるんだが。人に見られたらまずいよな。」

それからベイカーはゆっくりギルベルトの方を向いた。

「あ、そのメモ、それだ。ローズ、助かったよ。そのメモを落として探してたんだ。」

そう言って、手をだす。メモを渡せということだろう。

 ギルベルトはメモを渡さず、ベイカーを見る。

「どういうことだ?グロリアの噂を流している行商人の名前と宿なんて。俺は危険だからやめてくれと言ったよな?」

ギルベルトの声が険しい。怒っているようだ。

「うるさい。」

「ウォーカーはそのせいで怪我をしたんだ。たまたま警邏の騎士が通りかかったから良かったようなものの、殺されていたかもしれないんだぞ!お前、死にたいのか⁈」

語気荒く、そう言った。

 ベイカーはまっすぐ俺達の方を見る。

「頭にきてんだよ。たしかに偉いヤツが悪い噂で困るのを見るのは楽しいさ。もっと、困りやがれと思う。けど、随分と身勝手だとは思うが、お姫さんが傷つくのは見たくない。お姫さん、何にもしてないじゃないか。それに、その、こんなことを言うと不快に思うだろうし、不敬罪に当たるかもしれないけど、俺はお姫さんのこと、お前らもだけど仲間だと思っている。同じクラスの仲間。お姫さんの悪い噂を流しているヤツはウォーカーも殺そうとしやがった。仲間を傷つけられて、黙っていられるかよ!」

ここはあまり人が来ないと言っても、学院の庭だ。あまり大声を出して人に聞かれるのはまずい。ベイカーもそれに気づいたのか「悪い、大きな声を出した」と謝った。

 ベイカーは話を続ける。

「親父や兄貴に手伝ってもらったんだよ。自分達でできる、そう思わずに、最初からそうすれば良かった。そうすれば、ウォーカーは怪我をせずに済んだんだ。ウォーカーの怪我は俺のせいだ。」

そこでベイカーは一旦、話をやめた。

 それから、ギルベルトの手からメモをひったくり、くるっと反対を向いた。

「メモも見つかったし、良かった。しかし、この行商人も運が悪いな。三日後には喧嘩に巻き込まれちまうかもしれないし。まあ、下町の居酒屋ではよくあることだ。警邏のヤツらも多少の喧嘩くらいじゃ来ないだろうしな。怪我くらいで済めばいいが。」

そう言って、そのまま、向こうへ行ってしまった。


 俺達は顔を見合わせた。彼の家は街の顔役だ。噂が広まったのは安宿の多い下町からだった。彼の父親やその部下、兄弟の手にかかれば、泊まっている宿を探し出すなんてわけないことだろう。下町は彼らのナワバリ。ベイカーが敢えて父親や家族の手を借りずに級友達とグロリアの悪い噂を広めている犯人を見つけようとしたのは、平民、それも下流階級である自分達家族に俺達が借りを作るような真似をさせたくなかったからだと思う。同じ借りを作るなら、級友の方がまだマシだと思ったようだ。だから、宿と名前を教えるのにわざわざメモを落としたんだろう。自分が勝手にしたことのメモを落としてしまい、それを俺達が見てしまったとしても、それは仕方のないことなのだ。拾う時に見えてしまったのだから。

 ウィリアムが「三日後に喧嘩に巻き込まれるってことは、三日のうちに行商人をなんとかしろってことですよね」と言った。


 王宮に帰ると人払いをして宰相を呼んだ。情報の出所を聞かれて俺が答えないでいると、「殿下の級友にはいろいろな人間がいますからね」と言い、さらに「殿下の王太子というお立場を利用しようとする人間はどこにでもいるのです。互いには純粋な友情であっても、互いの周りの人間もそうとはかぎりません。つけ込んで利用しようとする人間はいるのですから」そう付け加えた。

 ベイカーの純粋な親切心を否定されたようで腹が立ったが、宰相の言う通りなので何も言えなかった。多分、ベイカーも同じことを思ったに違いない。だから、級友達だけで犯人を探そうとしたり、家族の力を借りて探し出してもあんな方法で俺達に教えてくれたんだろう。


 あれから宰相はすぐに動いたようだ。

「先程、偶然にも噂を流布していると思われる行商人を発見しましたので、保護したところです。そのような人が信じるとも思えないような馬鹿馬鹿しい噂をわざわざ流布するのはまともな人間とは思えませんので、何か心の病気を持っていると思われます。専門家が事情を聞いているところです。」

宰相はそう言った。俺はその行商人は「病気」なので保護し、適切な治療をうけさせるように命じた。

 行商人がユーグの命を受けて噂を流していたのは宰相もわかっている。病人に相応しい場所に「保護」し、適切な「治療」を受けさせたようだ。また、同じ病状の者も見つけて保護、治療したと報告を受けた。


 行商人を証拠としてトレア大公国にユーグの引き渡しを要請しようにも、証拠が弱すぎる。王弟にあたるユーグと一介の行商人、普通に考えれば面識がある方がおかしい。「知らぬ、存ぜぬ。言いがかりだ」で押し切られてしまう。それにここでユーグに失脚されてはトレア大公亡き後、大公の嫡男を擁する大公妃一族との内乱が起きない。大公の嫡男はまだ幼く凡庸。摂政になるであろう大公妃の父親は権力欲の強い俗物。それでも大公の嫡男に人気があれば良いが、国の実務を担う下位貴族や平民にはユーグの方が人気がある。国内に不満分子が溢れるのは目に見えている。国内の不満をそらすためにはどうするか?一番手っ取り早いのは、共通の敵を作ることだ。共通の敵を作り、不満を抱えて国民同士がいがみ合っている場合ではない、皆で団結して立ち向かわねば、と思わせるのだ。内乱が起こって欲しい訳ではないが、内乱がない場合、我が国に戦争を仕掛けてくる恐れがある。どちらかを取らなければならないなら、悩む必要がどこにある?

 ユーグを野放しにしていれば、グロリアに危害を加えようとするし、失脚させれば戦争かもしれない。とりあえず行商人を保護してグロリアの噂をばら撒けないようにしたが、どうするのが一番良いのだ?

 

 夜会は無事終わった。ユーグの妹二人もトレアに帰っていった。二度とエルメニアには来ないだろう。ユーグがまた何か仕掛けてくるより先にトレア大公が亡くなる可能性の方が高い。トレア大公が亡くなれば大公妃一族との争いになるだろうから、何か仕掛けてくる余裕はないはずだ。

 夜会が終わってホッとしてから、ベイカーに礼を言っていないことに気づいた。宰相は俺の王太子という立場を利用しようとする人間が出ることを危惧していたが、動機はともかく、ベイカーがしてくれたことに対する礼は言うべきだろう。

 翌日、登校してきたベイカーに「ベイカー、遅くなったが礼をいう」そう言うと「なんだ?何の礼だ?」と不審な顔をされた。行商人を見つけてくれたことだと話すと

「俺がやりたくて勝手にやったことだ。礼を言われる筋合いはない。」

と言われた。

 何か考えているのか、少し間をおいてから、

「お前、自分の立場を考えろ。王太子なんだから俺みたいな下流の人間に迂闊に礼なんか言うもんじゃない。お前を利用しようとするヤツらがいっぱいいるんだぞ。

それに、俺は王太子のためにしたんじゃない。このクラスの仲間のためにしたことだ。それも勝手に。だから、王太子殿下に礼をいわれることは何もない。」

と言った。

 貴族は平民を「賤しい者」と蔑む者が多い。けれど、彼は何の対価も求めず、ただ「同じクラスの仲間のためにした」と言う。「自分が勝手にしただけだ」とも。これが「賤しい者」だろうか?

 だから俺も、

「クラスの仲間であるアーサーが礼を言うよ。ありがとう。」

そう言って、右手を差し出した。ベイカーはその手を握りながら、

「どういたしまして。クラスの仲間のアーサー。」

と言って、ニヤっと笑った。俺は一瞬固まってから、笑い出した。後にも先にも俺を呼び捨てにした平民、貴族もだが、はこの男だけだ。



 あれから何十年も経っているのに、学院での出来事は昨日のことのように思い出せる。

 今よりももっと身分というものが厳格だった時代、俺が王太子ではなく、ただのアーサーとして過ごした宝物の時間だ。

これで最後です。ありがとうございました。

この話の中で脇役だった人たちのお話も書いていければと思います。あと、王太子アーサーの変態っぷり。そんなの、どこに需要があるんだ?って話ですが。

今迄、ありがとうございました。また、近いうちにお会いできますように。


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