靡く風鈴①
「何よその格好」
「お前こそ、随分気合入ってるじゃねえか」
約束の18時。2人は時間ぴったりに神社の境内に来ていた。お互いがお互いを牽制するようにじっと睨み合い、側から見てもカップルには見えないほど冷たい空気が漂っている。2人が睨み合うには訳があった。
土端の姿はいつもと違っていた。大きな芙蓉が幾つも描かれた淡い翡翠色の浴衣に紺色の帯、帯締めに差し色の薄橙の紐が巻かれ、背中には綺麗に作られた文庫結び。手には帯と同じ紺色の巾着。長い薄茶色の髪は高い位置で丁寧に結い、かんざし一本でしっかり止まっている。
風巻の姿もいつもとは違っていた。紺色の浴衣に黒の帯でしっかり締められ、その帯には腰下げ巾着袋が落とさないようにしっかり付けられていた。
互いに互いが気合の入った格好をしていることに違和感を覚え、そして見惚れてしまった。
睨み合う理由は他人が聞けばそれはとても滑稽なもの。お互いがお互いの見慣れない姿に一瞬でも見入ってしまったことを隠すためだった。
土端はふぅと溜息を吐くと並ぶ屋台に視線を向けた。
「いいわ。早く行きましょう」
「ほら」
「ん?」
屋台の方へ歩こうとする土端の目の前に風巻はそっと手を差し伸べた。土端は意味がわからず怪訝な表情で風巻を見上げる。
「なに?」
「人の波に飲まれるだろ」
「手を繋げってこと?」
突拍子もない風巻の言動に土端は頬が熱くなるのを感じた。男性と手を繋いだ記憶など幼い頃に義父と歩いた時くらい。それほど昔のことなので、あからさまにいい男である風巻と繋げと言うのはハードルが高かった。
そんな恋する乙女のような気持ちに気づきそうになると土端は首を横に振り考えを捨てようとした。
嫌がる土端の感情がわからず風巻はキョトンとしている。何も感じていない風巻は更に言葉を重ねる。それによって土端の気持ちは恥ずかしさから苛立ちへと変わった。
「施設のチビと祭に来た時はいつも繋ぐ」
「……は?」
「特にお前はお嬢様なんだから、すぐ逸れるだろ」
ぷちんと何かが切れた土端は風巻の手を自ら掴むとぐいぐいと屋台の方へ歩き始めた。お互い下駄にも関わらず、土端はカランコロンと音を鳴らしながら足速に祭の中へ入っていった。
風巻は最初こそ驚いたが、抗わず大人しく土端に手を引かれながらついていく。
地元の祭の中では小規模なそれは夏最後の祭ということもあって毎年大盛況だ。左側通行を指示する警備員がいて、向かい合う屋台の間に紐が引かれ左右で分けられている。それでも人の波は歩くので手一杯の狭さだ。
土端はすぐに進めなくなった。押し寄せる人々にどうしていいかわからず繋いだ手に力がこもる。すると風巻はふと手を離し、代わりに土端の肩に手を添えた。突然の出来事に土端はビクッと震え風巻を見上げたが、すぐに威圧的な睨みへと変わる。その視線に気づきながら風巻は淡々と尋ねる。
「何が見たい?」
「え?」
「屋台。きちんと連れてってやるよ」
すっかり牙を抜かれた土端は肩に添えられた手に程なく安心感を覚え、少し思案するとポツリとつぶやいた。
「……リンゴ飴」
「あぁ……ほら、あそこにある」
風巻の指す方角にちょうど客足がひと段落した飴屋があった。出来上がった色とりどりの飴を並べる店主の前に着くと風巻は巾着袋からお金を出して一つ買った。小ぶりなりんご飴を透明な袋に綺麗に入れてもらうとそっと土端に差し出した。
「これでいいか?」
「……うん」
さらりと奢られたことに土端は戸惑った。だが、目の前に出されたりんご飴に土端は嬉しくなって小さく。素直な反応に風巻はふと小さく笑い、土端の手を取り繋ぐと人の波から逃れて神社の境内に戻った。
全く人気がないわけではないが、屋台の並ぶ道よりは人がいない。ぽつりぽつりと人がいるのも神社の正面まで。2人は神社の裏手にあるベンチに腰を下ろした。土端は自分のものを全く買っていない風巻に違和感を覚えながら買ってもらったりんご飴をじっと見つめた。風巻はベンチに深く背を預けると満天の星空に視線を向ける。
「来るとは思わなかった」
「そう?」
「来る理由がねえじゃねえか」
「そんなのお互い様じゃない。あなたも何で来てくれたの?」
相手の意図を理解していないため互いに質問する形になって、そのことがおかしく思えて2人は顔を見合わせると小さく笑った。詮索されることを極端に嫌う2人だが、嫌な気持ちにはならない。土端の返しに風巻はベンチから背を離すと、一度間をおいてじっと土端を見つめた。熱っぽい風巻の視線に土端はきょとんとし、何故か照れ臭くなってきゅっと拳を握り視線を逸らした。
「なに……?」
戸惑う土端が逃げぬよう風巻はベンチの背に手をのせ、土端と向かい合うように座りなおした。更に距離が近づいたことに土端は鼓動が高くなるのを感じ、俯いた。
風巻は一つ深呼吸をすると俯いた土端にぽつりとつぶやいた。
「契約しよう」




