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使いは突然に①

 土端の住む松波家の執事、立花は久しぶりの休暇をもらった。だが特にやることもなく自室で時間を持て余していた。紺色のスラックスに白のワイシャツ、髪を整えることなく椅子に腰を下ろしぼんやり外の景色を眺めていた。電気ケトルで淹れたインスタントコーヒーに口付けながら、この休暇をどうしようか考えていた。

 ちらりと時計に視線を向ける。既に13時近くなっている。普段ならば土端の迎えの準備を始める頃だ。

 休暇をもらうことすら少ない立花には趣味などもない。いや、あったがこの屋敷に雇われてからなくなってしまったのだ。ほぼ働き詰めということもあるが、土端のために動く時間が仕事であり趣味になってしまったからだ。


「やること……買い物もないし、何かあったか」


 ぽつりと独り言を呟く。もちろん答える者などいない。コーヒーカップを机に置き、立花はため息を漏らして立ち上がった。窓際に行き、錆びついた鍵に指をかける。カチャンと鈍い音が鳴り、開いた。

 初夏を思わせる日差しと春の名残である涼しい空気が部屋へと流れ込む。


「暇なのか?」


 背後から聞こえた声に立花は驚くことなく振り向いた。今まで立花しかいなかった部屋に突如現れた女。立花は睨みつけるようにその女を見た。


「今日は非番だ。話しかけるな」


「非番を狙って来てやったんだ。感謝しろ」


 女は立花の視線から逃れるようにぷいっと顔を背けた。

 見た目の齢は20代後半くらい、白を基調としたスーツに身を包み、灰色の髪は綺麗に切りそろえられたボブスタイル。薄い唇と白い肌。瞳は黄金に輝いている。浮世離れしたその見た目はヒトではないことを現していた。

 立花は目の前の女の様子にまた一つため息を漏らす。そして机の引き出しから手に収まる小さな箱を取り出した。修学旅行の際に土端に渡したそれを女の足元に転がした。


「こんな玩具で百華様を守れると思ってるのか」


 女は足元にある箱を受け取り立花を見た。呆れながら怒りを露わにする立花に女はふと笑みを浮かべた。


「守るものではない。言っただろう。魔族の動きを一瞬だけ止めるものだと」


「そんなもので百華様の身に何かあったらどうする」


「神の御元にお返しするだけだ」


「返す前に滅べばそちらも困るんじゃなかったか」


 女は黙り込んだ。ヒトである立花を黙らせることは女にとって大したことではない。ただ、女と立花の間で交わされている契約から女は何もできず黙り込むしかなかった。

 そのことをわかっている立花はフンと鼻を鳴らすと女の前に手を差し出した。


「お前の言う通り、俺は百華様が極端に危険な目に会わないようにしているつもりだ。ただ、対魔族の件についてはそちらが対処する約束だったはず。俺に落ち度はない」


「……クズが」


 女は捨て台詞を吐き、内ポケットから大きく膨らんだ封筒を取り出しそれを立花に渡した。立花は受け取ると早々に封筒の中身を取り出す。慣れた手つきで札束を数えると「たしかに」と呟き受け取った。立花が札束の入った封筒を鍵付きの引き出しにしまっていると、女は待つことなく話し始めた。


「神の子が月に帰るまで半年と少し。お前の主人、わかっていると思うがきちんと説明しておけよ」


「ぬかりはない」


「神の子に会いに行き、改めて告げてくる。もうすぐヒトの世で生きるのも終わりだと」


 引き出しの鍵を閉め終えると立花は振り返り女を見据えた。お互いにお互いを認めていない、そんな視線がぶつかり合いながら会話は至って冷静だった。


「……釘を刺さずとも百華様ならわかっている。余計なことを言うな」


「余計なこと?あの子にとって月に帰るのは最大の喜びだろう?」


 女の言葉に立花は失笑した。喉を鳴らし低く笑って女を嘲る。女は立花の態度にぴくりと片眉を動かし首を傾げた。


「なんだ」


「いや、何でもない。さっさと失せろ。お前と話しているのを誰かに見つかったら対応できない」


「……」


 女は反論せずその場から消えた。立花は椅子に深く腰をかけて座ると窓に視線を向け暫く黙り込んでいた。キラキラと雨の滴を含んだ葉が光る。時刻は14時になろうとしている。


「帰るのが喜び?……馬鹿馬鹿しい。百華様はずっといたいはずだ」


 立花は自分に言い聞かせるように呟いた。


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