使いは突然に②
学校祭の準備が始まる6月初め。3年生は受験も控えていることもあり、有志だけで集まって催し物をすることになっている。何かを企画したりすることが好きな生徒は参加し、その他は学校祭当日を休むこともできるし、見にだけ来ることも可能だ。
風巻と土端は後者を選んだ。生徒会の仕事もあるため、学校祭当日に店を見学するだけの参加に決めていた。
「おつかれさま」
いつも通り放課後に生徒会の面々で集まり、会議を終えると早々に土端は生徒会室を後にした。迎えの連絡を入れ、下駄箱で靴を履き替え正門をくぐった。
突然あたりは薄暗くなり、今まで賑わっていた生徒や街を行き交う車の音さえ消えた。まるで時が止まったかのように。
土端はあたりを見渡した。そしてふと学校の方に振り返れば女が1人、土端の前に音もなく立っている。
見た目の齢は20代後半くらい、白を基調としたスーツに身を包み、特徴的な灰色の髪は綺麗に切りそろえられている。立花の前に現れたその女を土端は少しだけ懐かしむように見つめた。
「久しぶりね、ライラ。いつ以来かしら」
ライラと呼ばれた女は土端と目が合うと片膝を地につけ、王に忠誠を誓う臣下のように深く頭を下げた。土端はその様子を冷たい目で見下ろしながら、ため息を吐いて視線を学校に戻した。
「野暮な質問だったわ。要件は何?」
その言葉を合図にライラは少しだけ顔を上げ、目の前の土端の手に自分の手を重ねると手の甲へ口づけ、まっすぐ見上げた。
「おかえりの準備が整いました」
「……」
仰々しいライラの言動に土端は手を払うと腕を組んだ。弱いところを見せまいと土端は強がってみせるが、指先は少し震えている。ライラは行き場の無くなった手を立てた膝の上に置き更に言葉を続ける。
「神があなたをお待ちです。半身であるあなた様にそばにいて欲しいと」
「帰るのは私の誕生日でしょう。そっちの都合で早くするつもりはないわ」
土端は気持ちを落ち着けようとため息を吐いて視線を空に向けた。夕焼けもほんのり群青色になりかけた空にさらに気が重くなる。ライラは答えない土端に更にたたみかけるように話し続けた。
「恐れながら、一つ忠告も。……彼の魔のものに尽くすのはそろそろおやめください」
土端にはすぐに誰のことかわかった。魔のものとは風巻のことだろう。
人の願いに助言を与え正しき道に導く。それが土端にとって生きる原動力になる。穢れた人の世で生きるにはそれが必要なのは理解している。それでも何の利益にもならない風巻の願いが叶うように土端が動くのは、人間的な感情。好意からくる無償のものだ。無論、その気持ちに土端はまだ気づいていない。
じっと見つめるライラに土端はフンと鼻を鳴らし笑ってごまかした。
「尽くす?私が、誰に?」
「自覚なさいませ。ヒトの為にあるのが神です。ヒトに尽くさなければ、いくらあなたとてヒトの世で暮らすことは難しくなります。そうなれば……」
「口が過ぎるわ」
土端の言葉にライラはぴたりと話すことをやめた。そしてライラは深く頭を下げ「お帰りの際はいつでもお呼びください」と呟くとこの場から消えた。
「……わかってる。わかってるわ」
誰も居なくなった校庭に1人残された土端は自分に言い聞かせるように呟いた。
初夏といえどほんのり涼しく、土端の前を冷たい風が横切る。これから起こる未来を思うと土端は不安でたまらない。
気づけば人や車が行きかういつもの世界に戻っていた。土端が振り返ると迎えの車から執事が下りてきて深々と頭を下げている。気持ちの沈みを悟られまいと土端は口を閉ざし後部座席に乗り込んだ。
◇
屋敷に着き、執事がドアを開けると土端は無言で家の中に入った。すると、いつもは出迎えない義父、松波がニコニコと出迎えた。
「おかえり、百華」
「……」
土端は返事をすることなくペコリと頭を下げた。松波が優しいときは決まって何かあるとき。それを理解している為、土端の表情は曇った。松波はゆっくりと土端に近づくと下げられた頭に手をのせ優しく撫でた。土端は抵抗せず静かに顔を上げた。
「ひとつお願いがあるんだが、いいかい?」
にこやかな笑顔の奥には冷たさがにじみ出ている。土端は抗うことなく「はい」とだけ頷くと松波の後ろについていった。




