春のかぜは何処へ side利麻
入学式早々、悠馬は久しぶりに高熱を出して休んだ。生徒会会長だから挨拶があるとかなんとか言って気合い入れてたくせに、だらしない。
朝食を食べ終えた私は新しい制服に身を包んだ。悠馬と同じ県の中でトップの高校に入れた。別に悠馬と同じ高校に入りたかったわけじゃない。たまたま成績が良くってたまたま悠馬と同じになっただけ。そう、制服もちょっと可愛いからここ以外に選びようがないじゃない。
私は高校へ着くと、案内の手紙に書かれていた教室に入った。見慣れない人たちの中に中学から一緒の人も数人もいて安心した。向こうも「利麻」と呼んでくれて、私はその人達と楽しく会話をして少しばかりの時間を過ごした。
◇
入学式はあっという間に終わった。悠馬が話すはずだった在校生挨拶も副会長の土端とかいう女が代わりにやっていた。
「やばっ、え?何……あの人」
「綺麗だな」
「うわー……あんな人がこんな辺鄙な学校にいるのかよ」
在校生挨拶でこんなに盛り上がることがあるのかってくらい、同級生達はざわめき壇上にいる土端を眺めていた。男子達はもちろんだけど、女子の中にも数名、目をキラキラさせて土端を見つめるものもいる。わからなくもないけど、そんなに魅力的かな?
たしかに、肌は白いし、柔らかそうな薄茶色の髪も綺麗、顔立ちも整っていて、唇と同じ深紅の瞳が尚彼女の美しさを引き立てている。浮世離れした人ってこう言うことを言うんだろうなとは思うけれど、私は少し不気味に感じた。モデルの様な可愛い子や綺麗な子には素直に憧れはあるけれど、土端には全くそれを感じなかった。人間味がない、怖いくらい。
私がひねくれてるからこんな風に思うのかな。
「風巻さん?」
不意に背後から声をかけられ私は我に帰って振り向いた。後ろの席の女子が苦笑混じりに私に話しかけてきたのだ。
「もう退場みたい、ですよ」
「あ!」
吹奏楽の奏でる退場曲と司会の教頭の合図で1組から順番に体育館を後にしている。私が立たなければ先に進めないので声をかけてくれたらしい。私は慌てて立ち上がり、流れに合わせて教室に戻った。
◇
その後は教室に戻ってこれからの学校生活について担任教師から聞くだけで終わった。クラスメイトの数人と仲良くなれたので、中学からの友達も混ぜて一緒に下校した。帰り道の話はもっぱら土端のことだった。綺麗だとか今度会いに行ってみようだとか、アイドルを見つけた様な皆のテンションに私はついていけなかった。
皆と別れて1人施設に帰った。世話人の田所さんに帰ってきたことを伝えると荷物も置かないうちから頼み事をされた。手渡されたのはお盆。その上にスポーツ飲料と薬が置かれている。
「悠馬のところに持っていってちょうだい」
「は?なんで私が……」
「隣の部屋でしょ。ついでだから、ね。お願い」
パチンと手を合わせて頼まれれば断れない。田所さんにはいつも世話になってるし、なにより助けてあげなきゃと思わせる愛らしいおばさんだから。ずるいと思う。
仕方なく私は悠馬の部屋に行くことにした。バッグを自分の部屋の前に捨て、悠馬の部屋の前に着くとコンコンとノックした。すると中から「はい」と少し掠れた声が返事をする。私は遠慮なくドアを開けて中に入った。
「利麻か」
「私じゃ悪い?」
気怠げに起き上がった悠馬の顔はどこか覇気がなく、私を確認するとなぜかほっとしたように息をついた。どう言う意味なの?それ。
スポーツ飲料と薬の乗ったお盆を悠馬のベッドの横のサイドテーブルに置いた。
「あぁ、……ありがとう」
「いいえ」
悠馬はおずおずと手を伸ばし、薬の袋を手に取るとうまく力が入らないのかゆっくりとした動きで薬を袋から出した。この調子じゃ多分ペットボトルの蓋開けるの苦労するんじゃないかと私は椅子を引っ張りベッドの横につけて腰を下ろした。そしてスポーツ飲料を手に取りキャップを開けて悠馬に差し出した。
「ふふっ、らしくねえな」
「は?」
「いや、ごめん」
悪態つきながら弱々しく笑う悠馬を私は睨んだ。それに怖気付く悠馬ではなくて、くすくす笑いながら私が差し出したスポーツ飲料を手に取ると薬を口に含んで一気に喉に流し込んだ。喉も乾いていたらしく、あっという間に空っぽになってしまった。私は空いたペットボトルを受け取るとキャップを閉めてお盆の上に寝かせた。悠馬はすぐにベッドに横になると天井を見上げながらまた一つため息を吐いた。
自分の部屋に帰ればいいのに私はその場に留まった。
「熱は?」
「さっき測ったら39度とちょっとだった」
「やばっ」
「な?久しぶりすぎて辛い」
弱っている悠馬を見るのは初めてじゃない。小さい頃、義父である保育園の園長先生がいた頃は悠馬も熱を出していたことがあった。そういえば悠馬の人間らしい部分を久々に見た気がする。
いつもはあまり話さず、表情も乏しいのにこう言う時は少しだけ幼くなる。額に腕を乗せほんのり冷たいのかそれを当てながら悠馬は屈託なく笑っている。
可愛いと素直に思った。浮世離れして美しくて、綺麗な人って悠馬のことを指すと思う。在校生挨拶したあの副会長じゃない。
ピンポーン
家のチャイムが高らかに響く。悠馬はちらりと廊下に視線を向けたがすぐに目を閉じた。眠ろうとしている悠馬の邪魔をするわけにはいかないと、私はお盆を抱えて部屋のドアを開けた。
「ひええええ!?」
開けたと同時に田所さんがらしくない声をあげて叫んでいた。私は慌てて玄関に向かった。すると口元を抑えて棒立ちでいる田所さんともう1人。さっき壇上で挨拶をしていたあの女、土端がいた。
「ちょっ、え?綺麗!あ、えっと、なんでしたっけ」
「風巻くんに渡したいものがありまして。今ご在宅ですか?」
見たこともない綺麗な人と言いたげなくらい驚く田所さん。私はじっと土端を見つめた。土端は私に視線を向けるとにっこりと微笑んでぺこりと頭を下げた。
答えてやる義理なんてない。私はプイッとそっぽを向いて廊下に捨てた鞄を抱えて自室に戻った。




