春のかぜは何処へ
入学式。風巻と土端にとっては3回目になる。そして最後の高校生活の始まりを意味する。
生徒会長となった風巻は卒業式と同様、在校生挨拶を任されていた。だが、当日になって熱を出して休むことになった。。
教師に呼び出された土端は差し出された在校生挨拶の紙をじっと睨みながら教師に視線を向けた。
「なんで私なんですか?」
「え?いや、副会長だろ。キミは」
ごもっともな教師の言葉に土端は眉間に皺を寄せ、しばらく黙った後にその紙をもぎ取るように受け取った。愛らしさのかけらもない土端の行動にすっかりなれた教師は意見することなく「じゃ、頼んだからね」とだけ告げて早々に仕事に戻ってしまった。
そして入学式。幼さの残る新一年生を前に土端は淡々と任された仕事をこなした。
「在校生代表」と司会である教頭の合図で土端が立ち上がると、新入生達は目を見張った。ふわりと舞い上がる薄茶色のツインテール。校則違反に当たる膝上のスカート。日焼けのしていない透き通った肌。見た目に反して育ちのいい美しい身のこなし。顔を見る前から皆が土端に釘付けとなった。
壇上に上がった時には大多数が息を呑んだ。第一印象はくりりとした紅い瞳に囚われがちだが、鼻筋もスッと通り、唇もぽってりとしている。端正な顔立ち。如何にもお嬢様な雰囲気とは相反して着崩された制服がまた生徒達を魅了する。
「在校生代表、土端百華」
締めくくりの言葉とともに紙を綺麗に畳み、ぺこりと頭を下げた瞬間、大歓声と大量の拍手が土端の頭上を通り抜けた。
だが土端の気分はよくなかった。本来であれば風巻がするはずであったものをやらされたと言う感覚が強いからだ。
拍手の中、土端はツンとした表情で顔を上げ、早々に自分の席に戻った。
◇
「いやぁ、流石だね。土端さん。素晴らしかったよ」
入学式を終えて、体育館の片付けをしていたところにわざわざ校長がやってきて土端を労った。脚立にのぼりながら幕を外していた土端は降りることなく校長を見下ろしながら「ありがとうございます」とだけ言うと幕に視線を戻して作業を再開した。
その様子に近くにいた教師は土端のぶっきらぼうな対応に慌てて「すみません」と校長に謝罪した。当の土端は気にせず淡々と仕事を続けた。
一通り片付けを終えて、土端は生徒会室に戻った。他の生徒会の面々は既に帰宅していて誰もいない。
「なんで、いないの」
誰にも聞かれないからこそ、土端はぽつりと本音を呟いた。そして会長席にそっと手を当て指先で机を撫でた。
「いたいた!土端ぃ!」
バタバタと足音を響かせながらノックもせずドアが勢いよく放たれた。土端は驚き、振り向くとそこには野球部のユニフォームを着た山本が満面の笑顔で入ってきた。会長席に触れていた指先を離し、咄嗟に目の前のどうでもいい書類を掴むと、さも仕事をしているふうに土端は努めた。その様子を気に留めず山本はズイズイと生徒会室に入ってきて、片手に持っていた紙袋を土端の前に差し出した。
「なに?」
「風巻の家に届けてよ」
「は?」
思いもよらない言動に土端は書類から顔を上げて山本に視線を向けてしまった。山本は土端と視線が合うと人懐っこい笑みを浮かべて話し始めた。
「今日来るかと思ったけど来なかったじゃん。俺、まだ部活あるし。これ、母ちゃんが作ったリンゴパイなんだ。ほら、風巻誕生日だろ?」
「知らないけど」
「まあまあ、いいじゃん。帰り道に置いてきてくれたらいいからさ」
ガサガサと紙袋を揺らしながら山本は土端に近づくと遠慮なく肩をぽんぽんと叩いて笑った。気さくで距離感の近い山本のことを本来ならば嫌う土端だが、1年間一緒のクラスになってさほど嫌ではなくなっていた。それでも形として叩くその手をパシンと叩いて払った。すると山本はその手に紙袋を押し当てすかさず手を離した。反射的に土端はついその紙袋を受け取ってしまった。
「ちょっと……」
「住所は書いといたから、学校からすぐそこだから迷わねえよ」
「……」
食べ物が入った袋を粗末に扱うことはできず、土端は紙袋を抱えながら自分のカバンを肩にかけた。その様子をきょとんと見ながら山本は声をかけた。
「土端さ」
「ん?」
ニコニコ笑っていたことが嘘のように突然真面目な声と表情で土端の名を呼んだ。おちゃらけた雰囲気を消した山本の言動に土端は慣れていない。不思議に思ってつい素直に首を傾げた。
山本は愛らしく見つめてくる土端に僅か緊張しながらそれを隠すように頬を指先で描きながら視線を逸らした。
「いやな、俺もお前も風巻も、成田、徳原もだけど、皆クラスバラバラになっちまったから。なんつーか、寂しいなぁて」
的を得ない言葉に少しばかり土端はイラついた。だが文句を言おうにも山本の落ち着いた意外な雰囲気に何も言えず黙り込むしかなかった。
「気づいてると思うけど、風巻ってさ、『1人で平気です』て顔してるけど、ほんとは弱っちくてさ。辛いこととかあってもなかなか言わなくて。俺はすぐ言っちまうんだけど、はははっ」
軽く話しているが土端にはわかっている。山本が伝えたいことはこれだと言うことを。だらだら話していたが漸く芯のある言葉が聞けると紙袋を抱えたまま廊下の方へ歩を進めた。すると山本はぴょんと飛び上がり駆け寄って土端の顔を覗き込んだ。
「え?行ってくれんの?」
「早く部活戻ったら?道草食ってる暇なんかないでしょ」
ぱぁと笑顔を向けた山本にぷいっと視線を逸らして土端は生徒会下を後にした。その後ろを嬉しそうに笑いながら山本もついてくると、2人は玄関まで一緒に歩いた。土端は一言も発さず、隣で山本は1人たわいもない話を楽しげに続けた。




