別れある月にまた side河山
「みなさん!これからはみなさんが悠馬様を本気でお守りしなくてはなりません」
「「はい!」」
「今まで以上にもっと強く、着実に、悪い女たち、および少数の男たちから悠馬様を守ってください!」
「「はい!」」
「以上!」
私の本気の演説は、今日は会議室で行われていない。グラウンドの端っこの方。今日はそこが親衛隊の場所だった。卒業式の日は会議室等の貸し出しはしないと教師たちから言われてしまったから仕方がない。私の言葉に声をそろえて大きく返事をする後輩たち。そしてそれに呼応するように叫ぶ同級生たち。もうこれも終わり。私は県外の専門学校に進む。大学進学が主なこの学校ではとても珍しいと言われ、教師たちからは相手にされなかった。成績が悪かったわけではない。私のやりたいことは大学になかった、それだけのこと。
◇
すっかり日も沈みかけた頃。私は皆と別れて最後に自分の教室を見にいくことにした。名残惜しい我が学びやに最後のお別れをしたかった。
廊下を歩き教室に着くとそこには誰もいない。『卒業おめでとう』とチョークで書かれた黒板。更にクラスメイトたちの言葉が一つずつ書かれている。
悲しくもあるけれど、楽しかったことは事実。2年生になって突如現れた一個下の男の子に恋をして、皆で追いかけるのは本当に素敵な……。
「思い出」
誰もいない教室にぽつりと言葉が落ちる。もう思い出にしかならない。これからあの青年を追いかけることも、皆で作戦を練ることも、魔女のことで悩むこともない。
呟いたせいで余計寂しくなる。私は自分の机に指を這わせそしてその場に崩れるように座った。
「河山先輩?」
「!?」
聞いたことあるような、それでも朧げな低く甘い声に驚いた。遠くで見守るだけで一度だってきちんと会話をしたことのない憧れの相手の声だ。私は驚きからぴょんと飛び、立ち上がった。泣きそうになっていた顔をパンパンと叩いて声の主人、悠馬様に向き直ってにっこり笑った。
「ごめんあそばせ。もう、卒業生は帰ってなければいけませんのに」
「いえ。俺も帰らなきゃいけないのにここにいますから」
う、う、美しい!!
夕陽も相まってとても幻想的!皆が履いている学校指定のスニーカーさえキラキラ輝いて見える。漆黒の髪も夕陽を吸い込んで、なんで?え?なんでキラキラしてるの!?眩しい!
自然とよろけてしまう私に、悠馬様はすぐさま駆け寄ってきてくれた。そしてそっと私の肩に手を添えた。
「大丈夫ですか?」
はぁぁああんんん!今どきいる!?こんな王子様みたいな男子!
「えっ、えぇ。ありがとうございます」
かろうじて私は普通を装って答える。
鼻血、出てないかしら?
「よかった」
しっぬっ!私死ぬかも!
悠馬様は優しく微笑んで私から離れた。そう!微笑んで!キィ!やばい!
待って。こんな二人きりのチャンスなんてもう二度と来ないんじゃない?来るわけないじゃない。卒業するんだから。
「悠馬様!」
私はつい呼び止めてしまった。ぴたりと足を止めて悠馬様がこちらに振り返る。その一つ一つの仕草も美しい。ちくしょう、私の語彙力がなくて伝えられない。
振り返った悠馬様は「あー」と声を漏らしながら気まずそうに頭をかきながら私に視線を向けた。
「あの」
「はい!」
「様、いらないです。河山先輩の方が年上ですし。俺そんなんじゃないですから」
何をいっているの!アナタはとってもかっこいいし、素敵だし、もう人ではない。神!そう神のような存在なのよ!
と、言いたかったけれど寸出のところで止めた。多分そう言うことではないと思うから。単純に嫌な思いをしているのだと思う。
「では、えっと……」
「そのまま名前で呼んで構いませんよ」
戸惑う私をよそに何の気無しに簡単に悠馬様は答えた。
は!?よびすて……だと。
「ゆ、ゆ、ゆう……ま」
「はい」
こ、た、え、た。答えたぞ!キィ!やばっ。
私は無意識ガッツポーズを決めていた。私の様子に苦笑しながら悠馬様は「では」と言って教室を後にしようとする。
まてまてまてまて!
「悠馬!」
もう一度引き留めた。悠馬様はくるりと振り返るとようやく私が行かないで欲しがっていることに気づいたらしく、振り返ってもすぐに出ていこうとはしなかった。呼んではみたもののすごくはずかしい。
「なんですか?」
「あの、その……」
言葉が出ない。引き留めた理由なんてない。ただもう少し悠馬様を見ていたい。同じ空間にいたい。ただそれだけなのだから。
今までは親衛隊の掟に従っていた。悠馬様と二人きりになることなかれ。でも、今はもう私は親衛隊でも何でもない。ただ一人、悠馬様を愛する女の一人。
一人の女。さみしい響きだわ。
ふと、その時、憎き魔女。いえ、土端が依然言った言葉を思い出した。
『皆で溜まって騒ぐのがお好きなんですよね』
そう。そうね。悠馬様を追いかけて、皆でワイワイしながら愛でたい。アイドルを追いかける気持ちと一緒。付き合いたい、二人きりになりたい、口ではそう言っても、本当はそんなことが望みではない。少なくとも私は。
悠馬様はかっこいいし、頭いいし、何もかも完璧。今も昔も変わらない。けれど以前はずっと気持ちの弱いように見えた。儚げで傍にいたい。そう思わせる人だった。なのに、2年生になってから、いや。もっと後。生徒会長になってからは顕著になった。
よく笑うし、誰とでも怖がらずに話すようになった。それはきっと。彼女のおかげだ。
「河山先輩?」
悠馬様の声にハッとして顔を上げた。私の頬からは涙が流れている。気づかなかった。なんで?私が聞きたい。
「あっ、アハハ。卒業式というのは、なんだか人をこう、なんて言うんでしょう?こう、えっと……。ごめんあそばせ、悠馬様」
あ、また。様って言っちゃった。
悠馬様はそっとポケットから出したハンカチを私の前に差し出してきた。私がそのハンカチを受け取ろうとしたとき、悠馬様がゆっくり口を開いた。
「卒業おめでとうございます」
優しく微笑む悠馬様に私は泣きながらうなずくことしかできなかった。




