二章までのおさらい
二章までお読みの方はここを飛ばしてもOKです。
次頁から本編です。最後までよろしくお願いいたします。
人々が住む世界を人間界と呼ぶ。人間たちはその世界しか知らない。だが、人々は祈りを捧げる生き物だ。宗教によってそれぞれだが皆一様に信じるものがある。死後の世界を思わないものなどいない。そして祈りを捧げる対象は名前は違えど人ならざるもの。神やそれに似たもの、または付随するものに祈りを捧げる。
人々が思う神には二通りある。ひとつは願い事を叶えてくれる神。ふたつめは願い事を叶えるために助言をしてくれる、いわば預言者につながる神。
ひとつめの願いを叶えてくれる神は魔の国もの。人の弱みに漬け込んで命をとったり、その人にとって何か大切なものを奪ったりする。叶えるには代償が必要ということだ。
ふたつめの願いを叶えるために助言をする神。この者こそ本当の神の国のもの。願うものにほんの少しだけ力を貸す。それは殆どが知恵であり、物理的なものではない。
たとえば、飢饉の多い村があったとする。人々がそれぞれの神に頼んだとしよう。
魔の国のものは、飢饉そのものを消し去る。耕さずとも食料が手に入ったり、育てずとも実がなる木を与えたり。そこに人々の努力など皆無だ。ただし、それを叶えるために村娘を生贄に捧げるなど、代償が必要となる。
一方、神の国ものは飢饉から逃れる術を教える。洪水が原因ならば川を直したり、虫が原因ならばその虫が嫌いな植物を教えたりする。人々が自ら努力をして解決する方法をほんの少しだけ助言をする。魔の国とは違い代償はない。
二つの国に共通するものがある。それはどちらの国も人がいなければ成り立たないということ。
魔の国のものは人から得る代償から命を繋ぎ、神の国のものは自ら与えた知恵によって人々が難を乗り越えた時に発する幸福感で命を得る。
風巻悠馬は魔の国の者。彼は自分が何者かを理解していなかった。ただ人と違うことは幼い頃より認識している。人の願いを叶えることで命を長らえてきたからだ。代償として叶えた者の命を奪う。頭脳明晰、運動神経も抜群、非の打ち所がない。児童養護施設で暮らしている。
土端百華は神の国の者。こちらは人の願いを叶えるために助言を与えるが、しばしば性格に難があるため表立って人に感謝されることは少ない。1つ上の学年の生徒会長に抜擢され、今は生徒会副会長として学校の行事などに貢献することで命を得ている。執事やメイドのいる屋敷で義父とともに暮らしている。
この二人が結ばれるまでもう少し。




